(arctan から転送)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/06/01 08:30 UTC 版)
数学において、逆三角関数(ぎゃくさんかくかんすう、逆三角函数、英: inverse trigonometric function、時折 cyclometric function[1])は(定義域を適切に制限した)三角関数の逆関数である。具体的には、それらは正弦 (sine)、余弦 (cosine)、正接 (tangent)、余接 (cotangent)、正割 (secant)、余割 (cosecant) 関数の逆関数である。これらは三角関数値から角度を得るために使われる。逆三角関数は工学、航法、物理学、幾何学において広く使われる。
逆三角関数の表記はたくさんある。しばしば sin−1 (x), cos−1 (x), tan−1 (x) などの表記が使われるが、この慣習はよく使われる sin2 (x) といった、写像の合成ではなく冪乗を意味する表記と混同し、それゆえ合成的逆と乗法逆元との混乱を起こす可能性がある。三角関数には各逆数に名称が付されており、(cos x)−1 = sec x といった事実により混乱は幾分改善される。著者によっては別の慣習表記もあり[2]、Sin−1 (x), Cos−1 (x) などのように、大文字の最初の文字を −1 の右上添え字とともに用いるという表記がある。これは sin−1 (x), cos−1 (x) などによって表現されるべき乗法逆元との混乱を避ける。一方、語頭の大文字を主値を取ることを意味するために使う著者もいる[3]。また別の慣習は接頭辞に arc- を用いることであり、右上の −1 の添え字の混乱は完全に解消される。その際の表記は arcsin (x), arccos (x), arctan (x), arccot (x), arcsec (x), arccsc (x) となる。本記事では全体的にこの慣習を表記に用いる。コンピュータ言語では、逆三角関数の表記は通常 asin, acos, atan が使われている。
接頭辞 "arc" の起源は、弧度法に由来する。例えば、「余弦が x となる角度」は、単位円において、「余弦が x となる弧 (arc)」と同義である[4]。
逆正接函数の数表は実用上の要請から、すでにクラウディオス・プトレマイオスによって作成されていたという[5]。
6つの三角関数はいずれも単射でないから、その逆関係は多価関数である。逆関数を考えるには、変域を制限する。それゆえ逆関数の値域はもとの関数の定義域の真の部分集合である。
例えば、平方根関数 y = √x は y2 = x から定義できるのと同様に、関数 y = arcsin(x) は sin(y) = x であるように定義される。sin y = x となる数 y は無数にある;例えば 0 = sin 0 = sin π = sin 2π = … となっている。返す値を1つだけにするために、関数はその主枝に制限する。この制限の上で、定義域内の各 x に対して表現 arcsin(x) はその主値と呼ばれるただ1つの値だけを返す。これらの性質はすべての逆三角関数について同様に当てはまる。
主逆関数は以下の表にリストされる。
| 名前 | 通常の表記 | 定義 | 実数を与える x の定義域 | 通常の主値の終域 (ラジアン) |
通常の主値の終域 (度) |
|---|---|---|---|---|---|
| 逆正弦 (arcsine) |
y = arcsin x | x = sin y | −1 ≤ x ≤ 1 | −π/2 ≤ y ≤ π/2 | −90° ≤ y ≤ 90° |
| 逆余弦 (arccosine) |
y = arccos x | x = cos y | −1 ≤ x ≤ 1 | 0 ≤ y ≤ π | 0° ≤ y ≤ 180° |
| 逆正接 (arctangent) |
y = arctan x | x = tan y | すべての実数 | − π/2 < y < π/2 | −90° < y < 90° |
| 逆余接 (arccotangent) |
y = arccot x | x = cot y | すべての実数 | 0 < y < π | 0° < y < 180° |
| 逆正割 (arcsecant) |
y = arcsec x | x = sec y | x ≤ −1 or 1 ≤ x | 0 ≤ y < π/2 or π/2 < y ≤ π | 0° ≤ y < 90° or 90° < y ≤ 180° |
