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| GROOVE LINE | |
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| ジャンル | トーク、投稿番組 |
| 放送方式 | 生放送 |
| 放送期間 | |
| 放送時間 | 月曜〜木曜 16:30-19:00(2017年10月 - ) |
| 放送局 | J-WAVE |
| パーソナリティ | ピストン西沢 |
| 公式サイト | 公式サイト |
GROOVE LINE(グルーヴ・ライン)は、1998年4月から2010年3月まで、並びに2017年10月2日から2022年9月29日までJ-WAVEで放送された日本のラジオ番組である。GLと略されることもある。なお、2010年4月から2017年9月までの間は、番組タイトルをGROOVE LINE Zに改めて放送された。
電話・電子メール・FAXによる音楽リクエスト番組であるが、毎回の放送にメッセージテーマが定められており(いわゆるネタメッセージ)、リクエストと併せてこのテーマに沿ったメッセージを送ることが求められている。この番組はJ-WAVEではそれまであまり見られることがなかった、全時間リスナー参加型コーナーで構成されている。2003年頃からはMIX MACHINE終了後の19:00頃を境にテーマを切り替えるようになった。なお、祝日が放送日の際は、J-WAVE HOLIDAY SPECIALを放送するため、18:00からの2時間短縮ヴァージョンでの放送、もしくは休止となる。
番組のノベルティにTシャツやステッカーがある。Tシャツには「他力本願」など、日本語で書かれた言葉がプリントされている。小島慶子、宮崎哲弥などは、自身が担当するAMラジオ番組で取り上げている[1]。
2010年3月をもって一旦終了し、2010年4月から2017年9月までは同じくピストン西沢がナビゲートする『「GROOVE LINE Z』が月曜から木曜で放送された。なお、同時間帯の金曜は秀島のナビゲートで『CIRCUS CIRCUS』が後継番組として放送開始された。
2017年10月に実質7年半ぶりに当番組が放送開始。以降は「Z」時代のスタイルを引き継ぎ、リスナーのテーマメッセージを紹介しつつ、インターネットから様々なジャンルのニュースを取り上げ、合間に楽曲や各コーナーを挟む方式に変更され、音楽リクエストは廃止された。
関東地区聴取率1位[2] のJ-WAVEの中でも、1番の人気番組[3]で関東地区の同時間帯の聴取率も1位[4]を獲得している。
放送開始から3ヵ月後の1998年7月から2009年9月30日までの11年3ヶ月間は東京都渋谷区の渋谷センター街にあるHMV渋谷(2010年に閉店、FOREVER 21渋谷店を経て2020年11月よりIKEA渋谷店が入居)2階に設置されたサテライトスタジオから公開生放送を行っていた。HMV渋谷の休店日(毎年9月第1月曜日、年末年始など)は、六本木ヒルズ森タワー33階にあるJ-WAVE本社のスタジオから非公開で放送となっていた。
ゲストを呼ぶ際、サテライトスタジオがHMV渋谷2階のCD売り場に直結しているため、ゲストによっては店内の混雑を避けるためゲストコーナーだけHMVのイベントスペースで行うこともあった。その際は前もって整理券を配布していた。
また、公開生放送だったころはスタジオ前の観客に話しかけながら番組が進行していくことも多々あった(放送では言えないような情報は観覧客だけに筆談で公開したり、スタジオ外に設置のスピーカーのみにつながっているマイクを使って話をしていた)。またカップルで行くと西沢にいじられて、カップルにとって答えにくい妙な質問をして、「これがきっかけで別れたカップルが沢山いるんですよ」と、西沢は言っている。西沢はたびたび下ネタを匂わす(あるいは完全なる下ネタ)言葉や、あるいは放送コードすれすれの発言をし、それを秀島へ無茶振りをしたり、観客に「わかるな?」「わかるんだな?」と投げかける等、夕方のFM放送らしからぬトークが一つの名物となっていた。また下ネタトークの際は秀島は自分の存在を消すために完全に無言になる。しかし、たまに口を開くと西沢以上に危ない発言をして、西沢に逆に注意される(これは、六本木に移っても健在である)。また秀島の性格なのか曲をかけた時もイントロ部分が完全に終わるまで番組のアドレス(時間がないとドットの部分を抜いて言う)などを繰り返すなどして、トークをかぶせてくる。
スタジオに観覧に来たリスナーにはプレゼントとしてノベルティのステッカーが配布されていた。ステッカーは色が何種類かあり、日替わりで異なる色のステッカーがもらえた。ただし西沢がじらすなどして、スタッフがステッカーを配布するまでに時間がかかる事もあった。西沢によると公開生放送終了後のステッカー配布は郵送にて対応とのことだったが、半年後に開始された後番組GROOVE LINE Zでは中継コーナー「ラジオゲリラ」に参加したリスナーに配布することになった。
