出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/10/11 08:18 UTC 版)
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Pentium Pro 200MHz
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| 生産時期 | 1995年11月から1998年まで |
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| 販売者 | インテル |
| 設計者 | インテル |
| 生産者 | インテル |
| プロセスルール | 500nm から 350nm |
| アーキテクチャ | x86 |
| マイクロアーキテクチャ | P6 |
| 命令セット | IA-32 |
| コア数 | 1 (スレッド数:1) |
| ソケット | Socket 8 |
| コードネーム | Orion Mars Natoma |
| 前世代プロセッサ | Pentium (1993) |
| 次世代プロセッサ | Pentium II Xeon |
Pentium Pro(ペンティアム プロ)は、インテルが1995年11月に発売したx86アーキテクチャのマイクロプロセッサ(CPU)である。P6マイクロアーキテクチャを採用した最初の製品であり、x86プロセッサとしては初めてRISCプロセッサに迫る性能を実現した。主な用途はローエンドサーバ、ワークステーション、ハイエンドデスクトップパソコンなど高度な処理を必要とする環境下で利用された。
Pentium Proは、「Pentium」という名称が付けられているが、内部構造はP5マイクロアーキテクチャのPentiumとは完全に異なり、P6マイクロアーキテクチャを採用した最初のCPUである。P6マイクロアーキテクチャはRISCの設計思想を取り込み、x86命令を複数の単純化した命令に分割して実行する。また、命令発行ポートを5つ持つスーパースカラ構造、多段パイプラインを効率よく動作させるための分岐予測といった先進技術を採用し、32ビットコードでは同クロックのPentiumを大きく凌駕する演算処理速度を実現した。
Pentium Proは、2次キャッシュメモリにアクセスするための内部バスを、メインメモリにアクセスするための外部バスから分離し、CPUコアと等速度で動作する2次キャッシュメモリをCPUコアと同一のパッケージ上に搭載した。外部バスにフロントサイドバス(FSB)、内部バスにバックサイドバス(BSB)と個別の名称を与えてバス・アーキテクチャを解説するのは後継のPentium IIからで、Pentium Proが発表された当時はこの二つを合わせてデュアル・インディペンデント・バス(DIB)と呼称していた。DIBの導入により、頻繁に発生する2次キャッシュへのアクセスが低速なFSBに律速されることを回避し、2次キャッシュとメインメモリへの同時アクセスも可能となり、メモリアクセスでCPUの動作が阻害されることを低減した。
新しく開発されたSocket 8に装着するCPUパッケージはCPUとは別に2次キャッシュメモリのチップを搭載し、巨大な長方形の形態をとっていた。CPU自体のトランジスタ数は550万個であったが2次キャッシュはその数倍ものトランジスタ数であった。後年発売された2次キャッシュメモリ1 MB版のPentium Proは512 KBのメモリチップ2枚とCPUコア1枚の3チップ構成となっている。
Pentium(P54C Pentium)において除算において計算結果を誤ることがある致命的なエラッタを起こし、その対策として全数リコールを行った反省から、P6マイクロアーキテクチャはマイクロコードの一部をソフトウェアで書き換えられるようになっている。Pentium Pro以降のCPUで発生したエラッタは、過去判っている範囲において、BIOSやオペレーティングシステム(OS)を介して供給される、暗号化されたコードブロックをCPUに書き込むことで回避している。また、整数乗算が4サイクルのパイプライン実行が可能になったほか、多くの命令でPentiumより高速化している。
Pentium Proのモデルは、CPUコアのクロックおよび2次キャッシュメモリの容量により区別される。
インテルからPentium Pro用に以下の3種類のチップセットが提供された。
上記以外の独自チップセットを使用して、4 CPUを超えるSMPを実現したシステムも存在した。
200 MHz、2次キャッシュメモリ256 KBのPentium Proを搭載したシステムは、SPECint95 8.09、SPECfp95 6.75を記録した。これはPentium Pro発売時に最速のPentiumであった、133 MHzのPentiumを搭載したシステムのおよそ2倍の性能であった。当時のRISCプロセッサとの比較では、従来はRISCプロセッサの領域と考えられていた整数演算性能を実現し、浮動小数点演算においてもRISCプロセッサの性能に近づいていた。2000年6月にはインテルで開発したASCI Redが9,632のPentium Proを搭載し、最大理論性能で3.2 TFLOPSの演算速度によりスーパーコンピュータのTOP500の第1位に輝いた。
Pentium Proは32ビットコードに特化した設計のため、16ビットコードの実行速度においてはPentiumに劣り、ほとんどの場合、200 MHzのPentium Proは133 MHzのPentiumより遅かった。Pentium Proの発売当時のデスクトップパーソナルコンピュータはWindows 3.x上の16ビットアプリケーションからWindows 95上の32ビットアプリケーションへの移行期であったが、32ビットアプリケーションの実行速度においても、Pentium ProはPentiumに対してWindows NT上ほどWindows 95上では大きな差を示せなかった(Windows 95内の一部が16ビットコードで記述されていたためとされる)。実際のところマイクロアーキテクチャの切り替え時には多少なりとも似たような問題が付きものではあるが[注 1]、特にPentium Proの場合は象徴的な特徴となり、実際にWindows NTモデルばかりが出荷され、当時主流だったWindows 95プレインストールモデルがまず見られないほどの明確な差別化が発生した。P6マイクロアーキテクチャにおけるWindows 95プレインストールPCの普及はPentium IIまで待つ形となった。
サーバ、ワークステーション向けCPUとして発売され、主に以下の用途の製品に使用された。
Pentium Proは、Windows 95をインストールしたデスクトップパーソナルコンピュータ向けに使用されることはほとんどなかった。この用途では、Pentium、Pentium MMXが使用された。
Pentium ProはCPUコアと2次キャッシュメモリを同一のパッケージ上に搭載したことが足枷となり、歩留まりが悪く(コア、キャッシュ双方の不良率が同じであったとしても、単純計算で1チップ構成CPUの2倍の不良率となる)、製造コストは高止まりした。この問題を解決するため、後続製品のPentium II、Celeronではパッケージ形状が変更され、Socket 8の代わりにSlot 1を使用した。
結局、Socket 8に対応するCPUは、Pentium Proとそのオーバードライブプロセッサ以外には発売されなかった。
Pentium IIは、16ビットコードの処理速度をPentium Proより改善し、MMXをサポートしていた。Pentium IIが登場すると、デスクトップパーソナルコンピュータ用のPentium ProはPentium IIによって置き換えられた。しかし、Pentium Proが4 CPUまでのSMPをサポートしていたのに対し、Pentium IIは2 CPUまでのサポートであったため、Pentium IIの登場後も、サーバ向けには1998年6月にPentium II Xeonが登場するまでPentium Proが使用された。
Pentium Proシステムをアップグレードするためには以下の手段があった。
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Pentium Pro世代から内蔵のFPUにFCMOV, FCOMI命令が追加された。これらの命令はCPUIDのCMOVビットがセットされていれば使用できる。
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