通常の酸素分子は酸素原子2個でできているが(化学式ではO2)、オゾンは原子3つでO3となっている。特有の生臭いにおい(消毒用オキシドールのにおい)がある。地表から20~25km上空の成層圏内にオゾンの豊富な領域(オゾン層)があって、ぞれが生物に有害な太陽からの紫外線を適度に吸収している(そのほか殺面、脱臭、脱色、細胞賦活、農薬除去などの特徴をもっており、水や食物を浄化するオゾン発生器などの家庭用商品もある)。
| 化合物名や化合物に関係する事項: | オキソニウムイオン オキソリン酸 オキソ酸 オゾン オリゴデオキシリボヌクレオチド オリゴヌクレオチド オリゴマー |
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/12/12 19:52 UTC 版)
| O-Zone | |
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| 出身地 | |
| ジャンル | ユーロダンス[1] |
| 活動期間 |
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| レーベル | |
| 公式サイト | オゾン 公式サイト |
| メンバー | アルセニェ・トデラシュ |
| 旧メンバー |
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O-Zone(オゾン)は、モルドバ共和国出身のルーマニアの音楽グループ。名前はダン・バランが友人であるペトル・イェリホフスキ (Petru Jelihovski) とグループを結成したときにバランの計画「Dan Bălan Project:0-Zone」(ゼロから始めるということから0-Zoneと名がついたと言われる)がそのままグループ名となった。イェリホフスキが抜けてラドゥ・アレクセイ・スルブ(Radu Alexei Sîrbu、 ルーマニア式綴りではSârbu) とアルセニェ・トデラシュ (Arsenie Toderaş) が加入した新しいグループにもその名前が継続された。
1999年、ダン・バランとその友人であるペトル・イェリホフスキの2名で結成。モルドバ国内で、アルバム『Dar, Unde Eşti』からタイトル曲の他ファーストシングルの『Timpul Trece fara Noi』、『Fiesta de la Noche』『Crede-ma』など7曲のメガヒットを生み出す前代未聞の快挙を達成する。しかし、作詞作曲を担当し音楽を真剣に考えるバランはルーマニアでの活動を希望、あくまで音楽を趣味と考えるイェリホフスキとの対立が表面化し、二人は袂を分かつがその後も友人関係は続いている。
2001年春、バランは3人組のユニット結成を計画、そんな中、彼のボーカルの講師が音楽スクールの後輩であるアルセニェ・トデラシュを紹介した。トデラシュは歌を習い始めたばかりで時期尚早とも思われたが、将来性を信じたバランがグループにトデラシュを迎え入れた。この時ロシア訛りで話すトデラシュがオーディションでエルヴィス・プレスリーの「ラヴ・ミー・テンダー」を歌うと、ロシア語のアクセントが嫌いでロシア訛りが苦手だというバランだったが、彼の歌に嫌悪感は吹っ飛び「気にならない」と言ったそうである。少し経ち、バランはラドゥ・アレクセイ・スルブと出会う。バランは、スルブに対してダンスの方向性に違いを感じていたがすぐにいい意味で固定されると思い、スルブを残り一人のメンバーに迎え入れ、ここに第2次O-Zoneは結成された。
メンバーを揃えたバランはさっそく楽曲を用意し、まず『Numai Tu』『Number1』『Nopti fara de Somn』『Am sa te Chem』の4曲をレコーディング、2001年秋にシングル『Numai Tu』『Number1』をリリース、人気は上々だった。これを受けていよいよバランが望んだルーマニア進出に乗り出す。モルドバ人がルーマニアで成功した前例はなかったが、3人は成功を信じ、努力は惜しまなかった。資金が不足していたため、所有していたスタジオとシンセサイザーを売却した後に『Numai Tu』のプロモーション・ビデオを制作、この頃に『Sarbatoarea Noptilor de Vara』『Nu ma las de Limba Noastra』、さらに『Dar, Unde Eşti』をレコーディングしている。2002年春、ルーマニアの音楽大手「Media Services」と契約が決まり、8月に3人としてのファーストアルバム『Number1』を発売したものの、当初ルーマニアでは「モルドバの新しいバンド」としか受け止められていなかったためか、ラジオでもなかなか取り上げられずに苦戦した。そこで同年秋には、このアルバムの中から『Despre Tine』をシングルカットして発売、「覚えやすくて面白い」をテーマにプロモーション・ビデオも制作されるとこれがルーマニアでは数十年ぶりという大ヒットを記録、5か月以上に渡ってヒットを続け、多くの老若男女が口ずさむほどの人気曲となり、それに乗じてアルバム『Number1』も10万枚を超えるメガヒット。O-ZONEは一躍ルーマニアNo.1のバンドとなった。
