日本のコンストラクター、レーシングチーム。1960年代にFJ360、F1500などを製作したレーシング・クォータリーが73年に改称して誕生。74年からは当時行われていたF2000用のマシンを開発、さらにそのスケールダウン版のFJ1300やGC用マシンを開発して、70年代後半の国内レースにおいて大いなる活躍をみせた(F2000では76年から3年連続タイトルを獲得)。だが80年代以降はマシンの開発から手を引き、チームとしてフォーミュラやスポーツカーレースに出場する道を選んだ。現在もフォーミュラ・ニッポンやGT選手権に参戦している。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/02/21 23:33 UTC 版)
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| 種類 | 株式会社 |
|---|---|
| 市場情報 | 非上場 |
| 本社所在地 | 〒460-0011 愛知県名古屋市中区大須4-1-21 NOVAビル4階・9階 |
| 設立 | 2013年(平成25年)12月 |
| 業種 | サービス業 |
| 法人番号 | 1120001180828 |
| 事業内容 | NOVA、EC英会話、及び学習塾の運営 |
| 代表者 | 隈井恭子(代表取締役社長) |
| 主要株主 | NOVAホールディングス(株) |
| 外部リンク | https://www.nova.co.jp/ |
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| 種類 | 株式会社 |
|---|---|
| 市場情報 | 非上場 |
| 本社所在地 | 〒140-0002 東京都品川区東品川2丁目3番12号 シーフォートスクエアセンタービルディング 9階 |
| 設立 | 2018年(平成30年)5月 |
| 業種 | サービス業 |
| 法人番号 | 2010401138246 |
| 事業内容 | NOVA、EC英会話、及び学習塾の運営 |
| 主要株主 | NOVAホールディングス(株) |
| 外部リンク | https://www.nova.co.jp/ |
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| 種類 | 株式会社 |
|---|---|
| 市場情報 | 非上場 |
| 本社所在地 | 〒733-0834 広島県広島市西区草津新町2丁目15番17号 |
| 設立 | 2018年(平成30年)5月 |
| 業種 | サービス業 |
| 法人番号 | 3010401138245 |
| 事業内容 | NOVA、EC英会話、及び学習塾の運営 |
| 主要株主 | NOVAホールディングス(株) |
| 外部リンク | https://www.nova.co.jp/ |
株式会社NOVA(ノヴァ、英: NOVA Co., Ltd.[1])は、愛知県名古屋市中区に本社を置き、日本各地で外国語教室(英会話教室など)を運営する企業。全国に280教室を展開している(2014年8月末日現在)。
株式会社による運営で、学校教育法で定める学校ではない。ブランド・スローガンは『やっぱり、NOVA 駅前留学。』
2007年10月まで株式会社ノヴァによって運営されていたが、同社の経営破綻で株式会社ジー・コミュニケーション傘下の株式会社ジー・エデュケーションへ事業譲渡され、「ジーコムNOVA」のブランドが用いられていた。2010年10月、ジー・コミュニケーションが保有株式の2/3を売却し、筆頭株主が同社創業者である稲吉正樹が代表を務めるいなよしキャピタルパートナーズ株式会社へ変更され、「ジーコムNOVA」から再び「NOVA」のブランド名に戻された。2011年、株式会社ジー・エデュケーションが自分未来ホールディングス株式会社に社名を変更、親会社であったいなよしキャピタルパートナーズ株式会社と合併し、現在はNOVAホールディングス株式会社に社名変更。運営は2013年12月に株式会社NOVAへ移管され、2018年5月には一部の教室の運営が新たに設立された株式会社NOVA東日本と株式会社NOVA西日本へ移管された[2]。
教室の多くが駅前にあることから、「駅前留学」というキャッチコピーを用いている。英語以外にもフランス語・ドイツ語・スペイン語・イタリア語・中国語・韓国語・ポルトガル語の8言語と、日本在住の外国人に向けた日本語、計9言語のレッスンを提供している。教室だけでなく、自宅でテレビ電話(ギンガネット端末)を使いながら勉強出来るシステム(「お茶の間留学」)や、子供英会話「NOVA KIDS」もある。全てのレッスンを母語話者の講師が担当することを特徴としている。現在は全国どこのNOVAでもレッスンを受けることができるどこでも留学のキャッチコピーも浸透しており、その利便性の良さも特徴の一つとしてしばしば登場している。
