出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2017/05/28 06:33 UTC 版)
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(PFM から転送)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/02/22 10:08 UTC 版)
| プレミアータ・フォルネリア・マルコーニ Premiata Forneria Marconi |
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|---|---|
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母国リニャーノ・サッビアドーロ公演 (2007年8月)
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| 基本情報 | |
| 別名 | P.F.M. PFM |
| 出身地 | |
| ジャンル | プログレッシブ・ロック |
| 活動期間 | 1970年 - 現在 |
| レーベル | Numero Uno マンティコア Zoo Dischi RCAレコード ソニー・ミュージック Musiza Aereostella |
| 公式サイト | www |
| メンバー | フランツ・ディ・チョッチョ(Vo/Ds) パトリック・ジヴァス(B) ルチオ・ファブリ(Vio) マルコ・スフォーリ(G) アレッサンドロ・スカリオーネ(Key) ロベルト・グァルディ(Ds) アルベルト・ブラヴィン(Key/Vo) |
| 旧メンバー | 以下を参照 |
プレミアータ・フォルネリア・マルコーニ (Premiata Forneria Marconi)は、1970年[1]にイタリアで結成されたプログレッシブ・ロック・バンド。
1973年にアルバム『幻の映像』を発表して国際デビューを果たした際、P.F.M.或いはPFMという略称が使用され始めた[2]が、母国では引き続きフル・ネームが使用されていた。
1964年に結成されたクエッリ (I Quelli)というバンドが前身に当たる。彼等はイタリアのディスキ・リコルディ(Ricordi)[3]から1965年にシングル盤でデビュー[4]。ルーチョ・バッティスティ(Lucio Battisti)のレコーディングに参加した時、バッティスティからバンドを再編成するように助言され、確執のあったメンバーと袂を分かち[5]、プレミアータ・フォルネリア・マルコーニとして1970年12月[5]に再スタートした。
1971年はイエスやディープ・パープル等のイタリア公演で前座を務めて[5]国内の聴衆の認知度を高めていった。1972年3月、バッティスティのレーベルであるヌメロ・ウーノ(Numero Uno)からアルバム『幻想物語』でデビューして国内チャートで最高4位を記録した。同年暮れにはセカンド・アルバム『友よ』をリリースした。
相前後してエマーソン・レイク・アンド・パーマー(ELP)のイタリア公演の前座として出演し、それがきっかけとなってグレッグ・レイクに注目されてイギリスに招かれ、ELPのマンティコア・レコードと契約を結んだ。同レコードに所属する作詞家のピート・シンフィールド[6]を迎えて『友よ』を母体にした英語詞主体のアルバム『幻の映像』[7]を制作し、シンフィールドの発案[8]で略称"PFM"を併用し始めた[9]。1973年3月にロンドンのABCフラム劇場でイギリスでのライブ・デビューを果たし、8月のレディングのロック・フェスティバルに出演して高い評価を得た[10]。この時のラインナップはフラヴィオ・プレーモリ(キーボード、ボーカル)、フランツ・ディ・チョッチョ(ドラム、ボーカル)、ジョルジオ・ピアッツァ(ベース)、フランコ・ムッシーダ(ギター、ボーカル)、マウロ・パガーニ(バイオリン、フルート、ボーカル)の5人。9月にマンティコア・レコードから『幻の映像』を発表して国際デビューを果たした直後に、ベースがピアッツァからアレアに在籍していたヤン・パトリック・ジヴァスに交代した。
当時絶大な人気を誇ったELPが絶賛したヨーロッパのプログレッシブ・ロック・バンドとして、日本でもマスコミにもプログレッシブ・ロック・ファンにも大いに注目された[10]。1975年11月にはボーカルのベルナルド・ランゼッティ(Bernardo Lanzetti)を加えた6人編成で初来日した[10]。
その後、1976年のアルバム『チョコレート・キングス』リリース後にパガーニが脱退するなど、グループの改編が続き、1977年にリリースした『ジェット・ラグ』を最後に歌詞を英語からイタリア語に戻すなどの変化が生じた。さらにメンバーチェンジを経て、2010年6月にはディ・チョッチョ、ムッシーダ、ジヴァスの3人[11]が正式メンバーとして在籍。数度の休止を挟みつつも長年にわたる音楽活動を続けている。
近年、ファブリツィオ・デ・アンドレ[12]をトリビュートするライブを不定期で行なっており、その模様を収めたDVD『PFM Canta de Andre』、トリビュートCD『紀元2010年 - PFMとアンドレの新たな旅』も発表している。
2015年3月、ムッシーダが脱退を正式に表明した。
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