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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/01/29 06:26 UTC 版)
| 「ハートに火をつけて」 | ||||||||
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| ドアーズ の シングル | ||||||||
| 初出アルバム『ハートに火をつけて』 | ||||||||
| B面 | 水晶の舟 | |||||||
| リリース | ||||||||
| 規格 | 7インチシングル | |||||||
| 録音 | 1966年8月 - 9月 | |||||||
| ジャンル | サイケデリック・ロック | |||||||
| 時間 | ||||||||
| レーベル | エレクトラ・レコード | |||||||
| 作詞・作曲 | ジム・モリソン、ロビー・クリーガー、ジョン・デンズモア、レイ・マンザレク | |||||||
| プロデュース | ポール・A・ロスチャイルド | |||||||
| ゴールドディスク | ||||||||
| ゴールドディスク | ||||||||
| チャート最高順位 | ||||||||
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| ドアーズ シングル 年表 | ||||||||
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| 「ハートに火をつけて」 | |
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| ホセ・フェリシアーノ の シングル | |
| 初出アルバム『Feliciano!』 | |
| B面 | 夢のカリフォルニア |
| リリース | |
| 規格 | 7インチシングル |
| ジャンル | ソフトロック |
| 時間 | |
| レーベル | RCAビクター |
| 作詞・作曲 | ジム・モリソン、ロビー・クリーガー、ジョン・デンズモア、レイ・マンザレク |
| プロデュース | リック・ジャラード |
| チャート最高順位 | |
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| 「ライト・マイ・ファイア」 | ||||
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| ウィル・ヤング の シングル | ||||
| 初出アルバム『フロム・ナウ・オン』 | ||||
| B面 | エイント・ノー・サンシャイン ビヨンド・ザ・シー |
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| リリース | ||||
| レーベル | RCAレコード BMG |
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| 作詞・作曲 | ジム・モリソン、ロビー・クリーガー、ジョン・デンズモア、レイ・マンザレク | |||
| プロデュース | アブソルート | |||
| ゴールドディスク | ||||
| ゴールドディスク(英国レコード産業協会) | ||||
| チャート最高順位 | ||||
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| ウィル・ヤング シングル 年表 | ||||
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「ハートに火をつけて」(Light My Fire) は、アメリカのロックバンド、ドアーズの楽曲。1966年8月に録音、1967年1月にバンド名を冠したデビュー・アルバム『The Doors』(邦題『ハートに火をつけて』)に集録した形で発表。後にリカット・シングル。
ビルボード(Billboard)誌では、1967年7月29日に「週間ランキング第1位」を獲得。以後、8月12日まで3週連続で1位。1967年の年間ランキングでは第2位となった。また、翌年の再発盤は最高87位となった。2010年版の「ローリング・ストーンの選ぶオールタイム・グレイテスト・ソング500」では35位にランクされた[3]。
長い印象的な間奏と東洋の影響を備えたサイケデリック・ロックやジャズ・ロックの初期の代表的作品である(間奏部分はシングルでは出だしと終わり部分を除いてほぼ全てカットされ、曲の長さが2分50秒程に短くなっている)。
作詞・作曲はドアーズ名義となっているが、大部分をギターのロビー・クリーガーが担当したとされ、ボーカルのジム・モリソンが関わった部分は少ないとされる。ロビーは「作詞は殆ど自分がした。ジムは僕が作詞するのをちょっと手伝っただけさ。作曲は僕とレイ(・マンザレク)が主にやった」と述べている。
最初はロビーのギターのみのイントロであったが、後に印象的なレイのオルガンによるイントロに変わった。アルバム『Live at the Matrix 1967』ではギターによるイントロで始まるバージョンを聞くことができる。
シングル版は1967年にアメリカレコード協会(RIAA)から500,000枚出荷についてゴールド賞が授与された[4]。1971年12月時点で、927,000枚の販売で、このバンドの最も売れたシングルであった[5]。2018年9月にはアメリカレコード協会から、2,000,000枚出荷についてプラチナ賞が授与された[4]。[t 1][t 2]
当曲はそのハーモニーとキャッチーなリズムが、ポップ・ミュージックやミドル・オブ・ザ・ロードのスタイルでのカヴァーに向いていた。特にドアーズによる発表から1年後の1968年に発売されたホセ・フェリシアーノによるカバーはヒットし、ビルボード・チャートの3位まで登り、同曲を1968年の「ビルボード・ホット100」の87位に再登場させることになった。また、グラミー賞の最優秀男性ヴォーカル・パフォーマンス賞を受賞した。
| 国/地域 | 認定 | 認定/売上数 |
|---|---|---|
| アメリカ合衆国 (RIAA)[4] | プラチナ | 2,000,000[5] |
{{cite web2}}: Cite webテンプレートでは|access-date=引数が必須です。 (説明) | 先代 アソシエイション 「ウィンディー」 |
Billboard Hot 100 ナンバーワンシングル 1967年7月29日 - 8月12日(3週) |
次代 ビートルズ 「愛こそはすべて」 |
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「ララピポ」の記事における「LIGHT MY FIRE」の解説
熟女AV女優としてデビューした主婦の佐藤良枝は退屈な日常を紛らわすために、向かいにある豪邸から郵便物を抜き取り盗み見を繰り返してきた。或る時から飼い犬の吠え声に抗議する匿名の手紙が紛れ込むようになる。良枝はそこに勝手に近所の住民の名を書き加えて郵便受けに戻してほくそえんでいたが、内容は次第に明白な脅迫の内容へと変わっていく。指紋を付けてしまったことに気付いた良枝は途中から手紙を戻さず処分するようになるが、差出人の怒りはさらにエスカレートしていった。そんなある日、良枝は親子丼ものの撮影を依頼され喜び勇んで撮影に向かうが…。
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