出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/10/13 05:55 UTC 版)
| Hi-5 | |
|---|---|
| 出身地 | |
| ジャンル | ロック、エレクトロ・ポップ[1] |
| 活動期間 | 1998年 - 2018年 |
| レーベル | フェイク・レコーディングス フェイスレコーズ automobiliste /Capitol Music CANDY SOUL RECORDS Troll music |
| メンバー | 武田直紀(Vo、Syn) 野口徹平(B、Vo) 小田隆之(Dr、Cho) |
1998年、九州工業大学の音楽サークルで知り合い、結成[2]。ギター・レスでキーボード、ベース、ドラムという変則的な編成によるパフォーマンスが話題を呼び、2000年10月に1stアルバム「maximum volume」でデビュー[3]。
2018年12月25日、下北沢CLUB251でのライブをもって解散[3]。結成から解散までの20年間で一度もメンバーチェンジすることがなかった[3]。
| 発売日 | タイトル | 規格品番 | 収録曲 | 備考 | |
|---|---|---|---|---|---|
| フェイク・レコーディングス | |||||
| 1st | 2000年8月25日 | Oh Yeah! Sunday Morning | FRCD-004 |
全4曲
|
|
| フェイスレコーズ | |||||
| 2nd | 2001年8月8日 | DISCO-SOUND-FEEDBACK-OK | BFCA-80009 |
全3曲
|
|
| フェイスレコーズ/サウンドジゴロ | |||||
| 3rd | 2002年4月26日 | フューチャー・エレクトロ・パレード | BFCA-82009 |
全6曲
|
|
| 発売日 | タイトル | 規格品番 | 収録曲 | 備考 | |
|---|---|---|---|---|---|
| CV RECORDINGS/automobiliste | |||||
| 1st | 2002年11月20日 | trial ride | CVRS-001 |
全2曲
|
|
| automobiliste | |||||
| 2nd | 2003年1月31日 | automobiliste | CVRC-010 |
全4曲
|
|
| 発売日 | タイトル | 規格品番 | 収録曲 | 備考 | |
|---|---|---|---|---|---|
| フェイスレコーズ | |||||
| 1st | 2000年10月25日 | maximum volume | BFCA-83501 |
全9曲
|
|
| 2nd | 2001年8月29日 | beat's come | BFCA-83503 |
全10曲
|
|
| フェイスレコーズ/サウンドジゴロ | |||||
| 3rd | 2002年8月7日 | MUSIC RE-START | BFCA-83505 |
全11曲
|
|
| フェイスレコーズ/バリアフリー | |||||
| 4th | 2003年10月29日 | living in TOKYO LIFE | BFCA-83513 |
全10曲
|
|
| automobiliste /Capitol Music | |||||
| 5th | 2004年6月23日 | Hi-5 | BFCA-83514 |
全10曲
|
|
| Troll music | |||||
| 6th | 2017年10月25日 | All is Calm, All is Bright | TRM-057 |
全10曲
|
|
| 発売日 | タイトル | 規格品番 | 収録曲 | 備考 | |
|---|---|---|---|---|---|
| フェイスレコーズ | |||||
| 1st | 2001年1月31日 | Orange | BFCA-82005 |
全4曲
|
|
| フェイスレコーズ/サウンドジゴロ | |||||
| 2nd | 2001年4月25日 | SHORT RANGE e.p. | BFCA-82006 |
全4曲
|
|
| CANDY SOUL RECORDS | |||||
| 3rd | 2011年1月19日 | waves | CSRD-1002 |
全6曲
|
|
| 使用年 | 曲名 | タイアップ |
|---|---|---|
| 2001年 | DISCO-SOUND-FEEDBACK-OK | テレビ東京系『JAPAN COUNTDOWN』2001年8月度エンディングテーマ[4] |
