出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/02/06 04:00 UTC 版)
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この記事は検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です。 (2015年7月)
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| Hello,good-bye | |
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| ゲーム | |
| ゲームジャンル | 仮定日本近代史ADV |
| 対応機種 | Windows XP/Vista/7 |
| 発売元 | Lump of Sugar |
| キャラクターデザイン | 萌木原ふみたけ |
| シナリオ | てつじん |
| 音楽 | 大川茂伸、山口雄太 |
| 発売日 | 2010年12月17日 |
| テンプレート - ノート | |
| プロジェクト | 美少女ゲーム系 |
| ポータル | ゲーム |
『Hello,good-bye』(ハローグッドバイ)は、2010年12月17日にLump of Sugarより発売されたアダルトゲーム。HGBと略される。
Lump of Sugarの第6作。2010年6月21日に公式サイトが設置され、内容が公開された。通常のLump of Sugar作品と同様、原画・キャラクターデザインは萌木原ふみたけが担当する。
シルバーギースがiOS/Android版を開発していたが、中止となっている[1]。
作中世界では、日本列島は西半分を「日本合州国」、東半分を「日本連邦」という2つの政府により分断され、両国は100年前から対立関係にある。両国の中間地点には「守乃特別区」と呼ばれる中立地帯が存在する。物語の主要な人物達は守乃特別区に位置する学校「天主堂学院」に通う生徒である。
コードネーム「ペイジ」、日本合州国の青年士官である彼は「守乃特別区」に向かっていた。任務は「東武カイト」として天主堂学院に潜入するというもの。現地入りしたカイトは調査・把握を兼ねて町を一通り歩くと、最後に訪れた高台にある記念公園の花畑の中で「雪代メイ」と出会う。笑顔を向けるメイの何気ない問いに、カイトは自分が身分を偽っていることを口にしてしまうが、お人好しな彼女は深く事情を詮索することもなく、守乃での最初の友人となる。
潜入の目的も知らされず特に指示もないまま、学院生として平和な日常を過ごしていく中、「連邦」の不穏な動きから突然平和は崩れる。ある日、メイと記念公園を訪れていた折に突然町から爆音が聞こえて火の手が上がり、状況を確認するために町へ向かったカイトとメイはミサイル爆撃に巻き込まれてしまう。カイトは爆発の衝撃ではぐれたメイを探す中、炎の向こうから現れた自分と同じ姿の人物「東武カイト」と対面する。「カイト」は「コレデオシマイ、悪夢とはサヨウナラだ」と言う。
急に意識を取り戻したかのように立ち上がったカイトは、守乃へ向かう列車内に居た。空調が効いているはずの車内で何故か酷い汗をかいている。ふいに思い出す。自分がこれから任務で「東武カイト」として守乃で暮らすということを。町を歩くカイトは、まるでそこに住んでいたかのような既視感を覚える。そして記念公園に向かうと、初対面であるはずなのに何故か記憶にあるメイと出会う。
前述の通り、東武カイトの名で扱われる存在は複数居り、4名が存在する。但し、文字通り4人の人物が居るという意味ではない。以下にその一覧を記す。
『BugBug』2011年2月号に本作のレビューが掲載されている。レビュアーの宮野斜は、本作はコミカルに進む日常パートと、軍隊関連のシリアスなパートの配分が絶妙であり、中だるみすることなく読み進めることができたとし、ちりばめられた伏線が回収され、謎のすべてが解き明かされる場面は鳥肌ものであったと評している。一方で選択肢が少なく、攻略性には乏しいともしている。本作はBGMの一部にスキャットを採用している。宮野は、登場人物の声が再生される会話シーンでもプレイヤーの集中を妨げることなく、学園生活を賑やかに演出するスパイスとなっていたと評している。(224頁)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/11/23 23:11 UTC 版)
| 「Hello...good bye」 | ||||
|---|---|---|---|---|
| RAMJET PULLEY の シングル | ||||
| 初出アルバム『a cup of day』 | ||||
| リリース | ||||
| 規格 | マキシシングル | |||
| ジャンル | J-POP | |||
| 時間 | ||||
| レーベル | GIZA studio | |||
| 作詞・作曲 | 麻越さとみ 間島和伸 |
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| プロデュース | RAMJET PULLEY | |||
| RAMJET PULLEY シングル 年表 | ||||
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Hello...good bye(ハロー・グッバイ)はRAMJET PULLEYの1枚目のシングル。
全曲 作詞:麻越さとみ 作曲:間島和伸 編曲:小林哲・RAMJET PULLEY
(Hello-Goodbye から転送)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/05/17 09:31 UTC 版)
| ハローグッバイ | |
|---|---|
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2019年のワールドツアーにて
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| 基本情報 | |
| 出身地 | |
| ジャンル | |
| 活動期間 | 2001年 - |
| レーベル | |
| メンバー |
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| 旧メンバー |