1990年代初頭、農婆と称するほがらかなお婆さん(林キセ子)が、さまざまなシーンで「No problem. I am NOVA」と言い放つCMと、「駅前留学」というキャッチコピーで一躍脚光を浴び、企業の知名度を上げたことで知られる。また当時、外国人を講師に起用したり、最大3人(当時)までの少人数レッスン、前払いながら大量チケット購入による低料金も業界では珍しく、英会話業界の風雲児的存在となり業界TOPに躍り出た。
1990年代中盤には、鈴木さんと呼ばれるサラリーマン(山崎一)が様々なシーンで相手が見知らぬ日本人であるにもかかわらず、片言の英語を朗らかに堂々と使用したり、「七つの子」を口ずさみながら退勤する場面で会社を出ると同時に歌詞が英訳に変わるCMが話題となった。この他講師たちが片言の掛け声とともに過酷なトレーニングを積むCMも話題となる。
2000年代になると、後述のNOVAうさぎがイメージキャラクターとなり、2003年CM好感度2位となるなど躍進した。
NOVAホールディングス株式会社(旧株式会社ジー・エデュケーション)運営以降、「月謝制」を主としている。
自分自身でレッスンを予約してレッスンを受ける「予約制」と、決まった曜日・時間で受ける「固定制」のコースがある。
予約制は「月謝制」と「一括前払い制」があり、レッスンポイントを使ってレッスンを予約する。月謝制はグループ週1回~週3回(4~12ポイント)とマンツーマン週1回~週3回(12~36ポイント)、一括前払い制は50~500ポイントから選択できる。レッスンはグループレッスン(1レッスン1ポイント)とマンツーマンレッスン(1レッスン3ポイント)を希望によって選択できる。グループレッスンは少人数制で、2013年4月より最大5名までから4名までに変更された。
2011年6月には、新しく月会費・テキストレンタル代・消費税が含まれた「1万円ポッキリ留学」、「2万円マンツーマン留学」がスタートした。これは月謝制、曜日・時間固定制コースとなっている。
2013年4月よりメインテキストが初代NOVAから使用していた「Diplomat」より変更。これに伴い、レベルもレベル5~9の5段階に変更された。「Diplomat」ではターゲットを場面別に設定していたが、新テキストでは日本語の解説を交えながら、習得するターゲットや文法のテーマをより明確にしている。各レベルのユニット数も200ユニットに増加された。
授業とは別に「VOICE(ヴォイス)」というルームがある。様々なレベルの生徒が講師陣と話をする場となる。授業とは別なため、この「VOICE」に参加する人は初代NOVA時代は別途VOICEチケットを購入する必要があったが、現在は1レッスン分(グループ)のポイントの消費で、1日中その教室のオープン時間中は時間無制限で参加でき出入りも自由、全国どこの教室のVOICEにでも参加が可能である。
中には、初心者向け「VOICE」(Club7)や、人事異動・退職等でその教室を去る講師の送別会も兼ねた「○○'s BYE BYE VOICE」なるものを開催したり、フランス語、ドイツ語、中国語のVOICEを開講している所もある。さらに、月替わりでのイベントVOICEを実施しているところもある。イベントVOICEの日程・開催場所等はホームページから確認することができる。レベルを上げるためにVOICEに参加する人も少なくない。
3歳から小学生の子供向けレッスン。通年で曜日時間固定制。週に1〜2回まで受講回数を選ぶことができる。大人・子供両方開講している校舎もあるが、中にはNOVAジュニアのレッスンがない校舎、NOVAジュニアのみの校舎も存在する。各クラスに人数制限(生徒8人まで)があり、年齢とレベル別でクラス編成されている。3歳から中学生にあがるまで、NOVAジュニアに通うことが可能。3ヶ月に1回「レベルアップコンテスト」を開催しており、これに合格すると1つ上のクラスに上がることができる。
テレビ電話システム『ギンガネット電話』を使用し、自宅で24時間レッスンが可能。テレビ電話は家庭のみならず、NOVAの各教室にも置いてあり、英語以外の語学を受講する人や、弱点強化レッスンなどを受講している人が利用している。ただし、教室で使用するにはマルチメディア施設利用料が必要となる(入学時のレベルチェックテストや、講師が急病でレッスンをテレビ電話で行うことになったときなど、一部は無料)。
