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MONONOKE

MONONOKEの画像 MONONOKEの画像
芸名MONONOKE
芸名フリガナもののけ
URLhttps://www.office-augusta.com/MONONOKE/
デビュー年2023
プロフィール兵庫県?明石在住19歳作詞作曲編曲プロデュース、トラックメイキング、アートディレクションなど全て手掛けるマルチクリエイター。等身大危うさピュアさ、その瞬間しかない感性俯瞰して描く卓越したリリックしなやかかつ強靭なメロディを、独特な甘く深みのある声で表現していく。フォークロックかテクノまで、ポップスシーンを変幻自在駆け巡る注目次世代ティーネイジアーティスト。
デビュー作トーキョー・ジャーニー
代表作品1年2023
代表作品1音楽配信トーキョー・ジャーニー
代表作品2年2024
代表作品2音楽配信ラブリー
代表作品3年2024
代表作品3音楽配信『サマーアンセム』
職種音楽

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MONONOKE

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/04/19 16:53 UTC 版)

MONONOKE
生誕 2004年(20 - 21歳)
出身地 日本 兵庫県明石市
ジャンル J-POPオルタナティヴ・ロック
職業
担当楽器 ボーカル
活動期間 2022年 -
レーベル ビクターエンタテインメント
事務所 オフィスオーガスタ
共同作業者 ESME MORI
公式サイト 公式ウェブサイト

MONONOKE(モノノケ、2004年平成16年〉 - )は、日本シンガーソングライター編曲家音楽プロデューサートラックメイカーアートディレクター兵庫県明石市出身及び在住。所属事務所はオフィスオーガスタで、所属レコード会社はビクターエンタテイメント

経歴

2020年4月よりオリジナル楽曲の制作を始め[1]、2022年よりソロプロジェクト「MONONOKE」をスタートさせる[1]。作詞・作曲・編曲を全て1人で行っており、「グッドメロディー」をモットーにしている。

2022年11月16日に初のCDミニアルバムPrologue』をタワーレコード数店舗限定でリリース[注 1]

2023年に入り、Twitterの投稿や音楽配信アプリケーションから楽曲を削除したが、その後新たなアーティスト写真を公開し、アルバムのリリースをアナウンスするなど活動自体は継続した。

同年7月19日に1stアルバムで初の全国流通盤となる『Supply/Demand』をリリース[2][3][4]。同年11月29日に配信シングル『トーキョー・ジャーニー』をビクターエンタテインメントよりリリースしメジャー・デビュー[5][6]

自身初のタイアップソングは、2025年にリリースした「ワールドイズマイン」で、コーセーコスメポートの『サンカット(R)トーンアップUV | 今日、好きになりました。タイアップCM』に起用された。

人物

  • 尊敬するアーティストはサカナクション[7]
  • 自身の「らしさ」について、2023年時点ではよくわかってないと話している[7]
  • 「ポップシーンを変幻自在に駆け巡る次世代ティーンネイジアーティスト」としばしば形容される[8]

ディスコグラフィ

MONONOKEのディスコグラフィ
リリースリスト
スタジオ・アルバム 1
ミニ・アルバム 1
配信限定シングル 8

シングル

配信限定シングル

  配信日 タイトル 規格 ビルボード 収録CD
1st 2023年06月28日 『room』 デジタル・ダウンロード - Supply/Demand
2nd 2023年11月29日 トーキョー・ジャーニー (未収録)
3rd 2024年02月07日 ラブリー
4th 2024年05月29日 『悪魔と戯れ』
5th 2024年07月31日 『サマーアンセム』
6th 2024年10月02日 『NOT FOUND.』
7th 2025年02月12日 『then I luv U』
8th 2025年04月23日 『ワールドイズマイン』

