出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/01/22 17:10 UTC 版)
SYSTEM23(システム23)は、1997年に株式会社ナムコがリリースしたアーケードゲーム基板。ナムコがオリジナルで開発したシステム基板はSYSTEM23、SYSTEM SUPER23(後述)が最後であり、これ以降はPlayStationベースであるSYSTEM11や、後年発売のPlayStation 2ベースであるSYSTEM246などの家庭用ゲーム機をベースとしたシステム基板が主流となる。
基本性能はSYSTEM22からさほど変化は無いが、SYSTEM SUPER23ではグラフィック面での性能アップが図られている。SYSTEM23で新たに実装された機能の一つして、「"GASHIN" Strong Bass System」と呼ばれる重低音サラウンドシステムがある。
GORgON(ゴーゴン)は、SYSTEM22とSYSTEM23の境目の時期に登場したシステム基板である。スペックはSYSTEM23とほぼ同等であるが、上述の理由より「SYSTEM22.5」と呼ばれることもある。
(SYSTEM23 から転送)
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| 製造元 | IBM |
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| 発売日 | |
| 標準価格 | |
| 販売終了日 | 1985年 |
| OS | 内蔵BASIC |
| CPU | Intel 8085[2] |
| メモリ | 32KBから128KB RAM, 112KB/128KB ROM[3] |
| ストレージ | 8インチ FDD[注 2] |
| ディスプレイ | グリーンCRT (80×24テキスト) |
| 入力機器 | キーボード |
| 重量 | 43kg |
| 前世代ハード | IBM 5120 |
| 次世代ハード | IBM Personal Computer |
System/23 Datamaster(システム/23 データマスター)は、IBMが1981年に発表したオフィスコンピュータである。
システム/23 データマスターは、IBM PCのわずか1か月前の、1981年7月に発表された。ハードウェアはIBM 5322コンピューター装置、5246ディスケット装置、5241印刷装置(毎秒80文字)または5242印刷装置(毎秒160文字)で構成される[4]。
5322コンピューター装置は、テキストモードのCRTディスプレイや、キーボード、プロセッサ、メモリ、最大2台の8インチフロッピーディスクドライブなどの全てを1つのキャビネットに収納した、オールインワンコンピュータであった。フロッピーディスクドライブの容量(片面、両面)と台数(0から2台)、メモリ容量(32KB、64KB、96KB、128KB)の組み合わせでいくつかのサブモデルが用意された[5]。プロセッサは8ビットのIntel 8085(非公開情報)で、最大128KBのメモリを管理するバンク切り換えロジックを備えていた[2]。BASICインタープリタが組み込まれていた。外付けの5246ディスケット装置を2台のコンピューターで共用することもできた。
データマスターの目的は、専門家なしで設置や操作ができるコンピュータの供給だった[6]。発表時にはシングルスクリーンのデータマスターは約 9,000 ドルで販売された。データマスター・プロジェクトで得られた設計グループの親密性は、IBM PCへのインテル製CPUの採用に影響した。
日本ではデータマスターは1982年1月に日本IBMより発表され、3月に特約店から販売が開始された[4]。また、同年8月10日にディスプレイとキーボードを分離したデスクサイド型のIBM 5324が発表された[7]。
簡易言語として、IBM 5110から開発が続けられてきたBRADS (Business Report / Application Development System) の最新版であるBRADS IIIが用意され、BASIC言語より簡単に事務処理プログラムを作成できるとした。旧機種からシステム/23BASICへの移行手段として「5110/5120BASIC―システム/23変換援助プログラム」が用意された。また、マニュアルの製作にあたっては、コンピュータの知識がない女性に機械を設置するところから使ってもらい、理解できない点があればマニュアルやマイクロコードを修正した。この作業を約半年かけて16種類のマニュアルを完成させた[4]。
一方で、システムが漢字に対応していないことから、日本ではワードプロセッサとしての機能は省略された。このことから、ライバルメーカーやディーラー、マスコミからの関心は薄かった[4]。
注釈
出典
| 先代 IBM 5120 |
IBM システム/23 | 次代 IBM PC |