出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/02/19 22:21 UTC 版)
| GODZILLA | |
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| Godzilla | |
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| 監督 | ローランド・エメリッヒ |
| 脚本 |
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| 原案 | |
| 製作 | ディーン・デヴリン |
| 製作総指揮 |
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| 出演者 | |
| 音楽 | デヴィッド・アーノルド |
| 主題歌 | パフ・ダディft.ジミー・ペイジ『Come With Me』 |
| 撮影 | ウエリ・スタイガー |
| 編集 |
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| 製作会社 | セントロポリス・エンターテインメント[1][注釈 1] |
| 配給 | |
| 公開 | |
| 上映時間 | 139分[3][4][注釈 2] |
| 製作国 | |
| 言語 | 英語 |
| 製作費 | $130,000,000[9] |
| 興行収入 | |
| 配給収入 | |
『GODZILLA』(ゴジラ、原題: Godzilla)は、1998年に公開されたアメリカの特撮映画。トライスター ピクチャーズ提供。セントロポリス・エンターテインメント作品。フリード・フィルムズ、インデペンデント・ピクチャーズ共同作品。
日本の東宝が創造・所有するキャラクター「ゴジラ」に基づいて製作された。日本での通称は「トライスターゴジラ[12]」「エメリッヒ版[10][13]」など。2014年の『GODZILLA ゴジラ』製作以前は、単に「ハリウッド版[出典 3]」や「アメリカ版[出典 4]」と称されていた。
日本でのキャッチコピーは「人類に打つ手は無い」、アメリカでは“Size Does Matter”(巨大さ それが 度肝を抜く[20])。
日本映画のスターであり、世界的な人気を誇る映画キャラクターでもあるゴジラをハリウッドが製作するということから、発表当時は世界的に取り上げられた。
アメリカでは初日を映画史上最多の3,310館、7,363スクリーンで迎え、公開6日間でのオープニング興行成績は歴代で2位となる7,400万ドルとなった[3]。
日本では約51億円の興行成績[注釈 4]をあげており[4]、これはミレニアムシリーズや平成モスラシリーズよりも高い数字である。日本の観客動員数は360万人である。製作費は1億3千万ドル[注釈 5]であり、東宝映画版制作費の10倍以上と著しく巨額となったが、アメリカや他国での健闘が大きなリターンとなった。また、インフレーションを考慮するとシリーズでも屈指の興行収入であるという指摘も存在する[21][22]。
南太平洋で、日本の漁船・小林丸[注釈 6]が謎の巨大生物に襲われ沈没する事件が起きる[出典 5]。某保険会社から派遣されたと語る男、フィリップ・ローシェは唯一の生存者となった老船員から何を目撃したかを問い出し、朦朧としながらも恐怖に慄いた言葉で「ゴジラ」という名が紡がれる[24][25]。
翌日のチェルノブイリにて、放射線による生物への影響を調査していた生物学者のニック・タトプロスは米国務省からの要請でパナマへと向かう[24][25]。半ば強引に被災地の調査チームに編入されたニックは畑違いと訝るが、そこで巨大な生物の足跡を目の当たりにし、驚愕する[出典 6]。続いてジャマイカや大西洋でも貨物船や漁船が次々と襲われる[24]。
ニックは各地に残された巨大な足型や地中で発見した異常に大きく成長したミミズ、座礁したタンカーに開けられた横穴と残された肉片などから、“フランスがポリネシア近海で長年行なっていた核実験の結果として、新種の生物が誕生した”との仮説を立てる[24]。フィリップもまた、ジャンと呼ぶ部下たちを引き連れて現場に残された爪痕を確認し、その新種こそ一連の事件を起こした“ゴジラ”だと確信する。
互いに面識を持たないニックとフィリップが“ゴジラ”の追跡を開始した矢先、ニューヨークに未知の巨大生物が上陸し、人々は突然降って湧いた恐怖に逃げ惑う[出典 6]。ニックはその知識を米軍に買われ、米軍が行なうゴジラ退治に力を貸すが、単為生殖で増えるとのニックの主張を米軍が一笑に付したことや、極秘扱いの日本船員への目撃ビデオがニックの元恋人のオードリーを介して公開されたことから、米軍はニックを追放する[27][25]。行き場を失ったニックは、タクシー運転手に変装したフィリップに連れ去られる[27][25]。実はフィリップはフランス対外治安総局の諜報員であり、自国の核実験によって生まれたゴジラを駆除すべく部隊を率いてアメリカに潜入していた[27][25]。ニックはフィリップの説得により、フランスが行うゴジラ退治作戦に協力することを決意する[27]。
マディソン・スクエア・ガーデンにゴジラの巣があることを発見したニックらは、200個もある卵を爆破しようとするが爆薬が足りず、しかもすでに卵は次々とかえり始め、ニックら人間も捕食対象として追いかけ回す[出典 7]。外への出口が八方塞がりの中、オードリーの発案で彼女の働くテレビ局に割り込みをかけスタジアムからの生中継を行ない、大量の幼獣がまさに街中に飛び出す寸前の危機的状況であることが米軍に伝わる[27][25]。
一方、成獣の方は巣探しをしていたニックらの目の前に姿を現した後、地上に出て、セントラルパークへと導いてから一気に攻撃しようとする米軍の意図に反して、ハドソン川に逃げ込んでしまう[27][26]。そこへ待ち構えた潜水艦隊が魚雷で攻撃し、ついにはとどめを刺したと勘違いする[27][26]。さらに米軍は、スタジアムをF18で攻撃し、幼獣に対して壊滅的打撃を与え[出典 8]、ニックらはすんでのところで外に逃げ切る[27][25]。
安心したのもつかの間、成獣は生き延びており、幼獣を殺された怒りに燃えてニックらを乗せたタクシーを追って街中を追い回す[27][25]。一度はトンネルに逃げ込み、事なきを得たものの、とどめを刺すにはブルックリン橋まで誘い出さねばならぬと米軍からの指令が届き、フィリップが運転するタクシーは同所に向かい[27]、まんまとおびき出されたゴジラはF18のミサイル12発の命中によりついには絶命する[25][4]。
オードリーはスクープをものにしたことでかねてから不満の種だった上司に意趣返しをし、ニックとの仲を深める。カメラマンのビクターはフィリップに肝心の撮影テープを抜かれるが、ニックからテープはいずれ返却されると伝えられる。街中もゴジラ退治の報せに沸き返るが、スタジアムの中では爆炎を免れた卵から密かに新たな幼獣が孵化していた[4]。
| 役名 | 俳優 | 日本語吹替 | |
|---|---|---|---|
| 劇場公開版 | 日本テレビ版 | ||
| ニック・タトプロス博士 | マシュー・ブロデリック | 森川智之[36] | 高木渉[37] |
| オードリー・ティモンズ | マリア・ピティロ | 勝生真沙子[38] | 深見梨加[39] |
| ビクター・パロッティ | ハンク・アザリア | 堀内賢雄[34] | |
| フィリップ・ローシェ | ジャン・レノ | 菅生隆之[40] | 銀河万丈[41] |
| アレキサンダー・ヒックス大佐 | ケヴィン・ダン | 小山武宏[42] | 谷口節[43] |
| オリバー・オニール軍曹 | ダグ・サヴァント | 梅津秀行[44] | 内田直哉[45] |
| エルシー・チャップマン博士 | ヴィッキー・ルイス | 野沢由香里[46] | 小山茉美[47] |
| ルーシー・パロッティ | アラベラ・フィールド | 松本梨香[48] | 雨蘭咲木子[49] |
| エバート市長 | マイケル・ラーナー | 青野武[50] | 石田太郎[51] |
| メンデル・クレイブン博士 | マルコム・ダネア | 福田信昭[52][注釈 7] | 塩屋浩三[53] |
| ジーン | ロリー・ゴールドマン | 稲葉実 | |
| フェルプス提督 | リチャード・ガント | 小関一 | |
| カイル・テリントン | グレン・モーシャワー | 田原アルノ | |
| レオナード | ジャック・ムーア | 立木文彦 | |
| アンダーソン将軍 | スティーブン・ザビエル・リー | 岩田安生 | |
| 知事 | クレッグ・キャラハン | 秋元羊介 | |
| エド | ニコラス・J・ジャンジュリオ | 立木文彦 | |
| その他 | 青山穣 伊藤和晃 チョー 加瀬康之 樫井笙人 すずき紀子 小野未喜 加藤正人 児玉孝子 乃村健次 坪井智浩 くわはら利晃 武内由紀子 |
岩崎ひろし 石丸博也 沢木郁也 天田益男 小室正幸 有本欽隆 仲木隆司 石森達幸 竹口安芸子 関口英司 吉田孝 根本央紀 朴璐美 坪井智浩 落合弘治 加瀬康之 安井邦彦 |
