(ZERO1-MAX から転送)
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この記事は検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です。 (2020年2月)
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| 種類 | 株式会社 |
|---|---|
| 本社所在地 | 〒110-0015 東京都台東区東上野4-8-1 TIXTOWER UENO8階 |
| 業種 | サービス業 |
| 法人番号 | 2010001174749 |
| 事業内容 | プロスポーツスチール撮影 プロレス興行 関連企画の運営 |
| 代表者 | 代表取締役社長 栗山尚久 |
| 外部リンク | https://www.pwzero1.com/ |
| 特記事項:2025年1月からの運営会社。 | |
プロレスリングZERO1(プロレスリング・ゼロワン、英: Pro-Wrestling ZERO1)は、日本のプロレス団体。
ZERO1は形式上「プロレスリングZERO-ONEの所属選手とスタッフの大半が独立して設立したプロレス団体」で法人格上も別会社である。しかし、2005年7月11日にZERO-ONEで選手兼代表取締役社長を務めていた橋本真也が逝去したこともあり、「ZERO-ONEの後継プロレス団体」という姿勢を強く打ち出している。なお、橋本はZERO1には参加していない。ZERO1の歴史としての年数は、ZERO-ONEの旗揚げ戦が開催された2001年3月2日を起点としてカウントしている。
2011年1月、ZERO1がNWAと業務提携を結んでプロレスリングZERO-ONEが管理、NWAが認定していたNWA UNヘビー級王座、NWAインターコンチネンタルタッグ王座、NWAインターナショナルライトタッグ王座は引き続きNWAが認定することになった。3月、NWAがZERO1旗揚げ10周年を表彰してNWAプレミアムヘビー級王座を創設。7月11日、NWAはZERO1に参戦していたNWA世界ヘビー級王者のザ・シーク(2代目)が、コロンバスでアダム・ピアースとの防衛戦をボイコットしたため、シークからNWA世界ヘビー級王座を剥奪。ZERO1に参戦していたNWA世界ジュニアヘビー級王者のクレイグ・クラシックはNWAにシークがNWA世界ヘビー級王座を剥奪されたことに抗議するが受け入れられず、クラシックは世界ジュニアヘビー級王座を返上したがZERO1はクラシックを引き続きNWA世界ジュニアヘビー級王者に認定。10月、ZERO1がNWAに抗議して業務提携を解消。11月3日、ZERO1はNWAへの当て付けとして王座認定組織「NWA(ニュー・レスリング・アライアンス)」を発足。クラシックが保持しているNWA世界ジュニアヘビー級王座の歴代数及び防衛回数は継承されることになった。
| タイトル | 保持者 | 歴代 |
|---|---|---|
| 世界ヘビー級王座 | 田中将斗 | 第35代 |
| NWAインターコンチネンタルタッグ王座 | 松永準也 佐藤嗣崇 |
第51代 |
| NWA世界&インターナショナルジュニアヘビー級王座 | 馬場拓海 | 第131代&第31代 |
| タイトル | 覇者 | 年代 |
|---|---|---|
| 火祭り | ハヤブサ | 2025年 |
| 天下一Jr. | VENY | 2025年 |
| 風林火山 | 松永準也 佐藤嗣崇 |
2025年 |
2005年、大谷晋二郎がプロレスを通じて選手が一生懸命戦う姿を見せて、いじめ、様々な困難に立ち向かう子供に勇気を与えるために活動している。2011年8月、「一般社団法人あなたのレスラーズ」として法人化。
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ZERO1-MAXの旗揚げには所属選手として参加。旗揚げ戦ではインディー版のAWA世界ヘビー級王座を獲得する。 2005年11月には若手育成を目的したユニット「アックスボンバーズ」を結成。指導者、リーダーとしての一面も見せている。2006年1月4日の東京ドーム大会では新日本プロレスに初参戦。越中詩郎とのタッグで蝶野正洋&天山広吉組の持つIWGPタッグ王座に挑戦した。2006年4月1日、靖国神社相撲場で行われた大谷との一戦に勝利し、再度AWA世界ヘビー級王座を獲得した。 2006年5月31日の6人タッグ(後楽園)で新日本プロレスの中西学と2度目の対戦を行う。大森もこれを契機に越境タッグを結成した。結成後の初戦(6月24日ディファ有明大会)でNWAインターコンチネンタルタッグに挑戦し王座を獲得。2戦目(7月17日札幌月寒大会)には新日本マットでIWGPタッグ暫定王座の奪取に成功した。9月20日付けで蝶野&天山組の持つ第48代IWGPタッグ王座も剥奪され、同日付けで正式に第49代IWGPタッグ王者となった。これにより、大森は史上初の4大タッグ(世界タッグ・IWGPタッグ・GHCタッグ・NWAタッグ)制覇を達成したのであった。なお、3大メジャーのタッグを制覇したのはベイダー、高山、永田裕志に続き4人目である。タッグチーム名は「ワイルドチャイルド」とされた。 9月22日後楽園で村上和成とシングルで対戦、ラフファイトで応戦したものの、松永光弘の乱入もあって大流血・敗北した。12月27日後楽園では、大森のかつてのタッグパートナーでもある高山の襲撃を受けた。(試合はノーコンテスト。) 2007年3月、NWAインターコンチネンタルタッグをかけてタイトル戦を行い(大森・中西vs高山・佐藤耕平)、佐藤からフォールを取られタイトルを失う。4日後にはIWGPタッグ戦を新日本で行うも、中西がフォールを取られる。 2007年10月、田中とAWAヘビー級王座をかけて防衛戦を行った。激闘の末、田中のスライディングDでフォール負けとなりタイトルを失った。 2008年1月1日、試合中の仲間割れから中西とのタッグ(ワイルドチャイルド)を解散。3月2日にはついに中西とのシングル初対決が実現し、これに勝利してZERO1-MAXの意地を見せた。7月23日に開幕した火祭りでは、Bブロックに配属され、ライバルでもある中西を撃破しさらに復帰後約一年に渡って不敗街道を驀進していた田中にも土を付け、田中、中西とともに同ブロック首位に立つ。しかし8月3日、火祭り最終戦での決勝戦進出を賭けた3WAYタッグでは田中の頭脳プレイに敗れ、大森の決勝進出はならなかった。
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