アルバム

オリジナル・アルバム

  発売日 タイトル 規格 規格品番 オリコン
1st 2023年7月19日 Supply/Demand CD NCS-10283 -

ミニ・アルバム

  発売日 タイトル 規格 規格品番 オリコン
1st 2022年11月16日 Prologue CD MONO-0001 -

ミュージックビデオ

公開日 曲名 監督 出演
2023年6月28日 room NAKAKEN MONONOKE
2023年8月16日 17才 Tatsuya_Kawasaki MONONOKE
2023年12月6日 トーキョー・ジャーニー かとうみさと 桃果
2024年3月13日 ラブリー 軍司拓実 比嘉秀海
五十嵐あきら

タイアップ一覧

起用年 曲名 タイアップ先
2025年 ワールドイズマイン コーセーコスメポート「サンカット®トーンアップUV|今日、好きになりました。タイアップCM」CMソング

出演イベント

2025年
  • 2月4日 - 天国交差点5
  • 3月29日 - EIGHT BALL FESTIVAL 2025

出演

ラジオ番組

キャラクター

ばけねこ BAKENEKO
猫の妖怪。その素性は謎。
性格はおっとりしており、宙に浮くことやいたずらを得意としている。
音楽や星、散歩、パン、部屋、夜が疑問符付きではあるが、好きなものとされている。

脚注

注釈

  1. ^ 現在は廃盤
  2. ^ 2023年7月24日・25日放送回はゲスト出演、2024年4月3日放送回から毎週水曜日のレギュラー出演

出典

  1. ^ a b プロフィール”. Eggs. 株式会社エッグス. 2023年8月1日閲覧。
  2. ^ 18歳のマルチクリエイターMONONOKE、1stアルバム『Supply/Demand』を7/19リリース”. BARKS. ジャパンミュージックネットワーク株式会社 (2023年6月27日). 2023年7月22日閲覧。
  3. ^ MONONOKE [@MONONOKE_2022] (2023年7月19日). "MONONOKE 1st Album「Supply/Demand」本日リリース💿". X(旧Twitter)より2023年7月22日閲覧
  4. ^ MONONOKE、1stアルバム『Supply/Demand』ティザー映像を公開”. BARKS. ジャパンミュージックネットワーク株式会社 (2023年7月18日). 2023年7月22日閲覧。
  5. ^ 11月29日配信リリース「トーキョー・ジャーニー」でメジャーデビュー決定!』(プレスリリース)ビクターエンタテインメント、2023年11月21日https://www.jvcmusic.co.jp/-/News/A028310/1.html2023年11月21日閲覧 
  6. ^ 兵庫県明石市在住の19歳・MONONOKE、ビクターよりメジャーデビュー”. 音楽ナタリー. 株式会社ナターシャ (2023年11月21日). 2023年11月21日閲覧。
  7. ^ a b サカナクション『新宝島』の、“音楽だけじゃない”おもしろさ。MONONOKEが尊敬の念を明かす”. J-WAVE NEWS. 株式会社J-WAVE (2023年8月9日). 2023年8月9日閲覧。
  8. ^ ポップシーンを変幻自在に駆け巡る次世代ティーンネイジアーティスト・MONONOKEが、2nd Digital Singleをリリース!”. BEAVOICE web (2024年2月7日). 2025年4月20日閲覧。
  9. ^ MONONOKE [@MONONOKE_2022] (2023年7月21日). "今夜📻". X(旧Twitter)より2023年7月22日閲覧
  10. ^ MONONOKE [@MONONOKE_2022] (2023年7月23日). "ラジオ情報📻". X(旧Twitter)より2023年7月23日閲覧
  11. ^ MONONOKE [@MONONOKE_2022] (2023年7月24日). "本日📻". X(旧Twitter)より2023年7月25日閲覧
  12. ^ MONONOKE [@MONONOKE_2022] (2024年3月25日). "🌟レギュラー決定🌟". X(旧Twitter)より2024年3月25日閲覧
  13. ^ MONONOKE [@MONONOKE_2022] (2023年7月25日). "本日📻". X(旧Twitter)より2023年7月25日閲覧
  14. ^ Wave!!!! [@kissfmwave] (2023年11月20日). "明日11/21(火)14時頃からは..." X(旧Twitter)より2023年11月21日閲覧
  15. ^ MONONOKE [@MONONOKE_2022] (2025年1月7日). "[radio📻]". X(旧Twitter)より2025年1月7日閲覧