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| 初回放送 | N/A | 2016年8月1日 『午後のロードショー』 |
2001年7月20日 『金曜ロードショー』 |
| 役職 | 劇場公開版 | 日本テレビ版 |
|---|---|---|
| 演出 | 佐藤敏夫 清水洋史 (演出補) |
小山悟 |
| 翻訳 | 木原たけし | 松崎広幸 |
| 調整 | 多良政司 | 金谷和美 |
| 効果 | 浅梨なおこ | サウンドボックス |
| 担当 | 別府憲治(ケイエスエス) | |
| 制作 | 東北新社 東宝映像美術 |
ケイエスエス |
| プロデューサー | 神部宗之 山内章弘(東宝) 石原達也(東宝) |
宮崎啓子 北島有子(日本テレビ) |
| プロデューサー補 | 西仁司 | 野地玲子 村井多恵子(日本テレビ) |
トライスター ピクチャーズはシリーズ化を前提とした映画を求め、著名な映画キャラクター「ゴジラ」に注目する[4]。配給業者で以前からゴジラのハリウッドでの映画化を狙っていたヘンリー・サパスタインが、仲介人として東宝からゴジラの使用権を購入したことで、初のハリウッド版ゴジラの製作は1992年12月に決定し[4]、日本でもニュースになった[54]。
しかし、トライスター側が「ゴジラのハリウッド版の永久製作権をすべてトライスターが買い取り、東宝には今後一切ゴジラを作らせない」という条件を提示したため、交渉は難航した[4]。最終的には“日本のキャラクターとして破格の「ギャラ」を受け取り[注釈 8]、ハリウッドに出演した”という形になる。その際、東宝からは「モスラ、ラドン、キングギドラの3怪獣[14]の貸し出しは行わない」という条件が提示された。この3怪獣以外の怪獣の貸し出しについては許可されていた。
この段階では、1995年正月の公開を目指していた[54]。これに伴い、日本では本作品の公開に合わせる形で『ゴジラvsメカゴジラ』(1993年)でシリーズを終了させる予定だったが、本作品の延期から『ゴジラvsスペースゴジラ』(1994年)を急遽制作することになった[出典 9]。その後、1997年に公開される見通しが立ったことから、続く『ゴジラvsデストロイア』(1995年)で日本のゴジラシリーズは一旦終了することとなったが[注釈 9]、実際の公開は1998年へずれ込んだ[60]。この段階で東宝側は、本作品のヒットは確実視されていたことからシリーズ化により2作目3作目も制作されることを見越し、日本版の再開は10年後になるだろうと想定していた[61]。
監督候補にはゴジラファンを自認するティム・バートン[14][54][注釈 10]やテリー・ギリアムなどの有名監督の名が挙がる中、ゴジラファンとして有名なヤン・デ・ボンが決定した[62][63]。この時に制作されたゴジラのデザインは原典に近く、宇宙からやってきた怪獣グリフィンとゴジラが対決するという脚本も準備されており、製作開始を告げる予告編が『ゴジラvsメカゴジラ』を上映していた日本の劇場でも流された。1994年には、デ・ボンが自作品『スピード』のプロモーションで来日した際に記者会見でゴジラについて言及したり、『ゴジラvsスペースゴジラ』の撮影現場を見学するなどしていた[出典 10]。しかし、最終的に製作費がかかりすぎるとして監督を降板させられた[66]。
デ・ボンによる構想では、ミニチュアは一切使わず実写にCGIの怪獣を合成するかたちで、デジタル・ドメインやソニー・ピクチャーズ・イメージ・ワークス、ビデオ・イメージ・イフェクツ、スタン・ウィンストンスタジオなど4社がVFX制作を行い、制作期間は2年半と想定していた[67]。デ・ボンの企画段階では、ウインストンによるゴジラのデザイン画も用意されていた[29]。デ・ボンは、降板したのち、本作品のために集められていたキャストで『ツイスター』(1996年)を制作したとされる[68]。
1995年に入り、『インデペンデンス・デイ』(以下『ID4』)を製作していたローランド・エメリッヒに新たに監督としてオファーがかかる[69]。エメリッヒは4回ほど断ったが[68]、ワニに影響を与えられた全く新しいゴジラのデザインを見せられたことでこれを受諾した[出典 11]。脚本はデ・ボンが執筆したものをベースに進められたが、最終的にはデ・ボンの脚本は使われなかった[69]。スタッフは『ID4』から引き続き参加した者も多い[69]。
エメリッヒは「第1作の製作者たちが現代のSFX技術を持っていたらどのような映画になったか」を考えて作ったという。第1作でのゴジラが電車をくわえるシーンや調査隊が足跡を調査するシーン、1984年版でのビルにあいた穴からスーパーXがゴジラに攻撃するシーンなどをオマージュとして映画に挿入している。エメリッヒは、以前から核実験や原発事故をテーマとすることに興味があったといい、『インデペンデンス・デイ』が『宇宙戦争』の現代版を目指したのと同様に、本作品は『ゴジラ』のみならず『キング・コング』『原子怪獣現わる』『怪獣ゴルゴ』『世紀の怪物/タランチュラの襲撃』などの古典的題材を現代の技術と物語でフレッシュに作り上げることを目指したと述べている[69]。
またエメリッヒは、日本のゴジラをアメリカ流に作り替えることも考えており、リサーチの結果、初代ゴジラが爬虫類をベースにしていたことを知り、あらゆる爬虫類を研究し、最終的にトカゲ(イグアナ)をモチーフにしたゴジラを考えたという。スリムで敏捷な怪獣となったのは、着ぐるみだけではなく、CGも使って制作当時の技術で出来る動きをすべて使い、適切な技術を使ってあらゆるゴジラのアクションを見せたかったとしている[70]。
エメリッヒ版ゴジラのデザインはパトリック・タトプロスによるものであり[29]、「中途半端にアレンジを加えるとオリジナルに失礼だと考え、全く新しいものにした」という。このゴジラを見た東宝会長の松岡功、プロデューサーの富山省吾、特技監督の川北紘一たちは、あまりにも違いすぎるデザインにショックを受けたが、それでもハリウッドの作るゴジラ映画を見てみたいと考えて許可した[68][69]。その際、東宝側の注文によって、足と手に3本と4本の指が付けられ、2列だったエメリッヒ版ゴジラの背びれは日本のものと同じ3列に修正された[66][28]。この他にも、劇中で人を食す描写を避けるなどの諸注文がトライスター側に出された。米版ゴジラの顎はディズニー映画『ジャングル・ブック』に登場するトラのキャラクター、シア・カーンをベースにしたという[72]。なお、デザイン担当の「タトプロス」は主人公の名前に引用された[66]。コンセプトアートの段階ではトライスター版もレジェンダリー版も互いに良く似たものが存在した。
2014年のレジェンダリー・ピクチャーズによる新作製作時に『エンパイア』誌が行ったインタビュー企画で[73]、エメリッヒは「当初、隕石が地球を襲う映画の企画をしていたが、東宝から突然本作品のオファーが来た」「自分には知らされずに契約が進行していた」「着ぐるみの怪獣映画には全く興味などなかったが、強い押しがあったので仕方なく受けた」という[74]。
さらに、「今度は『ゴジラが人を食べない』といった細かいルールを提示されたので嫌気がさした」「なので、いい加減な脚本とデザインを提出し『これなら、あちらから断るだろう』と思っていたらゴーサインが出てしまい、仕方なく撮影に入った」「自分が本来作りたかった隕石に関する映画の企画が本作の影響で流れてしまった」などといった旨の、本作品に対する相当な不満を述べている[74]。
そして、「もし、当初の予定通りに隕石の映画を撮っていれば『アルマゲドン』や『ディープインパクト』を上回る作品が撮れたはずだ」と語った。
一方で、エメリッヒは後述の予定されていたが実現しなかった実写版の続編にも比較的にやる気を見せていたともされており、本作のプロットや各場面の描写なども1954年のオリジナル版を強くオマージュしているとしている[75]。
一方、降板したヤン・デ・ボンは、「製作会社のトライスター・ピクチャーズが高額な製作費を問題視し、そこにエメリッヒが“自分ならもっと安くできる”と言ってきた。しかしそれは嘘で、自分の企画よりも高額な製作費となった」と証言している[76]。
本作品ではメインキャストのオーディションは行われず、エメリッヒやデブリンが直接オファーした[33]。
エグゼクティブプロデューサーのウイリアム・フェイは、『ID4』と同様にユーモアも交えたいと考え、演技力に幅がありコメディにも定評があるマシュー・ブロデリックを主演に起用した[30][69]。同様にジャン・レノもフランスでコメディ映画に多数出演していてアメリカではまだ知られていない演技の幅があることを起用の理由に挙げている[30][69]。ブロデリックは、撮影前に膝を負傷し歩くこともままならない状態となったが、集中治療プログラムとエクササイズにより撮影開始直前には回復していた[69]。
アニマル役のハンク・アザリアは、知人であったディーン・デブリンとレストランで偶然再会した際に本作品への出演を持ちかけられ快諾したが、2シーン程度の端役だと思っていたという[69]。アザリアは、テレビアニメ『ザ・シンプソンズ』で声優としての経験もあったため、他の出演者が実在しないゴジラに対する芝居に戸惑う中、存在しないものを相手にするのはアニメのアフレコと同じだと考え苦労はなかったという[30]。
