![]() |
ヘリックス種(Helix) 1970年代に自宅の庭で父がこのアイビーを育てていた。 その当時、日本ではそれぞれのアイビーに名前があることさえ知られていなかった。 「こっちのアイビーはよい」「あちらのはあまりよくない」という言い方をしていた。 良いと言われた方がグレイシャーで、「あまりよくない」はイースターだった。 グレイシャーは丈夫さや成長の速さでイースターに優る。寒くなってもイースターのように色の劣化を起こさない。 これらは明治の終わり頃に日本に入ってきたようで、耐寒性のあるグレイシャーはそれ以来塀や石垣を被うのに使われてきた。 冬場には新葉が出ないので古い葉ばかりになる。この時期の印象はグレイっぽい。春に新葉が出始める頃に施肥をすると、くすんだグレイから新鮮な新葉の色に衣替えをする。 このアイビーはカリフォルニアで発見された。 これから生まれた変異種はアーデングリイ、リトル・ダイヤモンド、ペイパー・ドール、ハン・バリエガータ、ブルーダー・インゴバート、ロウブフローシェなどがある。 グレイシャーのグループはいずれも直線的に長い枝を伸ばす傾向がある。 鉢植えやバスケット仕立て、トピアリーなどにも使う。 (ペイパー・ドール、ブルーダー・インゴバート参照) |
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/02/13 10:24 UTC 版)
| GLACIER | |
|---|---|
| 別名 | グレイシア、glasier |
| 出身地 | |
| ジャンル | ロック |
| 活動期間 | 2007年 - |
| レーベル | CROWN RECORDS(2008年) Hibiscus Music(2009年 - 現在) |
| 共同作業者 | 由田直也(サウンド・プロデューサー) |
| 公式サイト | www.glacier-official.com |
| メンバー | マコト(ボーカル) 仍(ギター) Aki(ベース) |
| 旧メンバー | 幸二郎(ギター) 佑生(ドラム) |
GLACIERは沖縄県出身のヴィジュアル系ロックバンド。小学校からの幼馴染みであったマコト、仍、Akiを中心に沖縄にて活動を開始した。「琉球エンターティナー」を標榜し、2008年7月23日にシングル『南国少女』をCROWN RECORDSより発売した。
「GLACIER」は氷河という意味である。GLACIERが沖縄にいた当初は「琉球」を意識しておらず、バンド名を決める際には、沖縄にないものを選んだ[1]。しかし、沖縄音階を使うなど、音楽性は沖縄音楽といってもよいものであった[1]。
上京後は、内に秘めていたウチナー魂を表に出してゆくべきではないかということになった[1]。デビュー・シングル『南国少女』の表題曲「南国少女」の歌詞に、その思いが表れている[1]。作詞をしたマコトは、自分たちの育ってきた環境や感情を分かりやすく伝えるために、南国の風景が目に浮かぶような歌詞を書いた[1]。ここから、「琉球エンターティナー」のなかのポイントである「琉球クラブ・ポップス」が広がっていった[1]。
初のアルバム『琉球カルメン80's』は、沖縄音楽らしさを出しつつも、打ち込みを多用し、歌謡曲のようなメロディをつけるという作品となった[1]。これについて、多くの楽曲の作曲を担った仍は、自分のなかから自然に生まれたものであると述べている[1]。「琉球クラブ・ポップス」のみならず、「南国」もアルバムのコンセプトであった[1]。そのため、アルバムには、スペイン風の情熱的なサウンドを意識した楽曲「琉球カルメン」が収録されている[1]。この楽曲は、アルバム制作時に最初にできあがった曲である[1]。
2008年12月17日には、シングル『SADISTIC LOVE』を発売した。前作『琉球カルメン80's』はメジャー・レーベルであるCROWN RECORDSから作品を発売したが、本作ではインディーズ・レーベルからのリリースとなった。それまでの代表曲であった「南国少女」が沖縄での淡い恋模様を描く作品であったのに対し、「SADISTIC LOVE」はクラブ・テイストが強調され、レトロでお洒落な雰囲気が表現された曲調となった[2]。 2008年にはバンドを見つめ直す時間を持った。その結果、GLACIERは沖縄の看板を背負いつつ、いつまでも沖縄バンドであるという精神を保持して活動を継続してゆきたいという自分たちの根源的な思いを再確認した[2]。