外部リンク


物の怪

(MONONOKE から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/07/15 14:27 UTC 版)

物の怪(もののけ)は、日本古典民間信仰において、人間憑いて苦しめたり、病気にさせたり、死に至らせたりするといわれる怨霊死霊生霊などのこと[1][2]妖怪変化(へんげ)などを指すこともある[3][4]

概要

葛飾北斎画『北斎漫画』より「葵上」の題で描かれた六条御息所

物の怪の話は平安時代の文献に多く見られる[5]。有名なものとしては『源氏物語』の第9帖「」で、葵の上に取り憑いた六条御息所の生霊が挙げられる[2][6]。そのほか、『大鏡』『増鏡』などにも物の怪の記述が見られる[5]

医学知識の未発達だった当時は、物の怪による人間の病気に対し、僧侶修験者が加持祈祷を行い、物の怪を「よりまし」と呼ばれる別の者(主に女中、小童など)に一時的に乗り移らせることで、物の怪を調伏して病気を平癒されるといったことが行われていた。この様子は『枕草子』や『紫式部日記』などに詳しく述べられている[5][6]。また『続日本後紀』によれば、皇居内の物の怪に対し、60人もの僧侶が経を唱えたとある[7]。また、陰陽師は元来は物の怪に対しては呪術を使わなかったが、11世紀後期以降になると陰陽師も物の怪に対応するようになり、公家の病気に際して泰山府君祭が行われるケースが現れるようになる[8]

言葉の原意

モノノケ(物の怪)などのモノは人間への対義としての「モノ」であり、全ての無物無生物、超自然的な存在を指すことが本義であった[9]。転じて平安時代の『延喜式』文脈には、「疎ぶ物」「麁ぶ物」など災いや祟りを引き起こす悪神を「モノ」と表し、人間・生物に幸福安泰や恵みをもたらす善神の反対の概念と用いている[9]

漢字では「物」を当てる例が多く、民間の物語においてもモノノケ(物の気・物の怪)は登場し、多くは死霊・生霊の祟りを意味する例においても、上代からの「モノ」に繋がる思想概念を土台に発展したと考えられている[9]。時代を遡るほど「モノ」から表現される超自然的な恐怖対象は広がり、多種多様な範囲を内包するに至ったのである[9]

なお、平安時代には仏教経典に描かれた鬼、中国の観念に基づく死霊を鬼とする概念、疫病を惹き起こすとされた疫鬼のイメージが区別をつけられる事なく、仏教経典の画像に由来した「鬼」の特徴(大きな身体、一つ目、大きな口、角、赤い褌、手足が三本指など)を持ったイメージで描かれていた。死霊や疫病との関係が密接であったモノノケも同じように「鬼」のイメージで描かれている例が多かったが、中には『山海経』に描かれていた長股長臂などの異邦人に由来すると思われる画像など、鬼とは異なる系統に由来する画像も存在していた。これらは疫病などの厄災が海外から入ってくるというイメージから採用されたと思われ、また当時の人々がこうした画像を鬼の画像と共に恐怖の対象として見ていたとも考えられている[10]

