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株式会社B ZONE (ビーゾーン、英 : B ZONE, Inc. )は、日本 の音楽制作会社・レコード会社 及びアーティストマネージメントオフィスであり、現在は音楽事業に加え、不動産開発 ・投資事業も主体となっている。創業者は長戸大幸 。
B ZONE GROUP と呼ばれ、GIZA studio 、VERMILLION RECORDS 、ビー企画室 、MRM 、ZAIN ARTISTS 、堂島リバーフォーラム 、株式会社ドリーマップス、株式会社セレステなど多岐に渡る部門を有する関連企業約50社以上を傘下にもつ企業集団である。
概要
創業
1978年、長戸大幸 により東京都 港区 に「株式会社ビーイング (英 : Being, Inc. )」として設立。当初は小さなマンションの中にある、小規模な音楽事務所であった[ 1] 。
1981年にはLOUDNESS がデビュー。その後、1985年にはTUBE 、1988年にB'z がデビューして、ビーイングにとって大きな稼ぎ頭となった。1990年には、BBクイーンズ の『おどるポンポコリン 』がフジテレビ 系アニメ『ちびまる子ちゃん 』の初代エンディングテーマとして大ヒットするが、当初は売れても5~10万枚ほどだろうと長戸は予想していたという。
ビーイング系で躍進
1990年代 初期から中期にかけて、J-POP という新しく作られたばかりの分野でビーイングは躍進を遂げていく。ZARD 、WANDS 、大黒摩季 、DEEN 、T-BOLAN などが次々とデビューし、スタイリッシュな楽曲をリリースして大ヒットを記録した。1993年 においては、バブル崩壊 後の不況 下であるにもかかわらずビーイング系アーティストは合計450億円前後を売上げ、業界の7%を占めた[ 2] [ 3] (俗にビーイングブーム と呼ばれる)。
しかし、こうした中でも大半のアーティストのテレビへの出演を断っていたという[ 4] 。同年の第35回日本レコード大賞 にもビーイング系アーティストはノミネートされなかったが、ビーイング側の関係者によると音楽賞を否定しているわけではなく、スケジュールの問題で番組に出演できないだけとしている[ 5] 。
不動産投資事業で急成長
1993年頃からは音楽事業からの資金を元手に不動産投資事業に参入、「ビープラネッツ」をはじめとした不動産子会社が1997年頃より大阪府 大阪市 西区 北堀江 周辺に30棟以上のビル・マンションを取得・保有し、hills パン工場 の「THURSDAY LIVE」などによって北堀江 を若者の街に変化させた[ 3] 。この手法はそれ以前に東京の代官山町 でも使っており代官山町の土地のほとんどを創業者である長戸大幸が所有していた時期があり、若手の新進気鋭のデザイナーらに次々と出店させ代官山を現在の資産価値ある土地へと成功させ長戸大幸は巨額の富を得た。
その後も関西地区での不動産事業を拡大させ、「オーク四ツ橋ビル」、「HORIE hills」(旧GIZA hills)、「ANNEX GIZA」、「ビーイング四ツ橋ビル」などビル・マンションを2021年までに約2500棟以上を取得[ 6] 、2008年には大阪市福島区 (ほたるまち )に多目的ホール堂島リバーフォーラム と高級賃貸マンションリバーレジデンス堂島を完成させた。
不動産のほとんどは貸しビル、高級デザイナーズ賃貸マンション、貸し事務所、駐車場、ショッピングモールなどでグループ全体の収益の半数以上を不動産収入が占めている。不動産の多くは東京代官山一帯と大阪市の堀江・心斎橋一帯に集中しているが京都府 、滋賀県 、愛知県 、長野県 、岐阜県 、広島県 、愛媛県 、三重県 など全国に規模を拡大しているほかハワイ島 、ニューヨーク 、スイス などの海外にも不動産を多数所有するなど、かつてはビーイング系と言えば大手の音楽プロダクションとしての認知度が高かったが2025年現在では「関西の不動産王」と呼ばれるほどの大企業に成長をしている。
音楽事業、不動産事業、IT事業のほか飲食業やライブハウス、音楽養成スクール、損害保険代理業、デザイン会社、イベント会社、番組・映像制作会社、ローン会社、法務などの経営もしている。
1970年代
1977年、作曲家だった長戸大幸が妹尾隆一郎 のマネージメントオフィスとして、ビック・ミュージックを設立。
1978年9月5日、スピニッヂ・パワー の「ポパイ・ザ・セーラマン」を月光恵亮 らと制作。
1978年11月1日、長戸大幸が六本木に株式会社ビーイング を設立。
1979年4月1日、江崎秀一がデビュー。
1979年5月21日、長戸秀介 、織田哲郎 、北島健二 のパーマネントグループ、WHY がデビュー。
1979年8月21日、キングレコード 内に新レーベル BILL BOX を設立する。
1979年11月1日、ビーイング音楽振興会 を設立(のちに沙里、稲葉浩志 、上杉昇 らを輩出)。
1979年11月14日、株式会社ビック・インターナショナルを設立(BEING GROUPのレコーディングスタジオ(のちのStudio Birdman創設の為の会社))。
1980年代
1981年7月1日、Studio Birdman/Brown Roomが完成。
1981年10月21日、Ading 設立(Being Groupの宣伝広報部門として)。
1981年11月30日、株式会社Treasury設立(Being Groupの財務・経理・法務部門として)。
1981年12月17日、LOUDNESS が浅草国際劇場 でのデビューコンサートを成功させる。この出来事は当時スタジオ・ミュージシャン中心の小さなインペグ屋 でしかなかったビーイングを躍進させる原動力となった[ 7] 。
1983年半頃、新宿 LIVE INN MURASAKIでライブハウスを展開。
1983年10月1日、Jawsman STUDIO完成(リハーサルスタジオ)。
1985年6月1日、TUBE が『ベストセラー・サマー 』でデビュー(ハワイ ではこの日をTUBE DAY と定めている)。
1985年9月30日、Studio Birdman Gray Room完成(レコーディングスタジオ)。
1987年1月11日、YEAHブルース・セッション、目黒ライブステーションでスタート。
1987年3月1日、第1回 BADオーディション開催(合格者:桜井ゆみ)。Sound Jokerで開催。
1987年3月2日、株式会社ファースト・シーン設立(Being Groupの総合作家マネージメント・オフィスとして)。
