出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/02/14 19:51 UTC 版)
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| ANTHEM | |
|---|---|
| 出身地 | |
| ジャンル | ヘヴィメタル[1][2][3] パワーメタル[1][2] |
| 活動期間 | 1981年 - 1992年 2001年 - |
| レーベル | 1985年 - 1992年 1986年 - 1987年 2001年 - 2011年 2012年 - 2017年 2018年 - 2019年 - |
| 公式サイト | ANTHEM |
| メンバー | 柴田直人 (ベース) 森川之雄 (ボーカル) 清水昭男 (ギター) 田丸勇(ドラムス) |
| 旧メンバー | 坂本英三 (ボーカル) 福田洋也 (ギター) 大内貴雅 (ドラムス) 中間英明 (ギター) 前田敏仁 (ボーカル) 小柳彰史 (ギター) 本間大嗣 (ドラムス) |
ANTHEM(アンセム)は、1980年代初期から活動している日本のヘヴィメタルバンド[2]。
1985年にデビュー。1992年に解散。2001年に再結成。
再結成前は、リーダー兼メインソングライターである柴田とドラムの大内以外、メンバーチェンジの激しいバンドであった。再結成後は、1990年代後半に柴田と共にLOUDNESSのドラマーとして活動していた本間を加えた過去にないラインナップで、10年以上メンバーチェンジもなく安定した活動を続けた。2004年以降、本間が膝を悪化させてからは何度か休業と復帰を繰り返していたものの、2013年4月に脱退した。本間が休業中の間のサポートドラマーの中には、再結成以前のドラマーであった大内もいた。再結成以降のボーカルを担ってきた坂本は、2014年2月にそれぞれの音楽性を悔いなく追求するために脱退、後任者として1988年から1992年の解散まで在籍していた森川が再加入、同時にサポートメンバーの田丸の正式加入が発表された。
第10期(2014年 - )
| 期 | 時期 | ボーカル | ギター | ベース | ドラムス | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 第1期 | 1982年 - 1983年 | 前田“トニー”敏仁 | 小柳彰史 | 柴田直人 | 大内“MAD”貴雅 | |
| 第2期 | 1984年 | 福田洋也 | ||||
| 第3期 | 1985年 - 1987年 | 坂本英三 | ||||
| 第4期 | 1988年 - 1990年 | 森川之雄 | ||||
| 第5期 | 1990年 | 中間英明 | ||||
| 第6期 | 1991年 - 1992年 | 清水昭男 | ||||
| 第7期 | 2000年 | グラハム・ボネット | ||||
| 第8期 | 2001年 - 2013年 | 坂本英三 | 本間大嗣 | 本間は2012年に膝が悪化したため一時離脱。2013年4月27日に脱退を表明した。 | ||
| 第9期 | 2013年 - 2014年 | 田丸勇(サポート) | ||||
| 第10期 | 2014年 - 現在 | 森川之雄 | 田丸勇 |
元ブラック・ホールのベーシスト、柴田直人を中心に1981年に結成された。結成当時のメンバーは柴田、前田“トニー”敏仁(Vo)、小柳彰史(G)、当時18歳の大内“MAD”貴雅(Dr)の4人。結成当時のステージネームは柴田“マグナム”直人、前田“アンヴィル”敏仁、小柳“レイヴン”彰史、大内“ヴェノム”貴雅であり、主に渋谷のライブハウス「屋根裏」等で活動していた。
その後「もっと強力なギタリストが欲しい」と考えたバンドは小柳を解雇。
1983年、元アンサーの福田洋也(g)を迎える。同年、“関西ヘヴィ・メタル殴りこみギグ”に参加。このライブがきっかけで44マグナムやマリノのサポートを務めた。
1984年にはオムニバス・アルバム『HEAVY METAL FORCE』にSABBRABELLS、ヴェイルらと参加。バンドは「Warning Action!」を提供(現在この音源は「OFFICIAL BOOTLEG」に収録されている)。レコード・デビューの話が舞い込みEARTHSHAKERの石原慎一郎をアドバイザーに迎え、デビューに向けてデモテープを作成し始めたが(こちらも「OFFICIAL BOOTLEG」に収録されている)、ヴォーカルの前田がツアーの疲労と音楽性の食い違いにより脱退。前田は2年後、藤本泰司のバンド、DANCERに加入。
