出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/06/20 14:56 UTC 版)
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| JURASSIC | |
|---|---|
| 別名 | ジュラシック |
| 出身地 | |
| ジャンル | ロック |
| 活動期間 | 1998年 - 2018年 |
| レーベル | ポリスターインディーズ |
| メンバー | YU+KI (ボーカル) 耕史朗 (ギター) SHU (ギターボーカル) ANJI (ベース) SHINGO(ドラム) |
JURASSIC(ジュラシック)は、長崎県出身のソフトヴィジュアル系ハードロックバンド。黒をメインとした衣装が多かったヴィジュアル系シーンの中で、その逆を行く全身真っ白な衣装がトレードマークであった。
1.「JURASSIC」(1999年10月23日)
2.「luna」(2000年5月23日)[5]
3.「sole」(2000年5月23日)[5]
4.「Speed〜Look for Love〜」(2000年11月27日)・・・ツアー限定販売
5.「Speed〜Look for Love〜 / Destiny」(2001年2月14日)[5]
6.「Go to the limit × 恋のかけら」(2001年7月7日)[5]
7.「LIMITED EDITION」(2001年11月)・・・配布シングル
8.「The brightest / ずっときっと…」(2002年7月3日)[5]・・・メジャーデビューシングル
9.「The brightest / ずっときっと…」(2002年7月3日)
10.「ROCK THE WILD SIDE」(2002年11月20日)[5]
11.「LIVE THE WILD SIDE」(2003年6月18日)[7]・・・ライブアルバム・限定1000枚
12.「Rescue U」(2003年10月5日)[5]
13.「WHITE BEAST」(2010年7月3日)
14.「GATTSUKIMASSE / Destroy」(2011年1月16日)
15.「LOST MY WORLD」(2018年11月26日)
1.「Scene2」(1998年12月18日)
2.「HARD ROCK SUMMIT INNOVATION in CITTA'」(2003年11月19日)・・・ライブアルバム
3.「HARD ROCK SUMMIT IN TOKYO★永遠の夢…」(2003年12月17日)・・・ライブアルバム
4.「HARD ROCK SUMMIT INNOVATION in BIG CAT」(2004年4月21日)・・・ライブアルバム
(JURASSIC から転送)
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| 累代 | 代 | 紀 | 世 | 期 | 基底年代 Mya[* 3] |
|---|---|---|---|---|---|
| 顕生代 | 新生代 | 66 | |||
| 中生代 | 白亜紀 | 後期白亜紀 | マーストリヒチアン | 72.1 | |
| カンパニアン | 83.6 | ||||
| サントニアン | 86.3 | ||||
| コニアシアン | 89.8 | ||||
| チューロニアン | 93.9 | ||||
| セノマニアン | 100.5 | ||||
| 前期白亜紀 | アルビアン | 113 | |||
| アプチアン | 125 | ||||
| バレミアン | 129.4 | ||||
| オーテリビアン | 132.9 | ||||
| バランギニアン | 139.8 | ||||
| ベリアシアン | 145 | ||||
| ジュラ紀 | 後期ジュラ紀 | チトニアン | 152.1 | ||
| キンメリッジアン | 157.3 | ||||
| オックスフォーディアン | 163.5 | ||||
| 中期ジュラ紀 | カロビアン | 166.1 | |||
| バトニアン | 168.3 | ||||
| バッジョシアン | 170.3 | ||||
| アーレニアン | 174.1 | ||||
| 前期ジュラ紀 | トアルシアン | 182.7 | |||
| プリンスバッキアン | 190.8 | ||||
| シネムーリアン | 199.3 | ||||
| ヘッタンギアン | 201.3 | ||||
| 三畳紀 | 後期三畳紀 | レーティアン | 208.5 | ||