1987年11月8日、YEAH BLUES SESSIONの集大成となるライブを渋谷公会堂で開催。
1987年11月15日、第2回 BADオーディション開催(合格者:T-BOLAN 、関ゆみ子 )。目黒ライブステーションで開催。
1988年9月5日、株式会社シーズ設立(Being Groupの総合マネジメント・オフィスとして)。
1988年09月21日、B'z が『だからその手を離して』でデビュー。のちに日本を代表するユニットとなった。
1989年01月22日、第3回 BADオーディション開催(合格者:大黒摩季 )。五反田・スタジオ1009で開催。
1989年9月30日、T's STtudio完成(二子玉川)。
1990年代
1991年、Mi-Ke 、ZARD 、川島だりあ 、T-BOLAN 、WANDS 等がデビュー。
1992年、大黒摩季 、TWINZER 、MOON 、MANISH がデビュー。
BMGビクター に構えていた3つの専門レーベル(Rhizome、ZEZ、DOG HOUSE)をBMGビクターと共同出資で法人化、系列レコード会社BMGルームス(のちのRooms RECORDS )を設立。
ビージンをZAIN RECORDSに社名変更。
1993年、DEEN 、BAAD 、REV 、ZYYG がデビュー。
1994年9月27日、株式会社ビープラネッツを設立[ 8] 。
南青山に設立されたエムアールエム から、フリーペーパー『Music Freak Magazine』が創刊。
大阪に設立されたジェイロックマガジン社から『J-ROCK MAGAZINE』の創刊準備号が発刊。翌春、正式創刊。
大阪に設立した番組制作会社MODS HOUSEが、在阪テレビ局とラジオ局の深夜枠で音楽番組を次々に放送開始。
大阪(心斎橋)・京都(北山)・名古屋(栄)に、CDショップJEEZ を開店。当初エントランスにビーイング系アーティストのポスターが飾られていたが、1990年代後半頃からヴィジュアル系 に特化した店に転換。2000年以降京都・名古屋の店舗が閉店され、2003年に心斎橋店閉店により完全閉店。
大阪心斎橋に、クラブGrand Cafe (グランカフェ)[ 注釈 1] とロックバーROCKROCK を開店。
1995年、J-DISC(のちのJ-DISC Being )を設立。これにより、グループ内のみで楽曲制作から流通までを構成できるようになった。
FIELD OF VIEW 、BA-JI 、PAMELAH がデビュー。
BMGルームスをRooms RECORDSに社名変更、完全に系列レコード会社となる(販売はBMGに委託)。
大阪心斎橋スパジオビル内に、レコーディングスタジオREDWAY STUDIOを設置。2001年頃に堀江へ移転。
大阪心斎橋に、BLUE-Z RECORDSとStyling RECORDSの2つのインディーズレーベルを設立。
1996年
5月20日、ZAIN RECORDSに関西専門レーベルとしてWEST HAUSを設置。
9月1日、Rooms RECORDSの販売権がBMGからJ-DISCに移管。
11月11日、佳苗 がデビュー。
1997年、秋吉契里 、小松未歩 、七緒香 、辻尾有紗 がデビュー。
1998年
9月1日、B-Gram RECORDSが関西拠点のレコード会社として、株式会社ギザ(GIZA studio) 設立。設立当初はインディーズレーベルであったが、1999年にメジャーレーベルとなった[ 9] 。
9月2日、椎名祐海がメジャーデビュー。
ビーイング音楽振興会大阪校を開校。のちに、関西クリエイターズ学院と統合、ギザミュージックスクール に改称。
大阪北堀江にART CUBEビルが落成。レコーディングスタジオやリハーサルスタジオ以外に、ビーイング音楽振興会大阪校やZAIN RECORDS大阪などの関連会社が入居。
1999年、倉木麻衣 、rumania montevideo 、WAG 、4D-JAM 、sweet velvet 、New Cinema 蜥蜴 、GRASS ARCADE がメジャーデビュー。
2000年代
2010年代
2020年代
B ZONEの特徴
制作方針
グループ代表の長戸大幸が全面プロデュースを行っていた80年代~90年代のビーイングは、既存のアイディアを奇抜に組み替えて全く別のものを作るという意識であった。特に顕著だったのは、アマチュアバンドと契約してプロデビューさせるのではなく、オーディションで発掘したボーカリストを主体に、完全にプロデューサー主導で結成されたバンドがほとんどな点である。B'zも含めて、顔を合わせるまでお互いの素性も経歴、音楽志向も知らなかったケースもよくあった[ 19] 。
また、B ZONEはクリエイター集団という特徴を最大限生かし、バンドやアーティスト自身の自作にはあまりこだわらずに、グループ所属の人気ミュージシャンやクリエイターの作品をほぼ独占的に採用して分業していた点にある[ 19] 。ただ、こうした制作方針は結成当初にはうまく機能して大ヒットを量産するものの、活動していくにつれてメンバー間の「音楽への方向性の違い」などから脱退・解散してしまうことが少なくなかった。
現在は、一部を除きそのような傾向は薄れており、B'zがK-POP のキム・ヒョンジュン に楽曲を提供したり、ビーイング所属クリエイター陣の小澤正澄 (元PAMELAH )がSKE48 「アイシテラブル! 」、後藤康二 (元ZYYG )が乃木坂46 「ガールズルール 」のシングル曲をそれぞれ作曲・編曲してオリコン週間シングルチャートで1位を記録するなど、K-POPやアイドル作品を含めて外部に幅広く作品を提供している。
タイアップ
レコード会社としてテレビアニメ やテレビドラマ 作品の主題歌 をタイアップ として提供し、その主題歌のシングルCDの売上貢献に寄与させる戦略を得意としている。これは長期的に主題歌として流れるため、視聴者(主に若年者)層へ楽曲を浸透させることができ、アーティストのファン層の拡大と関連商品に対する出費を惜しまないアニメファンによる購買が期待できることを狙いとしている。楽曲によってはタイアップするアニメのシナリオや世界観などを参考にしながら歌い手が作詞している。
1990年代には刑事ドラマ『代表取締役刑事 』や『ララバイ刑事 シリーズ』への楽曲提供、さらにテレビアニメ『ちびまる子ちゃん (第1期)』での「おどるポンポコリン 」が1990年の代表曲となる程のメガヒットを記録したのを皮切りに、1993年から放映が始まったテレビアニメ『スラムダンク 』以降のテレビ朝日19時30分及び枠以降の18時枠で番組開始から1999年の終了までOPの一部を除き一貫してビーイング系アーティストがオープニング曲とエンディング曲を担当、楽曲が作品内容にマッチしていた事もあり高い支持を得た。また、1996年~1997年に放映されていたテレビアニメ『ドラゴンボールGT 』や、1996年から放映が始まったテレビアニメ『名探偵コナン 』においてもB ZONE系アーティストがほぼ独占的にオープニング曲とエンディング曲を担当[ 20] してミリオンセラーが出ている。