2003年、シングル『恋のマイアヒ』を発売し、ヨーロッパ全土を巻き込んで大ヒット、同年8月にリリースされたセカンドアルバム『DiscO-ZONE』も翌年夏に大ブレイクし、『Dragostea Din Tei』の軽快なリズムに乗ってO-Zoneはヨーロッパを席巻、モルドバのヒーローとなった。2004年冬にはシングル『De Ce Plang Chitarele?』をリリース。この曲は元々ルーマニアでかつてNorocと言うグループが歌いヒットしたフォークソングだったが、これにバランが加筆して自分たちのアレンジでカヴァーしたものである。さらにこの年、ルーマニアのラジオ局であるPro FMとのタイアップで女性歌手であるアレクサンドラ・ウングレアヌと『Radio Insearmna Prp FM』を歌っている。
しかし、ヨーロッパを席巻し、日本でもヒットの兆しが見え始めていた矢先の2005年1月14日、突然解散を発表した。バランがアメリカに渡り、ハウス歌手でDJのルーカス・プラータとO-Zoneの名で『MA-YA-HEE Song』(DDTに英語で新しい歌詞をつけた曲)をリリースしたことに反発した残りの2人に対し、バランが「今まで、作詞作曲プロデュース、全て自分でやってきた。O-Zoneはずっと俺のものだった。」「O-Zoneに今後はない。今このプロジェクトを終わらせているところだ。」と一方的に解散を宣言したのだ。
このことでバランを兄のように慕っていたトデラシュはショックからか体調を崩してしまい入院、この時のインタビューで「知らないよ。そんなの信じられないし、もう興味ないよ。俺はもう二度とダンには会いたくないんだ。」「実を言うと、彼とのことはもう既に過去のことになりつつある。もう、俺はダンのことなんて忘れたよ。もう、彼は俺の中には存在していないんだ。」とその悲痛な胸の内を語っている。そんな経緯もありバランは2人から孤立してしまったが、奇跡的に和解し、現在ではすっかり元の鞘に収まっている。日本では3月に『DISCO-ZONE 〜恋のマイアヒ〜』のリリースを控えていたため、発売元よりこの解散の事実が伏せられていた。
2005年3月、エイベックス・ディストリビューションより日本盤のアルバム『DISCO-ZONE 〜恋のマイアヒ〜』をリリース。アルバムは8月22日付のオリコン総合アルバムチャートで発売24週目にして1位を獲得[2]。海外アーティストのデビューアルバムの1位は、1972年のポール・サイモン、2003年のt.A.T.u.、2004年のUtadaに続いて史上4組目[2]。2005年12月1日、第47回日本レコード大賞特別賞を受賞[3]。
2005年9月23日、ルーマニアの音楽イベント「チェルブル・デ・アウル国際音楽祭」にて最後のコンサートを敢行[4]、『Despre Tine』『De Ce Plang Chitarele?』『Printre Nori』『Oriunde Ai Fi』『Dragostea Din Tei』を歌った。この模様はTVR internationalという放送局でインターネット放送で生中継され世界中のファンが彼らの最後の勇姿を見届けた。日本でも23日、秋分の日の早朝だったため多くのファンがファンサイトの特設チャットに集結、回線の混雑に耐えながらその模様を見守った。さらに翌日には再放送もされたが、アクセス過多のため回線がパンクしてしまう事態が発生した。
2005年10月、解散コンサート後にも関わらず3人で来日、7日の『ミュージックステーション』、24日の『SMAP×SMAP』に出演している。この年の12月にまたもや来日し、『ミュージックステーション』や『とくばん』(TBS)などに出演。しかしスルブは、娘と迎える初めてのクリスマスのためか来日はしなかった。2007年3月12日、O-Zoneが近々再結成するのではないか、という内容の記事がルーマニア語サイト「Revista Vip」に掲載された。2月にキシナウのクラブにてトデラシュとバランが面会していたため、これが噂の出所では、との声もある。