| ノーリアン | 227 | ||||
| カーニアン | 237 | ||||
| 中期三畳紀 | ラディニアン | 242 | |||
| アニシアン | 247.2 | ||||
| 前期三畳紀 | オレネキアン | 251.2 | |||
| インドゥアン | 251.902 | ||||
| 古生代 | 541 | ||||
| 原生代 | 2500 | ||||
| 太古代[* 4] | 4000 | ||||
| 冥王代 | 4600 | ||||
ジュラ紀(ジュラき、侏羅紀[1]、英:Jurassic period)は、約2億130万年前から約1億4550万年前までにあたる中生代の中心時代となる[2]地質時代の一つ。後期、中期、前期の3つの世に区分される。恐竜の時代ともいえる。
ジュラ紀の名前は、フランス東部からスイス西部に広がるジュラ山脈において広範囲に分布する石灰岩層にちなみ、1829年にアレクサンドル・ブロンニャールにより提唱された。その後、1962年と1967年に開かれた国際ジュラ系層序小委員会により、11の階(期)の区分が確立された(時代区分参照)。
漢字表記の「侏羅紀」は、現代の日本ではほとんど使われていないが、中国語では正式名称として使われている。
ジュラ系の基底は、最初のアンモナイトが出現する層準によって定められている。ジュラ系の模式境界をどこに置くかは長年論じられてきたが、2010年のIUGS実行委員会において、オーストリアのクーヨッホ (Kuhjoch) GSSP とすることが決定された[3]。
ジュラ紀の開始は三畳紀末の大量絶滅から始まった。絶滅は地上と海洋の両方でおき、地上の方が数百万年早かったと言われている。海洋生物の20%と恐竜・翼竜・ワニ以外の祖竜(主竜類)、大型獣弓類が衰退し(最近日本で白亜紀の地層からトリティロドン類が見つかっているが、これも小型種だった)、最後の巨大な両生類もこのときにほぼ姿を消した(例外はクーラスクス)。この原因として隕石衝突など様々な説が提唱されているが、現在は中央大西洋マグマ分布域における火山活動との関連が有力視されている[4][5][6]。
三畳紀末期の絶滅を生き残った恐竜が栄えた。三畳紀から相次いだ火山活動の結果、大気中の二酸化炭素濃度は高く、ジュラ紀は現在よりも暖かく、降水量も多く、湿度も高かった。そのため動物、植物はともに種類が増え、大型化していった。植物ではイチョウ、ソテツなどの裸子植物が大きく繁栄し、それまで植物が無かった内陸部まで生育範囲を広げていった。またジュラ紀の後半には被子植物も現れた。海洋ではアンモナイトや、プランクトンが繁栄し、地上では恐竜が多種多様な進化を遂げた。小型の恐竜の一部が鳥類に至る進化を果たし、始祖鳥が現れたのもこの時代である。三畳紀に登場した哺乳類(哺乳形類や、その母体であるキノドン類の生き残り含む)は、小動物としてのニッチを確立していた。例として彼らが掘り上げた巣穴が見つかっている[7]。
ジュラ紀にもっとも進化した生命は海洋での魚類と、海洋で暮らす爬虫類(魚竜、首長竜など)である。また無脊椎動物にはいくつかの新しいグループが現れた。
前期ジュラ紀を通じてパンゲア大陸が、北のローラシア大陸と南のゴンドワナ大陸に分裂した。とはいえ、両者の距離は近く、隔絶は未だ完全ではなかった。温暖であったため海水準が高く、ローラシアはしばしば浅海により東西の陸塊に分かれていた。ジュラ紀の北大西洋は現在に比べて狭く、南大西洋はゴンドワナ大陸の分裂が始まる白亜紀まで開かなかった。テチス海は閉じ、新テチス海盆を形成した。大規模な火山活動がみられ、太平洋海底のシャツキー海台はその一つであり、ジュラ紀後期から次の白亜紀前期にかけて形成された。
気候は温暖であり、氷河があった痕跡は認められない。三畳紀と同様に、極付近に陸地はなく氷冠の成長もなかった。
ジュラ紀の地質学的記録は、西ヨーロッパでよく保存されており、有名なジュラシック・コーストや、上部ジュラ系のゾルンホーフェン石灰岩層を含む熱帯の浅海における堆積過程が観察できる。それとは対照的に、北アメリカでは中生界ジュラ系はほとんど分布せず、露頭も極めて少ない。
SF小説およびそれをもとにした映画である『ジュラシック・パーク』の名は、このジュラ紀によるものであり、直訳すれば『ジュラ紀公園』となる。この映画の中国語のタイトル『侏羅紀公園』も直訳が使われている。しかし、実際にはそこに登場する恐竜はほとんどはジュラ紀より新しい白亜紀のものである。
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