| 逆余割 (arccosecant) |
y = arccsc x | x = csc y | x ≤ −1 or 1 ≤ x | − π/2 ≤ y < 0 or 0 < y ≤ π/2 | −90° ≤ y < 0° or 0° < y ≤ 90° |
(注意:逆正割関数の終域を (0 ≤ y < π/2 or π ≤ y < 3/2π) と定義する著者もいる。なぜならば正接関数がこの定義域上非負だからである。これによっていくつかの計算がより首尾一貫したものになる。例えば、この終域を用いて、tan(arcsec(x)) = √x2 − 1 と表せる。一方で終域 (0 ≤ y < π/2 or π/2 < y ≤ π) を用いる場合、tan(arcsec(x)) = ± √x2 − 1 と書かねばならない、なぜならば正接関数は 0 ≤ y < π/2 上は負でないが π/2 < y ≤ π 上は正でないからである。類似の理由のため、同じ著者は逆余割関数の終域を (−π < y ≤ − π/2 or 0 < y ≤ π/2) と定義する。)
x が複素数であることを許す場合、y の終域はその実部にのみ適用する。
逆三角関数の三角関数を以下の表に示す。表にある関係を導くには、単純には幾何学的な考察から、直角三角形の一辺の長さを 1 とし、他方の辺の長さを 0 ≤ x ≤ 1 にとってピタゴラスの定理と三角比の定義を適用すればよい(表中の図を参照)。このような幾何学的な手段を用いない、純代数学的導出はより長いものとなる。
余角:
逆三角関数は、直角三角形において、辺の長さから鋭角を求めるときに有用である。例えば sin の直角三角形による定義を思い出すと
が従う。しばしば、斜辺 (hypotenuse) は未知であり arcsin や arccos を使う前に、ピタゴラスの定理:a2 + b2 = h2(h は斜辺の長さ)を使って計算される必要がある。逆正接関数はこの状況で重宝する、なぜなら斜辺の長さは必要ないからだ。
例えば、7 メートル行くと 3 メートル下がる屋根を考えよう。この屋根は水平線と角度 θ をなす。このとき θ は次のように計算できる:
atan2 関数は 2つの引数を取り、与えられた y, x に対して y/x の逆正接関数値を計算する関数だが、その返り値は (−π, π] の範囲に定める。言い換えると、atan2(y, x) は座標平面の x軸の正の部分と点 (x, y) の間の角度に反時計回りの角度(上半平面、y > 0)に正の符号、時計回りの角度(下半平面、y < 0)に負の符号を付けたものである。atan2 関数は最初多くのコンピュータ言語に導入されたが、今日では他の科学や工学の分野においても一般的に用いられている。なお、マイクロソフトのExcelでは引数の順番が逆になっている。
atan2 は標準的な arctan、すなわち終域を (− π/2, π/2) に持つ、を用いて次のように表現できる:
この関数はタンジェント半角公式を用いて次のようにも定義できる:x > 0 あるいは y ≠ 0 ならば
しかしながらこれは x ≤ 0 かつ y = 0 が与えられると成り立たないので、計算機で用いる定義としては適切ではない。
上の引数の順序 (y, x) は最も一般的のようであり、特にC言語のようなISO規格において用いられるが、少数の著者は逆の慣習 (x, y) を用いているため、注意が必要である。これらのバリエーションは atan2 に詳しい。
x, y 共に 0 の場合、インテルの CPU の FPATAN 命令、Javaプラットフォーム、.NET Framework などは下記ルールに従っている。
多くの応用において[どれ?]方程式 x = tan y の解 y は与えられた値 −∞ < η < ∞ にできるだけ近い値を取るべきである。適切な解はパラメータ修正逆正接関数
によって得られる。丸め関数 は引数に最も近い整数を与える (round to the nearest integer)。
0 と π の近くの角度に対して、逆余弦は条件数であり、計算機において角度計算の実装に用いると精度が落ちてしまう(桁数の制限のため)。同様に、逆正弦は ± π/2 の近くで精度が低い。すべての角度に対して十分な精度を達成するには、実装では逆正接あるいは atan2 を使うべきである。
arctan はコーシー分布の、arcsinは逆正弦分布の累積分布関数である。