出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/23 10:19 UTC 版)
| Fin.K.L. | |
|---|---|
| 別名 | Fine Killing Liberty |
| 出身地 | |
| ジャンル | K-POP |
| 活動期間 | 1998年 - 2005年 2019年 |
| 事務所 | DSPメディア |
| メンバー | イ・ヒョリ オク・ジュヒョン イ・ジン ソン・ユリ |
| Fin.K.L. | |
|---|---|
| 各種表記 | |
| ハングル: | 핑클 |
| 発音: | ピンクル |
| 日本語読み: | ふぃんくる |
| 英語表記: | Fin.K.L. |
Fin.K.L.(ピンクル、またフィンクル、朝: 핑클)は、1998年に結成した韓国の4人組女性アイドルグループである。DSPメディア(旧 テソン音響)所属。公式ファンクラブ名はFINKY(ピンキー、朝: 핑키)。公式応援カラーは赤[1]。
SMエンタテインメント所属のS.E.S.らと共に、韓国アイドルの第1世代として活躍した。
グループ名「Fin.K.L.」は、『自由を殺すものを終わらせる』という意味の「Fine Killing Liberty」の略である。
当初はオク・ジュヒョン、イ・ジン、ソン・ユリの3人組として準備が進んでいた。初めにデビューメンバーに内定していたオク・ジュヒョンは、残りのメンバーのオーディションに審査員として参加した[2]。しかし、1997年にSMエンタテインメントからS.E.S.がデビューしたことによって、急遽4人組に再編成することとなり、DSPメディア社長によってスカウトされたイ・ヒョリがメンバーに加わった。
1998年に発売した1集『BLUE RAIN』の表題曲『Blue Rain』、後続曲の『ルビ(涙悲)』、『ネナムジャチングエゲ(私のボーイフレンド)』が連続ヒットし、2000年発売の3集『Now』で国民的アイドルグループとしての地位を確立した。1集では元気に、2集で可憐に、3集で大人にイメージチェンジし、活動コンセプトを変化させた。
2002年発売の4集『永遠』以降は、メンバー全員がDSPメディアを離れて各事務所へ移籍し、ソロ活動に専念した。イ・ヒョリはソロ歌手、オク・ジュヒョンはミュージカル女優、イ・ジンは司会者、女優、ソン・ユリは女優として第一線で活躍した。
2005年にはデジタルシングル「Fine Killing Liberty」のために再びグループで活動し、「解散はしない」と表明した[3][4][5]。しかし、以降もグループとしては活動休止状態にあった。
2019年9月22日、14年ぶりにベストアルバム『FIN.K.L Best Album』を発表。JTBCのバラエティ番組「キャンプクラブ」に出演し、かつてのヒット曲と新曲を披露した[6]。