リミックス・アルバム『FLASH PAPA MENTHOL』(1993年)リリース後、電気グルーヴは同作を受けたコンサートツアー「Kicking Noise Of DENKI GROOVE 〜超巨大ダンプ豚グソ号発進ツアー」を同年5月13日の広島南区民文化センター公演を皮切りに、6月3日の大阪サンケイホール公演まで7都市全7公演を実施した[4]。5月31日の愛知県勤労会館公演において、石野卓球は会場を間違えて着物展示会開催中の名古屋市公会堂を訪れてしまい、「あのー、今日ここに出演する者なんですけど……」と伝えるも「ハァ?」と返答される事態となった[4]。8月1日にはドリルキング・レーベル第二弾となる子門'zのシングル「トランジスタラジオ」がリリースされる[4]。8月8日には日清パワーステーションにおいて「瀧と卓球で会って10周年」が開催されるも公演直前まで石野が失踪しており、オープニングでは砂原良徳がアコースティック・ギターを使用したディーヴォの替え歌を披露し、ピエール瀧と石野の軌跡を辿ったスライドが上映された[4]。8月9日には東京ドームにおいてニッポン放送開局40周年記念のイベントライブ「ザ・ライブマシン'93」が開催され電気グルーヴは子門'zとして出演し、1メートルにおよぶ末広がりのベルボトムの衣装を着衣した上で石野がギター、砂原がティンパニ、瀧がトロンボーンなどを担当しゴダイゴの楽曲「ガンダーラ」(1978年)および「Monkey Magic」(1978年)、寺尾聡の楽曲「ルビーの指環」(1981年)などをうろ覚えの状態で演奏した[4]。
同年に電気グルーヴは関東近県のみとなるコンサートツアー「汚物処理班緊急出動!」を8月17日の神奈川県民ホール公演を皮切りに、8月31日の浦和市文化センター公演まで3都市全3公演を実施した[4]。神奈川県民ホール公演では石野はステージ上で全裸になり、初めて電気グルーヴのライブを観覧したKAGAMIは「いつもそんな事やってるのかと思ってた」というコメントを残している[4]。8月24日の千葉県文化会館公演では神奈川県民ホール公演後に一挙に制作された新曲を中心としたセットリストになっており、「130R」「水の旅人II」「さらば水の旅人」「THEガマン」「TRAVELER OF WATER RETURN」などの楽曲が披露され、これらの楽曲の内数曲はタイトルを変更した上で本作に収録された[5]。8月31日の浦和市文化センター公演は神奈川県民ホール公演および千葉県文化会館公演の中庸的な内容になっており、新曲として「FLOPPY DISCO」「水の旅人II改め俺は田舎のブルース・リー」「富士山」の3曲が披露された他、ギター担当としてEL-MALO所属の會田茂一、ドラムス担当として江川ゲンタが参加した[6]。
瀧による制作曲「富士山」について、瀧は「元々はもっとガサツなやつだったんですよ。基本のメロディはああいうやつだったんですけど、もっとアッパーな方向に持っていこうと」と述べた他、毎度アルバムの中の1曲だけ瀧が制作していることについて瀧は、「ゲームみたいなものなんですよ(笑)」と述べており、石野は実際の打ち込みは砂原が担当していると発言、砂原は過去においては瀧からデータのみを受け取りレコーディング用に修正を行っていたが綿密に作りすぎてしまうと述べた上で、本作では瀧を同席させた上で制作に関する判断をすべて瀧に意見を仰いでいたと述べている[10]。また瀧はCubaseでないと打ち込みが出来ないため同機種を使用していると述べ、石野は同機種がテクノやハウスに適したものであると述べている[10]。9曲目「Snow and Dove」について、インタビュアーからワープ・レコーズ周辺と対等と言えるほどのアンビエントを取り入れた作品であると問われた石野は、ドイツのロックバンドであるアシュ・ラ・テンペルなどの1960年代から1970年代に掛けて登場したジャーマンロックと当時におけるアシッド・ハウスには接点があると指摘した上で「こういう家で聴くために作られたテクノの流れは、今後もっと重要になっていくと思います」と述べている[10]。10曲目「N.O.」について石野はボーナス・トラックと考えて欲しいと述べた上で、「『Stingray』から『Snow and Dove』の流れで遠くに行き過ぎちゃうんで、これで元に戻ってくれればいいという感じです」と述べている[10]。
本作リリース後に3枚目のシングルとしてリカットされた。原曲はインディーズ・レーベルにてリリースされた1枚目のアルバム『662 BPM BY DG』(1990年)収録曲である「無能の人」であり、半数近くの楽曲がインストゥルメンタルであることに危機感を持ったレコード会社側から本作に同曲を収録することを要請されたが、本作の方向性と異なる過去の楽曲を収録することに石野が反対した結果両者の間で意見が衝突、結果として曲間を空けた上でボーナス・トラックのような形で本作に収録されることとなった[16]。しかし意に沿わない形での収録になったことから、石野は「無能の人」のタイトルは使用せず仮タイトルであった「N.O.」としたことを後年になって後悔する発言をしている[16]。シングル・バージョンは本作収録バージョンと異なりイントロ部分が数秒省略されている。詳細は「N.O.」(1994年)の項を参照。
発売中止の可能性はあったものの、本作は1993年12月1日にキューン・ソニーレコードからCDおよびMDにてリリースされることになった。CD帯に記載されたキャッチコピーは「昨日までの自分を笑え テクノでパンクでアシッドで、なおかつ肉体派、電気グルーヴ オリジナル4thアルバム。」となっている。本作からは1994年2月2日に「N.O.」がリカットされ、オリコンシングルチャートにおいて最高順位21位の登場週数は12回で売り上げ枚数は13.6万枚となり、当時の電気グルーヴとしては最も高い売り上げを記録したシングルとなった[20]。音楽情報サイト『CDジャーナル』では本作を「電気が世間的なブレイクを遂げた会心作」と位置付けており、電気グルーヴはデビュー以来特に砂原の加入後から究極のテクノ・サウンドの追求と発展を継続していると指摘した上で、「今作は、細部に渡るその生々しいまでに偏執的な音への拘り方に注目。電気サウンドの総決算的見事な水準だ」と称賛[17]、音楽情報サイト『TOWER RECORDS ONLINE』では本作を「まさに、電気グルーヴを電気グルーヴたらしめた作品」と位置付けており、前作と比較してよりテクノに傾倒した「硬派でストイックな作品」になっているもののインディーズ時代の楽曲のリメイクである「N.O.」や瀧の制作曲「富士山」が収録されていることで「電気初心者でも楽しめる作品になっている」と肯定的に評価、「とかく、この作品の存在は、以後の電気グルーヴの爆進の起点ともいえる作品」であると総括した[18]。