出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/10/06 04:47 UTC 版)
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| TATSUO YAMAMOTO TATSUO |
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| 本名 | 山本 樹生 |
| 生年月日 | 1974年2月27日(51歳) |
| 出生地 | |
| 血液型 | B型 |
| 職業 | ダンスアーティスト |
| ジャンル | ストリートダンス |
| 活動期間 | 1991年 - |
| 主な作品 | |
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TATSUO(1974年〈昭和49年〉2月27日 - ) は、日本のダンサー、振付師。ストリートダンスチーム「GLASS HOPPER」のリーダーとして知られるほか、演劇とダンスを融合させた総合エンターテインメントクルー「Blue Print」、ストリートダンスと生楽器の演奏を組み合わせたパフォーマンス集団「SNAZZY DOGS」のメンバーとしても活動している。
世界大会で通算18回の優勝経験を持つ、日本を代表するストリートダンサーの一人である。国内外での舞台出演や世界大会の審査員(JUDGE)、ワークショップなどを通じて、ダンスアートがもたらすポジティブなエネルギーの共有を目的とした活動を行っている。
また、日本国内外のトップクリエイターを招いたワークショップやトークセッションを通じて「気づき」を共有する体験型プログラム『虫籠の中から』を主宰しており、自身も海外でのワークショップやトークセッションを通じて、世界各地の参加者と「気づき」を分かち合う活動を展開している。
徳島県出身。幼少期より阿波踊りに親しみ、父が経営していたジャズバー「GLASS HOPPER」でレイ・ブラウン、クリス・コナー、アート・ブレイキー、ホレス・シルヴァー、ラムゼイ・ルイス、アン・リチャーズ、ヘレン・メリル、マル・ウォルドロン、シダー・ウォルトン、レイ・ブライアント、ローランド・ハナ、ザ・フォー・フレッシュメン、ジョージ・ムラーツ、ケニー・バレル、チェット・ベイカー、サディク・ハキム、渡辺貞夫、マリーンらの音楽に触れ、ジャズと黒人文化の影響を受けながら育つ。
学生時代には独学でプログラミングを学び、工業機械や制御ロボットの制御プログラム、ゲームプログラムの制作に没頭した。高校時代にはレスリングを経験し、減量を通じて身体と精神の関係性を学ぶ。
17歳でストリートダンスに出会い、21歳でDJバー「GLASS HOPPER」を開業。その後、ダンススタジオの経営やメディアを巻き込んだエンターテインメントコンテスト、音楽イベントの企画・運営を手掛けるなど、多角的に活動を展開した。
コンセプト性の高い作品づくりを得意とし、数々の世界大会で優勝を重ねる。ドイツ「FUNKIN STYLEZ」、チェコ「STREET DANCE KEMP EUROPE」、イタリア「THE WEEK」、フランス「CERCLE UNDERGROUND」などの国際大会で優勝し、特に「CERCLE UNDERGROUND」ではアジア人として初の優勝を果たした。
2009年には「DANCE@LIVE FINAL」HOUSE SIDE部門でグランドチャンピオンを獲得。2014年には世界最大級のストリートダンスバトル「Juste Debout」において、世界中から選出された4名のジャッジの一人として参加し、世界14か国で審査およびソロパフォーマンスを行った。決勝のパリ公演では約2万人の観客を前にソロショーを披露した。
また、「JAPAN DANCE DELIGHT VOL.23」では、2人組HOUSEチームとして初の優勝を達成している。
2015年から2016年にかけては、宮本亜門演出・WRECKING CREW ORCHESTRA出演の舞台『SUPER LOSERZ』に主演7名の1人として参加。
2014年以降は、オランダ・アムステルダムで開催される国際ダンスフェスティバル「SUMMER DANCE FOREVER」の舞台部門「THEATER FOREVER」において、日本代表として作品を発表している。
2019年には、世界で活躍する若手ストリートダンサーを起用し、現代の若者が抱える葛藤や思想、生き方をテーマにした舞台『共生共創事業 -ともに生きる ともに創る- SAKEBU』の企画・演出・出演を手掛けた。