クレイブン役のマルコム・ダネアもデブリンとは知人で、同役は脚本段階からダネアをイメージして書かれたものであった[69]。
ルーシー役のアラベラ・フィールドは、起用前からエキストラでも参加したいと本作品への意欲を公言していた[69]。フィールドは、別作品のオーディションのため本作品のオーディションには参加が難しい状態であったが、その作品が制作中止となったため本作品のオーディションへ滑り込み起用されるに至った[69]。
予告では、市長役を務めるマイケル・ラーナーの弟であるケン・ラーナーも教師役で出演していたが、完成作品には出演していない[33]。
撮影は、1997年5月にニューヨークでの撮影から始められた[77][69]。ニューヨークは、東京と同様にゴジラにふさわしいスケールの都市であり、アメリカのランドマークであることから舞台に選ばれた[77]。ゴジラの全体像をはっきりと見せないことでキャラクターの強大さとCGによる合成のしやすさを兼ねるため、ほとんどのシーンが夜間となり、雨や霧の描写も加えられた[77]。ニューヨーク市では当時最大規模の撮影になったといい、市側の協力を得るためエメリッヒはすべてのミーティングに出席し、自ら説明を行ったという[69]。春季のニューヨークは夜が短く、夜間は20時以降からしか許可が得られなかったため、夜間シーンの撮影は綿密な計画と事前準備のもと行われた[77][69]。撮影監督のウエリ・スタイガーは、軍事作戦のように組織的に動かなければならなかったと述懐している[77]。
雨のシーンは人工降雨により撮影しているが、ニュージャージーでの撮影初日には豪雨に見舞われ、その数日後にはミニツイスターが発生するなど、天候に恵まれなかった[69]。エメリッヒやデブリンは、本物の天候より人工雨やエフェクトによる雷の方が映画には適していると述べている[69]。雨のシーンでは、俳優らはウェットスーツを衣裳の中に着用していた[77]。アザリアやラーナーは雨中の撮影で苦労した旨を語っている[33]。また、ハリー・シアラーは気温が氷点下になった深夜の撮影では、人工雨を止めた後に残った水分が雪のように降ってきたと証言している[77]。
ゴジラが動き回るシーンでは、映る場所すべてに照明を当てることはできないため、手前と奥のメインで映る建物のみを特に明るくすることで、望遠レンズでは全体に照明が当たっているように見せかけている[77]。軍用車のハンヴィーに乗せたサーチライトは撮影用の照明も兼ねており、照明スタッフが衣装を着て操作している[77]。
ゴジラから逃げる人々の中をアニマルがゴジラへ向かっていくシーンの撮影では、アザリアは走ってくるエキストラに何度もぶつかられ苦労した旨を語っている[30]。
ゴジラをおびき出すための魚の山は、現地に実物を持ち込むことが市から許可されなかったため合成で加えられた[77]。
ニューヨークのシーンの一部は、ロサンゼルスのダウンタウンで撮影が行われた[77]。クライマックスのチェイスシーンは、ニューヨークより混雑の少ないこちらで撮影された[77]。チェルノブイリのシーンも、ロサンゼルス東側の工業地帯が用いられた[77]。
パナマ、タヒチ、ジャマイカのシーンは、ハワイで撮影が行われた[78][69]。ゴジラの足跡は、『ジュラシック・パーク』の撮影にも用いられたクアロア農場にて実際に掘られた[78]。
スタジオセットでの撮影は、ハリウッドにあるソニースタジオの4棟のステージで行われた[78]。
地下鉄構内のシーンは、天井の高さが24メートルある29番ステージに組まれた[78]。ステージ内に巨大なトンネルを設けたセットには本物の地下鉄車両を運び込んでおり[78][79]、ニューヨーク出身のブロデリックは初見で本物同様に見えたと述懐している[79]。車両は急な角度で立てかけられており、その内部を移動する撮影を行ったピティロとアザリアは平衡感覚が麻痺して気分が悪くなったといい、同じように入ったエメリッヒも同様の症状になったと述懐している[78]。
ゴジラの卵が産みつけられたマディソン・スクエア・ガーデンは、30番ステージに組まれた[78]。セットの大部分には照明を当てず、奥には火と電気の特殊効果を交互に置き、煙で物を覆い隠すことで実際のセットよりも広大な空間であるように見せかけている[78]。
ゴジラが出現する桟橋のシーンは、人工の湖に桟橋と船着き場の実物大セットを組んで撮影された[78]。クレーン6台による雨降らし装置で大雨を、高さ2.4メートルの扇風機により強風を、ジェットスキーで波をそれぞれ再現している[78]。船は、実物大の模型が別のシークエンスで撮影された[78]。
アニマルのアパート室内もスタジオセットに組まれており、プロダクションデザイナーのオリヴァー・ショルはゴジラがいる危険な屋外との対比として人を温かく迎え寛げる場所にするというコンセプトであったと語っている[78]。
クライマックスのゴジラから逃れるタクシーは、スクリーン・プロセスを用いて撮影している[78]。
小林丸の船内のシーンもセットで撮影され、実物大のゴジラの爪を用いて金属製の船体を実際に引き裂いている[23]。
本作品のゴジラは主に3DCGやアニマトロニクスで撮影されているが[80][29]、一部では日本のゴジラと同様、着ぐるみも使用されている[出典 12]。エメリッヒ自身は着ぐるみによる撮影手法には否定的であり、2004年にNHK BS2で放送された特番のインタビューでも、「時代遅れの技術を使うことに抵抗を感じる」と発言している[信頼性要検証]。
ミニチュア特殊効果監修は、『ID4』も手掛けたジョー・ヴィスコシルが担当した[78]。ヴィスコシルは、『ID4』ではミニチュアを爆破させるだけであったが、本作品では建物が潰れるための仕掛けなどが必要であったため時間がかかったと述懐している[78]。また、ミニチュアによる破壊シーンは高速撮影で撮らなければならないため、着ぐるみやアニマトロニクスが素早く動いても緩慢な動作にしか映らず、着ぐるみ撮影の多くはカットされた[78]。最終的に、ミニチュアでのゴジラによる破壊描写は着ぐるみとは絡めず、ゴジラの体の一部を模ったベニヤ板が用いられ、撮影後にそれをCGに置き換えるかたちとなった[78]。
ゴジラがビルに突進するシーンでは、ゴジラの肩を模した900キログラムの突進物をバンジーコードで発射し実際にミニチュアへぶつけている[78]。穴が空いた状態のビルは、ミニチュアに開けた穴を実景のビルに合成している[23]。
本作品で破壊された建物の中には、クライスラー・ビルディング、マディソン・スクエア・ガーデン、フラットアイアンビルディングなど『ID4』では壊されなかったものも多い[78]。クライスラービルが米軍のミサイルで倒壊するシーンは、高さ3.7メートルのミニチュアを用いて、ミサイルが衝突するシーンと尖塔が崩れるシーンの2テイクが撮影された[78]。爆発の瞬間には、オレンジ色のジェルに浸したフラッシュバルブを用いており、サイズがごまかせない煙を出さずに爆発の広がりを表現している[78]。フラットアイアンビルの倒壊シーンでは、支柱を外すことで全体が崩れるウィーク・ニーと呼ばれる仕掛けが用いられ、ビル全体が崩れる描写を撮影している[78]。
米軍車両のミニチュアは、戦車とミサイルランチャーが1台ずつ用いられた[78]。戦車の砲撃は火薬を用いており、銃身に仕込まれたバネと爆発に合わせてワイヤーを引くことにより砲撃による反動を再現している[78]。
ゴジラの足に車が潰される描写は、鉄製の重りを実際の車両に落として撮影し、CGでゴジラの足を加えている[78]。当初は1/6サイズの足の模型を制作する予定であったが、その分の予算をCGへ費やすかたちに改められた[23]。
小林丸の外観は、映画『タイタニック』(1997年)の撮影でも用いられたハリウッドの水槽で9メートルのミニチュアを用いて撮影された[23]。
視覚効果は、エメリッヒとデブリンが設立したセントロポリスFXが手掛けた[23]。ニューヨークでゴジラが破壊した漁船の描写は、同社の駐車場に実物の漁船を壊したものを置いて撮影し、ニューヨークの実景に合成している[23]。
ゴジラがブルックリン橋の上を走るシーンは、当初は着ぐるみと1/24スケールのミニチュアで撮影する予定であったが、カメラテストで嘘っぽくなってしまったため断念し、次にミニチュアの橋にCGのゴジラを合成することが検討されたが、不規則に動く橋の揺れに合わせてCGを制作することは難しかったため、最終的にすべてCGで描写するかたちとなった[23]。橋のミニチュアは、ゴジラによる破壊描写の撮影に用いられたほか、CGの橋のテクスチャーマッピングにも活用された[23]。
エメリッヒとデブリンの方針により、本作品のゴジラの姿は公開日まで秘匿され、予告では爪や尾など体の一部しか映さず、またゴジラそのものの姿は描かずにその大きさを表す看板などが設置された[81]。
ソニー・ピクチャーズエンタテインメントでは、大規模なパブリシティ展開を行い、大手ファーストフードとのタイアップなど、300のライセンス業者により約3,000のキャラクターグッズが発売された[81]。
