Z80とは、Zilogが開発および製造を手がけ、1976年に発表した8ビットマイクロプロセッサ(8ビットCPU)のことである。
Z80は、マイクロプロセッサとして当時主流だったIntel 8080(i8080)の上位互換チップとして開発された。
Z80は、1980年代まで広く8ビットパーソナルコンピュータのCPUとして用いられた他、多くの互換製品や派生製品が作られ、2010年11月現在でもなお、組み込み機器の用途において各種機器に搭載されている。
| AMD: | Thoroughbred x86アーキテクチャー |
| CISC: | 68系 Z80 |
| CPU: | ASMP Apple A4 A5チップ |
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/02/23 17:30 UTC 版)
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Z80は、ザイログによって設計され1976年に発表された8ビットマイクロプロセッサである。現在も広く使われている。
嶋正利らインテルを退社したIntel 8080の開発スタッフが設計したマイクロプロセッサである。#歴史
8080とはバイナリレベルで「ほぼ」上位互換性があり、多くのソフトウェアがそのまま動作し、その上、8080よりも性能が良くなっている。 ザイログオリジナルの製品としてクロック周波数が2.5MHzのZ80から20MHzの高速版まで存在する。
当初から、安定供給のためにMostekによるセカンドソース品が並行的に供給され、そのほか互換品を製造するメーカーも増えた。
Z80は "8080よりも高速・高性能な8080互換CPU"として高評価となり採用機が続出、S-100バス互換機ののCPUにこぞって搭載されるなど、マイクロコンピュータ(パーソナルコンピュータの初期段階)の市場を支配した。日本国内においても、1970年代の末から80年代前半頃にかけてビジネス用のオフィスコンピュータやホビーパソコンで採用された。1980年代の中頃までは、パーソナルコンピュータを中心にしつつも幅広い用途を支えてきた。その後、特にセカンドソースメーカーから周辺デバイスを集積した製品も開発され、使いやすくなり、ますますパーソナルコンピュータ以外での使用が増えていった。
組み込み用途では初期のゲーム専用機などにも搭載されていた。[注釈 1] 組み込み用途などではASICやFPGAのIPコアとして利用されることが多い。2007年ころには実チップのみならず、FPGAやASIC用のIPコアが使用できる状態になっていた。商用の互換コアは20社以上存在し、オープンソースのIPコアも5種類以上存在している。
8080がコンパニオンチップである8251(USART)、8253(CTC / PIT)、8255(PPI)でファミリーを構成していたのに対応して、Z80もZ80SIO、Z80CTC、Z80PIOや、Z80DMAでZ-80ファミリーを構成する。また、これらを1チップに集積したマイコンがある。
2024年4月にザイログはオリジナルのZ80の生産を終了することを発表した[1]が、流通在庫もあり、オリジナル品もしばらく入手できる模様。なお、互換品、ライセンス品の製造が続いているので、Z80は使い続けることができる。
Z80の本国アメリカでの発音は、ズィー・エイティー(Z-Eighty)。アメリカの技術者のほぼ全員がこう発音する。技術カンファレンスや動画、講義、解説記事でもこの読み方が一般的。
イギリスやカナダなどイギリス英語圏では、「Z」は「ゼッド(Zed)」と発音されるため、英国では「Z80」は 「ゼッド・エイティー(Zed Eighty)」 と発音される。
日本国内は読み方が定まっていないので、項目末尾の #日本国内での発音で解説。
Z80はインテルの 8080マイロプロセッサの改良型といえる製品であり、他のインテル系CPUと同じくリトルエンディアンである。8080に対して若干の拡張、電源の 5V単一化、より高いクロック周波数への対応などが図られた。メモリ空間は16ビット幅のアドレスバスで示される64KiBで、それ以上のメモリ空間を操作する場合には、外部にバンク切り替え回路やMMUなどを追加する必要がある。 8080と同様、アドレスバスをメモリ空間と共有するI/Oポートも用意されており、メモリ空間を圧迫することなく周辺装置との入出力を可能にしているが、後述するように上位アドレスの挙動は8080と異なり独特なものとなっている。
