出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/03/03 02:51 UTC 版)
| 『Clockwise』 | ||||
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| b-flower の スタジオ・アルバム | ||||
| リリース | ||||
| ジャンル | ネオアコ、ギターポップ、ロック | |||
| 時間 | ||||
| レーベル | 東芝EMI/スイートスプエスト・レーベル(suite¡supuesto!) | |||
| プロデュース | 福富幸宏 | |||
| b-flower アルバム 年表 | ||||
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『Clockwise』(クロックワイズ)は、日本のネオアコ・バンドであるb-flowerの6thアルバム。1996年3月27日に東芝EMIより発売された。うち2曲がシングルカットされた。
プロデュースは、福富幸宏。ストリングスやブラスの外部ミュージシャンが数多く参加しており、その際の編曲には長谷川智樹を起用している。
当時のインタビューより「昔キンクスがロンドンを歌って、今やったらブラーとかが自分たちの聴いてきた音楽を反映した形で今のロンドンを歌ってるっていうのと全く同じように、今度は自分らの近郊都市を、それこそ戦後日本みたいな感じで、街の歩みと自分たちの経験の歩みと照らし合わせながら。これは作ってる時は意識してなかったんやけど、出来上がったらそうなってるなぁって思った」[1]
後年の八野言「このアルバムは b-flower としては結構異色の作品として語られることが多いんですが、僕たちとしてはそれほど異色な感じはないんです。確かにそれまでのアルバムでは「繊細なネオアコバンド」というイメージが強かっただろうから、音質的にハードなこのアルバムを聴いて「こんなになっちゃって・・・」という声もあったけど、もともとネオアコという音楽様式を再現するために集まったバンドではないので、これくらいの振れ幅は小さなもの。まあ、どんなハードな曲でも僕がこの声で歌えばネオアコと分類されちゃうんですがね。面白いでしょ」[2]
(clockwise から転送)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/03/03 02:43 UTC 版)
| クロックワイズ Clockwise |
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|---|---|
| 出身地 | |
| ジャンル | ロック、ヘヴィメタル、ハードロック、パワーメタル |
| 活動期間 | 1995年 - |
| レーベル | ポニーキャニオン、Empire Records |
| メンバー | ベニー・スドベリ |
| 旧メンバー | ジョン・レヴィン イアン・ホーグランド フレデリック・オーケソン ヤン・グランウィック |
クロックワイズ(Clockwise)は、スウェーデンのハードロック・バンド、フォーチュンのメンバーであるベニー・スドベリのソロ・プロジェクト。北欧的な悲哀に満ちたメロディ満載のハードロック・サウンドで日本でも人気があった。1990年代後半にアルバムを2枚発表した後、活動停止状態になっている。
このプロジェクトの主、ベニー・スドベリは1988年から活動していたバンド、フォーチュンで1992年にデビューした。フォーチュンのデビュー作は、日本でも1993年にゼロ・コーポレーションからリリースされ、その叙情的なサウンドが大きな話題となった。フォーチュンは1995年までに3枚のアルバムを発表し、1994年5月にはグレン・ヒューズの前座ながら来日公演も実現した。
しかし、ベニーは次第に 「自分ひとりで何でも自由にやりたい」 という気持ちが強くなり、フォーチュンの活動を凍結し、新たなプロジェクトとしてクロックワイズをスタートする。作詞/作曲/キーボード/プロデュースはすべてベニーが担当し、ギターには旧知のヤン・グランウィック(GLORY)を、リズム隊はフォーチュンの来日公演時のメイン・アクトだったグレン・ヒューズのバンドでのタイトなプレイを見て感銘を受けた元ヨーロッパのジョン・レヴィンとイアン・ホーグランドを起用した。そうして出来上がったアルバム『北欧のノスタルジア』は、ベニーの思い通りのサウンドに仕上がり、フォーチュンのデビュー作を思わせる内容で日本のファンにも歓迎されて、オリコンでは73位に達した[1]。
続く2作目は、ヤン・グランウィックがレコード会社との契約上の理由で参加できなかったため、 代わりにフレデリック・オーケソン(元タリスマン)を起用した。 しかし、セカンド・アルバム『ナイーヴ』は大きな話題にはならなかった。その後、ベニー・スドベリが3作目の製作に入ったとの情報もあったが、クロックワイズは自然消滅のような形で消えてしまった。