テレビアニメ『名探偵コナン』以降、小学館 に連載される少年漫画 を原作にアニメ化した作品との繋がりが強くなり、『メタルファイト ベイブレード 』『格闘美神 武龍 』『PROJECT ARMS 』『モンキーターン 』『メルヘヴン 』『結界師 』『ゴルゴ13 』『天使な小生意気 』などのテレビアニメに放送開始時からオープニング曲とエンディング曲、劇伴楽曲を提供している(これら作品の版権管理は小学館集英社プロダクション が行っている)。これらの他にも多くのアニメ主題歌やサウンドトラックの制作を担当している。
またゲーム関連では、『テイルズ オブ シリーズ 』(ロールプレイングゲーム )のテーマ曲を提供していた時期もある(現在は主にエイベックス )。
アニメ以外でもB ZONE系アーティストのリリースする曲の大半はCM や音楽番組 ・バラエティ番組 ・深夜番組 ・NHKオリンピック歴代テーマソング [ 注釈 5] などとタイアップが付き、メディア出演をせずとも多くの人がテレビやラジオを通じて耳にするようになっている。テレビドラマ主題歌へのタイアップは2000年代には少なくなっている。
ラジオ局でのパワープレイ
1999年の倉木麻衣の『Love, Day After Tomorrow 』が全国のラジオ局でパワープレイ されてミリオンセールスを記録した事をきっかけに、アーティストデビュー時に全国のラジオ局と組んでパワープレイを獲得してプロモーション展開を図っている。
なお、日本でいち早くパワープレイを導入した大阪のFM802 では、これまでビーイング系アーティストの楽曲が一度も採用されたことがない[ 注釈 6] 。
FM802の姉妹局であるFM COCOLO ではパワープレイは設けられていないが、過去にB'zがマンスリーアーティストとして選ばれたことがある。
自社レーベルの導入
今でこそプロダクション系レコード会社はめずらしくなくなっているが、ビーイングでは1991年から立て続けに専用レコード会社及びレーベルを設立している。インディーズレーベルも含む。
B.JIN(ビージン) → ZAIN RECORDS (1991年)
BMG ROOMS → Rooms RECORDS → VERMILLION RECORDS (1992年)
B-Gram RECORDS (1993年)
GIZA studio (1999年)
TENT HOUSE(1999年)※インディーズ作品のリリース
ZAZZY(2005年)※インディーズ作品のリリース
NORTHERN MUSIC (2007年)※倉木麻衣専用レーベル
D-GO(2012年)
GIZA JAZZ → O-TOWN Jazz(2012年)
Being(2012年)
CRIMZON(2014年)※インディーズ作品のリリース
海峡レコード(2019年)※演歌レーベル
asistobe(2020年)※Z世代クリエイター専門レーベル(読みはアズイズトゥビィ)
D5 RECORDS(2024年)※DAIGO 専用レーベル
1995年には、流通販売も自社で行う目的でJ-DISC を設立。これにより制作から、発売・販売・宣伝全てを自前で行う仕組みが完成した。
現在、上記レコード会社および流通販売会社はGIZA studioを除きビーイングに統合され、ZAIN、B-Gram、VERMILLION、NORTHERNはレコード・レーベルの一つである。その結果、現在のレコード会社としてはBeing INC.とGIZAの2社で統一され、各レーベルが付帯されている。
運営終了レーベル
Amemura O-town Record (1997年7月1日〜1999年4月30日)※関西拠点最初のメジャーレーベル。実質的に小松未歩 のプライベートレーベルとなっていた[ 注釈 7] 。
Styling Records (1996年)※同レーベルよりインディーズデビューしていたYOKO Black. Stone がメジャーデビューする際、レーベル名をそのまま継承し、運営をギザ(GIZA. Inc.)に移した。
DAY TRACK (2003年)※インディーズ作品のリリース
pure:infinity (2010年)
CARAMEL MONSTER RECORDS(2011年)※インディーズ作品のリリース
FREEDOM WEST(2011年)※インディーズ作品のリリース
depth(2012年)※インディーズ作品のリリース
Rozetta(2014年)※インディーズ作品のリリース
White cafe(2015年)
Honey Bee Records(2016年)
専門レーベルの導入
1990年代以降はビーイング出資によるレコード会社が次々に設立されてきたが、遡れば1980年代初頭より自社制作音源を供給する目的で大手レコード会社内に専門レーベルを設立した経緯がある。なお、LOUDNESS ・BOØWY ・亜蘭知子 ・秋本奈緒美 ・浜田麻里 ・TUBE ・B'z など1980年代に発表された作品はビーイングが制作したマスターテープ(原盤)をレコード会社側が買い取った上で発売されているが、1990年代以降はビーイングが原盤権を保有しレコード会社や音楽出版社と原盤供給契約をしているものが殆どである[ 注釈 8] 。また1980年代に発表された一部作品で、レーベルと合わせて原盤制作を示す意でビーイングのロゴマークが併記されてあるものやクレジットされてあるものがある。
etc・・・
タレント部門
1980年代からグループ内にタレントマネジメントを行う子会社は存在しており、ビーイングランド にはアイドル・声優として活動していた太田貴子 やベストワンプロ には山口かおり らが所属していた。またビーイング本体でも秋本奈緒美 や榎本三恵子 らをマネジメントしていた。
1988年に設立されたオフィスフットワークス には、元おニャン子クラブ の五味岡たまき や1991年に他事務所から移籍してきた網浜直子 と飯島直子 が所属。網浜と飯島はW-NAO としてCDデビューしている。ビーイング全盛期はZARDや大黒摩季で露出を控える戦略を取っていたが、ZARDや大黒とは違い事務所移籍後の飯島は活動の末、モデルからタレント・女優として転身し、癒し系 芸能人としてブレイクを果たした。1990年代中盤まで事務所が存在していたが、代表者の引退などによる理由で事務所が解散。それにより網浜、飯島、亜蘭知子 といった所属タレントはヒロ・グループ系列のヒロ・エンターテイメント (現:ハーキュリーズ )へ移籍することになった[ 注釈 14] 。