当初のZ80には存在しなかった区分ではあるが、現在のZ80はCMOS版とNMOS版に区分されている。NMOS版は低価格、高性能、CMOS版は高性能、低消費電力設計である。NMOS版の最大動作クロック周波数は品番の末尾のサフィックス(アルファベット)の有無と種類で識別できる。Z80が2.5MHz版、Z80Aが4MHz版、Z80Bが6MHz版、Z80E[注釈 2]若しくはZ80Hが8MHz版[2]など。トランジスタ数は8,200個。CMOS版ではZ84C0006が6.17MHz、Z84C0008が8MHz、Z84C0010が10MHz、Z84C0020が20MHz動作となっている。Z80H(40ピンDIPプラスチックパッケージ)の価格は1982年当時1000個ロット時で19.95ドルであった[2]。Z80Hに対応するZ8500周辺ファミリーがサポートされ、Z8530シリアル・コミュニケーション・コントローラ、Z8531非同期シリアル・コミュニケーション・コントローラ、Z8536カウンタ/タイマ・パラレルI/Oユニット、Z8538バスコントロールI/Oインターフェイス、Z8060 FIFOエキスパンダー、Z8516 ダイレクト・メモリ・アクセス・ユニットなどがある[2]。
8080に対して、8ビット汎用レジスタを2セット備え切り替え可とする、IXとIYの2つのインデックスレジスタを使用したメモリ操作を含む命令の増強、DRAMのリフレッシュ(情報を維持)する機能の内蔵とそのためのRレジスタの追加、割り込みモードの追加、相対アドレスによるジャンプ命令の追加、ワイヤードロジックによる命令の実行、などの追加や変更が行われている。
割り込みモードは、8080互換のモード0に加え、RST38を行うモード1、Z80周辺LSIと組み合わせて最大128レベルの割り込みを行うモード2がある。モード0では、8080と同様に割り込みコントローラ8259と組み合わせて使用するのが前提である。モード1では、割り込みルーチンで割り込み要因を特定してそれぞれの処理ルーチンへ分岐するので割り込み用の回路は最小限で済む。モード2では、Z80用周辺LSI間でデイジーチェーンを作り、よりCPUに近い周辺LSIの割り込みが優先されると共に、後続の周辺LSIに割り込み処理中を示す信号を送ってより優先順位の低い割り込みを抑制するので、8259の様な割り込みコントローラを必要とせず自然に割り込み優先順位と多重割り込みの制御や管理が行える。
割り込みには、NMI (Non Maskable Interrupt) も追加されており、電源断時などの非常処理に用いることが想定されている。
また、正式には命令表に無い未定義命令があり、多くが命令のフォーマットに準ずる動作をした。機能的に既存の命令と重複するものが多かったが、16ビット幅のインデックスレジスタIX, IYを、上位バイトと下位バイトに分割して8ビットレジスタとして使うものなど一部は後継のZ280のマニュアル中で正式な命令として仕様に組み込まれたものもある。但し、Z80においてこれらの命令は飽くまでも非公式の命令であり、互換プロセッサの一部や後継プロセッサでは期待通りの動作をしなかったり、別の命令が割り当てられていることもある。日立のHD64180では未定義トラップがかかる。
ハードウェア上の非公開の機能として、Z80のNMOS版、CMOS版には通常のリセットの他に、特別なリセット(スペシャルリセット)が存在し、ザイログに在籍していた嶋正利、フェデリコ・ファジン、ラルフ・アンガーマンの3氏による米国特許4486827[3]として1984年12月4日に成立している。スペシャルリセットは通常のリセット同様、リセット入力ピンを利用するが、通常リセットより短いリセットパルス幅(2クロック以内)が与えられる必要がある。スペシャルリセットが有効になるとPC(プログラムカウンタ)のみがリセットされ、他のレジスタは一切変わらない。特許や他のリソース[4]に示されているスペシャルリセットの応用はエミュレータやマルチタスキング等である。
製造には、この頃使われ始めたイオン打ち込み技術が使用された。当時、互換品の製造にあたりライセンス契約を結んでセカンドソースとなったり、クリーンルーム設計による独立実装によるのではなく、チップの顕微鏡写真からマスクを起こしてデッドコピーを行う一部の日本企業があったため、イオン打ち込み技術はその対策のためにも使われた。イオン打ち込みにより、エンハンスメント(ノーマリーオフ)に見えるが実はディプリーション(ノーマリーオン)というトランジスタを6個ほど仕組み、Z-80のオリジナルチップから素直にマスクパターンをデッドコピーすると正しく動作しなくなるようにして時間稼ぎをした[5]。
