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KILLERS

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/13 16:37 UTC 版)

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KILLERS
出身地 日本 大阪府大阪市
ジャンル ロック
活動期間 2006年 - 2007年
レーベル デフスターレコーズ
メンバー メンバー参照

KILLERS(キラーズ)は、かつてオセロ松嶋尚美を中心に活動していた日本のロックバンド。

概要

2006年8月16日大阪城ホールにて行われたイベント『きらきらアフロ IN 大阪城ホール』での出演が初御披露目となる。このイベントで、レッド・ホット・チリ・ペッパーズの「バイ・ザ・ウェイ」などをカバーした。その後、11月26日東京理科大学の学園祭にてシークレットライブを行い、「TROUBLE QUEEN」「アタシの掘った穴に落ちろ!」の2曲を初披露。11月29日にデビューシングル「TROUBLE QUEEN」を発売し、12月11日付オリコンシングルチャートで、初登場11位となった。12月25日には下北沢のCLUB251にて「きらきらアフロ Presents KILLERS X'mas シークレットライブ」にて6曲演奏し、2007年3月27日に行われる武道館ライブを最後に解散することを発表した。

2007年2月10日大阪アメリカ村BIG CATにてライブを決行。2月28日にセカンドシングル「JAPANESE GIRL」を発売。3月27日のイベント『きらきらアフロ in 武道館』の出演をもって解散した。

メンバー

  • NAHOMI★KILLER(ナホミ★キラー)
ボーカル担当。オセロの松嶋尚美。
ギター担当。埼玉県出身。元media youthのベーシストで、本来は廣嶋というバンドで活躍中。また、HYDE BANDのベーシスト及びPENICILLINのサポートメンバーのベースとして参加している。
  • RUMI★KILLER(ルミ★キラー)
ギター担当。福井県出身[1]。所属当時は39歳[1]。本業は精神科医の受付[1]。元々松嶋の友人で、2006年8月の大阪城ホールのライブの際に松嶋に頼まれ、メンバーを集めさせられた。また人見知りする松嶋の為に急遽メンバーに加入して同年4月からギターを始めた。
  • AWE:GI★KILLER(オウギ★キラー)
ベース担当。現役の頃から約10年ぶりにベースを弾いている[1]。普段はホームセンターでパートをしている[1][2]
  • SHINGO★KILLER(シンゴ★キラー)
ドラム担当。長崎県出身[1]。所属当時30歳で最年少[1]。7つのバンドを掛け持ちしていた[1]

シングル

  1. TROUBLE QUEEN(2006年11月29日発売)
  2. JAPANESE GIRL(2007年2月28日発売)

主な出演

脚注

[脚注の使い方]
  1. ^ a b c d e f g h KILLERS”. KILLERS. 2015年11月10日閲覧。
  2. ^ 「きらきらアフロ」での松嶋の話によるとレジ担当との事。

関連項目

外部リンク


キッス・キラーズ

(Killers から転送)

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『キッス・キラーズ』
キッスコンピレーション・アルバム
リリース
録音 1974年 - 1982年
ジャンル ハード・ロック
時間
レーベル カサブランカ
プロデュース マイケル・ジェームス・ジャクソン(新曲)
専門評論家によるレビュー
キッス アルバム 年表
〜エルダー〜 魔界大決戦
(1981)
Killers
(1982)
暗黒の神話
(1982)
テンプレートを表示

キッス・キラーズ(Killers)は、1982年に発表されたキッスコンピレーション・アルバム

全12曲の収録曲のうち4曲が新曲、8曲が既発曲という内容のベスト・アルバムである。

解説

1980年、彼等はアルバム『仮面の正体』の売り上げが不振に終わったことから、結成以来初めて海外ツアーを中心とした活動に終始した。1981年、次作『〜エルダー〜 魔界大決戦』の売り上げはさらに悪化して、彼等はツアーすらも行えず、TV出演等によるプロモーションで辛うじて活動を維持した。この年、エース・フレーリーは実質的に脱退した[注釈 1]

