
| フロアシフト | コラムシフト | ||
| |||||
| 車両型式 | DBA- GZG50- AETGK | DBA- GZG50- AEWGK | |||
| 2,050 | ||||
| 2,325 | ||||
| 5.7 | ||||
| 7.8 | ||||
| 主要燃費改善対策 | 可変バルブタイミング、ロックアップ機構付トルコン、充電制御 | ||||
| |||||
| 型式 | 1GZ- FE | ||||
| 種類 | V型12気筒DOHC | ||||
| 使用燃料 | 無鉛プレミアムガソリン | ||||
| 4.996 | ||||
| 81.0×80.8 | ||||
| 圧縮比 | 10.5 | ||||
| 206[280]/5,200 | ||||
| 460[46.9]/4,000 | ||||
| 燃料供給装置 | EFI(電子制御式燃料噴射装置) | ||||
| 95 | ||||
| |||||
| 5,270 | ||||
| 1,890 | ||||
| 1,475 | ||||
| 3,025 | ||||
| トレッド |
| 1,575 | |||
| 1,575 | ||||
| 135 | ||||
| 室内 |
| 2,045 | |||
| 1,605 | ||||
| 1,185 | ||||
| 5 | ||||
| |||||
| ステアリング | パワーアシスト付ラック&ピニオン式 | ||||
| サスペンション | 前 | ダブルウィッシュボーン式エアばね | |||
| 後 | ダブルウィッシュボーン式エアばね | ||||
| ブレーキ | 前 | ベンチレーテッドディスクブレーキ | |||
| 後 | ベンチレーテッドディスクブレーキ | ||||
| 駆動方式 | 後輪駆動方式 | ||||
| |||||
| トランスミッション | スーパーインテリジェント6速オートマチックトランスミッション<6 Super ECT > | ||||
| 第1速 | 3.296 | ||||
| 第2速 | 1.958 | ||||
| 第3速 | 1.348 | ||||
| 第4速 | 1.000 | ||||
| 第5速 | 0.725 | ||||
| 第6速 | 0.582 | ||||
| 後退 | 2.951 | ||||
| 減速比 | 3.461 | ||||
英語で1世紀(100年)を意味する。初代モデルは1967年9月に発売したが、この年はちょうど明治から数えて100年。トヨタ創業の父・豊田佐吉の生誕100年にあたり、それを記念してのネーミングとなった。
トヨタは55年1月に初代クラウンを発売したが、クラウンが順調に伸び、それとともにクラウン・エイトがそのトップモデルとして64年4月に登場、センチュリーはさらに上の最高級車として世に出た。バリエーションはA、B、C、Dの4タイプがあり、Dが最高級グレードで、発売時の価格は268万円(東京23区店頭渡し)。ボンネット先端に付けたシンボルマークは、宇治・平等院の鳳凰をかたどった格調高いものだった。
2代目は97年4月に登場した。実に30年ぶりのフルモデルチェンジだった。基本スタイルは変わらないが、顔であるラジエーターとランプまわりを一新。しかし、最大の変更はエンジンで、V8・4LからV12・5Lに換装したこと。片側6気筒でも動く。その後、2000年4月に一部改良、車両安定制御システムVSCやクルーズコントロール、DVDナビゲーションなどの最新装置を装備した。盗難対策用のエンジンイモビライザーも付いた。さらに1年後、2001年5月にマイナスイオン発生装置の採用や、ETC対応車載機器、ヘルプネット対応ユニットの販売店装着オプションの設定などがあった。国産車としては唯一、V12エンジン搭載の本格VIPカーである。
2003年1月、CNG:圧縮天然ガスエンジンシステム搭載車をリリース。V12・5Lエンジンをベースにシリンダーヘッドを改造、燃料タンクやインジェクターなど燃料系にも変更を加え、超一低排出ガス相当のクリーンな排気を実現した。NAエンジン同様、6気筒でも走行が可能。価格は1350万円。

(century から転送)
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センチュリー (century) は、英語で100年、世紀などを意味する。ラテン語 で「100の集合」を意味するケントゥリア(centuria)を語源とする。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/05 10:21 UTC 版)
「Century (書体)」の記事における「Century」の解説
L・B・ベントンの息子であるモリス・フラー・ベントンは、1892年に23の鋳造所をATFに併合すると、これら製造業者の書体を取捨選択して統合する任務を請け負った。これに続き、彼は当時の国際活版印刷労働組合(英語版) (ITU)の基準を満たすよう「Century No. 2」を適合させる任務を与えられた。スミソニアン協会の記録では、M・F・ベントンは父親の書体を再設計しただけでなく、ATFが最近買収したブルース活字鋳造所(英語版) の「#16 ローマン」 も参考にしたことが示されている(そして恐らく偶然ではないだろうが、デ・ヴィネによって印刷された1877年のブルース鋳造所のカタログにそれが紹介されていた)。その結果生まれた「Century Expanded(センチュリー・エクスパンデッド)」は、大成功を収めた。1912年までにATFのカタログはもはや元祖のCentury Romanを提供しなくなり、Centuryファミリーの他のサンプルを64ページ表示した。 この活字導入が成功した後、M・F・ベントンは最初に計画された書体ファミリーの作成に着手しており、この「書体ファミリー」という概念はおそらくベントン単独の最大の功績である。この書体は10年間にわたって発行されたが、その全てがベントンによりデザインされたもので、ATFによって発行された。 Century Expanded(センチュリー・エクスパンデッド、1900年) Century Italic + Century Bold(センチュリー・イタリック+センチュリー・ボールド、1905年) Century Bold Condensed(センチュリー・ボールド・コンデンスド、1909年) Century Bold Extended(センチュリー・ボールド・エクステンデッド、1910年)
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