初代NOVA時代は春・GW・夏・冬に、NOVAと提携している大学の語学学校の授業を短期留学の名目で斡旋を『NOVA ACADEMY』が行っていた。現在はハワイ・ケアンズ・バリに新たにNOVAの海外校を開校。短期留学プログラムをスタートさせている。
独語・仏語・伊語・西語・中国語・韓国語(2010年4月~開始)・ポルトガル語(2011年8月~開始)のレッスンが、英語と同じポイントで受講可能である。独語・仏語・中国語・韓国語は一部校舎で対面レッスンを実施している、他の言語はギンガネット電話と呼ばれるテレビ電話を使った授業(MMレッスン)を各校舎で受講するか、自宅(お茶の間)での受講となる。MMレッスンを受講するには校舎で受講する場合MM施設利用料(500円/1回)、自宅(お茶の間留学)の場合ギンガネット利用料(350円/1回・上限2,100円/月)がかかる。
(Nova から転送)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/06/18 08:28 UTC 版)
NOνA(ノヴァ[1]、NuMI Off-Axis νe Appearance)とは、フェルミ国立加速器研究所(フェルミラボ、Fermilab)の NuMI (Neutrinos at the Main Injector) から発せられるニュートリノを検出するよう設計された、素粒子物理学上の実験である。MINOS の後継として、NOνA は2つの検出器から成る。検出器のうち1つはフェルミラボ内に設置され(前置検出器、near detector)、もう1つはミネソタ州北部に設置されている(後置検出器、far detector)。NuMI から発せられたニュートリノは後置検出器に達するまでに地中を 810 km 進むことになるが、この間に起きたニュートリノ振動によるミューニュートリノから電子ニュートリノへの遷移を検出することが NOνA の主目標である。変化するニュートリノの数を観測することにより、次の3つを達成することが期待されている。
ニュートリノ振動は PMNS 行列およびニュートリノの質量固有状態間の質量2乗差によりパラメータ化される。ニュートリノの3つのフレーバーがニュートリノ混合に関わるものと想定すると、ニュートリノ振動に影響を与える6つの変数が導かれる。3つの角度 θ12, θ23, θ13 と CP 非保存位相 δ、そして3つの質量2乗差のうちの2つである。現在、これらのパラメータの値や相互の関係性を示唆するような強い理論的根拠は知られていない。
θ23 および θ12 はいくつかの実験により非零であることが観測されているが、θ13 については CHOOZ 実験の感度限界内では、その上限が得られたに留まっている。より近年では、2012年に大亜湾原子炉ニュートリノ実験において θ13 が非零であることが 5.2σ の有意水準で観測された[2]。その次の年には、T2K 実験により νμ → νe 遷移が観測され、7.3σ の有意水準で非検出仮説を棄却した[3]。δ の測定はなされていない。二つの質量2乗差の絶対値は知られているが、片方がもう片方に比べて非常に小さいため、質量の順序は決定できていない。
NOνA は既存の検出器に比べて θ13 についての感度がオーダー1つ高くなる予定である。NOνA はフェルミラボの NuMI ビームに起きる νμ → νe 遷移を探索することにより θ13 を測定する。これが非零であることが NOνA により検出できたならば、δ と質量の順序を νμ → νe を観測することにより測定することができることになる。この遷移は、ニュートリノと反ニュートリノにおける振動を逆方向にしたものにあたるため、これを観測すれば δ を測定することができる。質量階層も、ニュートリノが地中を通過する際に振動する確率が MSW効果によりニュートリノと反ニュートリノで異なるため決定できる[4]。
ニュートリノ質量と混合角は、知られている限りでは宇宙の基礎定数である。これらの定数の測定は物理学の理解のための基本的要求事項である。CP 非保存パラメータ δ の値を知ることにより、宇宙になぜ物質・反物質非対称性が存在するかについての理解が深まることが期待される。また、シーソー機構理論によれば、ニュートリノの微小な質量は我々のテクノロジーでは直接研究することのできない非常に重い粒子に関連しているとされる。したがって、ニュートリノの測定により間接的に極高エネルギー物理学を研究することができる。