オフィスフットワークスはジャニーズ事務所 から独立したばかりの田原俊彦 と業務提携しており、その経緯からコンサートツアーのバックメンバーにビーイング所属のミュージシャンが参加していた。田原もフットワークス解散後は、ヒログループへ移籍している。
1990年代初頭は南野陽子 の個人事務所サザンフィールド と業務提携しており、音楽制作やファンクラブ業務をビーイングが行なっていた事もあった。
2000年代にはマネージメント会社「LOOP 」がモデル・タレント部門を設立。モデル・タレント・俳優の育成にも力を入れ始める。
2009年2月28日をもってタレント部門の閉鎖。現在はタレント部は系列のWhite Dream が運営している。
BREAKERZ のヴォーカルDAIGO はミュージシャン活動のマネジメントのみビーイングが行なっており、タレントとしてのマネジメントはバーニングプロダクション 系列のエープラス が担当。
自社ミュージシャンの活用
B ZONE系アーティストの楽曲のコーラスでは、上杉昇、生沢佑一(TWINZER )、近藤房之助、坂井泉水 、宇徳敬子 、大黒摩季 、川島だりあ 、小松未歩 など、ビーイング所属のアーティスト同士で互いにコーラスに参加していた。BAAD の大田紳一郎 (現:doa )は、ZARDの曲で男声コーラスをしている。演奏においてもDIMENSION を中心に自社ミュージシャンを活用している。
クリエイター
作詞家・作曲家・アレンジャーが多数在籍している(以下、過去の在籍も含む)。(50音順)公式サイトが開設され、Being Music Creatorsに記載されている。
作詞
作曲
編曲
明石昌夫 (元B'zのサポートメンバー、現在はビーイングから離脱)
石井健太郎(作曲と兼任、現在はビーイングから離脱)
池田大介 (「池田大輔」名義のものも含む)
大賀好修 (Sensation ・元OOM ・元nothin' but love )
大島こうすけ(康祐)(大満月・元WANDS・元SO-FI、作曲と兼任)
大堀薫 (元BLUEW 、現在はビーイングから離脱)
岡本仁志(元GARNET CROW、作曲と兼任)
小澤正澄(元PAMELAH、作曲と兼任、「M-oZ」名義のものも含む)
加藤貴也
鎌田真吾
久保田敬也(元Purple Stone、編曲と兼任。現在はビーイングから離脱)
小内喜文(作詞と作曲を兼任)
後藤康二(元ZYYG、編曲と兼任)
小林哲
斉藤辰夫(T.SAITOH、「t2o」名義のものも含む)
笹路正徳
DJ ME-YA(水谷智明) (音楽レーベルDAY TRACK 代表)
鶴澤夢人(元WAR-ED、作曲と兼任)
寺島良一
寺地秀行 (「Dr.Terachi」名義のものも含む)
TONE(英語詞と兼任、「FRANK ANGSTEAD」名義のものも含む)
徳永暁人 (doa)
西村麻聡 (FENCE OF DEFENSE 当時:西村昌敏、現在はビーイングから離脱)
野田雪文 (現在はビーイングから離脱)
葉山たけし (現在はビーイングから離脱・外部より参加)
蓬田尚紀(Naoki "J" Yomogida、レコーディングエンジニア、元Field Of Viewのサポートベーシスト、現在はビーイングから離脱)
Hiya & Katsuma(作曲と兼任)
平賀貴大(作曲と兼任)
古井弘人 (元GARNET CROW、現在はビーイングから離脱)
藤崎昌弘
ホリエアキラ(元NONSECT、現在はビーイングから離脱)
MissTy
munetoshi
Lee Jae-Kwan ほか
スタジオ風景
1993年当時、ビーイングの拠点は六本木にあり、そのスタジオでの様子をセピア調のジャケットや歌詞カードにして、TV露出を行わないながらアーティストイメージを印象付けた。レコーディング用マイクの前、ミキサー卓での作業風景、ギターやベースの楽器を持つ、ドラムセットに座るなどの姿を採用しているケースが多かった。
外部との関わり
外部からクリエイターを招いて楽曲製作することもあり、松井五郎 ・秋元康 ・康珍化 ・湯川れい子 ・大津あきら ・ジョー・リノイエ ・馬飼野康二 などが該当する。さらにGLAY のTAKURO が松本孝弘のソロ作品で共同制作をしたことがあった。最近では葉山たけしが離脱後もZARDなどの楽曲を製作している。
上記とは逆に織田哲郎 がMAGIC ・相川七瀬 のプロデュースをビーイング外部で手がけた事があり、更には松本孝弘が宇都宮隆 ・MISIA ・KAT-TUN 、大島こうすけ がZwei 、後藤康二 が伊藤由奈 の楽曲を手がけた。
楽曲の参加ではZARDが楠瀬誠志郎 ・織田哲郎が美久月千晴・Riding が坂崎幸之助 (THE ALFEE )とのレコーディングでのコラボレートを実現した。DIMENSION は結成以前から誰彼構わず主義であり、ジャニーズ事務所 所属歌手のレコーディングに参加している。
また、以前より外部プロダクション と親交があり、KIX-S は渡辺プロダクション 創業者渡辺晋 の長女渡辺ミキ と長戸が共同でプロデュースした。スターダストプロモーション とは坂井泉水 ・宇徳敬子 ・KEY WEST CLUB ・MANISH らを送り出し、その密接な関係から“ビーイング―スターダスト連合”なる呼称が一部で使われていた。
スペースクラフト 、ボックスコーポレーション 等と親交があり、所属アーティストのサウンドプロデュースをビーイングが手がけていた。スペースクラフトとはBon-Bon Blanco ・岩田さゆり ・宇浦冴香 、ボックスとは上木彩矢 ・高岡亜衣 、過去にはFIELD OF VIEW ・Litz Co. などが挙げられる。しかし、現在は、それらのアーティストが全て活動休止や移籍となり、スペースクラフト、ボックスコーポレーション等との親交も薄れている。
吉本興業 とも交流があり、古くは吉本新喜劇オールスターズ 、2003年頃からFayray のアルバム『白い花 』と『HOURGLASS 』[ 注釈 15] のサウンドプロデュースを長戸大幸が手掛けた。