2017年5月、メンバー3人が再結集し、キシナウとブカレストにてコンサートを行った[5]。
2018年、ダン・バランが「恋のマイアヒ2018〜ノマノマ・ダンス」を発表、バラン単独で来日し「ミュージックステーション」に出演した[6]。
2024年6月7日、同月15日から9月6日にかけてヨーロッパツアーを開催することを発表[7]、だが参加メンバーはアルセニェ・トデラシュのみであり、新たに男性ダンサー2名がバックに就く。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/07/12 08:31 UTC 版)
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| 「-OZONE-」 | ||||
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| vistlip の シングル | ||||
| 初出アルバム『THEATER』 | ||||
| B面 | TWISTER Public GAME(通常盤のみ) Mr.Grim(CD+DVD盤のみ) |
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| リリース | ||||
| 録音 | 2009年 |
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| ジャンル | J-POP(アニメソング) | |||
| 時間 | ||||
| レーベル | マーベラスエンターテイメント | |||
| 作詞・作曲 | 智 Tohya |
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| チャート最高順位 | ||||
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| 年表 | ||||
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「-OZONE-」(オゾン)は、vistlipの4枚目のシングル。2009年8月5日にマーベラスエンターテイメントから発売された。
| 曲名 | タイアップ |
|---|---|
| -OZONE- | テレビ東京系アニメ『遊☆戯☆王5D's』第3期エンディングテーマ |
| Public GAME | PSP用ソフト『勇者30』使用曲 |
| 発売日 | タイトル | 備考 |
|---|---|---|
| -OZONE- | ||
| 2009年12月9日 | THEATER | オリジナルアルバム。 |
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(O-Zone から転送)
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| 物質名 | |||
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オゾン |
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| 識別情報 | |||
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3D model (JSmol)
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| ECHA InfoCard | 100.030.051 | ||
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CompTox Dashboard (EPA)
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| 性質 | |||
| O3 | |||
| モル質量 | 47.998 g mol−1 | ||
| 外観 | 淡青色気体 | ||
| 密度 | 2.144 g L−1 (0 ℃), 気体 | ||
| 融点 | 80.7 K, −192.5 ℃ | ||
| 沸点 | 161.3 K, −111.9 ℃ | ||
| 0.105 g / 100 mL (0 ℃) | |||
| 熱化学 | |||
| 標準モルエントロピー S⦵ | 237.7 J K−1 mol−1 | ||