このサテライトスタジオからの放送開始当初はGL以外にも『SUPER LINE'J'』の公開生放送が行われたりしたこともあった。このスタジオでの音声業務は基本的に出演者の音量ミックスとリスナー観覧客頭上のスピーカー傍にあったガンマイクの調整が主であり、BGMや放送楽曲およびニュースや交通情報などのインフォメーションの音量調整は西麻布→六本木のJ-WAVE本社で行われていた。従って、生放送中に西沢や秀島が逆キューを振る姿が見られた。
なお、このスタジオにはほかのサテライトスタジオのようなマイク設備はなく、原則出演陣はヘッドセットマイクを使用していたため、それを利用してスタジオ内を動き回りながら放送していたこともあり西沢は「日本初のアクションDJ」と呼称していた。
なお、ゲストが登場する際は、マイクのつけてあるスタンドに既にケーブルが繋いであるものが常備されていて、ゲストはそれとヘッドホンを装着して放送に参加していた。また、曲がかかっている間にスタジオ観覧に来たリスナー向けにナビゲーターとゲストがトークをすることがあり、その際は前述のスタジオ外に設置のスピーカーのみにつながっているマイクを使用していた。
J-WAVE開局時からの"More Music Less Talk"路線を転換したJ-WAVEのいくつかの番組のうちの先駆け的な番組でもあった『GROOVE LINE』シリーズであるが、2022年9月29日の放送をもって終了することとなった。同年9月1日の放送で西沢から「そうだ、この番組、今月いっぱいで終了です」と発表され[5]、西沢のYouTubeチャンネルでも公表された。その理由については「J-WAVEの憲法に反した」とも表現していたが、実際のところはYouTubeやSNS、モータースポーツ関係の方面へ主軸を移したいのもあった模様。
この日以降は番組にゆかりあるゲストが数多く登場している。最終回前日の9月28日には12年ぶりに秀島とのツインナビが復活し[6]、翌29日の最終回。番組最後のゲストには松崎しげると中村正人が登場、戸田恵子が電話出演、SOIL&"PIMP"SESSIONSの社長、wyolicaのAzumi、松嶋初音、LiLiCoも飛び入り出演した。いつものDJコーナーである「MIX MACHINE」終了後、挨拶しトイレに行くと言ったまま西沢はJ-WAVEを去る[注 1]。西沢不在でスタジオは混乱、ほのかが進行するなか、直後の『JAM THE PLANET』担当のグローバー[注 2]、秀島やLiLiCo、松嶋を始め、クリス・ペプラー、ジョン・カビラ、サッシャなど終わりを見届けに来たナビゲーターたちがブースに入ってその場を繋ぐも、スタッフのスマートフォンに届いた西沢のリスナーに感謝と別れを告げるボイスメッセージが流され、直後集まった面々の拍手と「サライ」で24年半の歴史に幕を下ろした[7][8][9]。この件についてもボイスメッセージで触れており、「最後ぶん投げて、逃げちゃうのも、最後ぐじゅぐじゅとみんなにありがとうございましたって言われるのが嫌で、自由を最後まで貫き通そうと思ってやることなんで、どうか許してください」という西沢なりの考えあってのことであった。現場に居合わせたクリスはツイッターで「「逃げやがったな~」w」とつぶやきながらも「形式が苦手な彼らしいピリオドだった。お疲れピストン!」とエールを送った[10]。
この最終回について、10月14日放送の文化放送『おとなりさん』に西沢がゲスト出演した際や、12月3日掲載の文春オンラインのインタビュー記事で顛末を語っており、当日J-WAVEに入るとたくさんの花が贈られているのを見て、上述の通りベタベタしたくなかったという事もあり、放送開始15分前にこのことを思いつき、ボイスメッセージを録音した上で番組を締められるようディレクター2人にのみ計画を話し、それ以外は皆知らない状態で放送したという。西沢は「自分がやったことがうまくいきそうでワクワクした」とJ-WAVEを後にする時の心境を語っており、地下駐車場から車を出してから番組を聞き始め、最後の場面で拍手喝采となったのを聞くと車内で大笑いするとともにガッツポーズしたという[11][12]。
放送年数24年半はJ-WAVEにおいては『TOKIO HOT 100』『SAUDE! SAUDADE...』[注 3]に次ぐ3番目の長さであった。
後継番組は『GRAND MARQUEE』。