大阪府 に本社、東京都 に支社を置くアーティスト・モデル・タレントマネージメントプロダクション「BLUE SPLASH 」(1985年設立)や、大阪府 を拠点に活動しているモデル・タレントマネージメントプロダクション「スタジアムプロモーション 」(1983年設立)等と業務提携。所属アーティストのサウンドプロデュースをビーイングが手掛けている。「BLUE SPLASH」所属アーティストは、青紀ひかり、北原愛子 (引退)、碧井椿 (引退)、北空未羽 (活動休止)、「スタジアムプロモーション」所属アーティストは、菅崎茜 (活動休止)。
元々、外部に所属するもビーイング系列のレコーディングには頻繁に参加する青木智仁 ・青山純 ・江口信夫 ・渡辺直樹 とも親交が深い。
自社オーディション
下記の大型オーディション以外にも様々なオーディションを開催されている。
BADオーディション
BADオーディション とはB eing A rtist D evelopment Auditionこれまで稲葉浩志 、T-BOLAN 、大黒摩季 、柴崎浩 、高山征輝 、大田紳一郎 、宇津本直紀 、葛原豊 、高森健太、HOOPなど数多くのミュージシャンを輩出している。2011年にBADオーディション2011を開催。
SUPER STARLIGHT CONTEST
SUPER STARLIGHT CONTEST は、全国34局ネットの音楽情報テレビ番組「CD NEWS 」(現在はMU-GEN )とGIZA studio 共同協賛のビーイング オーディション。これまで多くのアーティストを輩出している。「大阪GRAND Cafe」で、半年から1年周期(春と秋)に開催されており、グランプリ、準グランプリ、審査員特別賞、MU-GEN 賞(以前はCD NEWS 賞)などの部門賞がある。開催時によって違うが、グランプリ1名、準グランプリ1名、審査員特別賞1名から2名、MU-GEN賞1名から3名という結果が多い。同オーディションがきっかけでデビューしたアーティストは、愛内里菜 、滴草由実 、竹井詩織里 、碧井椿 、白石桔梗 など。
Treasure Hunt 〜ビーイングオーディション2012〜
Treasure Hunt 〜ビーイングオーディション2012〜はビーイングが2012年初めに告知したメジャーデビューが確約された大規模オーディション。6月24日に行われた最終審査で、新山詩織 がオリジナル曲の『だからさ』と椎名林檎 の『丸ノ内サディスティック 』を弾き語りで披露し、審査員の高評価を得て応募総数8000人以上の中からグランプリを受賞。メジャーデビューの権利を得て、2013年にメジャーデビューとなった。他の応募者と比較し明らかに飛びぬけた才能と歌声という評価。審査特別賞に焚吐 、蓮花 が受賞し、2015年にメジャーデビューした。
『映画主題歌 女性シンガーオーディション ~Future Girls Audition~』
映画主題歌 女性シンガーオーディション ~Future Girls Audition~は2016年初めにビーイングが告知した大規模オーディション。グランプリ獲得者は2017年公開の映画『傷だらけの悪魔 』主題歌でのデビューが確約されていた。応募資格として歌と容姿に自信のある中学生~21歳までの女性と限定されていた。またこのオーディションではこの映画でのデビューができるNEXTSTAR賞も同時に募集。こちらも女性限定。アーティスト部門、グランプリには菜々、審査員特別賞には荒木結衣、NEXTSTAR賞には藤咲百恵がそれぞれ受賞した。2016年に菜々は、「Liliy's Blow」名義でデビュー。2017年公開の映画「傷だらけの悪魔」で藤咲がデビュー。
『平成生まれの女性ギタリストオーディション』
2017年公開の映画「傷だらけの悪魔」の演出プランで、急遽、女性ギタリストのキャスティングが決定した。それに伴い、先に行われた「女性シンガー主題歌オーディション」のスピンオフ・オーディションとして、平成生まれの女性ギタリストの緊急募集が決定。オーディション合格者は、映画出演とレコーディングの参加が約束された。また、この演出には主題歌オーディションのグランプリの菜々も出演した。
『Being グローバルプロジェクト』
2017年開催のビーインググループの大型オーディションで、日本国内のみならず世界の舞台で活躍できる人材を発掘するのを目的に行われた。募集は性別は問わず25歳までで日本国内に限らず全世界から応募が可能となっており、合格者はビーインググループの全面的バックアップを受けデビューの準備にはいることが約束されていた[ 21] 。
『九州Teen'sオーディション2019』
2019年11月4日にビーイングと福岡 にある音楽スクールであるオンリードがタッグを組み九州・沖縄エリアから若い人材を発掘するために行われる10代限定のオーディションである。参加資格は九州及び沖縄に住民票があり2019年12月31日付けで10代であること。アーティスト部門とアクター部門の2つに分かれてグランプリが選ばれる。アーティスト部門でのグランプリは九州エリア限定1曲入りオリジナル音源でBeingよりCDリリースされることが確約されている。アクター部門でのグランプリは上記のグランプリアーティストのMVへの出演が確約されている。
現在の状況
音楽部門
かつてビーイングブーム と呼ばれたように、1990年代前半は音楽業界でトップを走り続けていた。しかし90年代後半から、所属アーティストの全体的な売り上げが下降気味になり、1999年以降90年代のビーイングを支えてきた織田哲郎 、栗林誠一郎 、大黒摩季 、DEEN らがビーイングから移籍や活動停止。WANDS 、T-BOLAN 、FIELD OF VIEW らの解散が続きブームが終焉。90年代から実質引き続き残ったのはTUBE 、B'z 、ZARD の3組となった。
1995年から1997年 - 大阪心斎橋(直後に自社ビルを北堀江に購入し拠点を移動)に拠点を移し、GIZA studio がメインとなった。以前のビーイングサウンドよりR&B 寄りやUKロック的な音楽を指向するようになり、他社のアーティストと明確な楽曲やアレンジ上の差異は1993年前後に比べて少なくなったが、所属アーティストのメディアコントロール手法とアニメ・ゲームタイアップ で活動する手法は変わっていない。
1998年から2000年 - 小松未歩 のアルバムヒット、倉木麻衣 の大ヒット、テレビアニメ『名探偵コナン 』タイアップ作品で愛内里菜 がシングル『恋はスリル、ショック、サスペンス 』のスマッシュヒットを飛ばすなど、一時期女性アーティストの柱が立っていた。
2002年から2003年 - TUBE、B'z、ZARD、の3本柱に加え、倉木麻衣、愛内里菜、GARNET CROW が着実に売り上げを確保していたが、CD不況 やインターネットや携帯電話などで購入する音楽配信 への移行の影響もあり、いずれのアーティストとも全盛期より売り上げが大幅に減下した。これに呼応するように2003年にZAIN RECORDS がB-Gram RECORDS に吸収合併された。
