出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/04/18 16:28 UTC 版)
| 画像外部リンク | |
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| 機体写真 |
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| 機体透視図 |
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| J-Iロケット搭載状態 出典:JAXAデジタルアーカイブス |
HYFLEX(Hypersonic Flight Experiment)は、航空宇宙技術研究所(NAL)と宇宙開発事業団(NASDA、後に統合しJAXA)による極超音速飛行実験、及びその実験機の名称。
1996年(平成8年)に飛行実験に成功したが、回収は失敗した。日本で初めて極超音速揚力飛行に成功[1]。極超音速で飛行する機体の設計・製作・飛行技術の蓄積、および再突入機の飛行実証が目的の無人リフティングボディ機である。
HOPEの研究開発の一環として計画され、りゅうせい(OREX、1994年)に次ぐ小型実験機の2番機となった。
実験機の各部に各種センサが取り付けられており、機体表面への空力加熱や表面圧力などのデータの収得に成功。その後父島の北東海域にパラシュートで着水した。しかし、フローティングシュートとライザが切断され、機体の回収には失敗した。水中で機体の機首が上向きの場合に金具のエッジ部とライザ(ワイヤー)がこすれ破断に至ったと推定される[7]。
種子島から東向きに飛行し、小笠原ダウンレンジ局(父島)からレーダー追尾とテレメトリ伝送を実施するため、アンテナを機体の右側面に配置し、右バンクのみによって南方向へ旋回する円弧状の飛行経路がとられた。また、故障時でも島に接近しすぎないよう配慮された[6]。小笠原局は距離3,000kmまで追尾できるが、分離後206秒から262秒の間は稜線下の飛行となりレーダデータは取得されなかった[4]。受信は地上局のほかに船舶局、航空局でも受信された[5]。
HYFLEXはHOPEの予備実験という位置づけの元に機体設計されている。概念設計の過程では打上げロケットと実験機形状、実験内容のトレードオフや成立性が検討され、最終的にはHOPE相似形である必要はないと判断された[8]。機体の設計においては風洞での実験やCFD(数値流体力学)の3次元解析による空力・熱力学的シミュレーションと飛行実験による実測が綿密に行われ、HOPE-Xの設計に貢献するための設計結果の検証が行われた。
機体設計においては次のような特徴を持つ[8]。
実験機及びJ-Iアダプタのとりまとめは三菱重工業、後部胴体とりまとめは川崎重工業の体制、ほか富士重工業、日産自動車、日本電気、日本航空電子、三菱スペースソフトウェア、石川島播磨重工業が参加して製造された[2]。
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「HOPE (宇宙往還機)」の記事における「HYFLEX」の解説
詳細は「HYFLEX」を参照 HYFLEX (Hypersonic Flight Experiment) 極超音速飛行実験機は、1996年2月にJ-Iロケット1号機によって打ち上げられた。高度110kmでロケットから分離し、滑空飛行を行った。重要なデータの受信にも成功、海面に着水したのも確認した。本来の予定には無い機体回収計画も実行したが、機体の発見は出来ず、回収は出来なかった。
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