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標準生成熱 (ΔfH⦵298)
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+142.3 kJ mol−1 | ||
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特記無き場合、データは標準状態 (25 °C [77 °F], 100 kPa) におけるものである。
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オゾン(ozone)は、3つの酸素原子からなる酸素の同素体である。分子式はO3で、折れ線型の構造を持つ。腐食性が高く、生臭く特徴的な刺激臭を持つ有毒な気体である。地球の大気中にとても低い濃度で存在している。漢字で阿巽とも当てて書いた[1]。活性酸素の一種。
常温常圧では薄青色の気体である。沸点−111.9 ℃ (161.25 K) で青色の液体となり爆発性を有する、凝固点−192.5 ℃ (80.65 K) で濃紫色の固体となる。中心の酸素原子と両端の酸素原子の結合は2本とも等価で、オゾン分子は O=O+-O− と O−-O+=O の2つの極限構造からなる共鳴混成体であると考えられる。
オゾンはフッ素に次ぐ強い酸化力を持つため、高濃度では猛毒である。吸い込むと内臓が酸化されてびらん状になる。日本における作業環境基準は0.1ppmである[2]。
オゾンは、オランダの科学者Martinus Van Marumによって1785年にその存在が発見された。その後、1840年に、ドイツ・スイスの化学者であるクリスチアン・シェーンバインによって、オゾンが酸素から形成されることが発見された。彼は雷雨の中でオゾンが現れることに注目し、そしてその奇妙なにおいから、ギリシア語で「臭い」を意味する ὄζειν (Ozein) に因み Ozon と名付けた。
一般に空気中での紫外線照射、または酸素中での無声放電など高いエネルギーを持つ電子と酸素分子の衝突によって発生する。オゾンの発生は主に以下の化学式で表せる。
有機高分子をオゾンにさらすと劣化が起こり、時に亀裂が生じる。この現象をオゾンクラッキングと呼ぶ。
大気の中で成層圏に存在するものはオゾン層を形成し、生命にとって有害な紫外線が地表に降り注ぐ量を和らげている。一方、地表付近では、オゾンは光化学オキシダントなどとして生成し大気汚染の原因となる。成層圏中のオゾン量はドブソン単位で表される。工業で用いられる場合、ppmや容量パーセント濃度または重量パーセント濃度で表される。
オゾンは、フッ素に次ぐ強力な酸化作用があり、殺菌やウイルスの不活化、脱臭・脱色、有機物の除去などに用いられる。
日本およびアメリカ合衆国[6] では、食品添加物として認可されている。
水道水の殺菌に塩素消毒の代わりにオゾンが用いられる国家も多い。オゾンは有機塩素化合物を生成しないため、処理後の水にも残留せず、塩素と比較して味や匂いの変化が少ない。従って、いくつかのシステムでは配管での細菌増殖を防ぐために少量のオゾンを添加することがある。日本では近年、東京都水道局、大阪市水道局、阪神水道企業団、大阪広域水道企業団等で水道水の高度浄水処理において、殺菌の一環として用いられており、追随する地方公共団体や水道運営事業者も増えてきている。
気体としてのオゾンは、その毒性により高度な濃度管理が求められるため、オゾンガスをミキシング又はバブリングと呼ばれる手法で水に溶け込ませたり、電気分解により水に含まれる酸素を利用して作る「オゾン水」として活用される例が増えている。オゾンの不安定な性質により数十分で酸素と水に戻るので残留性のない殺菌水として使えるほか、塩素系殺菌剤やエタノール系殺菌剤が使えない場合にも使用される。細菌の細胞を直接破壊・分解するため、耐性菌を生まない利点もある[7]。一方で気体を生成してそれを車内に噴霧、カーエアコンで循環させることで車内の消臭およびウイルスの不活性化をする装置もある[8]。
ヨーロッパでは医療への活用が多数試され、その効果が発表されている。近年は日本でも医療、介護、食品、酪農を主とする農業などの分野で殺菌、消臭、廃棄物処理目的で使われることが多くなった。ホテルの客室などに置ける小型の脱臭用オゾン発生器も販売されている[7][9]。
日本では、1923年に小川正彦により医療用オゾンガス発生器が発明され、ヨーロッパではドイツで1957年に発明されている[10]。