ヴォーカル脱退により活動を半年近く休止。
1985年、オーディションの結果、元レゾナンスの坂本英三(Vo)が加入。後に加入する森川之雄もオーディションに参加していたが、バンドは坂本を選択。[4]
1985年、キングレコードより「ANTHEM~パワーメタル戒厳令」でデビュー。
1986年4月、2ndアルバム「TIGHTROPE」をリリース。同年11月2日、学園祭でのライヴにて主催した学生のミスにより数十人の学生が酸欠で倒れる事故が起こった。
1987年3月、3rdアルバム「BOUND TO BREAK」をリリース。同年6月には海外公演も行い、その海外公演を収めたライヴアルバム「THE SHOW CARRIES ON!」を10月にリリース。その後、坂本英三がバンドへの責任感からくるプレッシャーとツアーによる疲労、プライベートでは子供ができたために音楽で生活するには不安という理由から脱退。代替メンバーとして森川之雄が加入した。
1988年5月、森川加入後の第一作として4thアルバム「GYPSY WAYS」をリリース。
1989年5月、5thアルバム「HUNTING TIME」をリリース。この頃からリーダー柴田と福田洋也との間に軋轢が発生。
1990年2月、次回作のアルバムのレコーディング終了後、浜松でのライヴを最後に福田が脱退。「即戦力となるギタリストが必要」と判断したバンドは3月には元ハリー・スキュアリーのギタリスト中間英明を加入させ、6thアルバム「NO SMOKE WITHOUT FIRE」をリリース。4月には韓国公演を行った。
1991年初頭、中間がバイク事故を起こしたため活動停止。しかし、中間とバンドメンバーとの活動方針に対する意見の相違が原因で脱退をしてしまう。中間は脱退理由について「海外へのアプローチではなく日本向けのハードロックを日本語でレコーディングする」事への違和感を理由に脱退したと述べていたが[5]、柴田は2017年のBURRN! JAPANのインタビューでWikipediaの当項目に「海外へのアプローチをするという約束で加入させた中間が、バンドの活動領域が日本に留まっていることに耐えかね、脱退を申し入れた」と書かれていた件に触れ「そうした認識は全くない」とし、「彼にあったのだとすると、それが彼の真実であるんでしょうけど僕は全く違う(苦笑)。僕は海外に行かないと言ったことはないですね。海外レコーディングが中止になったのは僕のせいではなく湾岸戦争のせいですから」と、中間の考えとは違う理由を述べている[6]。同年8月、森川の知り合いを通じてオーディションに参加した当時20歳の清水昭男が加入。数か月後、レコーディングのために渡英。
1992年3月、7thアルバム「DOMESTIC BOOTY」をリリース。同年5月、森川の脱退により解散を表明。同年7月の日清パワーステーションのライヴを最後に解散。
解散後、ライヴアルバム「LAST ANTHEM」と「BESTⅡ」がリリースされたが、これらのアルバム制作にはメンバーは一切関与していない。
1989年に練馬マッチョマンなるバンドを結成し、1枚だけアルバムをリリースした後、活動を休止。1996年には「さかもとえいぞう」としてアニメタルのヴォーカリストとしてメジャーシーンに復帰。1stの「アニメタル・マラソン」は30万枚以上の売り上げを記録した。その後はJAM Projectに同じくさかもとえいぞうとして参加するなど、アニメ界での活動も行う。(アンセムではこれまで通り坂本英三)2020年11月、ツイキャスにて盟友・坂本英三(exANTHEM)と新バンド結成を発表。2021年春、坂本英三×福田洋也の作品を発表予定。
エメラルド・フォレストを結成するも長く続かず、その後渡米し『ヘレン・バック』なるバンドを結成する。
清水とともにハリウッドを結成するも数回のライヴを経て活動休止。1995年にはロックンロールバンド「THE POWERNUDE」を結成。2003年には元プレシャスの梶山章とゴールドブリックを結成した。
シャイ・ブルーというバンドを結成するがレコード会社とのトラブルにより2年で解散。その後は作曲家・スタジオミュージシャンとして活動。主にジャニーズ系を中心に楽曲提供をしており、2005年にはトラジ・ハイジに「ファンタスティポ」を提供した。