インターネットを用いた本格的なプロモーションが行われたのも特徴で、公開1年前に開設された公式ホームページは、映画公開後には400万件を超えるアクセス数を記録した[81]。このホームページでは、作品のプロモーションやゴジラシリーズのデータベースのほか、スタッフ・キャストとのオンラインチャットやオンライングッズショップ、オンラインゲームなど多岐に渡るコンテンツが設置された[81]。
完成披露試写会は、1998年5月18日に舞台の1つであるマディソン・スクエア・ガーデンで催され、屋内試写会としては当時のニューヨーク史上最大となる1万2,500人が鑑賞した[81]。
アメリカでは、北米全スクリーンの1/4にあたる3,310館7,363スクリーンで上映され、前年に『ロスト・ワールド/ジュラシック・パーク』が樹立した6,190スクリーンの記録を塗り替えた[81]。
レビュー・アグリゲーターのRotten Tomatoesでは80件のレビューで支持率は16パーセント、平均点は4.00/10となった[82]。Metacriticでは23件のレビューを基に加重平均値が32/100となった[83]。
ゴジラのキャラクター性の違いから、従来のイメージを崩しているとして日米のゴジラ映画ファン[注釈 11]の評価は低いものとなった[84][10]。アメリカのゴジラファンの中にはGINO(ジーノ、"Godzilla In Name Only"="ゴジラとは名ばかりなり"の意味)と呼ぶ人もいた[72]。アメリカの人気テレビドラマ『バフィー 〜恋する十字架〜』の作中では、日本のアニメを愛好する登場人物が「あれはゴジラじゃない。トカゲの化け物だ」と酷評するシーンがある。同じく大人気ドラマ『スーパーナチュラル』でも同様に主人公らが『ゴジラvsキングギドラ』(1991年)を絶賛し、エメリッヒ版ゴジラを軽く一蹴するシーンがある。
平成ゴジラシリーズのプロデューサー富山省吾は、日本でのゴジラは「人間より強いもの、映画の主役」と考えられているのに対し、本作品でのゴジラは「人間に倒されるもの、人間が乗り越える標的」として描かれていると分析している[85]。こうしたゴジラ位置づけの違いや日本のファンの戸惑いを認識した富山は公開直後に日本版ゴジラの再開を企画し、ゴジラミレニアムシリーズの製作に至った[86][87][注釈 12]。富山は、本作品と同年に公開された『モスラ3 キングギドラ来襲』でも本作品との差別化を意識し、日本独自の怪獣映画としての作品作りを行った[88]。平成ゴジラシリーズの特技監督で、本作品の交渉にも同席していた川北紘一は、交渉の時点で『ゴジラ』が作りたいのではなくゴジラのネームバリューが欲しかったのだろうと感じていたといい、本作品について『ゴジラ』として見なければ面白かったと述べている[59]。
その一方でゴジラ映画としてではなく、単体のモンスターパニック映画として見た場合には高く評価する声もある。昭和ゴジラ作品で監督を手掛けた福田純は、「アメリカで作ったんだから日本のゴジラと違って当然だ」と理解を示し、「予告編は面白かった」(特報第一弾は劇中にないシーンを撮りおろしたティーザー映像)と評価する一方、「ゴジラにしては話がオソマツ」「ゴジラが動き出すにつれてどこかで見たような話になっていく」と脚本を批判している[89]。書籍『ゴジラ・デイズ』では、ゴジラの造型についての問題を横に置けば、登場人物のキャラクター性などに日本のゴジラ映画を丹念に研究し敬意を払っていると評している[84]。
封切り時、日本版ゴジラのスーツアクターであった中島春雄と薩摩剣八郎は本作品を一緒に観ており、観終わった後の「これはゴジラじゃない」とする旨の発言が『朝日新聞』紙上で伝えられている[要文献特定詳細情報]。東宝特撮の常連俳優であった土屋嘉男は、本作品を「イグアナの映画」と称しており、アメリカでのファンイベントの講演でこの映画について質問され、「この映画の製作者は東宝に使用料を払う必要はないだろう。ゴジラではないのだから」とコメントして満場の喝采を浴びたと語っている[90]。また、熱烈なゴジラ・ファンでもある映画監督のジョン・カーペンターも本作品に対して「最低だ!」といったコメントを寄せている[91]。さらに、2014年版の監督を務めているギャレス・エドワーズも、講演の際に本作品について質問されたところ「本当のゴジラ映画ではない」と断言している[92]。
当のエメリッヒ自身も「日本のゴジラファンが、自分の作品を観たら不愉快に感じるだろうと思っていた」と後に語っている。ただし、「自分はゴジラを世界に通用するキャラクターにしたかった。日本のゴジラ作品は一部のマニア向けの物が多かったように思う」「映画とは巨額の投資を伴うもの。『GODZILLA』を興行的に成功させ、世界で4億ドルを稼いだのだから、成功だったと言えるのでは」と述べている[93]。
しかし、ゴジラシリーズ60周年となる2014年に発売された雑誌や書籍などで、日本版ゴジラと共に再評価の的になり「あれはゴジラではない」「あれもまたゴジラ映画だ」の賛否両論が挙げられて、日本のライターであるガイガン山崎も、本作品もゴジラ映画の一つの形として肯定する評価のコメントを掲載している[10][94]や高橋ヨシキ[95]。
本作を評価したり再評価する声は日本のみならず国外でも散見され、作品の完成度への正当な評価がされにくい傾向であるとも指摘されている[96][97][98][99]。
ディーン・デヴリンは20周年記念にSyfyのインタビューで「自分はゴジラと共に育ったがエメリッヒはそうではなかった」「エメリッヒは映画に情熱を持っていたがゴジラの遺産、ゴジラを愛する人たちを幸せにするのと反対の方法をとった」「インデペンデンス・デイと比較されることで過度に厳しく評価されたとも言え、他方ではゴジラと同等の象徴的な何かを引き受けるのに必要なものの上に生きている」「期待が低いところで見るとこの映画は実際にはかなり良い」と答えている[100]。また、デヴリンは本作の顛末によってPTSDを患い、レジェンダリー版のゴジラを鑑賞できていないともコメントしている[101]。
『ゴジラ-1.0』を監督した山崎貴は、2024年に複数のインタビューにて本作について言及しており、「ゴジラ」だと認められないという声に理解を示す一方で本作を好意的に評価しており、モンスターパニック作品としての完成度や技術的な革新性をとくに好意的に見ている[102]。また、山崎は本作にまつわる誤解の一つであった、「本作が原因でシリーズの人気が下落した」という説を否定している[103]。また、同年の11月には公式の『ちびゴジラ』のXのアカウントでも本作について「当時は物議を醸したが現在では多くのファンがいる」と紹介していて[104]、12月にはムービーモンスターシリーズの玩具が新たに発売されている[105]。
第19回ゴールデンラズベリー賞では最低リメイク賞[10]、および女優のマリア・ピティロが最低助演女優賞を受賞した。その一方、本作品はその年のサターン特殊効果賞を受賞しており、映像面では高い評価を受けた。
キャラクターとして本作品のゴジラやそのオマージュが登場する作品についてはゴジラ (架空の怪獣)#『GODZILLA』(1998年)を参照。
サウンドトラックは日本のオリコン、アメリカのビルボードで共にTop 5にランクインする大ヒットとなった。
日本ではサウンドトラック収録曲の中でもジャミロクワイの「ディーパー・アンダーグラウンド」がプロモーションに使用されたが、アメリカではザ・ウォールフラワーズの「"Heroes"」(デヴィッド・ボウイのカバー曲)が使用された。また、エンディングに使われたパフ・ダディとジミー・ペイジによるレッド・ツェッペリンの「カシミール」のカバー曲の録音は、インターネットを利用して、ニューヨークで歌うパフ・ダディにロンドンからジミー・ペイジがギターを被せるという、当時では珍しい方法をとり話題となった。
日本のアーティストからはL'Arc〜en〜Cielの「浸食 〜lose control〜」(クレジットでは「LOSE CONTROL」)が提供された[注釈 13]。音楽番組『うたばん』にL'Arc〜en〜Cielがゲストとして登場した際に劇中での使用箇所(冒頭の日本漁船のシーンに10秒ほどかかる)を取り上げられているが、クローズアップしてもなお聴き取りにくいほどのボリュームであり、L'Arc〜en〜Cielのメンバーですら初見で聴き取ることはできなかった。
本作品は興行的な成功は達成したと言えるものの、特に旧来のゴジラファン層からの評価は芳しくなく、また関連商品の販売業績も苦しい結果に終わった。その影響で、本来なら予定されていた本作品の第2作・第3作となる続編の企画は延期になった[86]。続編の企画にはディーン・デヴリンもプロデューサーに加わり、第1作の製作陣の多くが携わる予定となっていた[注釈 14]。その後、実写版の続編の企画が中断されたことが大きく影響し[75]、2003年にゴジラの版権が東宝に帰結して続編作成の計画は無に帰した[116]。さらに、これらの続編のプロットにおける設定を利用して後のアニメシリーズ作品が製作される運びとなった。