西沢と秀島は年に数回1~2週間の休暇をとる。また、西沢が日本カー・オブ・ザ・イヤーの選考委員を務めている関係上、放送日と選考日が重なった場合も休暇をとる。その間はピンチヒッターを呼ぶが、1週間通して1人が担当することもあれば、日替わりになることもある。LiLiCoらは1週間通すことが多く、DJ DRAGON・松尾"KC"潔・渡辺祐らは日替わりになることが多い。かつてJ-WAVEナビゲーターだった人物が務めることもある。
ピンチヒッターは番組全編にわたって出演することがほとんどだが、2007年11月19日からの週は18:30頃でピンチヒッターの出演が終了し、それ以降は西沢が1人で進行した。西沢のソロナビゲートは2000年に秀島が登場して以来およそ7年ぶりだった。また、2009年11月16日からの週も18:30頃でピンチヒッターの出演が終了。それ以降は秀島が1人で進行した。秀島のソロナビゲートは初。西沢は「秀島さんの腕が試される」などと発言するなど注目していたが、結果は良好だったようで、2010年4月から西沢は月曜から木曜の同時間帯の後継番組「GROOVE LINE Z」を、秀島は金曜の同時間帯の後継番組「CIRCUS CIRCUS」を担当することとなった[13][14]。
| 【西沢の代理】 |
【秀島の代理】 |
コンビ解消後、3度ほど共演しており、2度は秀島が著書を出したタイミングで呼ばれている。
GROOVE LINEの直接の前身にあたる番組はTHE VILLAGE。同番組は午後から夜の時間帯をカバーするワイド番組であったが、1997年10月に2部構成となり、そのパート2のうち火曜から金曜を西沢が担当していた(西沢が月曜日にtvkの生番組を担当していたため)。
音楽に関するクイズを出題するコーナー。
2019年3月からのコーナー。
ゲストを呼ぶ場合、この枠がゲストコーナーとして充てられている。
西沢の約20分にわたるDJプレイコーナー。
おすすめや面白いホームページを紹介。
残業中のオフィスに栄養ドリンクを差し入れるとともに、西沢のDJミックスを送る。
携帯電話の写真付きメールを使って楽しむ。
ACCESS ON WEBとほぼ同内容。
JAPAN FM LEAGUE統一キャンペーンと同名の連動コーナー。リスナーの「勇気をくれた1曲」を紹介。
西沢の得意分野でもあるモータースポーツを紹介。主にF1日本グランプリの時期に放送。
HMVスタジオのある渋谷の情報を伝える。
秀島オススメの選曲をOAする。ノンスポンサーのため、レーティングの週はこのコーナーがなくなり、後半のテーマを続けていた。
秀島がお勧めする商品やイベントについて取り上げる。FUMIKA'S PICKと流れは同じだが、音楽については取り上げられなくなった。
HMV渋谷店からの放送当時、スタジオに来たリスナーが選んだCDを放送、プレゼントしていたコーナー。
「宇宙の森羅万象ニュース」をテーマに放送するコーナー(西沢曰く「宇宙のヘッポコ(スットコ)ニュース」)。
タイトル・歌手名等が分からない曲をリスナーが鼻歌で留守番電話に録音。その曲について番組スタッフや他のリスナーの協力も経て調べるコーナー。
2009年10月1日から始まったコーナー。
2018年6月、9月限定のコーナー。
2019年2月のコーナー。
2018年10月から2019年3月までのコーナー。
2018年10月から2019年3月までのコーナー。
番組内では計5回(17時台は2回、そのほかの時間帯は1回)J-WAVE TRAFFIC INFORMATION(交通情報)が放送されるが、2005年頃から16時台、17時台、18時台のTRAFFIC INFORMATIONのあとにリスナーから寄せられた「史香の交通安全×××」を紹介するようになった。当初は「史香の交通安全標語」だけだったが、次第にエスカレートしていろいろなバリエーションが寄せられている。 ピンチヒッター出演の際には、そのナビゲーターにちなんだ「交通安全」ネタが寄せられる事もある。
19時台に関しては「交通安全リアルオヤジ」を放送。西沢扮する「リアルオヤジ」が交通安全のワンポイントアドバイスをする。
2007年3月30日より毎週金曜日更新で、番組の一部をPodcastingで配信していた。
J-WAVEの放送を再送信しているコミュニティFM局の一部でもこの番組が放送されている。なお、この時間帯は自社製作のワイド番組を放送する傾向にあり、番組全編を再送信している放送局は少ない。
2009年7月時点
| J-WAVE 月-木 夕方のワイド番組 | ||
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| 前番組 | 番組名 | 次番組 |
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THE VILLAGE (Part2)
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GROOVE LINE