1998年にバンビィノでデビューするも2年で解散。その後は元プリンセス・プリンセスの中山加奈子、LOOPUSの澄田健らとともにVooDoo Hawaiiansを結成。2004年には森川のTHE POWERNUDEに参加したが、2005年末に脱退。他、2003年から2005年末まで元THE YELLOW MONKEYの廣瀬洋一とのHEESEY WITH DUDESで活動していた。現在はジョージ吾妻率いる5Xに在籍している。
バンド解散後、バンド活動での精神的疲労によりヘヴィメタルの世界から距離を置き、ビーイングの作曲家として活動していたが、1994年12月、ヘヴィメタル・バンドラウドネスに加入。なおラウドネス以前にSLYに勧誘を受け加入するが正式デビュー前に脱退している。
長年CLUB CITTA'を聖地としており、ツアーを行う際に東京近辺の公演は毎回CLUB CITTA'で行っていた。 2019年、公式ホームページ上でこの聖地CLUB CITTA'から離れることを表明した。
1999年、グラハム・ボネットをゲストに迎え入れる。元々このプロジェクトはアンセムそのものの再結成は視野に入っておらず、柴田とグラハムの単発プロジェクト扱いであった。(当時柴田はラウドネス在籍中)
2000年、アンセムの楽曲を全英語詞で再録したアルバム「HEAVY METAL ANTHEM」を発表。ギターは清水昭男、ドラムは大内貴雄。本作及びライヴの評判が良く、さらに柴田が在籍していたラウドネスがデビュー当時の編成に戻ることが決まったため、本間と共に脱退。結果的にANTHEM再結成への準備が整った。坂本もアニメタルを前年に活動休止しており、加入に障害が無かった。なお、森川にも再加入を打診したがこの時点では辞退している。
2001年、柴田が、坂本英三、清水昭男、ラウドネス時代の盟友・本間大嗣を迎え入れ再結成。
2001年8月、ビクターより再結成第一弾となる8thアルバム「SEVEN HILLS」を発表。同年秋、ツアーを開始。
2002年10月には9thアルバム「OVERLOAD」をリリース。
2003年1月、ツアーを開始。同年5月にはこのツアーを収めたライブアルバム「LIVE MELT DOWN」を、同年8月にはクラブチッタ川崎公演を収めたDVD「LIVE MELT DOWN THE SHOW STILL CARRIES ON」をリリースするとともに「夏の陣」と題したツアーを開始。元々は坂本の2003年の冬のツアーでの発案による夏のツアーだったが、以後アンセムの夏のツアーは恒例となっている。
2004年7月、10thアルバム「ETERNAL WARRIOR」をリリース。
2005年、本間が膝の手術をするアクシデントもあったが、7月にはデビュー20周年を機に歴代メンバーを集結させてライヴツアーを行った。同年11月には20周年ツアーを収めたDVD「ANTHEM 20th Anniversary Tour 2005」をリリース。
2006年7月、アルバムリリース前にショートツアーを実施。その後8月に11thアルバム「IMMORTAL」をリリース。同年11月にツアー開始。
2007年7月、ベストアルバム「CORE~BEST OF ANTHEM」をリリースするとともにツアーを開始。9月にはかつての事務所の後輩であったOutrageのデビュー20周年ライブの前座に『ANTHEM 88』[7]として参加。同年10月、「LOUD PARK07」に出演。同年11月~12月、ツアーを開始。
2012年4月、本間が自身の体調不良のため、無期限の休養に入る。以後、サポートドラマーを起用し活動を行う。
2013年1月、リーダー柴田が昨年12月の定期健診で胃がんが発見されたことを公表。早期発見であるため同年1月末に手術[8]、5月に行われたOzzfest JAPAN 2013で無事復帰している[9]。同年4月27日、ドラムの本間がANTHEMを脱退する事をHP上で発表した。
2014年2月、それぞれの音楽性を追求するため、再結成当初からのボーカルである坂本英三が脱退。後任として1988年から1992年の解散まで在籍していた森川之雄が再加入する。同時にサポートメンバーであった元夜叉のドラマーの田丸勇が正式メンバーとなることをHP上で発表した。