現在我々が知る物理学の理論の範囲では、ニュートリノ混合角が特定の値をとるべき理由はない。しかし、3つのうち θ12 だけは最大でも最小でもないことが決定されている。もし NOνA による測定もしくはそれに続く未来の実験により θ23 が最大で θ13 が最小であることが示されれば、自然界に未知の対称性がまだあることが示唆されるかもしれない。
NOνA は基線が非常に長いため、質量階層性問題を解決できる可能性がある。この実験は近い将来までに行われるであろう実験のうち、唯一この問題を解決できる可能性を持っている。ニュートリノ物性を精密測定しようとしている多くの計画中の実験が、その結果の解釈を NOνA の測定結果に依存することになる。
NOνA に類似の実験として、日本で行われている T2K 実験が挙げられる。NOνA と同様、この実験では θ13 と δ を計測することが意図されている。その基線は長さ 295 km あり、NOνA よりもエネルギーの低い、0.6 GeV のニュートリノを利用している。物質効果は低エネルギー領域になるほど、かつ基線が短いほど顕著でなくなるため、質量階層をこの実験で解決することはできないと考えられる[5]。
理論上、質量階層性は無ニュートリノ二重ベータ崩壊過程の寿命に影響を与えるため、この実験も質量階層の理解に寄与すると考えられる。
原子炉実験により θ13 を測定することも可能である。この種の実験により δ や質量階層を計測することはできないが、混合角の測定はこれらのパラメータの知識と独立に行える。中国南部の大亜湾原子力発電所では、θ13 に支配される振動の最初の最大点に最適化された基線長 2 km の実験が行われている[6]。
物理学上の主目標に加えて、NOνA では既に測定済の振動パラメータの測定精度を向上させることもできる。MINOS と同様、NOνA はミューニュートリノの検出に適しているため、θ23 についての知識を深めることができる。
NOνA の前置検出器は、現状では精度良く知られてはいないニュートリノの反応断面積を測定するために使われる。この測定は、これも NuMI を使う MINERνA など、他の計画中の類似の実験を補うことになる[7]。
銀河系内の超新星からのニュートリノを検出する能力もあるため、NOνA は超新星早期警報システムの一部を構成する。NOνA による超新星データとスーパーカミオカンデによるデータとの間の相関を取ることにより、これらのニュートリノの振動への物質効果を研究することができる。
その物理学上の目標を達成するため、NOνA は元々はミューニュートリノからなる NuMI ビーム内にニュートリノ振動の結果として現われることが期待される電子ニュートリノを効率的に検出できる必要がある。
MINOS などの既往のニュートリノ実験は、地下に設置することにより宇宙線背景を低減させていた。しかし、NOνA は地表にあり、正確なタイミング情報と明確なビームエネルギーにより背景を低減させている。検出器は NuMI ビームの起点からおよそ 810 km の距離[4]、ビーム中心軸から 14 ミリラジアン (12 km[4]) 西に設置されている。この位置では、中心に設置するよりもさらに狭いエネルギー分布のビームを試料とすることができ、さらに背景の影響を低減させることができる。
二つの検出器の設計は細粒度液体シンチレータ検出器である。前置検出器はフェルミラボに設置され、振動前のビームを試料とする。後置検出器はミネソタ州北部に設置され、液体シンチレータで満たされたおよそ 500,000 個の 4 cm × 6 cm × 16 m セルで構成される。各セル内にはシンチレーション光を捕集するために裸の波長シフトファイバーケーブルループが浸されており、その両端は読み出し用アバランシェフォトダイオードにつながっている[4]。
前置検出器の設計はおおよそ同じであるが、質量は 1/200 である。この 222 トン検出器はシンチレータ充填セル平面186個(31平面6ブロック)と、その後ろのミューオン捕集器から成る。全ての平面は同一であるが、最初の6平面は排除領域として用いられる。すなわち、これらの内部を起点とする粒子シャワーはニュートリノに由来するものではないと考えられ、無視される。続く108個の平面は有効領域 (fiducial region)であり、これらの内部を起点とする粒子シャワーは観測対象のニュートリノ相互作用である。残りの72個は「シャワー封止領域」 (shower containment region)であり、有効領域を起点とする粒子シャワーの後部を観測する。最後部に、鉄板と10の液体シンチレータ活性平面を交互に並べた長さ 1.7 メートルの「ミューオン捕集器」領域が設置される。