2004年 - GIZA studio からK-POP ブームが国内で流行する直前いち早く韓国の人気女性グループJEWELRYを日本デビューさせるも日本活動は1年で終了となった。
2006年から2007年 - 東京にNORTHERN MUSIC を設立し、GIZA studioから倉木麻衣、スパークリング☆ポイント 、ZAIN RECORDSから滴草由実 を移籍させて再起を図った。2007年5月にはZARDの坂井泉水 が死去し、代表取締役だった長戸大幸 が退任し相談役へ。従来のR&B寄りやUKロック的な音楽はもとより、ジャズ やボサノヴァ などにも力を入れるようになった。
2008年 - 平田香織 が、Perfume のブレイクで注目を集めるようになったテクノポップ を踏襲した楽曲でデビューしており、新たなジャンルを開拓し始めた。また、同年DAIGO 率いるBREAKERZ がデビューし、男性アーティストが少ないビーイングにおいて、TUBE、B'zに続く新たな男性バンドのファン層を取り入れた。
2009年 - 大阪の音楽事業の縮小(拠点を東京に戻した為)により所属アーティストの契約解除や解散が目立った。およそ7年に渡り活動を続けてきた三枝夕夏 IN db を筆頭に、スパークリング☆ポイント、Naifu が解散し、菅崎茜 、岸本早未 、平田香織らが活動を休止した。レコード会社移籍して活動を続けたアーティストは上木彩矢のみ(GIZA studioからavex trax へ移籍)。
2010年12月31日 - 坂井泉水逝去後のビーイングを支えた女性アーティスト3本柱[ 注釈 16] の一人で、第54回NHK紅白歌合戦 にも出場した愛内里菜が、甲状腺 の病気療養のためにアーティスト活動より引退。
2011年7月10日 - 北原愛子 がhills パン工場でのライブを最後に芸能界を引退。
2012年6月 - 韓国出身の男性アイドルグループBOYFRIEND をBeingレーベルから日本デビューさせ、第27回 日本ゴールドディスク大賞 ベスト3ニュー・アーティスト(アジア)を受賞した。
2013年6月9日 - GARNET CROWが大阪ライブをもって解散。GIZA studioでオリコントップ10入りできるアーティストが完全消滅する。
2015年1月28日 - 女性アイドル&ダンスグループLa PomPon をデビューさせる。
2015年8月26日 - アンティック-珈琲店- がこれまでのインディーズ活動を終えメジャーデビュー。
2016年1月6日 - 楽曲制作に関与した名古屋を拠点に活動する男性アイドルグループBOYS AND MEN の『BOYMEN NINJA 』が、1月18日付オリコン週間シングルチャートで1位を獲得。翌月に発売された後藤康二 作曲の『Wanna be! 』も2月15日付オリコン週間シングルチャートで1位を獲得し、2作連続で首位を獲得。
2016年4月 - 長戸大幸を中心に製作したビーイング傘下レーベル・GIZA studioを中心による音楽集団、d-projectを始動。
2016年6月20日 - 無期限の活動休止中だった大黒摩季がビーイングと再契約し活動を再開。
2017年6月 - 活動休止していたT-BOLANが活動を再開。
2019年4月1日 - 1999年12月31日に解散したロックバンドZYYG の活動再開が発表された。
2019年9月18日、GIZA studioより女性4人組バンドSARD UNDERGROUND がZARDトリビュートアルバムでメジャーデビュー。
2019年5月1日、ビーイング初の演歌歌手新浜レオン がデビュー。
2019年11月17日、WANDSが19年ぶりに新ボーカリスト上原大史 の加入により第5期WANDSとして活動を再開。
タレント部門
ビーイング関連会社「LOOP 」が途中より設立したモデル・タレント部門には、2009年2月28日をもって閉鎖が発表されるまで、制コレ グランプリを受賞した川原真琴 や退社後にミス日本 を受賞した立花未樹 (現:宮田麻里乃 )、2005年4月から2007年3月までの『おはスタ 』(テレビ東京 制作)のおはガール キャンディミントのメンバーに選ばれ、倉木麻衣 の『P.S MY SUNSHINE 』のPVに出演した麻亜里 などが所属していた。その後、タレント部はWhite Dream へ移行した。現在、White Dreamに所属しているタレントは、松村龍之介 、秀光 (元劇団プレステージ )、長尾卓也 (劇団プレステージ)、村山和実 、深堀圭一郎 、エレーナ・アン、灰塚宗史など。
不動産部門
1994年に不動産部門として株式会社ビープラネッツを設立。東京代官山町 での都市開発で成功し巨額な収益を上げ、その後1998年頃よりこれまでに蓄えていた豊富な財源を利用し大阪市内(主に堀江 、心斎橋 周辺)に多数のビルやマンション、駐車場などの不動産投資を始める。2008年に大阪大学医学部附属病院 跡地に高級賃貸マンションリバーレジデンス堂島と共にオープンした堂島リバーフォーラム では不動産開発 から管理運営をするまでに成長している。その後も保有資産を増やし続けており、イタリア の建築家アントニオ・チッテリオが設計したデザイナーズ商業ビル「RASTER ON SHINSAIBASHI」が完成するなど、2022年現在までにグループが保有するビル、マンション、駐車場などの不動産は関西地区のみだけで2500を超える。また近年は国内のみならずニューヨーク やハワイ といった海外不動産へも投資している。2000年代中期より音楽業界ではCDの売り上げ不振が続き各レコード会社とも業績の悪化を余儀なくされている状況だが、それ以前に不動産投資に着手したB ZONEはとても音楽プロダクションとは思えないほどのバイイング・パワー を誇示しており音楽事業以外での収益の獲得に成功している。不動産部門では株式会社ビープラネッツをはじめとした多数の不動産会社をグループの傘下に従えている。
系列会社
レコードレーベル所属アーティスト
B ZONE
発売元:販売元:株式会社B ZONE
VERMILLION RECORDS
NORTHERN MUSIC
2011年10月よりビーイングがNORTHERN MUSICを吸収
倉木麻衣 (音楽プロデューサーはKANONJIと共同)
B-Gram RECORDS
B ZONE
ZAIN RECORDS
NiM RECORDS
asistobe
D5 RECORDS
