| 乗員 | 1名(F-5A/E) 2名(F-5F) |
| 全長 | 14.38m(F-5A) 14.69m (F-5E) |
| 全高 | 4.01m(F-5A) 4.02m(F-5E) |
| 全幅 | 7.87m(翼端増槽含む)/7.70m(増槽除く)(F-5A) 8.13m(主翼端AAM含まず)/8.53m(AAM含む)(F-5E) |
| 主翼面積 | 15.8㎡(F-5A) 17.3㎡(F-5E) |
| 空虚重量 | 3,667kg(F-5A) 4,392kg(F-5E) |
| 最大離陸重量 | 9,379kg(F-5A) 11,193kg(F-5E) |
| 最大兵装搭載量 | 2,810kg(F-5A) 3,175kg(F-5E) |
| エンジン | GE J85-GE-13ターボジェット(推力12.10kN/18.15kN(A/B使用時))×2基(F-5A) GE J85-GE-21Aターボジェット(推力15.6kN/22.2kN(A/B使用時))×2基(F-5E) |
| 速度 (最大/巡航) | 802kt/556kt(F-5A) マッハ1.6/450kt(F-5E) |
| 海面上昇率 | 8,748m/min(F-5A) 10,500m/min(F-5E) |
| 実用上昇限度 | 15,390m(F-5A) 15,590m(F-5E) |
| フェリー航続距離 | 1,400nm(F-5A) 1,270nm(F-5E) |
| 戦闘行動半径 | 485nm(Hi-Lo-Hi)(F-5A) 570nm(Hi-Hi-Hi、制空ミッション)/120nm(Lo-Lo-Lo、攻撃ミッション)(F-5E) |
| 固定武装 | ポンティアック M39 20mmリボルバーカノン×2門(F-5A) M39A2 20mmリボルバーカノン×2門(F-5E) |
| 兵装 | AIM-9、AGM-65、Mk.82/84無誘導爆弾、CBU-24/49/52/58クラスター爆弾、ロケット弾ポッド、 増槽等 |
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/06/21 16:57 UTC 版)
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ノースロップ F-5
F-5は、アメリカ合衆国のノースロップ社が1950年代に開発した戦闘機である。
愛称はA/B型がフリーダム・ファイター(Freedom Fighter)、改良型のE/F型はタイガーII(Tiger II)。
開発元のアメリカの他、小型軽量で取得や運用も容易であったため、冷戦当時にアジアやアフリカ、南アメリカなどのアメリカと友好的な発展途上国にも大量に輸出された。姉妹機として、練習機型のT-38 タロンが存在する。1980年代には発展型としてF-20 タイガーシャークが計画・試作されたが、実用化には至らなかった。
極めて小型の機体に、直線翼に近いような浅い後退角を持った主翼を組み合わせており、翼端には空対空ミサイルあるいは増槽(A/B型のみ)を装備する。この主翼形式は、ロッキードF-104の影響が大であるとされている。主翼の後退角を大きく取れば最高速度や遷音速での加速性能に優れるが、翼幅荷重が大きくなって旋回性能(運動性)は低下する。対して後退角を小さくすれば旋回性能は向上し、特に低速域での運動性が大きく向上する[注 1]。
主翼前縁に小型のストレーキ(LERX)が付いているのも特徴である。これは元々、前縁フラップの電動作動器を収めるため、主翼前縁と胴体の間に三角形のフェアリングを設けたものであり、飛行性能の向上を意図したものではなかったが、離着陸性能の向上や失速防止など、予想外の大きな効果が得られる結果となった。偶然の産物ではあったが、後のE/F型やF-20ではLERXが大型化された。その浅い後退角の翼やLERXは、後に開発したYF-17(F/A-18の原型機)にも継承されている。
操縦性の高さには定評があり、カスタマーにはおおむね好評を持って迎えられた。原型機N-156Fの初飛行に臨んだノースロップ社主任テストパイロットのルー・ネルソンは、「教養ある婦人(well-educated lady)」のような特性だと評している。この優れた操縦性は、姉妹機であるT-38練習機はもとより、発展型であるF-20にも受け継がれた。また、降着装置の外見からは想像しにくいが、不整地や未舗装滑走路から運用することもできた。