ディズニー映画作品(『ターザン』、『ブラザー・ベア』、『アトランティス 失われた帝国』、『ノートルダムの鐘』など)や『バットマン』シリーズなどで知られるタブ・マーフィーによる第2作のプロットは、現在簡易版が完成・公開されている[117]。
ストーリーコンセプトについては当時の自然保護運動の拡大を取り入れ、自然との共存、相互理解と和解の重要性、東宝版のゴジラシリーズとは異なった視点での核兵器の脅威、生命の尊厳の美しさと儚さ、ヒトの罪と近代社会の暴力性、自己の目的を第三者的な立ち位置から省みる試みの難解さ、異質なものへの理解を示す努力の必要性をフィーチャーした内容となっている[117]。トライスター版を嫌う海外のゴジラファンも当プロットは評価した。また、ローランド・エメリッヒ自身も決して続編の企画にはやる気がなかったわけでなく、スタジオ側よりもやる気を見せていたこともあるとされている[75]。
その後、2014年に監督がギャレス・エドワーズ、脚本はマックス・ボレンスタインに変わった『GODZILLA ゴジラ』が公開された[注釈 15]。
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この節は検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です。 (2020年3月)
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| 回数 | テレビ局 | 番組名 | 放送日 | 吹替版 | 平均世帯視聴率 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 初回 | 日本テレビ | 金曜ロードショー | 2001年7月20日 | 日本テレビ版 | 地上波初放送、当初は2001年3月2日に放送予定だったが、同年2月10日に発生したえひめ丸事故の影響で自粛、『フィフス・エレメント』に差し替えられた。 | |
| 2回目 | テレビ朝日 | 日曜洋画劇場 | 2002年10月13日 | |||
| 3回目 | 日本テレビ | 金曜ロードショー | 2004年9月17日 | |||
| 4回目 | テレビ朝日 | 日曜洋画劇場 | 2005年8月14日 | |||
| 5回目 | テレビ東京 | 午後のロードショー | 2016年8月1日 | 劇場公開版 | [118] |
(Godzilla から転送)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/02/21 02:12 UTC 版)
ゴジラ(Godzilla)は、日本の東宝が1954年に公開した特撮怪獣映画『ゴジラ』に始まる一連のシリーズ作品および、それらの作品に登場する架空の怪獣の名称である。これら一連のシリーズ作品(ゴジラ映画作品の一覧参照)のことを「ゴジラ映画」と呼ぶこともある。
本項ではシリーズ作品全般についての解説を行う。個々の作品の詳細は後述のリストを参照。
1954年に第1作が公開されて以降、半世紀以上にわたって製作されている怪獣映画。円谷英二が担当する特撮技術のもと、演技者(スーツアクター)がぬいぐるみ(着ぐるみ)に入って演じる手法を主体としており、この手法は以後の日本の特撮映画やテレビ特撮番組の主流となった[注釈 1]。怪獣や怪獣同士の格闘のみならず、逃げ回る住民や攻防する軍隊などの周辺の人間描写も毎回描かれ、好評を得ている。日本のみならず海外でも上映されて人気を呼び、2004年にはハリウッド・ウォーク・オブ・フェームにも登録されている[1]。
タイトルロゴは、第1作以来「ゴジラ」の「ゴ」と「ラ」の角が欠けているのが特徴で、日本国内作品の多くでこれを踏襲している[2]。カラー化された『キングコング対ゴジラ』以降、「ゴジラ」のロゴは赤色や朱色であることが多い[2]。昭和期の作品では、エンドマークとして「終」の文字が打たれていた[3]。
1950年代、アメリカでも原水爆をきっかけに生まれた怪獣映画『放射能X』や『原子怪獣現わる』などが製作されていたが、これらと比較して『ゴジラ』の出来は頭一つ抜けており、アメリカ国内でも評判になった[5]。
1954年11月3日、監督を本多猪四郎、特殊技術を円谷英二、脚本を村田武雄、音楽を伊福部昭が担当し、特撮映画の製作を熱望していたスタッフが、当時の社会問題となっていたビキニ環礁の核実験に着想を得て製作した、第1作“水爆大怪獣映画”『ゴジラ』が公開される。東京タワーが竣工する以前でもあった当時、他に高い建物が存在しない東京の街を破壊していく身長50メートルのゴジラは、人間にとっての恐怖の対象であると同時に、煽り文句などで「核の落とし子」「人間が生み出した恐怖の象徴」として描かれたほか、人間が生み出した核兵器によって現れた怪獣が人間の手によって葬られるという、人間の身勝手さを表現した作品となった。映画評論家の樋口尚文は、本作品の監督である本多猪四郎への取材において「戦後の暗い社会を尽く破壊、無秩序に陥らせる和製キングコングを作りたかった」という旨の言質を取っている[6]。水爆実験で蘇った怪獣がニューヨークの街を破壊していくというレイ・ハリーハウゼン特撮の怪獣映画『原子怪獣現わる』(1953年)に大きな影響を受けた[7][8]『ゴジラ』の観客動員数は961万人を記録し、この成功を受けて直ちに続編が準備された後、翌1955年に公開された第2作『ゴジラの逆襲』では怪獣同士の対決が初めて描かれた[9]。しかし、この後しばらく東宝はゴジラ以外の怪獣・特撮映画の製作に注力し、ゴジラシリーズの新作の企画は途絶えることとなる[10][11]。
7年後の1962年に公開されたシリーズ第3作『キングコング対ゴジラ』は、アメリカの映画キャラクターキングコングとの対決作品として制作された[12]。明るい作風で当時人気を博していたプロレスさながらの対決を描いた『キングコング対ゴジラ』は、当時の歴代邦画観客動員数第2位の記録となる1,255万人を動員し[12]、アメリカなど日本国外でも上映されて大ヒットとなる。以降、日本国外で好調なセールスを買われた昭和ゴジラシリーズは、外貨獲得の手段として1960年代には矢継ぎ早に新作が製作された。
第5作『三大怪獣 地球最大の決戦』でゴジラが人類の味方としての戦いを見せて以降、ゴジラは恐怖の対象としての役目が希薄になる[13]。次第に娯楽作品へのシフトが進み、当初のテーマであるSFとしての特色もシリアス路線からエンターテインメント性重視のものに変わっていく[14]。第一次怪獣ブームにより競合作品が増え、ゴジラの有り様も変化していった[14][15]。第12作『地球攻撃命令 ゴジラ対ガイガン』以降は完全に正義のヒーローとして描かれるようになった[16]。
当時の「邦画の斜陽」による深刻な興行不振や家庭へのテレビ普及などもあり、新作を公開するたびに観客動員数は前作を下回っていった[11]。この時期はテレビアニメ最盛期だったことからも、テレビ作品と混載5 - 6作品混合プログラム『東宝チャンピオンまつり』内の1作という扱いになった[17][11]。円谷英二の死去や東宝の制作体制の変化などもあり[18]、上映時間は短縮されて制作費も縮小された結果、特撮シーンの多くに過去作品の流用フィルムが多用されるようになる。そして、1975年に公開された第15作『メカゴジラの逆襲』では観客動員数97万人と、歴代ワースト1位を記録した。これを受け、東宝は巨額の予算がかかる怪獣映画を封印することを決定し、シリーズは1984年まで長い休止期間に入る。
1983年になるとゴジラシリーズ再開のため、関西や関東、九州地区などで過去の映画作品を縦断上映する『ゴジラ復活フェスティバル』が催された[19]。
1984年、『メカゴジラの逆襲』以来9年ぶりに、第16作『ゴジラ』が製作された。第16作は第1作をオマージュした作風であり、ゴジラ以外の巨大怪獣は登場せず、再びゴジラは恐怖の対象として描かれた。ストーリー上も第1作の直接の続編という形をとっており、ゴジラは1954年に一度だけ日本を襲って倒され、30年ぶりに新たな個体が日本を襲ったという設定であった[20][15]。以降の平成シリーズは第16作の続編であり、同一の世界観を舞台としている[15]。
第16作では、都市の建築物の高層化に合わせ、ゴジラの身長が50メートルから80メートルに大型化された[20][21]。さらに後の第18作『ゴジラvsキングギドラ』以降は100メートルとなった[22][21]。
5年後の1989年、第16作の直接の続編である第17作『ゴジラvsビオランテ』が公開されるが、観客動員数は振るわなかった。これを受け、「昭和ゴジラシリーズ」と同様に対決ものとしてシリーズ化され、1991年公開の第18作『ゴジラvsキングギドラ』以降は正月映画として1995年公開の第22作『ゴジラvsデストロイア』まで毎年1本のペースで製作された[23][24]。
第2期の初期(『ゴジラ』・『ゴジラvsビオランテ』)は高齢化した当時のゴジラファンをターゲットにしていたため、ストーリーもマニア層向けであった。しかし、実際の観客は親子連れが多数を占めていたため、徐々にファミリー向け娯楽映画に移行していき、内容もファンタジー要素やエンターテイメント性が強くなっていった。また、『ゴジラvsビオランテ』が高い評価を得られなかったため、その後は昭和の人気怪獣の再登場路線となる[25]。『ゴジラvsキングギドラ』以降は動員数も大幅に向上し、スタジオジブリ作品などと並んで毎年の邦画興行ランクの1・2位を争うドル箱シリーズとして定着していった。