ヒトでは、難治性の疾患では、感染症、皮膚病、免疫不全、がんの補助療法、老人病、慢性リウマチ、アレルギーなどに有効性が示されている[11]。獣医学分野では、犬や猫に対し腫瘍やがんに対するオゾン療法に十分な効果があり、クオリティ・オブ・ライフの改善が見られるとされる[10]。
歯科医療においては、虫歯の治療においてオゾンガスを患部に当てるヒールオゾンという治療法がある。
医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(薬機法)に基づく医療用具として、オゾン水手洗い機が認可されている[12]。
日本では食品添加物として認められている。主流の殺菌料である次亜塩素酸ナトリウムと比較して、そのままオゾンガスを溶かすのではなく単に水道水を電解し陽極にできたオゾン水によってオゾンの濃度を高めることで殺菌力を高くすることができ、使用後の洗浄が不必要で安全性が高く食品の味を損ねにくく、クロロホルムを生成しないという点が特徴的である[12]。アメリカ合衆国では、1997年6月に食品の殺菌剤として安全性に問題がないGRAS(一般安全認定)に分類され、FDAが2001年6月に食品添加物として安全であると発表している[12]。
農薬の代わりとして、病害対策に用いられる。噴霧することで多くの病害菌を殺菌できるため、農作物に残留しない病害防除として利用することができ、収穫時にも収穫した農産物の殺菌に利用できる[13]。キュウリのうどんこ病などの病害対策ができるため、農薬の低減が期待される[12]。 大麦・人参の発芽率の向上、カイワレダイコン、ハツカダイコン、トマトの生育促進効果も確認されている[13]。
畜産においては、消臭・殺菌に用いられる。畜舎にオゾンガスを噴霧することで硫黄系の臭気を分解することができる。従来は殺菌力があまり高くなかったが、平均5000 nmであった気泡径を5 nmにすることで、サルモネラ菌や鳥インフルエンザウイルスなどへの殺菌効果が見られ、また、残留農薬等に関するポジティブリスト制度にも対応できる[14]。
越後地方などでは春先の晴天時に雪の広がる田畑に糸や布を広げて漂白する「雪晒し」が行われる[15]。雪晒しは雪の表面に紫外線が当たって発生するオゾンの作用を利用したものである[15]。
半導体部品の洗浄において、主流のRCA洗浄ではアンモニアや塩酸フッ化物が用いられるが、オゾンガスを溶解させたオゾン水は排水処理の面で環境負荷が低く[16]、代替として半導体の基板表面の有機物や金属の除去・洗浄に用いられている[17]。
また、水を使わずに(あるいはあまり使わずに)オゾン気流によって除菌や洗濯を行う洗濯機の例がある[注釈 1]。また、その後継機種では風呂の残り湯を使用する際、オゾンで除菌・浄化したり、オゾン水そのものを洗濯のすすぎに利用するものもある[18]。
ジーンズを着古した風合いにするオゾン加工にも使われる[7]。
オゾンには急性・慢性双方の中毒症がある。
急性中毒では目や呼吸器が刺激され、高濃度になるにつれて咳やめまいが引き起こされる。さらに高濃度になると呼吸困難や麻痺、および昏睡状態になり、放置しておけば死亡する。 慢性中毒では倦怠感や神経過敏など神経の異常や、呼吸器の異常を来たす。
オゾンを発生させる可能性のある場ではたとえ低濃度であろうと活性炭入りのマスクをつけることが望まれるが、目の粘膜も保護できる全面マスクの使用がより好ましい。より高濃度(10 ppm以上)の場合はガスマスクの使用が必須になる。[19]
オゾンは光化学オキシダントの主成分である。近年、日本では、光化学スモッグ注意報を発令する都道府県の数が増加しているが、これは、中国大陸からの越境大気汚染によって広域化していると考えられている。また、オゾンの強力な酸化性のため、植物や農業に対する悪影響が憂慮されている。
又、農業残渣には窒素が多く含まれており、いわゆる野焼きする事により二酸化窒素が大量に発生、更に二酸化窒素は紫外線エネルギーの吸収で一酸化窒素と原子状酸素に分解され、生成した原子状酸素は酸素分子と結合して強力な酸化性物質であるオゾンを生成する、周辺の生活環境への悪影響が憂慮される。
オゾンは酸素を含む酸化力の高い化学種で、広義の活性酸素の一つとされる。活性酸素は、狭義ではスーパーオキシドアニオンラジカルやヒドロキシルラジカルを指し、オゾンを含まないが、水中での分解過程では、オゾンの一部が狭義の活性酸素の一つであるヒドロキシラジカルを経て分解することも知られている。
自動車等のタイヤを保管する際は、電気機器の近くを避けるようにという説明がタイヤメーカーからなされているが[20]、その理由は、発生の節で述べられているとおり、モーターから発生するオゾンが、タイヤの主成分である合成ゴムを侵すからである(オゾンクラッキング)。
固有名詞の分類