8080との差別化のため、命令の1サイクル目(M1サイクル)では他のサイクルに比べて所要ステート数が少なくなっている。通常のメモリサイクルが3ステート必要なのに対しM1サイクルでは2ステートである。タイミングチャート上はM1サイクルには4ステート必要なように見えるが、後半の2ステートはリフレッシュ機能のために使用され、通常のメモリアクセスとは関係がない。
通常のリードライトサイクルが3ステート(T1/T2/T3)なのに対し、IN/OUT命令では、自動的にウェイトサイクル(TW)が挿入され、4ステート(T1/T2/TW/T3) となる。ウェイトサイクル中に、/WAIT(active low) 信号がサンプリングされ、アサートされている限りウェイトサイクルを継続することで、応答が遅いIOデバイスに対応することが可能となっている[6]。
これは同じ命令を実行しても8080よりも高速に実行するためのZ80のアピールポイントの一つだった。反面、このM1サイクルだけのために速いメモリが必要になり、ハードウェア設計者からは不評を買っていた。
Z80には「ある処理を行う際に、特定の命令の組み合わせを用いると、普通に命令を書いた場合よりも実行にかかるクロック数や命令の総バイト数を少なくできる」というテクニックが多数存在し、これらは「最適化」「クロック削り」などと呼ばれた。例えば、Z80にて追加されたブロック転送命令やインデックスレジスタ命令は、一連の処理に必要なプログラムサイズを節約できる反面、他の命令を組み合わせて同等の処理を行うよりも所要クロック数が増大するといったデメリットもあり、命令のメモリ空間上の占有量と処理速度とのトレードオフの関係にあった。
またZ80は、同時期に新規に開発された他社製の8ビットCPUと比較すると、相対ジャンプは可能であるもののジャンプ先の範囲が現在位置より-128から+127と狭く、PC相対アドレッシングが無いなどリロケータブルな構成をとりづらく、バイナリ化したコードをリロケータブルに配置して動作させるドライバやデバッガ、オペレーティングシステム等の環境を作るには不向きとされた。リロケータブルでない一般的なバイナリは、配置アドレスを変更する度に再コンパイルや再リンクが必要となった。またアドレス参照時のオフセットも汎用レジスタ使用時には指定できず、インデックスレジスタ使用のオフセット指定も-128〜0〜127の範囲で制限されるため、C言語のポインタとの相性がよくない面があった。
アドレッシングモードが少ないこともあり、オペコードおよび命令フォーマットを暗記して、直接機械語を記述することも、さほど難しいものでもなかった。特に、オペコードを8進数で表現すると、命令フォーマットの区切りに適合した。
A,B,C,D,E,H,Lは8080の同名レジスタと同じ機能を持つ。 Fは8080上位互換のフラグレジスタである。 これらの8ビット汎用レジスタとアキュムレータ、フラグレジスタはZ80では切り替えて使える裏レジスタが用意された。 但し、裏表どちらのレジスタであるかを判断する命令はない。 Rはリフレッシュカウンタで、オリジナルのZ80では下位7ビットが変化し、最上位ビットは初期値不定で、値を書き込むとその最上位ビットが保持される。周辺LSI統合CPU・上位互換CPUでは、リフレッシュカウンタを8ビットに拡張し、最上位ビットが保存されないものもあるほか、リフレッシュ機構をCPUから完全に切り離してRレジスタが変化せず書き込んだ値が保存されるものもある。
8080に存在する命令についてはパリティフラグを除く挙動とバイナリは同一となり、基本的には上位互換であるため非互換部分に留意すれば同一のバイナリを動作させる事も可能である。8080用のOSであるCP/Mや、そのアプリケーションもそのまま動作した。
Intelによる8080の上位互換プロセッサであるIntel 8085とは拡張部分の命令セットや挙動が違うため非互換である。
