出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/10/30 01:07 UTC 版)
ナビゲーションに移動 検索に移動NWA(エヌ・ダブリュー・エー)
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/07/05 10:09 UTC 版)
「ブラッド・アームストロング」の記事における「NWA」の解説
1980年7月にデビューし、アラバマのサウスイースタン・チャンピオンシップ・レスリングやジョージアのジョージア・チャンピオンシップ・レスリングなど、父ボブ・アームストロングが主戦場としていたNWAのディープサウス地区にてベビーフェイスの新鋭として活動。 1980年代初頭はボブとの親子タッグで活躍し、アラバマでは1980年12月、デニス・コンドリー&ランディ・ローズのミッドナイト・エクスプレスからNWAサウスイースタン・タッグ王座を奪取、ジョージアでは1981年11月25日、トーナメント決勝でミスター・サイトー&ミスター・フジを破りNWAナショナル・タッグ王座を獲得した。 シングルでは1981年1月20日にアラバマ地区認定のUSジュニアヘビー級王座に就き、当時レス・ソントンが保持していたNWA世界ジュニアヘビー級王座にも度々挑戦。1983年からはヘビー級戦線に進出し、1984年2月18日にテッド・デビアスからNWAナショナル・ヘビー級王座を奪取、以降も7月にかけてザ・スポイラーを相手にナショナル王座を争った。同年下期からはビル・ワット主宰のMSWAに参戦、12月5日にアーニー・ラッドからミッドサウス北米ヘビー級王座を奪取している。 1986年7月、全日本プロレスに初来日。ジョージアでの盟友だったスタン・ハンセンとテッド・デビアスが参戦した『サマー・アクション・シリーズ '86』に後半戦特別参加で出場し、両国国技館にて行われた世界ジュニアヘビー級王座の初代王者決定トーナメント決勝でヒロ斎藤と対戦した。 1986年、ジョージアやアラバマでもタッグを組んでいたティム・ホーナーをパートナーに、NWAのジム・クロケット・プロモーションズにてライトニング・エクスプレス(The Lightning Express)を結成。ボビー・イートン&デニス・コンドリーの第2期ミッドナイト・エクスプレスやイワン・コロフ&クラッシャー・クルスチェフのザ・ラシアンズと抗争した。ジム・クロケット・ジュニアがビル・ワットから買収したミッドサウス地区のUWFでは、1987年5月17日にスティング&リック・スタイナーを破りUWF世界タッグ王座を獲得、10月16日にブッチ・ミラー&ルーク・ウィリアムスのザ・シープハーダーズに敗れるまで保持した。
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