GIZA studio
販売元:株式会社B ZONE
J-Pop
O-TOWN Jazz
D-GO
インディーズレーベル
Being
CRIMZON
出典:[ 22]
外部レコードレーベル
ビクターエンタエインメント/Colourful Records
White Dream所属のタレント・モデル・俳優
レコードレーベル旧所属アーティスト
主な過去の制作アーティスト
アーティストマネジメント
系列の芸能事務所でアーティストおよびタレント、モデルのマネジメントを行っている。ただし、ビーイングが音楽制作に携わったからといって必ずしもマネジメント全般まで関与しているとは限らない。
B ZONEに関連のある外部の人物
直接、B ZONE所属ではないが、同社に所属している人物がプロデュースしたことのあるアーティスト、同社の作品やライブに関わったことのある人物など。ただし、該当人物が同社に所属する前や同社から移籍・解散した後など同社と無関係な期間は除く。
制作媒体
テレビ
放送終了
MVN(あいテレビ ほか) - BEINGアーティストがリリースする新曲をPV映像を交えて紹介。
THE MOMENT (チバテレ ほか) - 主にBEINGアーティストの新曲や話題を紹介。ENTERTAINMENT NEWS の後継番組だが、MCは設けていない
ダンスシャッフル(tvk ほか)
MU-GEN (チバテレ ほか)
音楽ニュースHO (テレビ朝日系)
NO. (テレビ朝日系列、ミニ番組)
1993年4月から1999年9月まで放送され、ビーイング系アーティストのプロモーションビデオ が放映されていた。
CD NEWS (UHF系、ミニ番組) 出演:浜家優子 (有文子)など。
1993年4月から1999年9月まで放送され、ビーイング系アーティストのプロモーションビデオが放映されていた。
GIZA STATION (UHF系、ミニ番組)
情報IN(テレビ東京 、ミニ番組)1996年から1997年にかけて『ワールドビジネスサテライト』放送終了後に放送されていた『SUNDAY BLUES LIVE』の模様を紹介した番組。
いま人(日本テレビ 、ミニ番組) - 1996年秋スタート。
チェキラ! (日本テレビ、ミニ番組)
渋谷界隈のショップ・グッズ情報と絡めた番組。シングル・アルバムチャートではビーイング歌手が1位〜5位を必ず獲得し、実際のチャートとかなり乖離していた。出演:こずえ鈴
チェキ!チェキ! (日本テレビ、ミニ番組)
チェキラ!の後継番組。出演:榮倉奈々 、徳澤直子
J-ROCK ARTIST BEST 50 (UHF系)
視聴者投稿でアーティストをカウントダウンする番組で、ビーイング歌手が上位を独占。「今週の似ている曲」ではビーイング以外の楽曲のみを扱う。数回、番組名を変えリニューアル。
BEST OF J-GROOVE (UHF系)
R&Bが流行し始めた頃、J-ROCKがタイトル変更。SINGLE・ALBUM REVIEWコーナーではビーイングしか取り上げなかった。
ROOTS (UHF系)
関西ブルースムーブメント再興促進とポピュラー音楽史をシナジーさせビーイング関西活動のきっかけとした番組。
アメロク(UHF系)
ナレーション:和田誠 ・浅井博章 ほか。アメムラ・ロック・ストリートの略。オーバー気味なナレーションと共に毎回出演するゲストが、オススメのアーティスト紹介で必ずビーイングの歌手を推薦する番組構成。
SO-HOT(UHF系、テレビ大阪 制作)
ナレーション:浅井博章 ・U.K. 。堀江最新情報番組と称してGIZAアーティストを紹介していた。「人気・実力・ルックスの3つを兼ね備えたブレイク必至のバンド」として、活動停止したWAG (GIZA所属)をフィーチャーしていた。
HIP-POP(UHF系)
活動停止したソウル・クルセーダーズ (GIZA所属)のキング・オパールが出演。
ホームページ京都(UHF系 KBS京都制作)
京都の観光スポットを紹介する番組で、前期は若者向けの京都情報を中心に紹介。スタジオ収録は大阪アメリカ村にあるグランカフェ。後期は評論家・八幡和郎 を迎え一新。京都、滋賀を始め関西の情報を多岐に渡って紹介。収録は京都北山スタジオ、GIZA本社。初期のレギュラー:NewCinema蜥蜴 、RAMJET PULLEY 、WAG、cocott 、内藤智子、キングオパール、京都の著名人。後期のレギュラー:八幡和郎、内藤智子、庭和田薫、斉田才。斉田才の音楽情報ではビーイングを中心に紹介。
BOOMs(UHF系)
中高生向け音楽情報番組だがエイベックス系は取り上げなかった。
メッチャE!(UHF系)
BOOMsがリニューアル。ビーイング音楽情報のほかにGARNET CROW の岡本仁志が同志社大学を再訪したり、デビュー前の三枝夕夏 が出演。
ヒルズ音楽工場(UHF系)
3ヶ月で終了、この頃からビーイング制作番組が縮小していく。
CD News(UHF系)
司会:斉田才、内藤智子、KAORU。MUSIC NEWSのコーナーではビーイングは発売前、非ビーイングは発売後の紹介という徹底ぶりだった。
The MUSIC 272 (SKY PerfecTV! 272ch)
ビーイングが運営する上記の番組を多数有料放送していたが、2005年6月30日電波停止された。今後はPPV や動画配信に力を入れていく様子である。
ENTERTAINMENT NEWS (UHF系、チバテレ ほか)
MCはLOOP 所属タレントの石井琴里 と矢田達也。専用スタジオなどは一切なく、副調整室 で収録されていた。
ARTIST REQUEST (UHF系、チバテレ ほか)
2011年6月終了。
MUSIC FOCUS (チバテレとの共同制作、全国22局ネット・Music Japan TV)
Beng GIZA VERMILLION オフィシャルポータルサイト『Musing』でのダウンロードも可能。
2009年4月 - 2012年3月放送。
MUSIC LAUNCHER (チバテレとの共同制作、全国22局ネット・Music Japan TV)
MUSIC FOCUSの後継番組。2012年4月 - 2016年3月放送。この番組が最後のチバテレとの共同制作番組となる。
『音都』(サンテレビ ) - 2019年1月9日から2019年9月25日まで放送されていた。長戸大幸 がゼネラルプロデューサーとしてクレジットされているほかギザのスタッフが制作に関わっていた。
ラジオ番組
過去
雑誌・冊子
J-ROCK magazine(1994年 - 2000年、月刊誌、ジェイロックマガジン社)
J-groove magazine(2000年 - 2006年、月刊誌、ジェイロックマガジン社)