アセンブラでプログラムを記述する際には、ザイログ社が定義したZ80のニモニックならびにオペランドの記述は、インテルのi8080やi8085のものと異なる。ザイログ社のものは記述の容易さが勘案され、より整理されたものとなった。例えば、レジスタ間での値の移動、即値をレジスタに入れる、レジスタペアで示されるメモリとレジスタの間の転送命令のニモニックはすべて "LD" であり、アドレッシングモードを意識する必要がなく初心者にも判りやすい。反面、存在しない組み合わせの "LD" 文を記載してエラーとなるなど、i8080やi8085のニモニックと比較して、アドレッシングモードや実際の命令がはっきりせず、使えない組み合わせのオペランドの区別がしにくいなどの状況が発生している。オペランドの順番は、ディスティネーションが前でソースが後である。また、オペコードの仕様上、HLレジスタとインデックスレジスタ間での処理は組み合わせに制限がある。
ここではZ80で追加された命令のみ示す。8080からある命令についてはIntel 8080#命令セットを参照。また、IXとIYについては同等の命令が存在するが、ここではIXのみを示す。
8086のストリング命令、80186/V30のI/Oストリング命令に相当する。LDIRが最もよく使われる。
Z80では下記のような仕様により、条件付きでI/Oアドレス空間を16bitとして扱える仕様となっているが、8bitのアドレス空間であるように考えられたり、設計として下位アドレスのみ有効であると認識されることが多い仕様でもある。2026年現在でも解説するWebサイトでも下位8bitのみが有効といった記述になっていることも少なく無い。 マニュアルの版によって表現の若干の違いはあるものの、レジスタペア、16bit空間としてではなく、下位8bitと上位8ビット各々に入出力される値として記述され積極的にアドレスを拡張したような表記はない反面、この挙動を利用することに対して注釈なども存在せず、応用によってアドレス空間を広くとった実装が存在している。
i8080ではアドレスバスにI/O空間へのアクセス時プロセッサ内部のレジスタを介し上位、下位共に同じ値が出力される設計になっていた[8]。対し、Z80では直接入出力命令では上位アドレスにアキュムレータ、下位アドレスに指定した値、入出力データのレジスタは無条件にアキュムレータ[注釈 3]が指定されるようになっているが、ブロック転送を含む全てのレジスタ間接入出力ではアドレスバスにCレジスタが下位8bit、Bレジスタの値が上位8bitに出力される[注釈 4]仕様となっている。
前述のとおり16bitアドレスのI/Oポート空間をそのままデコードするハードウェアを構成してしまうと、直接入出力命令は引き渡すデータと上位アドレスは同じものになってしまう。また、Z80で追加されたリピート命令はBをカウンタに使用する仕様になっているため、間接入出力命令では上位アドレスとループカウンタが同期して値が変化してしまう以上命令としての仕様であるBの値をカウンタ値としてゼロになるまで繰り返すという利用はかなり条件を選ぶものとなっている。逆にこれを利用することにより残り回数を周辺デバイスなどに知らせるなどの応用も可能であるが、出力の場合は処理の順番はアドレス出力よりもBレジスタのデクリメントが先のため、アドレスバスには1小さい値が出力されることに留意する必要がある。なお、入力の場合はアドレス出力が先である。
この仕様を利用し大きなアドレス空間を必要とするVRAMをここに割り当てることで、メインメモリの自由度を向上させる実装が見られた。そのような構成をとった日本製パソコンには、シャープのX1、ソニーのSMC-70/SMC-777、BUBCOM80などがある。シャープMZ-1500ではオプションのRAMファイル(MZ-1R18、容量64KiB)のアクセスにこの仕様を使用している[9]。
このアドレス空間の拡張と命令の利便性に対し、SMC-70/SMC-777では、I/Oアドレスの上位8bitを下位に、下位8bitを上位のアドレスにデコードするというアプローチをとった。多くのI/Oアドレスの割り付けが必要なところでは16bitの空間としてデコードし、他のI/Oアドレスでは下位アドレスのみをデコードし8bitの空間とすることにより直接入出力命令を利用可能にするほか、VRAMに対してブロック入出力命令をアドレスのデクリメンタとして応用した転送も可能にしている。欠点としてはエンディアンを逆にして扱う命令は存在しないため、下位アドレスの繰り上がり、繰り下がりに注意して実装する必要がある。