歴史

『稲亭物怪録』より「物怪帰去の事」

日本の文献上における初見は平安時代の『日本後紀』とされており、同時代の『日本紀略』での同書の引用によれば、天長7年(830年)閏12月の条の記述として「僧五口を請じ金剛般若経を読み奉る。兼ねて神祗官をして解除せしむ。物恠を謝するなり」とあり、同年8月壬申、同10年5月の条にも物の怪の記述がある[6]。当時の古語では「もの」は精霊荒魂(あらみたま)など[1][11]、もしくは明確な実体を伴わない感覚的な存在のことを指しており[12]、『大宝令』で疫病のことを「時気(ときのけ)』と書いているように「け」とは病気のことを指していたことから、「もののけ」とは「もの」によって生じる病気のことを指していたものと見られている[1][11]。『枕草子』にも、病気の種類として「胸のけ」「脚のけ」「もののけ」の名が挙げられている[1]

「物の怪」の思想の下地として、平安初期の頃より日本では、様々な社会不安や病気を怨霊の祟りとする考えが生まれていた。延暦年間には相次ぐ皇族の病死や疫病の流行が早良親王祟りといわれたことを始め、文献上では『日本現報善悪霊異記』に長屋王の怨念が多くの人々の死を招いたという説話があり、『続日本紀』に藤原広嗣怨霊の記述がある。しかし当時は、まだそうした思想が有力ではなく、嵯峨天皇も遺戒で「世間之事、物怪あるごとに祟を先霊に寄す。是甚だ謂れ無き者也[13]」と述べ、物の怪と怨霊との関連を強く否定していた[6]

その後『続日本後紀』に、撰者・春澄善縄陰陽道の知識を反映し、物の怪のことが強く取り上げられた[6]承和年間には貴族社会が陰陽道の強い影響を受け、陰陽道の流行によって人々の間に怨霊の観念が植えつけられた。そのような折の延喜3年(903年)に菅原道真が死亡し、相次ぐ皇族や貴族の死、疫病の流行などが道真の祟りと恐れられ、物の怪が怨霊の祟りによって起こるものとする考えがより一層、強くなった[6]

後に藤原摂関家の時代になると、当時の貴族たちが栄華を誇った反面、繊細な性格を持ち合わせていたため、時代の敗者たちの怨みや復讐に対する恐れ、将来への危惧などから、物の怪に一層の恐れが抱かれるようになった[6]。閉鎖的な宮廷社会を送っていた当時の貴族たちの精神も、物の怪への恐れを助長することとなった[5]。こうしたことで物の怪自体が怨霊と考えられ、やがて疫病に加えて個人の死、病気、苦痛などのすべてが物の怪によるものと見なされ、その病気自体も物の怪と呼ばれるようになった[6]。さらにその後、「もの」に対する恐怖の観念によって、病原体ともいえる生霊や死霊自体が「物の怪」と呼ばれたと考えられている[1]

脚注

  1. ^ a b c d e 小林 1986, p. 696
  2. ^ a b 朝倉 1963, p. 434
  3. ^ 北原保雄他 編『日本国語大辞典』 第12巻(第2版)、小学館、1976年、1361頁。ISBN 978-4-09-522012-3 
  4. ^ 松村明 編『大辞林』(第3版)三省堂、2006年、2531頁。 ISBN 978-4-385-13905-0 
  5. ^ a b c d 大藤 1988, pp. 5–6
  6. ^ a b c d e f g h 服部 1975, pp. 32–54
  7. ^ 多田 1990, p. 300
  8. ^ 赤澤春彦「日本中世における病・物気と陰陽道」小山聡子 編『前近代日本の病気治癒と呪術』(思文閣出版、2020年)ISBN 978-4-7842-1988-9 P172-173.
  9. ^ a b c d 次田 2008, p. 108
  10. ^ 小山聡子「平安時代におけるモノノケの表象と治病」小山聡子 編『前近代日本の病気治癒と呪術』(思文閣出版、2020年)ISBN 978-4-7842-1988-9 P156-164.
  11. ^ a b 池田 1959, pp. 205–210
  12. ^ 多田 1990, p. 57
  13. ^ 大江篤『日本古代の神と霊』臨川書店、2007年、18頁。 ISBN 978-4-653-03967-9 

参考文献

関連項目

外部リンク





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