出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/02/04 01:25 UTC 版)
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| 種別 | 射撃指揮装置 |
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| 開発・運用史 | |
| 開発国 | |
| 就役年 | 1960年代 |
| 送信機 | |
| 周波数 | Xバンド |
| パルス幅 | 0.22マイクロ秒/0.45マイクロ秒 |
| パルス繰返数 | 3,600 pps / 1,800 pps |
| 送信尖頭電力 | 180-200 kW |
| アンテナ | |
| アンテナ利得 | 33.5 dB |
| ビーム幅 | 捜索用:1.5×7.0度 追尾用:2.4度 |
| 走査速度 | 60 rpm |
WM20シリーズは、オランダのシグナール(現在のタレス・ネーデルラント)社が開発した艦載用の射撃指揮装置(FCS)。
1950年代、シグナール社は戦後第1世代のFCSとして、ボフォース 152mm砲用のM1、ボフォースMk.1 57mm砲用のM2、ボフォース 40mm機関砲用のM4を開発した[1][2]。M1・2はSバンドで動作し、送信機の送信尖頭電力は400キロワット、パルス幅は0.5マイクロ秒、パルス繰返数は1,000 ppsで、アンテナとしては円形のパラボラアンテナを用いた[1]。一方、M4はXバンドで動作し、特徴的な形のパラボロイドアンテナを用いた[1]。
これに続いて開発されたM40シリーズでは、周波数はXバンド、またアンテナはエンクローズされたパラボラアンテナとなった[1][2]。アンテナはロール方向およびピッチ方向に安定化されており、空中目標に対してはコニカルパターン、水上目標に対しては楕円パターンでのスキャンを行った[1][2]。射撃計算およびレーダー情報処理のためにはSMRデジタルコンピュータが用いられていた[2]。M44はシーキャット個艦防空ミサイル、M45は砲熕兵器を管制するために用いられる[1][2]。
そして1950年代後半、これらの後継機として開発されたのがM20シリーズであり、1961年のドイツ海軍のツォーベル級魚雷艇の就役とともに装備化された[2]。これはプログラム固定式のコンピュータを使用していたが、後にプログラム差し替え可能なコンピュータを用いたモデルも登場し、こちらはWM20シリーズと称された[1][2]。WM20シリーズのローンチカスタマーはノルウェー海軍で、1970年にストルム級ミサイル艇にWM26を搭載して装備化した[2]。
M20/WM20シリーズのレーダー送信機としては、M40シリーズと同系列のものが用いられた[1]。送信尖頭電力も同じく180キロワットが標準だったが、WM25では1 MWの交差電力増幅管 (CFA) を用いて200キロワットまで増強した[2]。
M20/WM20シリーズの特徴として、追尾レーダーと送信機を共用する捕捉レーダーを導入した点がある[1][2]。これらは特徴的な卵型のレドームに収容されており、上側に空中目標追尾用のカセグレンアンテナ、下側に捕捉用の変形パラボロイドアンテナが設置された[1][2]。ビーム幅は、捕捉用アンテナでは1.5×7.0度(後に7.7度)、追尾用アンテナでは2.4度であった[2]。捕捉用アンテナは毎分60回転の高速で旋回しており、水上目標の追尾はこれを用いた捜索中追尾(TWS)として行われた[1]。
レーダー性能はタイプによって異なるが、一般に、捕捉レーダーは水平距離にして16–17 nmi (30–31 km)、また高度7,600メートルまでの目標を探知できる[2]。レーダー反射断面積(RCS)2平方メートルの目標であれば、距離30,500 yd (27,900 m)で探知、29,000 yd (27,000 m)で捕捉可能とされる[1]。一方、追尾レーダーは約15.5海里(29km)までの範囲をカバーすることが可能であり、RCS 1平方メートルの空中目標なら最大速度900 m/s (1,700 kn)まで、また同程度の水上目標なら最大速度34–55 m/s (66–107 kn)まで対応可能である[2]。また別体の追尾レーダーとしてSTIRを連接して用いることもできる[2]。
1964年、フォード・インストゥルメンツ社(後のスペリー社)がM22の製造ライセンスを取得した[2]。これはアメリカ海軍においてMk.87として制式化され[2]、アッシュヴィル級砲艇の1964年度計画艇のうち2隻(アンテロープ・レディ)に搭載された[3]。
1971年5月、アメリカ海軍作戦部長(CNO)執行委員会は、当時計画されていた哨戒フリゲート(PF)にもMk.87を搭載することを決定したが、実際に建造されたオリバー・ハザード・ペリー級ミサイルフリゲートにおいては、より高性能なMk.92が搭載された[4]。これはスペリー社によるWM28のライセンス生産版であり[5]、WM28の卵型レドームはMk.53 CAS(Combined Antenna System)となったほか、砲とともにSM-1MR艦対空ミサイルの射撃指揮も行うため、Mk.86 GFCSで採用されていたAN/SPG-60に所定の改修を加えたうえでMk.53 STIR(Separate Target Illumination Radar)として組み込まれた[2]。ペリー級の搭載システムでは、射撃計算などは艦のAN/UYK-7コンピュータで行っており、またCAS用にはMk.106、STIR用にはMk.107武器管制コンソールが配置された[2]。オペレーターは4名が配置された[2]。