NOνA 実験には多数の研究機関に所属する科学者が関与する。様々な研究機関が様々な仕事を担っている。協力機関全体とそのサブグループは週ごとに電話会議を行い、年に数回直接会議を行う。2014年4月現在の参加機関は以下の通りである[8]。
2007年後半、NOνA はアメリカ合衆国エネルギー省の "Critical Decision 2" レビューを通過した。これは、この実験の設計、コスト、スケジュール、科学的目標が大筋で認可されたことを意味する。また、これによりエネルギー省の国会への予算要求に含めることが認可される(NOνA が建設を開始するためには "Critical Decision 3" レビューを通過する必要がある)。
2007年12月21日、ブッシュ大統領は包括的歳出法案 H.R. 2764 に署名した。この法案では高エネルギー物理学への支出が予測値の7億8200万ドルから8800万ドルカットされた[9]。フェルミラボ の予算は5200万ドルカットされた[10]。この法案には明確に「陽子加速器ベースの物理学への支出枠内には、テバトロン改良計画中の NOνA 計画への支出は含まれない」と記されている[11]。そのため、NOνA 計画はエネルギー省とフェルミラボの両者から認可されているものの、アメリカ合衆国議会は2008年度予算では NOνA に検出器建造および職員の給与、科学的成果追求のための支出を認めていない。しかし、2008年7月に議会を通過し、大統領が署名した補正予算案[12]には NOνA に向けた支出が記載され、実験の継続が認可された。
NOνA 試作型前置検出器 (Near Detector on Surface, NDOS) は11月にフェルミラボにて稼動を始め、NuMI ビームからの初ニュートリノを2010年12月15日に記録した[13]。試作型として、NDOS はユースケースの確立と、後にフェルミラボに設置される前置検出器とミネソタ州アッシュリバー (北緯48度22分45秒 西経92度49分54秒 / 北緯48.37912度 西経92.83164度) に設置される後置検出器に向けた検出器の要素設計の改善点の示唆に貢献した。
NOvA 建屋の建造が完了すると、検出器モジュールの建造が開始された。2012年7月26日、初のモジュールが設置された。モジュールの据付と固定が終わり、検出器ホールが埋まるまでには1年以上を要した。
初検出は2014年2月11日になされ、建造はその年の9月に完了した。本格稼動は2014年10月に開始された[14]。
(Nova から転送)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/01/25 03:29 UTC 版)
| シボレー・ノヴァ Chevrolet Nova |
|
|---|---|
| 概要 | |
| 別名 |
|
| 販売期間 | 1962年 - 1979年、1985年 - 1988年 |
| ボディ | |
| ボディタイプ | 2ドアクーペ 2ドアハードトップ 4ドアセダン 2ドアコンバーチブル 5ドアステーションワゴン 5ドアハッチバック (5ドアファストバックセダン) |
| 駆動方式 | FR |
| その他 | |
| 姉妹車 | アケイディアン、トヨタ・スプリンター、オールズモビル・オメガ、シボレー・シェビー・マリブ、ポンティアック・ヴェンチュラ、ビュイック・アポロ、ビュイック・スカイラーク、シボレー・400 |
シボレー・ノヴァ(Nova )またの名をシボレー・シェビーII は、1962年から1979年、および1985年から1988年モデルイヤーで5世代にわたってGMで生産し、シボレーブランドで販売されていた小型乗用車である。
1961年にシボレーのコンパクトカーとしてデビュー。当時ヒットしていたコンパクトカーであるフォード・モーターのファルコンに対抗して企画された。当初はコルベットと同じV8エンジンを搭載していたことや、ハイパフォーマンススポーツの「SS」(Super Sportsの略)などの設定によりヒットを飛ばすが、シボレー・カマロなどとの競合や度重なるオイルショックの影響によって徐々に販売台数が減少。1979年に一旦販売を終了する。
1985年、6年ぶりにノヴァが復活。しかし、これまでのモデルとは繋がりの無いトヨタ・スプリンター(E80)ベースとなり、シボレー内最廉価のサブコンパクトとなった。しかし、一代限りで「ジオ・プリズム」へ代替された。
なお、本車はデビュー当初から1968年までは「シェビーII」を名乗っており、「ノヴァ」は2代目までシェビーIIのグレード名のひとつであった。