2018年、サイドプロジェクトとしてANHTEMの楽曲以外のカヴァーを専門に演奏するバンド「THE MAN」を結成。元GargoyleのKENTAROをゲストに迎えたツインリード編成。バンド名はANTHEMのアナグラム。柴田、清水、田丸にGALNERYUSの小野正利とYUHKI、島紀史の3人のゲストを擁したラインナップでも活動する。
GLAYのギタリストHISASHI[10]、LaputaのギタリストKouichi[11]が好きなバンドとしてあげている。
| 発売年 | 編成 | タイトル | レコード会社 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 1990年 | 第四期 | LOVE ON THE EDGE | キングレコード | NO SMOKE WITHOUT FIREからの先行シングル |
| 2001年 | 第八期 | GRIEVE OF HEART | ビクター | SEVEN HILLSからの先行シングル |
| 2002年 | THE VOICES | OVERLOADからの先行シングル | ||
| 2004年 | ONSLAUGHT | ETERNAL WARRIORからの先行シングル | ||
| 2006年 | IMMORTAL BIND | IMMORTALからの先行シングル | ||
| 2008年 | HEAT OF THE NIGHT | BLACK EMPIREからの先行シングル | ||
| 2012年 | Evil One | ユニバーサル・ミュージック | BURNING OATHからの先行シングル | |
| 2013年 | Blast | 映画「HK 変態仮面」挿入歌 デジタル配信限定 |
||
| 2014年 | 第十期 | SHINE ON | ABSOLUTE WORLDからの先行シングル デジタル配信限定 |
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| 2017年 | The Artery Song | ENGRAVEDからの先行シングル デジタル配信限定 |
| 発売年 | 編成 | タイトル | レコード会社 | 備考 | |
|---|---|---|---|---|---|
| 1st | 1985年 | 第三期 | ANTHEM | キングレコード | |
| mini | 1985年 | READY TO RIDE | 新曲2つと1stアルバム収録曲の英語版を収録したミニアルバム | ||
| 2nd | 1986年 | TIGHTROPE | |||
| 3rd | 1987年 | BOUND TO BREAK | |||
| 4th | 1988年 | 第四期 | GYPSY WAYS | ||
| 5th | 1989年 | HUNTING TIME | |||
| 6th | 1990年 | NO SMOKE WITHOUT FIRE | ギターは福田が担当しているが、リリース前に脱退した | ||
| 7th | 1992年 | 第六期 | DOMESTIC BOOTY | ||
| 8th | 2001年 | 第八期 | SEVEN HILLS | ビクター | |
| 9th | 2002年 | OVERLOAD | |||
| 10th | 2004年 | ETERNAL WARRIOR | |||
| 11th | 2006年 | IMMORTAL | |||
| 12th | 2008年 | BLACK EMPIRE | |||
| 13th | 2011年 | HERALDIC DEVICE | |||
| 14th | 2012年 | BURNING OATH | ユニバーサル・ミュージック | ||
| 15th | 2014年 | 第十期 | ABSOLUTE WORLD | ||
| 16th | 2017年 | ENGRAVED |
| 発売年 | 編成 | タイトル | レコード会社 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 1988年 | 第三期 | THE SHOW CARRIES ON! | キングレコード | 1987年のロサンゼルスにおける初の海外公演を収録したもの |
| 1992年 | 第六期 | LAST ANTHEM | 1992年7月の日清パワーステーションにおける公演を収録(廃盤) | |