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GROOVE LINE(第2期)
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| 金曜夕方のワイド番組 | ||
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THE VILLAGE (Part2)
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GROOVE LINE
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グルーヴライン (grooveline) はアメリカ、ボストンにて結成された日本のインストゥルメンタルバンド。ジャズ、ファンクを基本としたものからリズム・アンド・ブルース、ヒップホップ・ミュージック、ロックまでそのスタイルは幅広い。リーダーは内田壮志。所属レコード会社はビクターエンタテインメント。出版契約はホットワイヤージャパン。
1999年にバークリー音楽院に留学していた仲間同志で、現地ボストンで組まれた強力無比なファンク・ジャズ・バンド。
ボストンでクラブ・サーキットを回り、人気を博した後、帰国。その圧倒的な演奏力とパフォーマンスが話題となり、ファンク、ジャズ、ロックなどあらゆる音楽を吸収したオリジナル・サウンドは「次世代を間違いなく担うインストルメンタル・バンド」として注目を浴びる。
2002年帰国。活動拠点を東京に移す。2004年にビクターエンタテインメントよりメジャー・デビュー。
2010年9月、活動休止を発表。
2025年11月、東京・日本橋で開催されたNIHONBASHI PUBLIC JAZZに出演。約20年ぶりにオリジナルメンバーが集い、変わらず圧倒的なパフォーマンスで聴衆を魅了する。
■本間将人(sax)
'78生まれ、東京都出身
凄まじいの一言に尽きる。世代を代表するサックス奏者と言えよう。音楽家族に育ち、幼少時からいろんな楽器に接する。12才からサックスを始め、洗足学園短大ジャズコース卒業後、バークリー音楽院に留学。その歌心とキレのあるプレイが注目を集め、様々なトップミュージシャンと共演。その頃groovelineに引きずり込まれる。いくら食べても太らない上、大の車好きである[2]。
■ハタヤテツヤ(keys)
'75生まれ、京都府出身
冷静を装いつつ、必要とあらばヘッドバンギングも辞さない最高の新メンバー。4才よりピアノを始め、大阪音楽大学を経てジャズピアニストとしての活動を開始。自己のピアノトリオからEGO-WRAPPIN'のツアー・レコーディング参加など、多方面で活動する。groovelineには2004年4月よりサポートとして参加、その後引きずり込まれる。ラーメンとアメ車をこよなく愛する。
■岡山"wasabi"彰(gu)
'76生まれ、島根県出身
遠慮とは無縁の日本男児。西洋六弦を通じて伝わるその気迫は鳥肌ものである。某甲子園常連校を“ライパチ”で卒業後、福岡の一般大学に進学。目標が見つからずもがく中、エレキギターと運命の出会い。スタートの遅さをものともせず、soshiとgroovelineを結成。バークリー音楽院では高すぎる学費を未納、1学期でKick outされるも、持ち前の精神力でボストン音楽シーンに喰らい付く。サミュエルアダムスを愛飲、好きなチームはもちろんRed Sox。
■soshi(ba)
'78生まれ、福岡県出身
本名内田壮志。彼のようなベーシストは他にいない。強烈な存在感を放つその無茶な演奏はときに奇跡的だ。家が柔道場だったため5才から柔道を始め、高校卒業まで柔道中心の生活を送る。14才のときに母からギターを学び、これが後に音楽の道を選ぶきっかけとなる。バークリー音楽院入学後、福岡からの盟友、岡山"wasabi"彰とボストンにてバンド活動を再開。今日のgroovelineの母体をつくる。root beerを好む。
■亀井孝太郎(dr)
'77生まれ、京都府出身
通称k-may。たまらなく「ズシッ」「バシッ」と来る一音入魂ドラマー。ポーカーフェイスを決め込むが心底楽しんでいる。幼少時にピアノを習い始め、高校から専門的にドラムを叩き始める。一般大学を経てバークリー音楽院へ。groovelineに引きずり込まれる。ファンク、ジャズなど全方位を愛好し、音楽的かつ熱いプレイでバンドを支える。健康面に細心の注意を払うため、soshiの勧めるjunk foodはあまり口にしない。
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この節の加筆が望まれています。
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