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ミグ【MiG】

読み方:みぐ

開発した技師ミコヤン(A.I.Mikoyan)とグレビッチ(M.I.Gurevich)の頭文字から》ソ連代表的な戦闘機総称


航空軍事用語辞典++航空軍事用語辞典++

【ミグ】(みぐ)

MiG.
旧ソ連・ロシア航空機メーカー「Russian Aircraft Corporation MiG(RAC MiG)」社、及び同社戦闘機通称

ソ連時代1939年創設された「ミコヤン・グレビッチ設計局」をルーツとする。
名称は、創設者の A.I.Mikoyan と M.I.Guryevichi の二人の名前に由来している。

第二次世界大戦後米ソ冷戦時代には、東側初の実用ジェット戦闘機MiG-15皮切りに、現在でも途上国空軍幅広く運用され続けているMiG-21高高度迎撃機MiG-25、より近代化されMiG-29など、優秀な戦闘機多数設計・開発し、ロシア戦闘機代名詞ともなった

しかし、1991年ソビエト連邦崩壊後経営危機に陥り、MIG-MAPOとしての再編経て現在の名称になっている

現在のミグ社は、経営方針として主にビジネス機設計MiG-29系の輸出力を入れている。
共産圏ゆえ企業的ノウハウ欠け印象強くライバルスホーイ比べて経営状況はあまりよろしくないという。

http://www.masdf.com/altimeter/monino/migalley.jpg

Photo:MASDF

主な製品


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MIG

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MIG


MiG

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公共株式会社「ロシア航空機製作会社『MiG』」
Публичное акционерное общество «Российская самолётостроительная корпорация „МиГ“»
種類 公共株式会社
略称 RSK MiG
MiG
本社所在地 ロシア
モスクワ
設立 1939年
業種 輸送用機器
事業内容 戦闘機
主要株主 統一航空機製造会社
関係する人物 アルチョーム・ミコイァーン
ミハイール・グリェーヴィチ
外部リンク http://www.migavia.ru/       https://uacrussia.ru/en/
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公共株式会社「ロシア航空機製作会社『MiG』」ロシア語: Публичное акционерное общество «Российская самолётостроительная корпорация „МиГ“» ラスィーイスカヤ・サマリョタストライーチェリナヤ・カルパラーツィヤ・ミーク)は、ロシア連邦航空機設計企業公開会社)である。略称RSK "MiG"РСК „МиГ“)。旧称は公開株式会社「ロシア航空機製作会社『MiG』」ロシア語: Открытое акционерное общество «Российская самолётостроительная корпорация „МиГ“»)で、2014年の法改正[1]を受けて公開株式会社から公共株式会社に移行し、現在の名称になっている。

ソ連時代のA・I・ミコヤーンとM・I・グレーヴィチ記念設計局 (ОКБ и.м. А.И.Микояна и М.И.Гуревича) が母体となっており、一般に「ミグ」と略称される。日本語表記としては「ミグ」「MiG」「ミコヤン」「ミコヤン・グレヴィッチ」「ミコヤン・グレビッチ」などが使われる。このページでは「ミグ」に統一している。

歴史

ミグ設計局は、アルメニア人アルチョム・イヴァノヴィチ・ミコヤンАртём Иванович Микоян)とユダヤ系ロシア人ミハイル・オシフォヴィチ・グレヴィッチМихаил Иосифович Гуревич)によって、1939年モスクワに開局された。当初はニコライ・ポリカールポフが率いるモスクワ第一工場内の試作設計部門(OKO)という位置づけであり[2]OKB-155(第155設計局 / ОКБ-155)として独立したのは1942年のことである[3]。「ミコヤン・グレヴィッチ設計局」「ミグ設計局」といった名称は通称であり、正式名称はOKB-155であったが、ミコヤン死去後の1978年にミコヤン設計局Московский машиностроительный завод имени А. И. Микояна. )に改称された[3][4]