| 2003年 | 第八期 | LIVE' MELT DOWN | ビクター | |
| 2005年 | 第三期 | THE SHOW CARRIES ON! -Complete Version- | キングレコード | 1988年の作品に未収録トラックを追加した完全版 |
| 2005年 | 第八期 | PROLOGUE LIVE BOXX | ビクター | |
| 2010年 | PROLOGUE LIVE BOXX 2 | |||
| 2015年 | 第十期 | TRIMETALLIC | ユニバーサル・ミュージック | DISC 3は2015年7月25日に行われた『HEADSTRONG FES.』を収めた物で、ANTHEM以外にOUTRAGE、DOUBLE DEALER、SABBRABELLSのライブも収録されている。 |
| 発売年 | 編成 | タイトル | レコード会社 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 1987年 | 第三期 | THE SHOW CARRIES ON | キングレコード | |
| 2001年 | ANTHEM, back then | 87年作『THE SHOW CARRIES ON』をDVD化したもの。 柴田、坂本、当時の所属事務所社長で音楽評論家の伊藤政則との対談 BURRN!編集部員である大野奈鷹美のプライベートカメラで撮影されたアメリカツアーの模様 「The Juggler」「Love on the Edge」のプロモーション映像を追加収録している。 2012年にジャケットを変更して再発している。 |
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| 2003年 | 第八期 | LIVE' MELT DOWN THE SHOW STILL CARRIES ON | ビクター | |
| 2005年 | ANTHEM 20th ANNIVERSARY TOUR 2005 | |||
| 2009年 | LIVE IMMORTAL | |||
| 2013年 | 第九期 | LIVE UNBROKEN LIVE AT CLUB CITTA' 2013.07.27 | ユニバーサルミュージック | 初めてBlu-ray Discの形態も発売された。 |
| 2015年 | 第十期 | BLAZING FAITH〜revisited | ||
| 2016年 | 30+ | |||
| Loud ∞ Out FEST 2016 | オムニバス。 2016年5月に行われた「Loud ∞ Out FEST 2016」のライブを収めた作品。 ANTHEM以外ではLOUDNESS、Outrage、LOST SOCIETYのライブを収録。 |
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| 2018年 | ATTITUDE 2017 -Live and documents- | ワードレコーズ | DVDとBlu-rayの2形態で発売され、初回限定盤には2枚組CDが付属している。 | |
| 柴田直人 生誕60周年記念 METAL MAN RISING | 柴田直人の生誕60周年を記念したライブを収めた作品。現アンセムメンバーに加え、アンセムの歴代ヴォーカリスト、柴田がANTHEM以前に参加していたBLACK HOLEの元メンバー、LOUDNESSの高崎晃が参加した。 | |||
| ANTHEM / SABBRABELLS HEADSTRONG FES.18 | 2度目の開催となるANTHEM主催のヘヴィ・メタル・フェス「HEADSTRONG FES.18」のライブを収めた作品。 ANTHEM以外ではSABBRABELLSのライブを収録。 |
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(anthem から転送)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/11/25 20:03 UTC 版)
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この記事は検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です。 (2025年11月)