その後、ハリウッド版『GODZILLA』の製作決定をきっかけとし、いったんシリーズの終了が決定した[注釈 2]。第22作『ゴジラvsデストロイア』ではゴジラの「死」を描き、シリーズは終了した[26][15]。このシリーズ7作品の観客動員数合計は2,330万人、総配給収入は119億3,000万円におよぶ[27]。
このシリーズ休止の時期には、平成モスラ3部作が公開された。
総称として、平成ゴジラシリーズ、VSシリーズ、復活ゴジラシリーズなどの呼称が用いられている[28][15]。
「平成ゴジラシリーズ」は、シリーズ第22作『ゴジラvsデストロイア』の全7作まで一貫した世界観となっており、『ゴジラvsビオランテ』で初登場した超能力少女・三枝未希(演:小高恵美)がシリーズの要として続けて登場している。ゴジラは一貫して人類の脅威として描かれ、対決相手は人類側の兵器ないし味方(メカキングギドラ、モスラ、メカゴジラ、モゲラ)あるいは三つ巴の戦いとなっている。後半、『ゴジラvsメカゴジラ』からは自衛隊に代わる新たな対ゴジラ組織・Gフォースと新怪獣のベビーゴジラ(後のリトルゴジラ)が登場した。なお「VSシリーズ」と「ミレニアムシリーズ」(『FINAL WARS』以外)は映画製作・公開年の翌年を物語の舞台にしている。クライマックスとなる戦場には公開当時に話題となった名所が選ばれることが多い(新宿都庁、みなとみらい、幕張メッセなど)。
この当時は、主に新作公開の時期に合わせて『金曜ロードショー』(vsモスラ)、『水曜ロードショー』(vsビオランテ)、『ゴールデン洋画劇場』(vsキングギドラ、vsスペースゴジラ、vsデストロイア)などのゴールデン枠でも作品が全国ネット放映され、高視聴率をマークしている。
この当時に防衛庁の広報課で対外広報を担当していた潮匡人によれば、1992年ごろにゴジラ映画に対する協力体制が本格化したという[29]。
各作品の別名として『ゴジラ』を『ゴジラ1』とするナンバリングタイトルが存在し、(例:『ゴジラvsメカゴジラ』=『ゴジラ5』、『ゴジラvsスペースゴジラ』=『ゴジラ6』、『ゴジラvsデストロイア』=『ゴジラ7』)劇場版本編終了後の特報などで見られる。
このシリーズでは特殊技術を川北紘一(『ゴジラ』のみ中野昭慶)、ゴジラのスーツアクターは昭和シリーズでヘドラ、ガイガンを担当した薩摩剣八郎が務めている。休止期間中の1997年には第1作からゴジラ映画を製作し続けてきた田中友幸が死去し[30]、ゴジラシリーズとしては『ゴジラvsデストロイア』が最後の参加となった。
1998年にトライスター ピクチャーズ提供による『GODZILLA』が公開された。興行面では世界的に成功を収めたものの、軽快な作風のモンスタームービーに仕上げられた作品は従来のゴジラ像の乖離から日米のゴジラファンを満足させるものではなかった[31]。今までにない生物感溢れるゴジラの造形や劇中のVFXは評価されたものの、第19回ゴールデンラズベリー賞で最低リメイク賞、最低助演女優賞を受賞。予定されていたシリーズ化には至らなかった。
当初の予定では平成ゴジラシリーズ終了後、平成モスラ三部作と地球防衛軍三部作を製作し、21世紀に入ってからゴジラを復活させるという計画であったが、東宝系の劇場や営業の方からモスラでは興行成績が厳しいという意見が起き、ゴジラ復活の要望が起こる[32][33]。
そうした声に押される形で、1999年のシリーズ第23作『ゴジラ2000 ミレニアム』でシリーズが再開された。この作品で2度目の世界観のリセットが行われる。第1作以外の過去のエピソードは一切語られず、ゴジラは地震や台風などの自然災害と同じように文明への脅威の存在として設定された。
本シリーズの一部は、第1作とその他の東宝特撮作品の世界観を反映した。しかし、200万人から400万人と比較的高い観客動員数を維持した平成ゴジラシリーズと比べ、本シリーズは100万人から200万人ほどと大幅に減少した。そのため、平成ゴジラシリーズと同じく、モスラ、キングギドラ、メカゴジラなど、人気怪獣の再登場路線となった。2001年から2003年まではアニメ映画『とっとこハム太郎』と併映されることになり、その影響で第26作『ゴジラ×メカゴジラ』、第27作『ゴジラ×モスラ×メカゴジラ 東京SOS』の2作は例年より15分ほど、上映時間が短縮化されている。
2003年の『東京SOS』は110万人と、当時におけるワースト3位(後年においてはワースト4位)を記録した。制作サイドの目指す本当に新しい「ゴジラ映画」を制作することが当時の技術では困難として[34]、ゴジラ50周年の節目である2004年にシリーズ集大成となる最高の「ゴジラ映画」を作り上げて締めくくろうということになり[35]、同年公開の第28作『ゴジラ FINAL WARS』にてゴジラシリーズは再度終了となり、東宝が製作するゴジラシリーズは10年以上途絶えることとなる[注釈 3]。ゴジラシリーズに数多く出演した水野久美や佐原健二らは、『FINAL WARS』のパンフレットに「まだゴジラシリーズに出演したい」との旨のコメントを寄せた。
ミレニアムシリーズは平成ゴジラシリーズ同様、毎年正月映画として公開される。『ゴジラ×メカゴジラ』と『ゴジラ×モスラ×メカゴジラ 東京SOS』の関係を例外として、前年の作品とはストーリーや世界観に連続性がない[15]。
ミレニアムシリーズの特徴として、CGの多用が挙げられる。ただし平成ゴジラシリーズのように怪獣が光線技を多用する描写は少なくなっており、特撮カットはスーツアクターによるアクションやワイヤーアクションに重点が置かれた。怪獣のサイズがVSシリーズの100メートル級から昭和シリーズに近い50から60メートル級に縮小された[21](『ゴジラ FINAL WARS』のみ100メートル級に戻された)。ミニチュアのスケールも1/50から1/25に大型化したことでその作り込みがより精密になった。本シリーズは『ゴジラ×メガギラス G消滅作戦』『ゴジラ×メカゴジラ』『ゴジラ×モスラ×メカゴジラ 東京SOS』の3作品で、優れた戦闘能力とリーダーシップを持つ女性自衛官が主役または準主役でゴジラと直接戦う設定を取り入れている。『ゴジラ・モスラ・キングギドラ 大怪獣総攻撃』以降のシリーズでは、『ゴジラの逆襲』以降の東宝特撮映画では通例となっていた特技監督の肩書きが「特殊技術」となった。
ハリウッド版(後述)の世界的ヒットを受けて、2014年12月8日、東宝製作によるシリーズ新作が約12年ぶりに全国公開されることが明らかになった[36][37]。2015年4月1日、脚本と総監督を庵野秀明、監督と特技監督を樋口真嗣が務めることが発表され[38]、同年秋から撮影が開始された後、2016年7月29日に『シン・ゴジラ』のタイトルで公開された。
2016年8月19日、初のアニメーション映画作品となる『GODZILLA』の製作が発表された。監督を静野孔文・瀬下寛之、ストーリー原案・脚本を虚淵玄が務める[39]。2017年1月19日には新たなコンセプトアートと声優陣が[40]、同年3月26日には3部作になることがそれぞれ発表された後、同年11月17日には第1部『怪獣惑星』が、2018年5月18日には第2部『決戦機動増殖都市』がそれぞれ公開され[41]、同年11月9日には第3部『星を喰う者』が公開された。
2020年10月7日、劇場3部作とは世界観を一新した完全新作アニメーション『ゴジラ S.P <シンギュラポイント>』が翌2021年4月よりテレビ放送およびNetflixにて先行配信されることが発表された[42]。
2022年11月3日、国産実写映画としては7年振りとなる新作ゴジラを2023年11月3日に公開することが発表された。タイトルは『ゴジラ-1.0』で、監督・脚本・VFXは山崎貴が務める[43][44]。『ゴジラ-1.0』は予定通り2023年11月3日に公開され、第96回アカデミー賞の視覚効果賞を受賞した[45][46]。また2024年11月1日の『金曜ロードショー』枠での地上波放送後、山崎が監督を務める『ゴジラ』作品の新作が制作されることが発表された[47]。
2025年11月3日、TDCホールにて開催された「ゴジラ・フェス2025」で、山崎貴が監督・脚本・VFXを務める新作映画のタイトルが『ゴジラ-0.0』であることが発表された[48]。2026年1月10日、同作の公開日が同年11月3日であることが発表された[49]。
2010年代以降のゴジラの特徴としては、「第1作も含めた過去作品全てと世界観がつながっていない」という設定が挙げられる。過去のシリーズでは、それ以降の時間軸は異なりつつも、1954年(第1作)に人類の前に初めて姿を現したという設定だけは共通していた。