エンジンは、ゼネラル・エレクトリック社製のJ85 ターボジェットエンジンを2基搭載する。J85は元来ミサイル用として開発された画期的な小型ジェットエンジンであり、推力重量比(エンジン重量に対しての推力の大きさ)は当時の重く大きな大推力エンジンを遥かに凌ぐものであった[注 2]。J85の双発としたことで、F-5は極めてコンパクトにまとめられたのである。
小型エンジンは整備性の向上にも役立っている。重量が軽いため、ジャッキなど特別な工具を使わなくても数人の人手さえあれば簡単にエンジンを着脱でき、設備の乏しい途上国や前線基地でも整備や運用が容易だった。加えてF-5は整備の便を考慮して、エンジンの着脱を斜めのラインで行えるように後部胴体の形状を工夫している。双発であるため、被弾や故障の際の生存性も高い。
小型エンジンを複数積む場合の短所は、燃費効率が悪くなる点とコストの上昇である。しかしJ85はミサイルや無人標的機、他の小型機にも大量に採用されたエンジンであり、機材そのもののコストは量産効果によって下げることができた。また、後述の通り本機は、冷戦下においてアメリカと友好関係にあった発展途上国向けの供与機として採用されたため、燃費効率の良い強力なエンジン単発による長大な航続力を持った航空機では周辺国に過度の脅威を与えることにもなり、供与する側のアメリカとしてもあまり望ましいことではなかったため、かえって好都合となった。
航続力や搭載力が制限されている一方で、反復出動を考慮した設計となっている。例えば給油口は加圧式の一点給油で、短時間での燃料補給を可能としている。構造が単純で整備性に優れた機体も相まって高い稼働率を実現しており、後述のスコシ・タイガー作戦では、アメリカ本土からフェリーされてきたばかりのF-5が、整備・再装填の上、わずか5時間後に初出撃を記録した例もあった。
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固定兵装は、単座型のF-5AとF-5Eは共に、機首に2門のポンティアック M39 20mmリヴォルヴァーカノンを搭載し、1門あたり280発(計560発)の弾薬を搭載する。複座型については、F-5Bは固定機関砲を持たないが、F-5Fでは機関砲を1門に減らし弾薬数も140発に削減された状態で搭載している。射撃の際は砲身の前に格納されているガス・デフレクターが展開し、発射ガスがエンジンに吸入されるのを防ぐ。
機外兵装については、両主翼端、両主翼下に2つずつ、胴体下の計7箇所にハードポイントがあり、胴体下と両主翼下内側のハードポイントには増槽も装着できる[注 3]。空対空ミサイルは、翼端のランチャーにAIM-9 サイドワインダーを1発ずつ搭載する。対地攻撃用には、主にMk82 500ポンド爆弾、M117 750ポンド爆弾などの無誘導爆弾や、ハイドラ70ロケット弾、ナパーム弾、クラスター爆弾などの無誘導兵器が主に使用される。イラン、サウジアラビア、モロッコ向けのF-5E/Fにはマーベリック空対地ミサイルの運用能力が追加された。F-5E/Fの近代化改修機では視程外空対空ミサイルや精密誘導兵器の運用能力を付与されていることが多い。
他社との新戦闘機開発競争で大きく水をあけられていたノースロップ社は、第二次世界大戦中に建造されて当時まだ多数残っていたアメリカ海軍の護衛空母用の艦上戦闘機として、ウェルコ・ガシッチ(Welko Gasich)技師たちの設計によるN-156を提案した。しかし海軍がこれらの護衛空母を退役させることとしたため、1954年にこの提案は取り下げられ[1]、ノースロップは海外輸出市場に活路を見出すこととなった。同時に空軍の練習機T-33の後継にも目をつけ、戦闘機型をN-156F、練習機型をN-156Tとして並行して開発を進めた。このN-156Tは空軍にT-38として採用され、N-156Fも自社資金で開発を継続した。
1950年代末より東側諸国やその友好国へMiG-17やMiG-19の供与を進めていたソビエト連邦に対抗するべく、アメリカはこれらのソ連製戦闘機を上回る性能を持ち、かつ廉価で運用・整備が容易な戦闘機を西側諸国と友好関係にある発展途上国向けに供与する計画を進めていた。この頃F-86やF-84は旧式化しており、より新しい機体は複雑さ・性能・価格・軍事機密などの面で途上国に輸出できるものではなかった[注 4]。これに対し、航法・測距用のレーダーや見越し計算式照準器さえも搭載せず、小型エンジンを使用したN-156Fは、廉価かつ運用・整備が容易だったため途上国向けの海外供与戦闘機に選ばれることとなる。こうしてN-156FはF-5Aと命名されると共に、機関砲を装備しない複座練習機型F-5Bも開発され、1964年から配備が開始された。