Novaはスペイン語では「動かない」を意味する。そのため、スペイン語圏での売れ行きは思わしくなかったといわれている。これはマーケティングの教科書などにも出てくるほどの有名な話であるが、都市伝説に過ぎないともいわれている。
| シボレー・シェビーII(初代) | |
|---|---|
|
ノヴァ・SS
|
|
| 概要 | |
| 販売期間 | 1961年 - 1965年 |
| ボディ | |
| ボディタイプ | 2ドアクーペ 2ドアハードトップ 4ドアセダン 2ドアコンバーチブル 5ドアステーションワゴン |
| 駆動方式 | FR |
| パワートレイン | |
| エンジン | 327cu.in.(≒5359cc) Small-Block V8 |
| 変速機 | 4MT/3MT/2AT |
| 前 | F:ウィッシュボーン R:リーフ |
| 後 | F:ウィッシュボーン R:リーフ |
1961年に「シェビーII」としてデビュー。シボレーのコンパクトカーとして誕生した。 スペシャルティー要素の強かったシボレー・コルヴェアに対してのコンベンショナルシリーズとして企画された。開発にはフォード・ファルコンのヒットも大きく影響しているといわれ、実際GM内ではシェビーIIのベンチマークモデルとしてファルコンが使用され続けていた。
コルヴェアではリアエンジン・リアドライブのレイアウトを採用していたが、ファルコンの影響を色濃く受けたシェビーIIはFRレイアウトを採用。
ボディスタイルはクーペ、セダン、ハードトップ、ワゴン、コンバーチブルの5つが用意され、グレード展開は最もベーシックな「100」、上級モデルの「300」、最上位グレードで直6専用モデルの「400ノヴァ」がそれぞれにラインナップされた。 オプションの範囲が限られていた100/300に対して、400ノヴァは多くのボディタイプやV8エンジンが選択できるなどの差別化が図られた。
1962年にはディーラーオプションでシボレー・コルベットに設定されていた「327キュービックインチ スモールブロック V8」を搭載するモデルが設定され、1964年にはノヴァシリーズに「SS」(スーパースポーツ)が追加された。「SS」は通常モデルのノヴァと比べ専用設計品が多数投入されたものであった。
コンパクトなボディにV8エンジンの組み合わせはサンデーレーサー等に受け、シェビーIIはヒットを飛ばした。 アルゼンチンではシボレー・400として販売された。
| シボレー・シェビーII(2代目) | |
|---|---|
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ノヴァ400 SS
|
|
| 概要 | |
| 販売期間 | 1966年 - 1967年 |
| ボディ | |
| ボディタイプ | 2ドアクーペ 2ドアハードトップ 4ドアセダン 5ドアステーションワゴン |
| 駆動方式 | FR |
| パワートレイン | |
| エンジン | 327cu.in. Small-Block V8 |
| 変速機 | 4MT/3MT/2AT |
| 前 | F:ウィッシュボーン R:リーフ |
| 後 | F:ウィッシュボーン R:リーフ |
1966年にシェビーIIは2代目へとモデルチェンジする。基本的なコンポーネントは先代モデルから受けつがれており、主な変更点は外装のフェイスリフトとエンジン出力の向上となっている。なお、その中でもクーペの外装は1964年にGMが発表したコンセプトカー「スーパーノヴァ・コンセプト」に基づいたファストバックテイストのものとなっている。
ラインナップは先代同様のボディに対し、「シェビーII 100」と「シェビーIIノヴァ400」が設定されていた。 ただしコンバーチブルはカタログ落ちしている。またV8モデルが標準ラインナップとして設定された。
また先代モデル同様にハイパフォーマンススポーツモデルの「SS」がラインナップされた。SSは通常モデルのノヴァに対して多くの専用部品が奢られ、アルミニウムデッキカバーなどの外装が差別化された。またボディには「シェビーII」のネームが入らず、代わりに「NovaSS」のバッジがつけられた。
1967年にマイナーチェンジ。法令変更に従ってパーツが見直され、衝撃吸収ステアリングや軟性樹脂の内装パーツを用いるなどの変更を受け、従来よりも安全性を高めた。
1967年にポニーカーであるシボレー・カマロが発売されると、顧客の一部はカマロへ流れていくようになっていった。
「SS」のバッティングはあったものの、通常のNovaの廉価版直6モデルが売れていたおかげで、2代目モデルも総じて販売成績は安定していた。
| シボレー・ノヴァ(3代目) Third generation Chevrolet Nova |