Z80がi8080の上位互換とされており、該当する直接入出力命令のアドレス指定が8bit幅であること、ザイログ形式のニーモニックが8bitの空間であるような指定[注釈 5]などの先入観や思い込み、ループ命令がBレジスタをカウンタとして用いることも含め、それらの仕様が一部の命令の実用性を打ち消すような仕様であること、関連書籍によっては積極的な記述が少ないないしは特定のハードウェアを対象とした解説など上位アドレスを無視した記述などから、隠し機能や仕様外の仕様と考えられていることもあるが、発売当時のTechnical Manualでも前述の仕様は明記されており、互換プロセッサの動作も多くがこの仕様を踏襲したものとなっている。ハードウェアの設計という観点では、記述を避けられない「仕様」ではあり、結果としてアドレスバスに対して任意の16bitの値を指定できる以上アドレス空間は16bitとして8bitのデータを入出力可能であるという事実は存在している。また、上位アドレスにも仕様に即した値が出力される以上、ハードウェアとしてはアドレスバスの上位8bitも無効ではない。下位8bitのみがデコードされたハードウェアをソフトウェア設計側から見た場合、上位アドレスをコントロールできない以上8bitアドレス空間として見えるがプロセッサの挙動とシステムとしての挙動は別である。
以上のように意図的にアドレス空間の拡張を行ったとするか実装上の都合で生まれた仕様に一定の用途があり活用された実績があるかは別として、未定義命令と異なり上位アドレスの挙動はマニュアルに明確に定義された仕様であり、アドレス空間の拡張はその仕様を応用した実装の一つである。尚、Z80DMAもI/O並びにメモリ空間へのアクセスを行うが、双方を16bit幅の空間として扱えるようになっている。
フェアチャイルドセミコンダクターおよびその後のインテルにおいて、物理学者であり技術者でもあったフェデリコ・ファジンは、基本的なトランジスタおよび半導体製造技術の開発に従事していた。また彼は、インテルにおけるメモリおよびマイクロプロセッサ設計の基本的な手法を構築し、Intel 4004、Intel 8080のほか、いくつかのIC開発も主導した。嶋正利は、4004および8080の主要な論理設計およびトランジスタレベルの設計者であり、その際の監督はファジンで、一方、カスタム集積回路設計の責任者はラルフ・アンガーマン(en:Ralph Ungermann)であった[10]。
1974年初頭、インテルはマイクロプロセッサを単体で販売する製品というよりも、主力製品であるスタティックRAMおよびROMの販売促進手段として位置付けていた。組織再編により、以前は独立していた部門の一部がレス・ヴァダス(en:Leslie L. Vadász)の指揮下に置かれたことで、マイクロプロセッサの社内での位置づけがさらに弱まった。この年、1973年から1975年にかけての不況(en:1973–1975 recession)が最悪の状況に達し、インテルは数名の従業員を解雇した[10]。このような状況に置かれた結果、ファジンは不満を募らせ、アンガーマンを誘って酒を飲みに行き、独立して会社を起こすことに興味があるか尋ねた。アンガーマンは即座に同意し、当時インテルでの業務が減っていたこともあり、1974年8月または9月に退職した。ファジンもそれに続き、彼のインテルでの最終出勤日は1974年のハロウィンであった[11]。嶋正利はその話を聞いて新会社への参加を申し出たが、当時はまだ製品設計も資金もなかったため、しばらく待つように伝えられた[12]。
設立されつつあったがまだ社名もないこの会社は、まずシングルチップ・マイクロコントローラ(名称は2001)の設計に着手した。彼らはSynertek社(英語版)と会合を持ち、その製造ラインでの生産について協議したが、ファジンがコスト構造を把握するにつれ、自社製造ラインを持つインテルのような企業の製品との競争では、2001のような低価格製品では勝負にならないと明らかとなった。そこで彼らは、より複雑なマイクロプロセッサ(当初の名は "Super 80")の設計に方向転換し、新設計に取り掛かった。この設計の主な特徴は、8080のような従来の−5V、+5V、12Vではなく、+5Vバスのみを使用することであった[12]。この新設計は8080との互換性を持たせつつ、Motorola 6800のいくつかの機能、たとえばインデックスレジスタや改良された割り込み処理機能などを追加することを意図していた[13]。
まだ会社設立の途中だったのに、業界誌 Electronic News (英語版)が このカンパニー(まだ、"人の集まり"にすぎない状態)の存在を聞きつけ、その物語を記事にした。これがエクソンのハイテク投資部門であるExxon Enterprisesの目に留まった。当時、不況の影響でベンチャーキャピタルは非常に限られており、1975年全体で業界全体への投資総額は1,000万ドルに過ぎなかった[注釈 6]。エクソンの何者かが、まだ社名すらつけられていなかったこのカンパニー[注釈 7]に連絡を取り、会合が設けられた。その結果、1975年6月に初期投資として50万ドル[注釈 8]が提供された[14]。
