出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/12/22 14:50 UTC 版)
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| 別名 | FUJITSU MICRO 8、MB25020 |
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| 開発元 | 富士通 |
| 種別 | パーソナルコンピュータ |
| 発売日 | 1981年5月20日[1][2] |
| 標準価格 | 218,000円 |
| OS | F-BASIC、OS-9、FLEX、UCSD Pascal、CP/M |
| CPU | メイン 68A09 1.2MHz、サブ 6809 1MHz |
| メモリ | RAM メイン64KB(32KBはF-BASIC Ver.1.0 ROMとスイッチで切替)、サブ5KB、VRAM 48KB、ROM F-BASIC Ver.1.0 32KB、ブートローダ 2KB、サブシステムモニタ 8KB、キャラクタ 2KB |
| グラフィック | 640×200ドット 8色 カラー1プレーン |
| サイズ | 490(W)×332(D)×110(H)mm |
| 重量 | 6.1kg |
| 次世代ハード | FM-7、FM-11 |
| 関連商品 | BUBCOM80 |
略称でFM-8(エフ・エム・エイト)、正式名でFUJITSU MICRO 8[1]は、1981年に富士通が発売したマイクロコンピュータ(8ビットパーソナルコンピュータ)である。
富士通が、学習用マイクロコンピュータLKIT-8(1977年3月発売)などを経て、FUJITSU MICROシリーズ(FMシリーズ)の第一弾として1981年に発売した機種である[3]。発売後にFUJITSU MICROは "FM" と略記されることが増え、富士通はそれ以降、現在に至るまで、自社のマイクロコンピュータ(パーソナルコンピュータ)シリーズに「FM」を冠するようになった。
モトローラ社の8 bitプロセッサMC6809を2つ、メインCPU用とグラフィックを独立制御するディスプレイサブシステムに搭載する2CPU(デュアルCPU)のアーキテクチャを採用。メインCPUとサブシステムは、ホストCPUとグラフィック端末の関係にあたり、サブプロセッサが、グラフィックス処理など、当時のハードウェアにとって大きな処理を肩代わりすることで、メインCPUの処理を軽減し、全体としてのパフォーマンス向上を目指した。このアーキテクチャは後のFM-7シリーズ、FM-11シリーズ、FM-16βシリーズに引き継がれてゆく。
富士通の発表[1]によれば、ユーザーメモリ領域を64 キロバイト(KB)確保するためにアドレス空間を128 KBに拡張[4]、世界で初めてパソコンに当時の大型機並みの64KビットDRAMを採用し[* 1]。
標準装備で、CMTインタフェース(データレコーダ接続用DIN 8ピンコネクタ)、アナログ入力、RS-232Cなど当時としては画期的な入出力ポートを用意。
218,000円という戦略的標準価格
オプションの補助記憶装置としてフロッピーディスクドライブ(5インチ、8インチ)、バブルカセット(32KB、128KB)が用意された。だがどちらも高価だったのでデータレコーダで音楽用カセットにデータ記録することも行われた[3]。
またオプション品にはGP-IB(IEEE 488)ボード、I/O制御ボードなど計測機器との接続や外部機器制御を目的とした拡張ボードや、FM-8を大型コンピュータのオンライン端末やオフラインのデータ入力端末として利用するソフトも提供され、漢字ROMも用意され、パーソナルユースに加え富士通が得意とするビジネスユースを強く意識した商品でもあった。
またオプションでオペレーティング・システム(OS)も導入可。Z80カードを搭載すればCP/Mの動作も可能で、Pascal言語や開発ソフト、データベースも提供したこともコンピュータソフト開発関係者の需要を見込んだものである。後に8088カードと128KBの増設メモリーも発売された。Z80カードコネクタにはメインCPUのバスが接続されており、ここに接続するPSG音源カードがサードパーティから発表された[* 2]。オプションのバブルカセットインターフェースもこのコネクターを利用した。バブルカセット本体は、筐体右上にあるプラスチック蓋を開けて装着する。
ほか
発表後に内蔵電源の発熱対策で電源上部にスリットが設けられた結果、発表資料と製品カタログでは外観が異なる。
なお、製品が潤沢に供給されるようになったのは1981年末頃からであった。
マシン語でのゲーム開発においては、サブCPUでグラフィックス処理を行うシステムがかえって隘路になるものの、メインCPUとサブCPUとのインタフェースとなる隠しコマンド "YAMAUCHIコマンド" が紹介され、FMシリーズでのゲーム開発に大きく寄与した。
イメージキャラクターは伊藤麻衣子。女性アイドル起用の先駆けでもあった[5]。
同時期に、富士通の技術者だった渡辺昭雄が創業したベンチャー企業のシステムズ・フォーミュレート(PET2001の日本総代理店でもあった)が、FM-8と外観や磁気バブルメモリなど類似点が多いBUBCOM80(バブコム・エイティ)を開発して、1981年8月24日に168,000円で発売[6]。生産は富士通(須坂工場[7])が請け負っていた。BUBCOM80はZ80を搭載したCP/Mマシンで、意欲的な設計であったものの営業的には奮わず、1983年4月上旬の同社の自己破産とともに短命に終った[8][9]。
後に、FM-8の一部機能を割愛し高速化し、より廉価なFM-7と、上位機種であるFM-11シリーズが発売された。
なおFM-7発表後は、メインCPU・サブCPUの高速化やカードスロットの外付けなど、FM-8にFM-7との互換性を持たせる改造がFM-8所有者の間で流行した。