指導者としても活動し、これまでに20か国以上で約150回にわたるワークショップを開催している。ダンス教育と自己表現の融合を通して、国際的に影響力を持つアーティストとして評価されている。
現在は北海道釧路市阿寒湖温泉に拠点を置き、アイヌ民族の伝統文化を現代的な演出で伝える舞台『ロストカムイ』および、2024年4月より上演されている新演目『満月のリムセ』に出演し、振付監修も務めている。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/06/03 22:14 UTC 版)
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| tatsuo | |
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| 生誕 | 1978年2月28日(47歳) |
| 出身地 | |
| ジャンル | ロック |
| 職業 | ギタリスト・作曲家・編曲家 |
| 担当楽器 | ギター・プログラミング |
| 活動期間 | 1994年 - |
| レーベル |
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| 事務所 | ユークリッド・エージェンシー(音楽プロデューサーとして専属) |
| 共同作業者 | |
| 公式サイト | 公式サイト 公式ブログ たっぷん (@everset_tappun) - X(旧Twitter) |
tatsuo(タツオ、tappun、1978年2月28日 - )は、日本のギタリスト、作曲家、編曲家である。福岡県出身。
ロックバンド、eversetでギタリストを務め、作曲家・編曲家としても活動。ヴィジュアル系エアーバンド、ゴールデンボンバーの編曲・レコーディング他多数若手バンドのプロデュース作業に従事。近年では仮面ライダーシリーズやアニメへの楽曲提供など幅広い音楽制作を手掛け、日本人ギタリストで初めてMUSICMAN社とモニター契約を結んでいる。
1994年 - eversetの前身バンド「Missing Tear」を結成。2001年解散。
2002年 - 新たにドラマーに近藤彩人を迎え「everset」を結成。
2007年 - 音楽事務所ユークリッド・エージェンシーのソフト開発部のプロデューサーとして所属。基本はフリーながら、多くの若手バンドの育成や各分野での楽曲提供にあたる。
2008年 - 自主レーベル「MASSIVE ROCK RECORDS」設立。
2011年 - 6月27日Shibuya O-EAST「for ever and ever」公演を以てライブ活動を休止。
中学1年生の終わりにX JAPANに影響を受けギターを弾きたいと思い、友人と共にバンド活動を開始。しかし、ギター希望者が多いためにジャンケン勝負になりあっさり負けてベースに指名されるが、ギターへの熱意が抑えられずすぐさま土木系のアルバイトをして通信販売でアリアのモッキンバードギターを購入。呆気にとられる友人を差し置いてギタリストになる。ギターを手にしたその日から、本気でプロを目指し学校も行かずにギターを弾く日々が続いたという。学生時はギターかTVゲームかバイクにしか興味がなく、少々非行にも走り両親も手を焼いていたとのこと。
高校に入ると本格的にバンドを結成し、自主制作デモテープ500本を完売、ワンマンライブで動員200人を記録、ティーンズフィスティバルなどで賞を沢山勝ちとるなど、彼の地元・柳川では名の通った存在となる。活動拠点を、福岡市内のライブハウスに移し、バンド名を正式に「DARKNESS」から「Missing Tear」と命名(この時の事を本人は「怖いバンドの先輩から『名前がイケてない』と指摘された事から改名に踏み切った」と語っている)。
地道な下積み活動を繰り返す中、バンドブームだった当時の時流からか、人気に比例して周囲の先輩バンドの風当たりも強く、様々な経験もしたがそれでも負けずに活動を続け、確実に動員を増やしていった。
活動が安定してくるとライブハウスのスタッフの薦めでテレビ朝日の番組『Break Out』に推薦され、CDを5枚リリース。ここから一気に人気に火がつき、福岡でも有数のライブハウスDRUM LOGOSにて600人を動員。ちなみにこの記録は同ライブハウスに出演する福岡のバンドでは未だに破られていない。