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|---|---|
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SS
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| 概要 | |
| 販売期間 | 1968年 - 1974年 |
| ボディ | |
| ボディタイプ | 2ドアクーペ 4ドアセダン |
| 駆動方式 | FR |
| パワートレイン | |
| エンジン | 327cu.in. Small-Block V8 350cu.in. V8 396cu.in. V8 402cu.in. V8 |
| 変速機 | 4MT/3MT/3AT/2AT |
| 車両寸法 | |
| ホイールベース | 2,820mm |
1968年にモデルチェンジされ3代目へと移行する。 モデルチェンジした際に段階的に「シェビーII」の名前が消滅していき、1969年には従来サブネームであった「ノヴァ」へと名前が統一された。 また従来設定されていた2ドアハードトップと5ドアセダンはラインナップ縮小によりカタログ落ちしている。
本車としては初めて大規模なモデルチェンジが行われた。シェベルよりも短かったホイールベースを見直し、Xプラットフォームを採用したことで110インチから111インチへと延長している。また従来モデルから足回りが見直され、カマロと同様のフロントサスペンションをサブフレームに接合する機構を採用した。 エンジンもスモールブロックV8を中心に、直4、直6とさまざまなタイプのエンジンが設定され、オプションで「M-20」4速マニュアルを中心とした様々なミッションを組み合わせることができた。
また販売施策のてこ入れとして1971年にはラリーキットを組み込んだ「ラリー・スポーツ」が販売された。
先代から引き続き本モデルにも「SS」が設定された。ディスクブレーキやM-21/22ミッション、375馬力を発生する396Ci V8エンジンなど、その内容はポニーカーとしてより過激なものとなっていた。しかし既に当時の主な購買層だったサンデーレーサーの多くをカマロに奪われており、売り上げは芳しいものではなかった。
ベーシックな直6モデルが先代同様に安定して売れていたが、それも70年代前半までで、1974年にオイルショックが始まると、高出力エンジンを搭載していたがゆえに燃費の低いノヴァの売り上げは極端に落ち込んでいった。 1971年にポンティアック・ヴェンチュラ、1973年からはビュイック・アポロ(後のビュイック・スカイラーク)、オールズモビル・オメガもラインナップに追加。 アルゼンチンではChevrolet Chevy Malibuの名で販売した。
| シボレー・ノヴァ(4代目) | |
|---|---|
|
SS
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| 概要 | |
| 販売期間 | 1975年 - 1979年 |
| ボディ | |
| ボディタイプ | 2ドアクーペ 4ドアセダン |
| 駆動方式 | FR |
| パワートレイン | |
| エンジン | 305cu.in. V8 350cu.in. V8 |
| 変速機 | 4MT/3MT/3AT |
| 車両寸法 | |
| ホイールベース | 2,820mm |
ノヴァは1975年に4代目へとモデルチェンジする。ボディ展開は従来モデルから引き継いでいる。 シャーシは従来のXプラットフォームのままで、ホイールベースも111インチのまま据え置かれた。
ノヴァはGM車の中でも特にオイルショックの影響を非常に強く受け、先代モデルは末期において極度の販売不振を迎えていた。 その結果、4代目へのモデルチェンジの際にはターゲット層を変更し、従来のスポーツモデルとしてのキャラクターを完全に捨て去り、高級志向へとコンセプトをシフトしていった。ボディラインは従来とはうって変わってモダンなヨーロッパ車のラインを意識してデザインされており、実際の宣伝文句にもそのように謳われた。
特に顕著だったのが「コンクール」というグレードで、クラシカルな雰囲気を取り入れるためにグリルのデザインが縦格子状に変更され、茶または黒基調のシックな塗装にボンネットマスコットやメッキフェンダーモールを採用するなど、従来のノヴァのイメージからはおよそ想像がつかない外観へと変化した。