出資交渉と設計作業が進む中、嶋正利は1975年2月にこの新会社に加わった[13]。嶋はすぐに高水準な設計に取り掛かり、自身のアイデアも多数取り入れた。特にNECのミニコンピュータでの経験を活かし、2セットのレジスタを設けて割り込みに即応できるようにするという概念を導入した[11][注釈 9]。アンガーマンは、この設計を補完する一連のコントローラおよび周辺ICの開発に着手した[15]。
この時期に嶋正利は、論理設計をリアルタイムで物理設計に落とし込む能力を持つ人物、という伝説的な評判で知られるようになった。新機能について議論している最中に、彼がその実装に必要なチップ上の面積を即座に割り出し、設計が大きすぎると判断すれば即座に却下することもあった[16]。設計の初稿は1975年4月までに完成し、嶋は5月初頭には論理レイアウトを完了させた。論理設計の第2版は8月7日に発行され、バスの詳細設計は9月16日までに完成した。テープアウトは11月に完了し、テープから製造用マスクへの変換にはさらに2か月を要した[17]。
ファジンはこの時点ですでに製造パートナーを探し始めていた。SynertekおよびMostekの両社は、設計に対応可能なデプレッションモードの製造ラインを整備していた。以前から接触のあったSynertekにまず交渉を持ちかけたが、同社の社長は「セカンドソースライセンス」、すなわち設計を自社製品として販売する権利を要求してきた。ファジンは、これでは自社で製造ラインを整備しても競争にならないと考え、この交渉は決裂した。次に彼はMostekと交渉し、Zilogが自社ラインを整備するまでの間の独占製造契約を締結し、その後セカンドソースライセンスを供与することで合意した[18]。
新会社の名称についてさまざまな候補が検討されたが、いずれも翌日に思い出すこともできないくらい、記憶に残らないものばかりであった。ある日、ファジンとアンガーマンが integrated logic(集積ロジック)という用語をもとにした名称案を考えていたとき、アンガーマンが「Zilogはどうか?」と提案した。ファジンは即座に同意し、その名なら「集積ロジックの最終到達点」という意味になりうる、と述べた。翌日再び会った際、両者ともその名前を即座に思い出したことから、正式に「Zilog」という社名が決定した[19]。[注釈 10]
Mostekからの最初のサンプルは1976年3月9日に納品された[15]。同月末には、アセンブラベースの開発システムも完成していた。この時点でZ80の周辺ICの一部が開発中であり、翌年にかけていくつかの製品が市場に投入された。これには、Z80 CTC(カウンタ/タイマ)、Z80 DMA(ダイレクトメモリアクセス)、Z80 DART(デュアル非同期受信送信器)、Z80 SIO(同期通信コントローラ)、Z80 PIO(パラレル入出力)が含まれる。
Z80は1976年7月に正式に発表された[20]。当時、半導体業界では外国メーカーによるチップ設計の無許可複製に対する懸念があった。Zilogの設計チームはリバースエンジニアリングを妨害するため、見た目とは異なる動作をする6つの "トラップ" トランジスタを設計に組み込んだ。嶋正利によれば、NECの技術者は、このトラップにより解析が6か月遅れた、と述べたという[21]。NECはその後、Zilogとの特許侵害訴訟で和解し、Z80およびその他のチップの正規ライセンスを取得した[22]。
Z80の成功を受けて、ファジンとアンガーマンは半導体製造工場の設立に向けてエクソンに追加出資を求めた。エクソンはこれに同意し、Zilogは自社製造ラインを確立した。これにより、ZilogはZ80の総市場の60~70パーセントを獲得することに成功したと推定される[23]。一方、Mostekは正式なライセンスのもと、Z80の互換製品MK3880の製造を許可され、顧客にとってのセカンドソースとなった。インテルとは異なり、当時のスタートアップ企業にとっては、事業継続や供給保証の観点からセカンドソース契約が不可欠と考えられていた[注釈 11][13]。[24]
Z80は一番古い2MHzのZ80に始まりクロックアップされた物や機能追加された物がザイログより発売されている。それらザイログのZ80の主な物のメーカーの型番と機能を記載する。