ヴィジュアル系のファンは、紙媒体に対する親和性が高い。そのため、出版不況が長く続くなかでも、ヴィジュアル系アーティストの作品発売および公演開催の広報は、ヴィジュアル系を専門とする特定の音楽専門誌への露出および広告出稿を中心に宣伝戦略が練られる傾向が多年にわたり続いてきた。それらの雑誌を発行する出版社は東京に本社を設立していることが多いことから、必然的に、ヴィジュアル系の情報発信はもっぱら東京が寡占してきたといえる。しかしGLACIERは、2009年を機に、東京から発信されるヴィジュアル系専門音楽誌などへの露出を逓減させ、代わりにエフエム沖縄[3]、沖縄ラジオ[4]、エフエム二十一[5]など、地元沖縄の媒体を中心に露出が増えている。2009年8月14日には沖縄県那覇市にて単独公演を開催した。また、翌日の8月15日には沖縄県与那原町の伝統行事「与那原大綱曳・第27回与那原まつり2009」の特設ステージに招聘され、ライブを行った[6]。
2009年11月4日、GLACIERは自身のレーベルとしては初となる作品『かなさんバナ』を発売した。本作のサウンド・プロデューサーには、Valentine D.C.にてギタリストを務めていた由田直也がその任に就いた[7]。前述した与那原まつりの特設ステージでの模様は、本作に附属するDVDに収録されている。沖縄ラジオの番組「ラブチュっぱ」にて、GLACIERのメンバーの本人出演がないままに本作『かなさんバナ』の三十分の特別番組が組まれ放送された[8]。『かなさんバナ』のCDパッケージには「Made in Japan」ではなく「Made in Okinawa」と記載されており、この記述からも、GLACIERが従前よりもなお沖縄を意識しているであろうことが窺える。
2009年11月8日に東京都渋谷区にて開催された単独公演をもって、それまでサポート・ギタリストを務めていた幸二郎が正式メンバーとして加入した[9]。
2010年11月25日、池袋CYBERにおけるライブをもって、ギターの幸二郎とドラムの佑生がGLACIERから脱退した[10]。公式発表によれば、今後の活動予定については「今すぐには結論を出せない状況」であるとのこと。
| 楽曲 | 主体 | 時期 |
|---|---|---|
| 南国少女 | TBS『エンプラ』エンディング・テーマ[11] | 2008年7月~9月 |
(GLACIER から転送)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/09/10 08:49 UTC 版)
グレイシア
(GLACIER から転送)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/02/15 04:22 UTC 版)
氷河(ひょうが、英: glacier)は、山地では重力、平坦な大陸では氷の重さによる圧力によって塑性流動する、巨大な氷の塊である。
氷河は、山がちな、または傾斜した地形に、複数年にわたって氷や雪が堆積し、万年雪が圧縮されることでできる。下部には過去の氷期にできたものが融けずに残っている場合もある。氷河は侵食、堆積を活発に行い、独特な氷河地形を生む。
地球の気温と氷河は密接な関係があり、海進、海退の原因となる。現在陸上に見られる氷河は、南極氷床、グリーンランド氷床を最大級として、総計1,633万 km2に及び、陸地面積の約11%を覆う。
近年は人為的な地球温暖化の影響でその面積や質量の減少が激しく、問題となっている[1]。
氷河には発達地域による2種類の形態があることが知られている。一つは山岳地に形成される山岳氷河である。もう一つは主に南極大陸とグリーンランドの広大な面積を覆う大陸氷河である。
山岳氷河の温度は一年を通して、表面から底部まで氷の融点付近にあることが知られている。一方、極地の氷河は水の激しい昇華冷却により、常に氷点下にあり融解することがない。亜極地の氷河の表面は季節により融点付近に達し、溶けた水がいくらか氷河内部に流れ込むが、氷河の底部は常に融点以下である。