しかし、『シン・ゴジラ』では2010年代にゴジラが初めて人類の前に姿を現したという設定になっており、第1作との世界観のつながりが存在しない。このことを裏付けるかのように劇中では「怪獣」という概念や文言自体がなく、当初はゴジラを「巨大不明生物」と呼称している。また、アニメーション3部作でもゴジラは2030年に初めて人類の前に姿を現したという設定になっており、やはり過去作品との世界観のつながりが存在しない。『ゴジラ-1.0』では第1作よりもさらに昔の第二次世界大戦後間もない1945〜47年頃の日本が舞台となっている。
2014年には、ワーナー・ブラザースの提供、レジェンダリー・ピクチャーズの製作による『GODZILLA ゴジラ』が公開された。ゴジラのデザインはトライスター版と異なって原典を踏襲したものとなったほか、内容には自身もゴジラファンである監督のギャレス・エドワーズによる「SF要素を排し、徹底して現実的な路線で制作している」との方針が示されている。
2019年公開の『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』ではゴジラに加えてラドン、モスラ、キングギドラが登場した[50]ほか、2021年公開の『ゴジラvsコング』では、有名モンスター同士を対決させるモンスター・ヴァースの一環としてキングコングが登場した[51]。
括弧内は原題。
『ゴジラ・フェス』は、2017年よりゴジラの誕生日に開催されている生誕記念イベント。下記の作品はいずれも同イベント内にて公開されており、数分から10分程度の短編である。2020年・2021年は新型コロナウイルスによる影響でそれまでのような集客しての開催が断念されたため、下記の作品もYouTubeでのオンライン配信のみとなった。
映画作品のノベライズ、コミカライズなどは各作品の項目を参照。
1990年代には、新作映画PRのために子供向けバラエティ番組が放送された[90]。
| 話数 | サブタイトル | 出演 | 配信日 |
|---|---|---|---|
| #1 | Go!Go!ゴジラくん第1話「ぼくたちゴジラ三兄弟!の巻」 | - | 2019年 8月9日 |
| #2 | かまってゴジラ第1話「さよならの恋人たち」 | 下村梨乃 大村将弘 |
8月16日 |
| #3 | Go!Go!ゴジラくん第2話「かっとばせ!ゴジラ三兄弟の巻」 | - | 8月23日 |
| #4 | かまってゴジラ第2話「悲しきバレリーナ」 | クレア 勝浦まりえ |
8月23日 |
| #5 | Go!Go!ゴジラくん第3話「ひみつの特訓道場の巻」 | - | 9月6日 |
| #6 | Go!Go!ゴジラくん第4話「秘伝!ドロップキックの巻」
かまってゴジラ第3話「OL夕子の憂鬱」 |
天海祐子 | 9月13日 |
| #7 | Go!Go!ゴジラくん第5話「駆け抜けろ!三兄弟の巻」 | - | 9月20日 |
| #8 | Go!Go!ゴジラくん第6話「ゴジばん昔ばなし うさぎとかめの巻」
ジェットジャガーに訊け!第1話「史上初!!ロボット記者会見の巻」 かまってゴジラ第4話「哀愁の女戦士」 |
勝浦まりえ 湯原愛子 |
9月27日 |
| #9 | もしモス第1話「モシュモシュ以心伝心の巻」
ジェットジャガーに訊け!第2話「ジェットジャガー始動!!の巻」 |
- | 10月5日 |
| #10 | ヘドじい漫遊記 第1話 | 10月11日 | |
| #11 | ジェットジャガーに訊け!第1話(英語字幕付き)[102]
ジェットジャガーに訊け!第2話(英語字幕付き)[102] ジェットジャガーに訊け!第3話(英語字幕付き) |
10月18日 | |
| #12 | Go!Go!ゴジラくん第7話「あの崖に向かって飛べ!の巻」 | 10月25日 | |
| #13 | Go!Go!ゴジラくん第2話「Smack It! Three Godzilla Brothers」 (かっとばせ!ゴジラ三兄弟の巻)[102] |
11月1日 | |
| #14 | 『ゴジラ・フェス2019』ゴジばん生上演ダイジェストムービー | 11月8日 11月3日(開催日) |
|
| #15 | ジェットジャガーに訊け!第4話「「赤いふうせん」の巻」(英語にも対応版!) | 11月15日 | |
| #16 | かまって!ゴジラ第5話「頑固親父の一番長い日」 | 金子はりい 手塚菜摘 飯島幸太 根本史彦 久保田純子 勝浦まりえ(写真) 川野芽久美(司会の声) |
11月22日 |
| #17 | Go!Go!ゴジラくん第8話「ミニラの息子の巻」 | - | 11月29日 |
| #18 | Go!Go!ゴジラくん第9話「宇宙から来たあいつの巻」 | 12月9日 | |
| #19 | Go!Go!ゴジラくん第10話「GvsG/僕はゴジラくんだ!の巻」 | 12月13日 | |
| #20 | Go!Go!ゴジラくん第11話「メリゴジ ゴジラが聖夜にやってきた!の巻」 | 12月24日 | |
| #21 | Go!Go!ゴジラくん第12話「飛べ!未来に向かっての巻」 | 12月31日 | |
| #22 | Go!Go!ゴジラくん特別編「夢を写し撮れ!の巻」 | 2020年 2月14日 |
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| #23 | ゴジばん情報局 ゴジ☆スタ | 4月24日 | |
| セカンドシーズン | |||
| #1 | Go!Go!ゴジラくん第13話「さよならママの巻」 | - | 5月1日 |
| #2 | Go!Go!ゴジラくん第14話「三大怪獣 地球最大のハラペコの巻」 | 5月8日 | |
| #3 | リトルとガイガン あぶない2人(ふたり)第1話「ガイガン・起動ーっ!の巻」 | 5月15日 | |
| #4 | Go!Go!ゴジラくん第15話「特訓!棒高跳びの巻」 | 5月22日 | |
| #5 | もしモス第1話「モシュモシュ・ 夢の扉の巻」 | 5月28日 | |
| #6 | リトルとガイガン あぶない2人(ふたり)第2話「ガイガン苦悩ーっ!の巻」 | 6月5日 | |
| #7 | Go!Go!ゴジラくん第16話「決めろ!ミラクルシッポシュートの巻」 | 6月12日 | |
| #8 | もしモス第3話「モシュ☆DANCE!の巻」 | 6月26日 | |
| #9 | リトルとガイガン あぶない2人(ふたり)第3話「ガイガン・キーン!の巻」 | 7月3日 | |
| #10 | Go!Go!ゴジラくん第17話「決戦!南海のビーチバレーの巻」 | 7月10日 | |
| #11 | Go!Go!ゴジラくん第18話「シン・オジ - 親戚のオジさんゴジラの巻」 | 7月24日 | |
| #12 | 少年セリザワ第1話「哀しみのディソナンスの巻」 | 8月1日 | |
| #13 | 少年セリザワ第2話「浜辺のミステリオーゾの巻」 | 8月13日 | |
| #14 | 指の上シリーズ「にんぎょうげきのぶたいをつくろう!」 | 9月28日 | |
| サードシーズン | |||
| #1 | Go!Go!ゴジラくん第19話「特訓!円盤なげの巻」 | - | 2021年 3月26日 |
| #2 | リトルとガイガン あぶない2人(ふたり)第4話「悪者(わるもの)のブルースの巻」 | 4月2日 | |
| #3 | ハロー!JJ23(ジェイジェイ兄さん)第1話「ステキなアニキだ!JJ兄さんの巻」 | 4月9日 | |
| #4 | Go!Go!ゴジラくん第20話「飛べ!ゴジラくんの巻」 | 4月16日 | |
| #5 | ハロー!JJ23(ジェイジェイ兄さん)第2話「正義の味方だ!JJ兄さんの巻」 | 4月23日 | |
| #6 | もしモス第4話「モシュモシュつながる永遠にの巻」 | 4月30日 | |
| #7 | おやすみ怪獣第1話「おやすみ怪獣 リトル編」 | 5月7日 | |
| #8 | 少年セリザワ第3話「悪夢へのプレリュードの巻」 | 5月14日 | |
| #9 | ちょっと一息 おやすみかいじゅう第2話「おやすみ怪獣 ミニラ編」 | 5月21日 | |
| #10 | 少年セリザワ第4話「思い出のグランディオーズの巻」 | 5月30日 | |
| #11 | ちょっと一息 おやすみかいじゅう第3話「おやすみ怪獣 豆ゴジ編」 | 6月8日 | |
| #12 | Go!Go!ゴジラくん第21話「シン・息子の巻」 | 6月19日 | |
| #13 | ヘドじい漫遊記2(屋久島編) | 7月24日 | |
| #14 | ファンタG第1話「闇に咲く花の巻」 | 8月20日 | |
| #15 | ファンタG第2話「ゴジラくん森への巻」 | 8月27日 | |
| #16 | ファンタG第3話「ぼくらを呼ぶ声の巻」 | 9月17日 | |
| #17 | ちょっと一息 おやすみかいじゅう第4話「怪獣総寝撃編」 | 9月24日 | |
| #18 | Go!Go!ゴジラくん第22話「宇宙も未来も吹っ飛ばせ!の巻」 | 10月2日 | |
| フォースシーズン | |||
| #1 | Go!Go!ゴジラくん第23話「シン・親子」の巻 | - | 2022年 8月26日 |
| #2 | 「Blu-ray&DVD予告」の巻 | 9月2日 | |
| #3 | Go!Go!ゴジラくん第24話「シン・コゴエリ作戦」の巻 | 9月9日 | |