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アンセム(anthem)とは、次のような意味を持つ。
あるいは特定の集団のシンボルとしての賛歌、祝いの歌、祝曲。「国歌」(national anthem)[注 1]、「応援歌」(sports anthem、stadium anthem、arena anthem)など。
さらにアンセムにはイギリスの戴冠式に特化した器楽曲もある。
レイフ・ヴォーン・ウィリアムズの『O taste and see』は小規模作品だが、エリザベス2世の戴冠式に演奏された。
アンティフォナの語源でもある、ギリシア語: αντιφωνα(ローマ字転記 antiphōna)から、ラテン語の「antefana」が派生し、その後、低地ドイツ語の「antefn」に変化した[1]。
教会音楽、とくにイングランド国教会の礼拝(サーヴィス)におけるアンセムはルブリカ(Rubric)の定めに従って、朝・夕両方の祈りで第3の特祷の後に行われる。歌詞は聖書や儀式文集から取られる。曲は一般に、賛美歌より凝っていて、変化に富んでいる。
イングランド国教会のアンセムは、会衆ではなく訓練を積んだ合唱隊のために作られる。カトリック教会およびルーテル教会のモテットと似ているが、基本的に歌詞は英語である。カトリックの「votive antiphon」すなわち聖母マリアなど聖人への祈祷に付属する歌の代用として発展した。エリザベス朝(1558年 - 1603年)には、ウィリアム・バード、トマス・タリスらがアンセムを作曲したが、「アンセム」という語の祈祷書[どれ?]初出は1662年であった。
多くのプロテスタント教会では、「アンセム」という語をあてて礼拝式で奏でたり歌う短い合唱曲をさす。聖公会の文脈では、アンセムとは英語の歌詞に曲をつけたものである。それらの由来を受け、「アンセム」という語は現在のように広義に使われるようになった。
初期のアンセムは、言葉がはっきり聞き取れるように、歌詞は単純でホモフォニーにする傾向があった。16世紀後期には、独唱パートと合唱パートが交互に歌われるヴァース・アンセムが登場し、王政復古期にはそれが主流になった。たとえば、ヘンリー・パーセルやジョン・ブロウといった作曲家たちは、チャペル・ロイヤルのために、管弦楽の伴奏付きのヴァース・アンセムを作曲した。
19世紀、サミュエル・セバスチャン・ウェズリー(Samuel Sebastian Wesley)は複数の楽章に広げたアンセムを作曲した。演奏時間は20分超であり、当時のオラトリオの影響を受けた。
19世紀後期には、チャールズ・ヴィリアーズ・スタンフォードが交響曲の技法を使って作曲し、より簡潔にかつ統一感をもたせた。それ以降、その手法で多くのアンセムが生まれ、プロの作曲家よりも、主にオルガニストが作曲を担当し、様式は保守的に偏りがちだった。
プロの作曲家にアンセムを委嘱する場合は、特別の行事のためであった。例としてエドワード・エルガーの管弦楽伴奏付き『主は偉大なり』(Great is the Lord)や『主に捧げよ』(Give unto the Lord)、ベンジャミン・ブリテンの『キリストによりて喜べ』(Rejoice in the Lamb)[注 2]がある。
国際機関の儀式に用いられるうち、北大西洋条約機構(NATO)の関連行事で演奏する器楽曲は1989年に作曲され[2]、歌詞はない。非公式に使われてきて2018年1月に正式採用される[要出典]。
現代では、「アンセム」という語は、「国歌」や「応援歌」など特定の集団を祝う曲に対して用いられている。ポピュラー音楽の中にも、クイーンの『伝説のチャンピオン』はスポーツ応援歌に使われている。フリートウッド・マックの『牙(タスク)』もそれを前提に作られた。
また、特定の音楽ジャンル、バンドやグループの代表曲という意味で使われる場合もあり、ある映画の主題歌ではなく、主題を代表する劇伴を指すこともある。感動させる音楽を表すのに「anthemic」(アンセミック)という造語も生まれた。
アメリカ文学にO・ヘンリーの「Cop and Anthem」がある[3]。
(anthem から転送)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/05/25 09:09 UTC 版)
アンセム
固有名詞の分類