足回りは前モデルに続きサブフレームに接合するタイプを採用している。これはカマロと同等の足回りでもある。しかし、サスペンション自体はコストと開発期間の関係から前モデルのベーシックグレードからそのまま引き継いでおり、1975年当時では旧態依然としたものであった。
なお、コンセプトを変更したものの先代からの乗換え需要に対応するため、4代目にもSSがラインナップされていた。ミッションは前モデルで評価されたM-21/22マニュアルミッションのほかTHMオートマチックが選択できたが、エンジンが350Ci V8ではあるものの、燃費性能を向上させるため165馬力へと出力を大きく落とされ、往年のパフォーマンスは失われていた。
こうして路線を変更したノヴァであったが、その混迷ぶりから市場では評価されず販売は低迷した。
事態を打開するために1978年には規格ライトの採用やパネルデザインの一部変更により近代化を図ったものの販売台数の減少に歯止めがかからず、ノヴァは1979年まで製造に生産を終了した。
不名誉なことに、モデル末期のノヴァは当時販売不振に陥ったシボレーの象徴となってしまった。
| シボレー・ノヴァ(5代目) AE82L型 |
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|---|---|
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セダン SS
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| 概要 | |
| 販売期間 | 1985年 - 1988年 |
| ボディ | |
| ボディタイプ | 4ドアセダン 5ドアハッチバック (5ドアファストバックセダン) |
| 駆動方式 | FF |
| パワートレイン | |
| エンジン | 4A-GELU 1.6L 直4 DOHC 4A-LC 1.6L 直4 SOHC |
| 最高出力 | 130ps/6,600rpm (4A-GELU) 78ps/5,600rpm (4A-LC) |
| 最大トルク | 15.2kg・m/5,200rpm (4A-GELU) 12.5 kg・m/4,000rpm (4A-LC) |
| 変速機 | 5MT/4MT/4AT/3AT |
| 前 | F:マクファーソンストラット R:パラレルリンクストラット |
| 後 | F:マクファーソンストラット R:パラレルリンクストラット |
| 車両寸法 | |
| ホイールベース | 2,430mm |
| 系譜 | |
| 後継 | ジオ・プリズム |
4代目の販売終了からしばらく途絶えていたノヴァのネーミングは、突如として1985年にシボレーのラインナップに復活する。しかしそれは往年のポニーカーの復活ではなく、当時発生していた日米貿易摩擦による政治判断とGMの小型車強化戦略により、トヨタ自動車との合弁企業であるNUMMIで生産される北米向けのトヨタ・カローラ(日本名:トヨタ・スプリンター)のOEMモデルにあてがわれることとなり、従来よりもさらにコンパクトなサイズとなった。 またこのCMにはNUMMIの件[注釈 1]や「ノヴァとカローラは同じ(でもノヴァの方がお買い得)」と言ったネタを売り文句としたり円高を背景に(アメリカから見た)輸入車(つまり日本車)に対抗したりと言った回が存在する。
なお、本モデルにもスポーツグレードの位置づけである「SS」は設定されてはいたものの、その内容はトヨタの4A-GELUを搭載した軽快な高回転型モデルであり(GM初のDOHC搭載車)、往年の大トルクを過激に発生させるようなキャラクターではなかった。
そのためノヴァは往年のポニーカーユーザーには見向きもされなかったものの、その素性のよさから一般層を中心に堅実に販売を伸ばした。しかし当初より新型車導入までのつなぎ的な役割でしかなかったため、結局本車の製造期間も3年足らずで終了した。
これにより本モデルを持って、ノヴァの名前はGMのラインナップから消えた。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/01/21 13:54 UTC 版)
「.hack//Another Birth もうひとつの誕生」の記事における「NOVA」の解説
一応ゲーム中にも登場する剣士PC。The Worldを始めたばかりのブラックローズに操作方法を教える。勘が鋭く、ブラックローズが尋常でないことに関っていると気づいたが、同時に彼女がそのことについて言及されたくないであろう事も悟り、あくまでも「普通」に遊ぶ仲間であり続けることを決意する。
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