| 2002年 | フューチャーエレクトロパレード | NHK-FM『ミュージック・スクエア』2002年4・5月度オープニングテーマ[1] |
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/12/17 07:26 UTC 版)
「HI5!」(ハイ・ファイブ)は、松田尚正による日本の少年漫画作品。1993年~1994年に『週刊少年マガジン』(講談社)で連載されたバスケ漫画。単行本は全6巻。連載終了後、『マガジンスペシャル』(講談社)1994年No.8に特別編が掲載された(第6巻に収録)。
中国山脈のふもと、岡山県にある(架空の)奥津山郡西松原村に住む、奥津山高校一年生の小田中雄太。バスケットボール部で補欠選手の彼の元に、幼い頃両親の離婚によって生き別れていた兄、英太が10年ぶりにアメリカから帰国する。アメリカのジュニアハイスクールでバスケットボール選手として活躍していた英太のスーパープレイを身近に見、また彼のアドバイスを受けて雄太は急速に成長。万年一回戦負けだった奥津山高校だが、小田中兄弟の活躍によってインターハイ予選で強豪校を次々に撃破、ついに県大会ベスト8にまで進出する。英太の負傷もあり、奥津山高校は惜しくもブロック決勝で敗れたが、インターハイ予選直後、小田中兄弟は岡山県の国体選手に選ばれる。それまで戦って来たライバル達と混成チームを結成した雄太達岡山代表は、ついに国体の決勝戦に臨むのだった。
万年一回戦負けの弱小校で、地区のお荷物校と言われていた。雄太が入学した時は翌年に創立百年祭を控えて学校全体が改修工事をしていたため、バスケ部は体育館ではなく戸外の土のコートで練習していた。物語開始時には6人しか部員がいなかったが、その時点で3年生の存在は描かれていない。徒歩で行ける距離に(架空の)「奥津山駅」がある(駅名標の表示は院庄と津山の間)。雄太の国体での活躍もあり最終回では64名が新たに入部する。
また、第4巻、県大会初戦、岡山大付属京山戦、雄太と一時的に、交代する背番号「5」をつけた選手が登場、副キャプテンと思われ、作中、奥津山唯一の交代要員として登場する他、数名の控え部員がベンチから戦況を見守るが、上記の5人を中心に試合、ストーリーが進んでいるためか、いずれも名前がなかった。
県下有数の進学校で、バスケットボール部は毎年県大会ベスト4に残る強豪。毎年春に奥津山高校との交流戦を行なっていたが、英太たちが訪れた際は別の強豪校とダブルブッキングして、練習試合をキャンセルしようとした。オールコートゾーンプレスを使う。30点先取の練習試合で、31-29で奥津山高校を破る。この年の県大会では準優勝した。
バスケットボール部は有名な不良集団だったが、大蔵が加入して立て直し、1年前の大会では翠陵学園を45点に押さえるほどのディフェンス力を誇る。部員のほとんどの髪型がリーゼントやアイパー。インターハイ予選美作地区大会でシード校だったが、2回戦で奥津山高校と対戦、42-95で敗れる。
2年前まで弱小校だったが、1年前に阪神地区から強豪選手5人を入学させて県大会に出場した。県大会2回戦で6連覇中の工大付属に敗れたが、1月の練習試合で工大付属を破る。しかし練習試合直後に監督が事故死、中心選手5人が自分勝手で派手なプレイをするだけのチームと化していた。県大会出場を懸けた、地区予選3回戦で奥津山高校と対戦、72-74で敗れる。
県南で、古豪と呼ばれる強豪校。県大会初戦で奥津山高校と対戦、67-68で敗れる。第3巻、地区大会の帰路、偶然、岡山市内で英太らは高山ら数名の選手と、ジェフの提案で3on3の勝負をしている。
県大会第3シード。先発5人全員が50m走6秒4未満、1500m走4分10秒台という速さとスタミナを兼ね備えたチーム。県大会2回戦で奥津山高校と対戦、112-129で敗れる。
県大会7連覇中の、岡山県最強校で雄太が下山を通じて得た情報によれば、国体の県代表選手もほとんどが同校の選手で占められていた。しかしインターハイ本戦では初戦敗退を繰り返していたらしい。この年も県大会で優勝し、8連覇を遂げた。ブロック決勝で奥津山高校と対戦、前半は46ー47とワンゴール差で僅かにリードを許したが、後半、51ー29と一気に引き離し、最終的に97-76で破る。
1994年7月21日、小田中兄弟はアメリカに向かう機中にいた。1年前に来日するはずだった父に会うためである。雄太は11年ぶりに父と再会するが、背の低さをからかわれた上、賞金目当てで3on3大会に出場することを命令される。酒代稼ぎに協力などできないと激怒する英太。しかし父の本当の目的は、ジェフの手術代を稼ぐことだった。
固有名詞の分類