Music Freak Magazine (1994年 - 2009年、フリーペーパー、エムアールエム ) - ビーイング系歌手がメイン
music freak Es(2010年 - 2015年、有料会員限定雑誌、エムアールエム) - 2016年からは有料メールマガジン「music freak press」に移行。
Undown(1997年 - 2003年、フリーペーパー、エムアールエム) - インディーズ系アーティストがメイン
その他
関連項目
脚注
注釈
^ ビーイングが制作する番組やT-BOLAN「愛のために 愛の中で 」やZARD・倉木麻衣などのPVの撮影場所でも使用された。1995年から1997年12月までは毎週日曜日にSUNDAY BLUES LIVEが催されており、近藤房之助 やAKASHI MASAO GROUP などが出演。2016年5月に閉店。またグランカフェは升田敏則が代表を務める九十九ラーメンの大阪地区のフランチャイジーであったが、頓挫している。
^ Spoonfulは、当初、ZAIN RECORDS のサブレーベルであったが、独立レーベルとしてAmemura O-town Record が設立され、そのサブレーベルとなった。
^ 倉木麻衣と大野愛果のアルバムを全米で発売した以外は、B'zの海外A&R業務を行なっていた。
^ 2002年にB'zと倉木麻衣の韓国限定アルバムを発売後は、2004年に日本語解禁に伴い韓国国内での発売・プロモーション業務を行なっていた。現在は清算されている。
^ 1988年のソウルオリンピックのテーマソングだった浜田麻里の「Heart and soul」は制作には関与していないものの、音楽出版権はNHK出版と共同でビー企画室が保有している。
^ FM802は小室ファミリー やジャニーズ 系はオンエアされていないが(同一運営の姉妹局のFM COCOLO では時折オンエアされることがある)、ビーイング系楽曲はオンエア制限の対象にはなっていない。またB'zや大黒摩季などの関西地区でのコンサートの(名義)主催や音楽イベント「音都」の後援はFM802である。
^ Amemura O-town Record は、小松未歩 が同じビーインググループ、しかも、同じビルの別の階にあるGIZA studioへ移籍したことでアーチスト不在となり消滅した経緯より、別会社ではあるが運営的にはGIZA studioとAmemura O-town Recordは一体であったと見做されることが多い。GIZA studio自体がAmemura O-town Recordと一体であったと見做している例として、コンピレーション・アルバム『GIZA studio presents -Girls- 』にて、小松未歩のAmemura O-town Record時代の作品が、3曲も選曲されている。
^ BOØWY がビーイング在籍時代に発表した楽曲の原盤権はレコード会社にあるが、未発表曲だった「たった一度のLOVESONG」のみビーイングが保有している。また原盤供給契約が満了した織田哲郎 のプラッツ在籍時の作品や、日本コロムビアの"Beat reC"やテイチクの"Bi-Ta-ming"から発売した作品は現在ビーイングが原盤権を有している。
^ メルダックより発表した松本孝弘の作品の原盤権は、現在ビーイングが保有。TUNE'Sの原盤権は徳間ジャパンが保有している。
^ 近藤房之助 ・坪倉唯子 ・栗林誠一郎 等の作品はBMGルームス移管後も再発売や音楽配信がされていないものがあるが、代表原盤権がアリオラジャパンにある為である。
^ 本レーベル作品の原盤権は全てビーイングが保有しているため、B'z が2000年に発表した『B'z The Mixture 』が"BEING GIZA STUDIO"で配信されている以外は音楽配信はされていない。
^ レーベル終了は1994年。本レーベル作品の原盤権は、ビーイングが保有。
^ 原盤権が事務所側(関連会社の渡辺音楽出版が保有)にある事を示すために、KIX-Sがレコード会社移籍後のAriola/BMGジャパンから発売された作品と1998年 - 1999年にかけてBAIDIS/テイチクエンタテインメントより発売したベストアルバム2作にはレーベルロゴと併せて事務所ロゴが付与されてある。事務所はKIX-S活動休止後に、関連会社のマニアマニアに吸収されている。
^ ヒロ・グループは2004年にビクターエンタテインメント 系列の関連会社4社と事業統合した上で、JVCエンタテインメント・ネットワークス株式会社 になる。ビクターが資本を引き上げた事により2011年にタレントマネジメント部門は新設のハーキュリーズと音楽マネジメント部門はフォーミュラエンタテインメントにそれぞれ業務が引き継がれる事になる。網浜と飯島はハーキュリーズへ、亜蘭知子と田原俊彦はフォーミュラへそれぞれ移籍。2016年フォーミュラが行なっていたマネジメントは明石昌夫 が所属しているジェイロック に移管される事になり、J-BRAVE が設立、現在に至る。尚、織田哲郎 と相川七瀬 はフォーミュラ時代から業務提携している。
^ シングルでは「touch me, kiss me 」から「口づけ 」まで
^ 愛内里菜、倉木麻衣、GARNET CROWの3組
^ 同社の設立に関与したかつてのスタッフだった一人。退社後は上記のパブリック・イメージを設立し、同社所属歌手のサポートとして活動していた横関敦 、神長弘一 、須貝幸生 を所属させた。
^ 1990年代 に関係が深く、1992~93年ごろのテレ朝系番組の主題歌およびテーマ曲に使っていた。特に、BAAD と秋吉契里 はテレビ朝日系主題歌の常連であった。
^ かつてB ZONEが販売しているCD・DVDの製造を行っていた企業。小学館から販売受託されている名探偵コナンDVD・Blu-ray Discを除く。2015年9月をもって撤退。
^ Beingが販売しているCD・DVD・Blu-ray Discならびに小学館から販売受託されている名探偵コナン関連のDVD・Blu-ray Discを製造している企業。
^ 1990年代中盤、B-Gram RECORDSがCDのプレスを委託していた企業。DVDソフトに参入し始めた2000年から2004年までのDVDの製造を委託。
^ 2004年から2007年までのDVDソフトの製造元。また2007年度に関しては、CDプレスも委託。
^ Beingが販売しているソフトの物流ならびに商品管理を行っている。JVCケンウッド の元関連会社。
出典
外部リンク
メジャーレコードレーベル
主要レーベル
その他のレーベル
関連項目