ミグ設計局は第二次世界大戦以降、戦闘機を中心に数多くの航空機を生み出してきた。1946年からはミサイルの研究開発も行っていたが、この部門は1957年3月に分離され、2014年現在ではラドゥガ国家機械製造設計局となっている。

1995年にはモスクワ航空製造協会英語版(MAPO)を含む2つの生産工場と合併し、モスクワ航空製造協会 "MiG"(Московское авиационное производственное объединение «МиГ»)、通称MAPO MiG (МАПО «МиГ»)となった[4][3]。その後1996年に民営化されてロシア航空機会社ミグ (RAC MiG) となったが、名称はたびたび変更され、現在はロシア航空機製作会社『MiG』 (Российская Самолетостороительная Корпорация)、略称RSK-MiG (РСК «МиГ») となっている。

2016年4月にはソコル航空機工場ロシア語版がMiGの傘下に入る予定である[5]

アルチョム・イヴァノヴィチ・ミコヤンの兄はソ連の副首相や最高会議幹部会議長国家元首)も務めたアナスタス・イヴァノヴィチ・ミコヤン

2017年6月、統一航空機製造会社(OAK/UAC)がミグとスホーイ2019年内に合併・統合すると発表した[6]

機種

開発・計画中

主な試作機

ミグ設計局が試作機に用いた記号は時期によって異なり、一定数使われたプレフィックスとしては「戦闘機(ロシア語: Истребительイストレビーチェリ)」を意味する頭文字「IИ)」、「実験(ロシア語: Експериментальный イェクスペリメンタルヌィ)」を意味する頭文字「YeЕ)」などがある[7]。中にはMiG-29の原型機「9」のように記号を持たない試作機もあるが、これらの数字は設計局内で使われる「製品番号」に基づいており、例えば「9」ならば「製品 9 (Изделие 9)」「計画 9 (Проект 9)」とも呼ばれる。

関連項目

脚注

  1. ^ 連邦法2014年5月5日付№99-FZ (Федеральный закон от 5 мая 2014 г. N 99-ФЗ) (ロシア語)
  2. ^ 藤田勝啓「I-200/MiG-3ファミリーの開発と各型」『第二次大戦ミグ戦闘機』 No.156、文林堂〈世界の傑作機〉、2013年、11-12頁。ISBN 978-4893192189 
  3. ^ a b c Asif A. Siddiqi. “MiG Russian design bureau” (英語). 2025年12月22日閲覧。
  4. ^ a b スティーブ・ブリッジウォーター 著、青木謙知 訳「21世紀のミグ」『ロシア戦闘機 MiG』ニュートンプレス〈ニュートンミリタリーシリーズ〉、2022年、127頁。 ISBN 978-4315525083 
  5. ^ Слияние нижегородского авиазавода "Сокол" с корпорацией "МиГ" произойдет в апреле
  6. ^ ミグとスホーイ合併へ 旧ソ連機の代名詞と現ロシア主力機メーカー ブランドは存続か
  7. ^ エフィーム・ゴードン、ビル・スィートマン 著、桂令夫  訳『ソビエトXプレーン』松代守弘 監修、光栄、2001年、8頁。 ISBN 978-4877198541 

外部リンク




固有名詞の分類

軍需関連企業 O・O・モローゾウ記念ハルキウ機械製造設計局  ペルミ・エンジン工場  MiG  ロケットダイン  アントーノウ国営合同
ソビエト連邦の航空機メーカー A・A・アルハーンゲリスキイ記念試作設計局  ツポレフ  MiG  M・L・ミーリ記念モスクワ・ヘリコプター工場  V・M・ペトリャコーフ記念試作設計局
ロシア連邦の航空機メーカー V・M・ミャスィーシチェフ記念試作機械製造工場  ツポレフ  MiG  M・L・ミーリ記念モスクワ・ヘリコプター工場  統一航空機製造会社



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