2000年、メジャー・デビューへ向けて上京。拠点を東京に移す。3LDKにメンバー5人とローディー1人の全6人という大所帯で生活していた。当時のローディーメンバーには現ゴールデンボンバーの樽美酒研二もいた[1]。イベントにて日本武道館、渋谷公会堂など大御所との競演を果たす。しかし、音楽観の違いなどからメンバーが脱退するなど活動に制限が生じ、2001年にMissing Tearを解散。メジャー・デビューの話も白紙となった。
その後、フロント4人とミーティングを繰り返し、ドラマーに近藤彩人を迎えて2002年「everset」を結成。キングレコードプロデューサー・山田の協力にて自主制作1000枚限定CDを3枚リリース(3種共に完売)。精力的なライブ活動で動員を増やしベルウッド・レコードよりアルバム2枚、ミニアルバム2枚をリリース。
また、かねてから演奏力と創造性への評価も高く、様々なスタジオワークを依頼されるようになり、現在の制作者としての才能を開花させ始めるのもこの時期であった。そして音楽事務所ユークリッド・エージェンシーにソフト開発部のプロデューサーとして所属し、多くの若手育成に手を尽くす事になる。
2005年から同じ事務所に所属となったゴールデンボンバーの全楽曲の編曲(鬼龍院翔と共同)を担い、楽曲アレンジやレコーディングなども手掛けている。2013年4月29日放送の『森田一義アワー 笑っていいとも!』のコーナー「ワケあり人間カジノ どっちベガス」に出演し、ゴールデンボンバーと初共演を果たした[1]。
『仮面ライダーW』のスペシャルイベントに同番組中のバンド*ガルベストン19として出演。『KAMEN RIDER DRAGON KNIGHT』のエンディングテーマを作曲担当し、アレンジ、レコーディングにも参加。
2008年に代表取締役としてMASSIVE ROCK RECORDSを設立。レーベルよりeversetマキシシングル「咲いて」フルアルバム「BLACK FILE」をリリース、ツアーファイナル・赤坂BLITZでのワンマンを成功させる。さらにワンマンツアーを成功させ「Re:PASSION」「PARALLEL WONDER LAND」をリリースする。
それぞれのスキルやバンドの成長を目的としてeversetは無期限でライブ活動を休止する事を発表。2011年6月27日、Shibuya O-EASTでの「for ever and ever」公演にて本格的に休止期間に突入した[2]。
2010年『仮面ライダーオーズ/OOO』主題歌の作家として抜擢され、大黒摩季が歌う「Anything Goes!」の作曲・編曲・レコーディングを担当。11月17日発売の同タイトルのシングルはオリコン初登場7位を獲得。また、同番組内でのキャラクター・仮面ライダーバースのテーマ曲「Reverse/Re:birth」も担当(2011年7月27日発売)。2011年9月4日より放送開始の仮面ライダー生誕40周年記念作品『仮面ライダーフォーゼ』の主題歌「Switch On!」(歌/土屋アンナ)の作曲・編曲・レコーディングも担当。また、劇中に登場するキャラクター「仮面ライダーメテオ」のキャラクターソング「Shooting Star」(2012年3月7日発売)も、本人のみならずeversetで担当。活動休止の同バンドながら、これがメジャー・デビューとなった。
余談ではあるが、放送回にも本人が演奏で登場したり、出演者のバンド演奏へ技術指導したりなど、楽曲提供以外での協力が見られる。
2012年9月2日より放送された『仮面ライダーウィザード』の主題歌「Life is SHOW TIME」(歌 / 鬼龍院翔 from ゴールデンボンバー)の作曲・編曲・レコーディングを手掛け、これにより平成仮面ライダー作品3作連続で主題歌を担当する事となった。
楽曲提供はアニメ分野にも広がり、漫画『ライチ☆光クラブ』の音楽担当に抜擢され、2011年1月1日より12ヶ月連続配信を開始。テレビ東京系で放映のアニメ『SKET DANCE』から生まれたバンド「The Sketchbook」のプロデュース、作曲・編曲担当。主題歌、エンディングに使用。eversetでも同作品の第3期主題歌を担当する。
2014年10月5日より放送された『仮面ライダードライブ』の主題歌「SURPRISE-DRIVE」の作曲・編曲を担当。実に平成仮面ライダー作品で4作目の主題歌担当となる。また、同曲はVo.松岡充を中心とする新ユニット・Mitsuru Matsuoka EARNEST DRIVEによって演奏され、tatsuoもギターとしてこのバンドに所属している。
Missing Tear及びeversetとしての作品はeverset#作品を参照。
tatsuoとGargoyleのギタリスト・KENTAROによるアコースティックユニット。東京都内のライブハウスを中心にライブ活動を行っている。