| #4 | Go!Go!ゴジラくん第25話「シン・凍結」の巻 | 9月23日 | |
| #5 | Go!Go!ゴジラくん第26話「帰ってきたキンゴジくんの巻」 | 10月7日 | |
| #6 | Go!Go!ゴジラくん第27話「特訓! 重量あげの巻」 | 10月21日 | |
| #7 | 『ゴジラ・フェス2022』ゴジばん生公演「ヒーローは誰だ!」の巻 | 11月15日 | |
| #8 | 『ゴジラ・フェス2022』ゴジばん生公演「怪獣大集合!」の巻 | 11月28日 | |
| #9 | Go!Go!ゴジラくん第28話「HOP! STEP! RADON! その1」
ファーストシーズンダイジェストの巻 |
12月2日 | |
| #10 | Go!Go!ゴジラくん第29話「HOP! STEP! RADON! その2」
セカンドシーズンダイジェストの巻 |
12月16日 | |
| #11 | Go!Go!ゴジラくん第30話「HOP! STEP! RADON! その3」
サードシーズンダイジェストの巻 |
12月30日 | |
| #12 | リトルとガイガン あぶないふたり+(ぷらす)第5話「最恐ねえちゃん現るの巻」 | 2023年 1月20日 |
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| #13 | リトルとガイガン あぶないふたり+第6話「最凶!妹ちゃんの巻」 | 2月4日 | |
| #14 | リトルとガイガン あぶないふたり+第7話「リトル ムテキ モテキの巻」 | 2月17日 | |
| #15 | リトルとガイガン あぶないふたり+第8話「ライバルあらわるの巻」 | 3月24日 | |
| #16 | Go!Go!ゴジラくん第31話「めざせ!映画スターの巻 前編」 | 4月1日 | |
| #17 | Go!Go!ゴジラくん第32話「めざせ!映画スターの巻 後編」 | 4月15日 | |
| #18 | Go!Go!ゴジラくん第33話 ミニラをたずねて三千里第1話「旅だちの時」
てれゴジくん |
5月1日 | |
| #19 | Go!Go!ゴジラくん第34話 ミニラをたずねて三千里第2話「ギドラ襲来」 | 5月15日 | |
| #20 | Go!Go!ゴジラくん第35話 ミニラをたずねて三千里第3話「荒波を超えて」
てれゴジくん(その2) |
6月1日 | |
| #21 | Go!Go!ゴジラくん第36話 ミニラをたずねて三千里第4話「ただいまママ」 | 6月15日 | |
| #22 | Go!Go!ゴジラくん第37話 リトルとガイガン あぶないふたり+「おいらは海の守護神だいの巻」
てれゴジくん(その3) |
7月1日 | |
| #23 | Go!Go!ゴジラくん第38話 リトルとガイガン あぶないふたり+「海の守護神とヴィーナスの巻」 | 7月15日 | |
| #24 | Go!Go!ゴジラくん第39話「エビラVS大ザメ南海の大決闘!(ゲソラもいるよ!)の巻」 | 8月1日 | |
| #25 | Go!Go!ゴジラくん第40話 リトルとガイガン あぶないふたり+「どんな試練もどんとこい!の巻」 | 8月18日 | |
| #26 | ヘドち旅第一回「富士山麓 忍野八海編」
みんなの旅ゴジ |
9月1日 | |
| #27 | ヘドち旅第二回「熊野古道編」
みんなの旅ゴジ |
9月15日 | |
| #28 | ゴジばん怪獣図鑑「ビオランテ編」
みんなの旅ゴジ |
10月6日 | |
| #29 | ゴジばん怪獣図鑑「操演怪獣の秘密大公開 ビオランテ・クモンガ・カマキラス編」 | 10月28日 | |
| #30 | 『ゴジばんニュース』緊急速報!大魔獣バガン出現&ゴジラ・フェス2023リポート | 11月10日 | |
| #31 | ゴジばん怪獣図鑑「ゴジラ一族のひみつ Part1」 | 11月24日 | |
| #32 | ゴジばん怪獣図鑑「ゴジラ一族のひみつ Part2」 | 12月8日 | |
| #33 | ジングル♪ジングル♪ JJ兄さんの巻 | 12月24日 | |
| #34 | ゴジばん怪獣図鑑「魂の特訓編」 | 2024年 1月5日 |
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発売(稼働)順。
上記ゲーム・映画のCMは除く。
このほか、ゴジラをテーマとする期間限定の展示会が下記のように多数開かれてきた。
このほか、プロデューサーの田中友幸は、『メカゴジラの逆襲』(1975年)の時点で次回作も予定していたが実現しなかったと証言している[192]。
ゴジラを題材とした玩具、書籍、映像・音楽媒体は多数発売されてきた。ゴジラ関連製品の専門店は、丸井グループが2016年から期間限定で展開。2017年10月30日には東宝と共同で、世界初のゴジラ公式常設店を新宿マルイアネックス(東京)にオープンした[231][232]。このほか東宝は通販サイト「ゴジラ・ストア」を運営している[233]。
本シリーズには以下の組織が登場している。『ゴジラ』をはじめとする、東宝怪獣映画群に登場する怪獣迎撃を行うこれらの組織を総称し、東宝自衛隊との通称で呼ばれることもある[234][235]。もともとは自衛隊以外の名称で登場することが多かったが、後には「自衛隊」の名前で出演するようにもなった。撮影にあたっては自衛隊の協力を得て実際の兵器の稼働シーンなどが撮影されているほか、東宝自衛隊独自の架空兵器も登場している。架空兵器に関しては東宝特撮映画の登場兵器を参照。
なお、現実世界でゴジラのような怪獣が日本に襲来する事態を想定した机上研究を旧防衛庁が過去に行っており、怪獣襲来に対しては自衛隊法第83条に基づく災害派遣で自衛隊の出動が可能とし、暴れる怪獣に対しては「有害鳥獣駆除」の名目で武器・弾薬の使用も可能との結論に達した[注釈 24]。
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この節の加筆が望まれています。
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『ゴジラ』(1954年)でゴジラに松坂屋と和光を無断で破壊・炎上させた際にクレームが付き、和光は以後2年間ほど東宝のロケ使用を一切許可しなかった[236]。それ以降、実在する建物を破壊する際には所有者の許可を取るようになった[236]。しかし、ゴジラに破壊された建物はその後、業績が好調になっていたりするため、「ぜひとも次のゴジラ映画でウチを破壊してほしい」というオファーが東宝に来たことがある[注釈 25]。平成シリーズ以降は、映画公開前後に建設される新名所を襲撃するのが恒例となった[236][237]。
四国地方にはシリーズを通じて一度も上陸していない[236][238][注釈 26]。なお、以下のリストにはゴジラではなく敵の怪獣や別の怪獣が破壊したもの、および怪獣の攻撃を受けた航空機などが破壊したものが複数含まれている。
日本の首都である東京都は度々作品の舞台となっており、怪獣に襲撃される回数も多い[239][240]。
詳細は各作品の項目を参照。
事の発端は、本多猪四郎監督の遺族がパチンコ『CRゴジラ〜破壊神降臨〜』CMでゴジラが登場していることに関し、2010年6月にニューギンに対して本多の著作権を侵害していると抗議文を送ったもので、ニューギンは著作権を東宝が管理しているとして東宝と遺族間で交渉するものの決裂し、東宝は2010年6月に遺族に対して著作権侵害の主張は無効と訴えた。それに対し、2011年10月13日に遺族がゴジラは本多の著作物であり、商品化を東宝が勝手に許諾するのは違法と主張したうえ、1億2,700万円の損害賠償を求めてニューギン、東宝、タカラトミー、加賀電子の4社に対して東京地裁に提訴していたが、2013年6月に和解が成立した。和解内容については明らかにされていない[449]。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/01 22:31 UTC 版)
「GODZILLA」の記事における「GODZILLA (1994年)」の解説
1994年にヤン・デ・ボン監督の予定で、後に「パイレーツ・オブ・カリビアン」シリーズを担当することになるテッド・エリオットとテリー・ロッシオによって脚本が執筆されたが、製作費の問題で最終的に内容を大幅に改変され、1998年版『GODZILLA』の原案となった。製作費が高額になった理由は、ゴジラファンであるデ・ボンが着ぐるみにこだわり、CGを使わずにミニチュアセットを作って撮影しようとしたためであり、スタジオと意見が対立したデ・ボンは降板している。
※この「GODZILLA (1994年)」の解説は、「GODZILLA」の解説の一部です。
「GODZILLA (1994年)」を含む「GODZILLA」の記事については、「GODZILLA」の概要を参照ください。
固有名詞の分類
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清風明月 若い仲間 GODZILLA 若者の詩 地獄で眠れ |