1982年当時、少なくともアメリカ国内の彼等の人気はどん底で低迷していた。契約先のカサブランカ・レコードの配給元であるフォノグラム・レコードの要請で、急遽新曲4曲をレコーディングして企画中のベスト・アルバムに収録することが決まり、外部コンポーザーが共作者に招聘された。ポール・スタンレーが1978年に発表したソロ・アルバムに作曲で参加したマイケル・ジャップは、スタンレー、ブライアン・アダムスとともに「闇への祈り」を作曲。アダム・ミッチェルは、プロデューサーのマイケル・ジェームス・ジャクソンに起用されてスタンレーと「伝説の魔人」と「悪魔のパートナー」を共作。スタンレーが書いた「絶体絶命」は『〜エルダー〜 魔界大決戦』の未発表曲だった。

フレーリーはアルバム・カヴァーに登場しただけで、制作には全く参加していない[注釈 2]。彼の代役には『アライヴ2』(1977年)のスタジオ録音に参加したボブ・キューリックが起用された。キューリックは『アライヴ2』ではフレーリーのプレースタイルを真似るように指示されていたが、本作では自分本来のテクニックを存分に披露している。「絶体絶命」もキューリックを迎えて新たに録音された。

フォノグラムは、アメリカではキッスのライヴ・アルバムもベストヒット・アルバムも既に十分に出回っていると判断して、本作を海外でリリースすることに決めた。その結果はノルウェーで6位、オーストラリアで21位、日本で27位[注釈 3][1]スウェーデンで41位、イギリスで42位と、まずまずのチャート・アクションを記録した。一方、本作からのシングルはいずれもチャートインしなかった。アメリカでも輸入盤アルバムとして流通して人気を博した。

収録曲

  1. 「伝説の魔人」"I'm a Legend Tonight" 作詞・作曲 ポール・スタンレーアダム・ミッチェル – 3:59
  2. 「闇への祈り」"Down on Your Knees" 作詞・作曲 ポール・スタンレー、マイケル・ジャップブライアン・アダムス – 3:31
  3. 「コールド・ジン」"Cold Gin" 作詞・作曲 エース・フレーリー – 4:20
  4. ラヴ・ガン」"Love Gun" 作詞・作曲 ポール・スタンレー – 3:17
  5. 「狂気の叫び」"Shout It Out Loud (7" mix)" 作詞・作曲 ポール・スタンレー、ジーン・シモンズボブ・エズリン – 2:40
  6. 「シュア・ノウ・サムシング」"Sure Know Something" 作詞・作曲 ポール・スタンレー、ヴィニ・ポンシア – 3:59
  7. 「絶体絶命」"Nowhere to Run" 作詞・作曲 ポール・スタンレー – 4:32
  8. 「悪魔のパートナー」"Partners in Crime" 作詞・作曲 ポール・スタンレー、アダム・ミッチェル – 3:45
  9. デトロイト・ロック・シティ」"Detroit Rock City" 作詞・作曲 ポール・スタンレー、ボブ・エズリン – 3:53
  10. 「雷神」"God of Thunder" 作詞・作曲 ポール・スタンレー – 4:11
  11. ラヴィン・ユー・ベイビー」"I Was Made for Lovin' You" 作詞・作曲 ポール・スタンレー、ヴィニ・ポンシア、デズモンド・チャイルド – 4:18
  12. ロックンロール・オールナイト(ライブ)」"Rock and Roll All Nite (Live)" 作詞・作曲 ポール・スタンレー、ジーン・シモンズ – 3:58

脚注

注釈

  1. ^ 公式の発表は1982年末である。
  2. ^ 彼は次作『暗黒の神話』(1982年)のジャケットにも登場している、
  3. ^ 日本盤のみ「シャンディ」と「激烈! 大脱走」も収録されていた。「激烈! 大脱走」は『〜エルダー〜 魔界大決戦』の収録曲だったが当時の日本盤LPには収録されず、日本だけで発表された同アルバムからの二枚目のシングル「炎の誓い」のB面に収録されていた。

出典

  1. ^ Kiss – Killers” (英語). www.discogs.com. 2026年2月21日閲覧。




固有名詞の分類

日本のバンド EdgePlayer  細胞文学  KILLERS  P.I.MONSTER  P2H
解散した日本のバンド・グループ BACKLASH  BURSTFRUITS  KILLERS  P.I.MONSTER  P2H



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