氷河の温度は表面の状態で見分けることができる。氷河本体が表面に出ている場合は融解しつつあり、乾いた雪によって覆われている場合はたとえ夏でも融解しないとされている。融解した水が表面に溜まっていたり、割れ目に流れ込んでいるような場合は、内部や表面に再凍結してできた氷塊や氷層が存在する。湿った雪がある場合においては、氷点以上に気温が上昇した最後の夏からの雪がすべて堆積している。氷が重なり合っている場合、融解した水が氷河の中で冷たい層のところで再凍結し、氷河になる氷が形成されつつある場面であるといえる。
氷河の中で最も小規模なものは山岳地帯の谷間に存在することから、谷氷河(valley glaciers)と呼ばれる。日本に現存する氷河は、すべてこの谷氷河である。それより少し大きな規模のものは、氷帽から流れ出る流出氷河(outlet glaciers)と呼ばれる。氷帽は山の頂上にある雪の塊で、山脈に存在する事が多いが、現在活動していない火山の上にも存在する場合もある。氷帽から氷の舌のようになって谷間に流れ出る事によって、流出氷河を形成する。この流出氷河自体は、氷河全体の規模から見ればまだまだ小規模なものに過ぎない。極冠や巨大山脈の氷帽から形成された流出氷河は、海にまで達することがある。
氷河の中で最も大規模なものは氷床である。氷床は地表面のほぼ全てを覆い隠すほどの規模であるが、現在では南極大陸とグリーンランドだけに存在する。これらの地域に氷床が存在するために、仮にグリーンランドの氷床が融解した場合には6m、南極のそれが融解すると65m、海面が上昇するとされているほどの、膨大な水分が氷として蓄えられている。
氷原は氷床に似ているが、氷床に比べると厚さや面積が小さい。大陸氷河は標高が高い平原に存在する。このタイプの氷河は多数あり、アイスランド、北極海の島々、ブリティッシュコロンビア州南部の北太平洋山脈からアラスカにかけての地域などに存在している。
カービング氷河(calving glacier)は、末端が海または湖に流れ込んでいる氷河である。海/湖に到達した氷河では、崩れ落ちるか、あるいは分離して氷山を形成する。この過程を氷山分離(カービング)という。アラスカで最も長いカービング氷河であるフバード氷河(en:Hubbard Glacier)は、10kmもの距離に渡って海に面している。ヤクタット湾と氷河湾には、高さ30mもの氷河が崩れ落ちる光景を見ることができるために、観光スポットとして活用されている。このタイプの氷河は、気候変動に加え、海/湖の環境変化に影響を受けるため、ほかのタイプの氷河よりも複雑な変動を示す。
比較的温度の高い氷河は、融解と凍結を繰り返してざらざらしたネヴェ(névé)と呼ばれる雪を主成分とする。この雪はざらめ雪と呼ばれる。この氷河の氷は、氷と雪の層の下で圧力を受け融解し、フィルンという氷の粒に変化する。フィルンの層は一定の年月を経ると、さらに圧縮されて氷河の氷(glacial ice)となる。また、雪は温度変化のあるところにあると、数時間でそれぞれの表面に凹凸のある結晶に変性し始める(蒸気圧による現象とは異なる)。
かつて日本に氷河は存在しないとされていたが、1999年に立山内蔵助カール内に永久凍土が発見された事が報告され[2]、数年間の調査を経て流動と[3]維持継続が確認された[4]事で、2012年4月に日本雪氷学会が剱岳の三ノ窓雪渓と小窓雪渓、立山の御前沢雪渓に氷河が現存している可能性を報告した[5]。その後、2012年6月にそれぞれ「三ノ窓氷河」「小窓氷河」「御前沢氷河」を呼称とすることで同意した[6]。これにより、カムチャツカ半島とされていた極東の氷河の南限は日本の富山県・立山連峰となった。
2018年1月には、長野県と富山県にまたがる北アルプス(飛騨山脈)の一部である鹿島槍ヶ岳のカクネ里雪渓(長野県大町市)が氷河であることが、現地調査結果をまとめた論文が複数の研究者の審査の後に学会誌『地理学評論』(2018年1月号)[7]に掲載されたことで確定。カクネ里雪渓が日本では4例目となる氷河となった[8]。この論文をまとめた調査団は、富山県上市町に位置する剱岳の池ノ谷(いけのたん)雪渓と、立山町にある立山内蔵助(くらのすけ)雪渓も氷河と判断しており[9]、2019年に氷河と確認された唐松岳の唐松沢雪渓(長野県白馬村)も合わせると、2019年時点で日本国内の氷河は最大7カ所となる[10]。
固有名詞の分類