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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/07/25 23:46 UTC 版)
| フェノール | |
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フェノール |
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別称
石炭酸
ベンゼノール ヒドロキシベンゼン フェニルアルコール |
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| 識別情報 | |
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3D model (JSmol)
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| ChemSpider | |
| ECHA InfoCard | 100.003.303 |
| KEGG | |
| RTECS number |
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| 国連/北米番号 | 1671 [1] |
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CompTox Dashboard (EPA)
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| 特性 | |
| 化学式 | C6H5OH |
| モル質量 | 94.11 g/mol |
| 示性式 | C6H5OH |
| 外観 | 白色の結晶 |
| 密度 | 1.07 g/cm3 |
| 融点 | 40.5 °C, 314 K, 105 °F |
| 沸点 | 181.7 °C, 455 K, 359 °F |
| 水への溶解度 | 8.3 g/100 ml (20 °C) |
| 酸解離定数 pKa | 9.87 |
| 1.7 D | |
| 危険性 | |
| GHS表示: | |
| Danger | |
| H301, H311, H314, H331, H341, H373[2] | |
| P261, P280, P301+P310, P305+P351+P338, P310[2] | |
| NFPA 704(ファイア・ダイアモンド) | |
| 引火点 | 79 °C (174 °F; 352 K) |
| 爆発限界 | 1.8–8.6%[3] |
| 致死量または濃度 (LD, LC) | |
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半数致死量 LD50
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LDLo (最小致死量)
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半数致死濃度 LC50
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| NIOSH(米国の健康曝露限度): | |
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PEL
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TWA 5 ppm (19 mg/m3) [skin][3] |
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REL
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IDLH
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250 ppm[3] |
| 安全データシート (SDS) | [1] |
| 関連する物質 | |
| 関連物質 | ベンゼンチオール ベンジルアルコール フェネチルアルコール |
| 特記なき場合、データは常温 (25 °C)・常圧 (100 kPa) におけるものである。 | |
フェノール (英: phenol、benzenol) は、
性質としては、常温では白色の結晶で、常温の水にはいくらか溶け、エチルアルコールなどにはよく溶け、水彩絵具のような特有の薬品臭を持つ。→#性質
フェノールという名は、ベンゼンの古名「phene」に由来。和名は石炭酸(せきたんさん)。
毒性および腐食性があり、皮膚に触れると薬傷をひきおこす。絵具に似た臭気を有する。毒物及び劇物取締法により劇物に指定されている。
水に可溶(8.4g/100mL, 20℃)で、アルコールやエーテルには任意の割合で溶ける[6]。
芳香環の共鳴効果によって共役塩基のフェノキシドイオン(またはフェノラートイオン);C6H5O-が安定化されるため、同じくヒドロキシ基を持つアルコール類よりも5桁以上高い酸解離定数 (pKa = 9.95) を示す[7]。ゆえに弱い酸性を示し、カチオン種と共に塩を形成する。フェノール塩はカチオン種名と「フェノキシド」を合わせて命名する(例:ナトリウムフェノキシド)。
ケト-エノール互変異性によってシクロヘキサジエノンを生じると考えられるが、脂肪族のエノールと異なりケト型に変異することによって得られる安定化と芳香族性を失うことによる不安定化では後者の影響が大きく、ほとんどがエノール型であるフェノールの状態で存在している[8]。
フェノールに塩化鉄(III)水溶液を滴下すると鉄フェノール錯体が生成し赤紫(青紫)色を呈する。
ニトロ化することによりピクリン酸を生成する。フェノールは濃硝酸によって酸化されるので先に濃硫酸でスルホン化を行ってからニトロ化する。
1834年、ドイツのフリードリープ・フェルディナント・ルンゲがコールタールから発見し、「石炭酸」(Karbolsäure)と命名した。ルンゲが発見したフェノールは不純物を含んでいたが、1841年にフランスのオーギュスト・ローランが単離に成功した。 1843年、シャルル・ジェラールは、ローランがベンゼンに与えていた「フェン "phène"」に基づきフェノール("phénol")と命名した。
19世紀には消臭剤としての効果が認められ、ゴミや汚水の消臭剤として散布されていた。ジョゼフ・リスターが初期の消毒薬として使用することで大きな成果を挙げている。これにより、当時手術につきものであった敗血症の発生確率を大幅に下げることに成功した。医療器具から病院まであらゆる場所の消毒に用いられ、フェノールの噴霧装置やフェノール石鹸が病院に常備されるようになった。しかし人体に対する毒性が明らかになると、使用されなくなっている。
コレラが流行した1879年(明治12年)には、平尾賛平商店が石炭酸に他物を加えたものを紫の絹袋に入れて「コレラ病除け匂い袋」として売り出し、大流行した[12]。また、1881年(明治14年)の流行時には、内務省が消毒薬として石炭酸の大量購入を行い、原料のコールタールを商っていた浅野総一郎が実業家として頭角を現すきっかけとなった[13][14]。
ナチスドイツが安楽死殺害政策を実行した際、不治の病に犯された患者を本人やその家族に秘密裏に殺害するため、フェノール注射が用いられたと言われる。