セカンド・ソース契約に基づいてピンコンパチブルな互換製品が他社で生産された。こうした製品には、シャープの「LH0080」モステックの「MK3880」などがある。
日本電気(NEC)がライセンスを得ず独自に互換性のある「μPD780」を出荷したことに対し、ザイログはこれを著作権侵害として訴訟を起こしたが、しばらくするうちに、NECがZilog社設計のいくつかの製品のライセンスを得ると同時にZilog社のほうもNEC設計の特定製品を製造するためのライセンスを得るクロスライセンス契約をあらたに結ぶ形で両社は和解を成立させた[25]結果、製造販売が継続された。
オリジナルのZ-80はNMOSプロセスで製造されたが、一部のセカンド・ソースの製造者からは、NECのZ80A互換「μPD70008AC-4」Z80H互換「μPD70008AC-8」、シャープ「LH5080」、東芝「TMPZ84C00」など、独自にCMOSプロセス化し消費電力の低減を図った製品も出荷されている。
また、2002年にシャープがシステム液晶のデモンストレーションとしてガラス基板上にZ80を形成し、MZ-80CのCPUと交換し動作させた。
この他にも東欧諸国で、例えば東ドイツのU880、ルーマニアのMMN80CPUや、ソ連のT34など、ライセンスによらないクローン製品があった。
ナショナル・セミコンダクターからは、CMOS化とともに、Intel 8085のようにアドレスバスの下位とデータバスとをマルチプレックスさせ、Z80とソフトウェアの互換性を持つ「NSC800」が製造された。ただし8085とはピン配置が異なり、置き換えることはできない。
2003年現在でも制御、組込用として、メモリおよび周辺機器の制御用回路を単一のパッケージに集積したLSIが製造されており、ASICのIPコアとしてZ80の互換プロセッサを用意するデバイスメーカーも多い。Z80 IPコアは、本家の「ALUが4ビットのため、多くの演算で複数クロックを必要とする」「レジスタがダイナミック動作をするため、クロックを停止できない」「LDx、LDxRのような繰り返し実行する命令やインデックスレジスタを使う命令等、組み込み用途では不要な複雑な命令がある」といった欠点を解消した物も提供されている。
以下にZ80互換のCPUのうち、ザイログ以外の会社で開発された上位互換性を持つものを示す。高速化を図ったものや、周辺デバイスを集積したものである。
ザイログ自身の開発による上位互換CPUを以下に示す。
Z80のアーキテクチャー(プログラミングモデル・レジスタ構成等)を参考に、拡張を行ったアーキテクチャ等として、東芝のTLCS-90シリーズ、TLCS-900シリーズ、Rabbit2000シリーズがあるが、これらはZ80とのバイナリ互換性はない。 また、Z80より一部の機能や命令を削除したものとしてSHARPのLR35902がある。 これらZ80の技術が流用できるCPUを開発年順に記す。
Z80は、8080とバイナリレベルで互換性があり、そのDOSであるCP/M、及びCP/M上で動作する各種のソフトウェアが利用可能である。以下はCP/M上の動作を前提に供給されたものの一部である。
他にも各種雑誌で各機種用のアセンブラの掲載などもあった。 Oh!X誌には、システムに依存するツールのほかに、アセンブラやコンパイラなどの発表がされていた。
日本国内での発音のしかたはいくつかある。Zは日本語では(アメリカ式でもなく、イギリス式でもなく)日本式に「ゼット」と読むことが一般的。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/06/09 03:26 UTC 版)
Z80のステータスレジスタのサイズは8ビットであり、フラグレジスタと呼ばれた。 Bit 7. S 符号フラグ。 Bit 6. Z ゼロフラグ。 Bit 5. 未使用。常に0。 Bit 4. H ハーフキャリーフラグ(パックBCD演算用)。 Bit 3. 未使用。常に0。 Bit 2. P/V パリティ・オーバーフローフラグ(8080ではP パリティ)。 Bit 1. N 減算フラグ(ADD命令で0、SUB命令で1になる。8080では未使用、常に0)。 Bit 0. C キャリーフラグ。
※この「Z80」の解説は、「ステータスレジスタ」の解説の一部です。
「Z80」を含む「ステータスレジスタ」の記事については、「ステータスレジスタ」の概要を参照ください。
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