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ハローグッバイ(英語: Hellogoodbye)は、アメリカ合衆国のパワーポップ・バンド[3]。ボーカルのフォーレスト・クライン(Forrest Kline)により、カリフォルニア州ハンティントン・ビーチで2001年に結成された。ニュー・ファウンド・グローリーやハリファックスを輩出したレーベルDrive-Thru Recordsに所属し、2006年に初のフル・アルバム『ゾンビーズ!エイリアンズ!ヴァンパイアズ!ダイナソーズ!の逆襲!(Zombies! Aliens! Vampires! Dinosaurs!)』をリリース。それ以前にも EP『Hellogoodbye (EP)』とDVD『OMG HGB DVD ROTFL』をネット上などでリリースしている。
バンドは2001年当時ハンティントン・ビーチ高校に通っていたフォーレスト・クライン(Forrest Kline)とジェッシー・カーヴィンク(Jesse Kurvink)のレコーディングプロジェクトとして始まった。友人に披露する程度の目的意識でクラインの自宅パソコンを使ってレコーディングをしていた。最初はスカだったが徐々にポップになっていく。初めて書いた曲はカーヴィンク作曲の『Bonnie Taylor Shakedown』。この曲は後のEP『hellogoodbye』に収録されている。 友人パーク(Perk)がウェブやグラフィック・デザインをしていたことから、この緩やかなグループはウェブサイトを開き、MP3.comに曲を投稿するようになる。ここでにわかに人気を集めたことからフォーレストとジェッシーは友人に声をかけたり、地元で演奏する機会を得ていった。 設立から2年間は地元での演奏を重ね、隣州のアリゾナ州への遠征や、アリゾナ州、ニューメキシコ州とテキサス州をピーチケーキ(Peachcake)と共にツアーする等の活動を行った。この間もデモやTシャツの作成やウェブサイトを通したプロモーションを積極的に行う。
2003年、ポップ・パンク専門レーベルDrive-Thru Recordsと契約する。
結成からDrive-Thru Recordsとの正式契約までの間に幾度もメンバーが交代している。 現在セイ・エニシングのパーカー・ケース(Parker Case)が当初ドラムで入っていたが、2001年にアーロン・フローラ(Aaron Flora)と交代。また当初のベースは友人ポール・ホワイト(Paul White)だったが、脱退したため2002年にマーカス・コール(Marcus Cole)に交代する。 さらにDrive-Thure Recordsと契約後、ドラムのフローラが大学進学のため脱退し、現ドラム クリス・プロフェタ(Chris Profeta)と交代。2007年にはベースのコールが脱退したため、クラインの長年の友人トラビス・ヘッド(Travis Head)が加入。
2004年8月17日にセルフ・タイトルEP『Hellogoodbye (EP)』をリリースし40万枚を売り上げている。このリリースに合わせ、忙しい全米及び海外ツアーを行った。「Sounds of Change Tour」の移動中に移動車がコールの居眠り運転によってひっくり返る事故を起こしたが、幸いメンバーに怪我はなかった。 この頃のツアー履歴は [1] で見ることができる。当時はオール・アメリカン・リジェクツ、モーション・シティ・サウンドトラック、パニック!アット・ザ・ディスコ等とツアーしている。
2005年「South by Southwest Festival(SXSW)」参加中にMTVの『リアル・ワールド:オースティン編(The Real World (Austin))』に出演する機会を得、SXSWフェスティバル参加バンドの舞台裏として紹介された。このテレビ出演が大きくバンドの知名度向上に貢献した。
2005年11月22日に2時間分のライブやツアー映像を収録したDVD『OMG HGB DVD ROTFL』("Oh my God/Hellogoodbye/Digital versatile disc/Rolling on the floor, laughing"「あらまぁ、ハローグッバイのDVDが床で転がっているよ、笑」の意)をリリース。
2005年12月にはMTV2の「Dew Circuit Breakout」賞を受賞し、1万ドル(約100万円)の賞金とギブソンのギターセット、さらに大型全米ツアーのオープニングのアクトを獲得した。[8]
2年間のツアー後、ハローグッバイは初のフル・アルバム『ゾンビーズ!エイリアンズ!ヴァンパイアズ!ダイナソーズ!の逆襲!(Zombies! Aliens! Vampires! Dinosaurs!)』を2006年8月8日にリリース。 2006、2007年も精力的にツアーをこなした。
『オルタナティブ・プレス』誌(2007年1月号)のインタビューによると、2008年に新アルバムをリリース予定とのこと。
2007年1月にはシングル『Here (In Your Arms)』がラジオのチャートで再浮上し、ビルボードで14位、ポップ100で9位を点け、プラチナ記録を達成。さらに同月、アメリカの3つの深夜トーク番組で演奏した。 同年3月にMTVのバラエティ番組『Engaged and Underage』でシングル『Oh, It is Love』が番組テーマ曲に選ばれた。 さらに3月13日iTunesで過去の3曲をリミックスした特別EPを発表した。
2008年9月にバンドのオリジナルメンバーの一人であるキーボード担当ジェッシー・カーヴィンクが大学卒業のため(学業に専念するため)バンドを脱退することを表明し、ザ・アーリー・ノーベンバー(The Early November)の元ギター/キーボード担当のジョー・マーロ(Joe Marro)と交代。 2008年10月、バンドのブログ上でドラム担当のクリス・プロフェタがバンドを離れるため、元ハローグッバイメンバーのアーロン・フローラと交代すると発表された。 2008年秋にはNever Shout Never、Say No More、Ace Enders、PlayRadioPlay!等と全米ツアーを実施予定。[9]
クラインのインタビューによると、仲間うちで機会を逃さないよう今あるチャンスを大事にしたいという思いがバンドの重要なテーマとなりバンド名に込めた思いだが、実はアメリカの人気ティーン・ドラマ「Saved by the Bell(救いの鐘)」の一節に触発されたもの。最後にザ・ビートルズの「ハロー・グッドバイ」を影響元として挙げている。[10][11]
(Hello-Goodbye から転送)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/06/08 19:51 UTC 版)
ハロー・グッバイ、ハロー・グッドバイ(Hello Goodbye または Hello Good-bye)