Mk.92には、下記のようなバリエーションがある。
なお、米海軍のペリー級では、コスト低減のため、順次にSM-1MRの運用能力を撤去しているが、これに伴ってMk.92のSTIRも撤去されている。
| Mod番号 | AAW | ASuW | SAM誘導能力 |
|---|---|---|---|
| 0 | 1 | 2 | ○ |
| 1 | 1 | ||
| 2 | 2 | ○ | |
| 5 | 1 | ||
| 6 | 2 | ○ | |
| 12 | 2 |
(WM-20 から転送)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/08/21 23:24 UTC 版)
| レッスルマニアXX | ||
|---|---|---|
| サブタイトル | "Where it all Begins... Again" | |
| 公式大会曲 | ドラウニング・プール (Drowning Pool) "Step Up" ゴッドスマック (Godsmack) "Touché" |
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| イベント詳細 | ||
| シリーズ | レッスルマニア | |
| 主催 | WWE | |
| 開催年月日 | 2004年3月14日 | |
| 開催地 | ニューヨーク・シティ , ニューヨーク | |
| 会場 | マディソン・スクエア・ガーデン | |
| 入場者数 | 20,250人[1] | |
| PPV購入数 | 82万5千件[2][3] | |
| チケット売上 | 240万ドル[4] | |
| PPV年表 | ||
| ノー・ウェイ・アウト (2004) | レッスルマニアXX | バックラッシュ (2004) |
| レッスルマニア年表 | ||
| レッスルマニアXIX | レッスルマニアXX | レッスルマニア21 |
レッスルマニアXX(レッスルマニアトゥエンティー、WrestleMania XX)は、アメリカ合衆国のプロレス団体WWEが2004年3月14日に開催した年間最大の興行およびPPVの名称である。
今大会の第7試合で行われたビル・ゴールドバーグとブロック・レスナーの一戦で、大きな問題が起こった。本来ならこの試合は、当時のWWEを代表する怪物2人の初対決で、しかもレフェリーをアティテュード期のWWFを象徴するヒーローだったスティーブ・オースチンが務めることもあり、2大世界王座戦やエボリューション対ロックンソッコ・コネクション、アンダーテイカーの復活以上に大きな注目を集めていた。
しかし開催日が近づくと、インターネット上に「ゴールドバーグがレッスルマニアを最後にWWEを離脱する」「レスナーがWWEを退団し、プロレス界からも身を引いてNFLに挑戦する」といった情報が非公式に流れ、WWEは公にしなかったものの世界中のファンが知るところとなった。
そして大会当日を迎え、試合開始当初はベビーフェイスのオースチンとゴールドバーグには声援、ヒールのレスナーにはブーイングが浴びせられていたが、やがてそれは試合自体を拒絶する巨大なブーイングとなった。
そのような状況下で試合は進められたが、実況担当のジム・ロスが言葉を濁しながらもゴールドバーグとレスナーの去就を語り、試合後はオースチンが2人に立て続けにスタナーを浴びせてファンの気持ちを静めた。
| 試合順 | 対戦カード | 勝者 |
| 1 | ウルティモ・ドラゴン vs シャノン・ムーア | ウルティモ・ドラゴン |
| 2 | ジェイミー・ノーブル vs ウルティモ・ドラゴン | ジェイミー・ノーブル |
| 3 | ジェイミー・ノーブル vs フナキ | ジェイミー・ノーブル |
| 4 | ジェイミー・ノーブル vs ナンジオ | ジェイミー・ノーブル |
| 5 | ビリー・キッドマン vs ジェイミー・ノーブル | ビリー・キッドマン |
| 6 | レイ・ミステリオ vs ビリー・キッドマン | レイ・ミステリオ |
| 7 | レイ・ミステリオ vs タジリ | レイ・ミステリオ |
| 8 | レイ・ミステリオ vs アキオ | 第7試合でアキオがタジリのグリーンミストを誤爆されたため試合前に退場 |
| 9 | チャボ・ゲレロ vs レイ・ミステリオ | チャボ・ゲレロ |
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/10 04:40 UTC 版)
「ウォークマンの製品一覧」の記事における「WM-20」の解説
1983年(昭和58年)10月発売。標準価格25,000円。伸縮ケースと超扁平薄型モーターを採用し、カセットケースサイズを実現。また初の単三乾電池1本での駆動モデルである。FMチューナー搭載の「WM-F20」も発売された。
※この「WM-20」の解説は、「ウォークマンの製品一覧」の解説の一部です。
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