供与された国は、南ベトナム、タイ、イラン、エチオピア、サウジアラビア、ヨルダン、大韓民国、リビア(王政時代)、モロッコなどの発展途上国である。また、高価なF-104を保有していた中華民国、ノルウェー、ギリシャ、トルコにも、二線級の補助戦闘機として供与された。この他にパキスタンも第三次印パ戦争中に、リビアのF-5Aをパイロットと共に「提供」され、数機使用していたとされる(サウジアラビアがF-5E飛行隊を同国に派遣していたともいわれる)[注 5]。
ベトナム戦争では、南ベトナム空軍が主に北ベトナム軍への対地攻撃に使用したほか、北ベトナム軍が鹵獲した南ベトナム空軍のF-5Aでサイゴンの南ベトナム大統領府を爆撃した。南北統一後のベトナムでは、南ベトナム空軍から接収したF-5A(ベトナム空軍の展示ではF-5E)が対地攻撃任務機としてカンボジア・ベトナム戦争に用いられていた。
ライセンス生産権を取得したカナダでは、自己資金によって空戦フラップや2段伸縮式前脚の追加といった改良が行われ、カナダ向けをCF-5、オランダ向けをNF-5と呼称して製造した。独自改良を加えて2か国で使用されたこのライセンス生産型は、ベトナム戦争での使用経験とともに、F-5E/F開発時のヒントともなった。他にライセンス生産を行った国にはスペインがある。
上記の通り、F-5A/Bは純粋に供与機として用いられ、外国空軍への技術指導と訓練以外にアメリカ空軍での使用予定はなかった。しかし供与された国からの実績要求などから、評価試験用のF-5A飛行隊が臨時編成され、ベトナム戦争において対地攻撃に投入された。このF-5Aは空中給油プローブや装甲の追加など、従来のF-5Aとは異なる「特別仕様」のため、F-5Cという非公式の形式番号で呼ばれることもある。
F-5Cが参加する作戦は「スコシ・タイガー作戦」と命名され、F-5の作戦能力と双発エンジンによる被弾時の生存性が高く評価されることとなった。機体は試験終了後、南ベトナム空軍に引き渡されている。なお、「スコシ」とはベトナム戦争における前進基地がおかれた日本の公用語である日本語の「少し」であり、元来は「リトル・タイガー」とすべきところを、外国語風の語感にするため「スコシ・タイガー(Skoshi Tiger)」とした[注 6]。
F-5A/Bは、発展途上国における初の超音速ジェット戦闘機としての利便性や経済性に加え、高価な戦闘機にも劣らない機動性を持ち、国を問わず広く使用された。ベトナム戦争以外で目立った戦績はないものの、西サハラ紛争でモロッコ(モロッコ空軍)が、オガデン紛争で(革命後の)エチオピアが実戦に使用したといわれる。その多くは対地攻撃に用いられたが、モロッコの機体は第四次中東戦争においてイスラエルのミラージュIIIを撃墜する戦果を挙げている。
改良型のF-5E/Fを導入した国では早々に南ベトナムといった他国に放出されていった。これに伴い、ギリシャ空軍やトルコ空軍はアメリカを介して各地で退役したF-5A/Bを長期に渡って大量に入手し、主力戦闘機の補助や対地攻撃、訓練用に充て、後者では現在も運用中である。スペイン空軍ではF-5Bを高等練習機として使用している。この他にカナダで退役したCF-5が、さらなる近代化改修の後にボツワナ国防軍で再就役しており、アフリカゾウなどの動物に対する密猟の監視に用いたという。
1960年代後半に入ると、ソビエト連邦はMiG-21を中小国空軍向けにも輸出し始めた。MiG-21は簡易ながらレーダーを装備しており、レーダーを持たず目視で戦闘を行うF-5A/Bでは対抗が困難になりつつあり、エンジンパワーも劣っていた。そのためアメリカ国防省では、F-5A/Bに代わる新たな供与戦闘機の比較審査を1970年に呼びかけた。
比較審査にはロッキードCL-1200、チャンスボートV-1000、F-4の簡易型など各メーカーによる提案があったが、アメリカ空軍はノースロップ社の提案したF-5-21案を採用しF-5Eと命名、1974年から配備を開始した。
F-5E/Fは、基本的にF-5A/Bの改良型であるが、
などが行われ、F-5Aより横幅が多少広くなっている。搭載されたAN/APQ-153 レーダーは機能が限定的で目標追尾機能を持たず、射程の長いAIM-7は運用できない。それでもレーダー未搭載のA/B型に比べれば格段の進歩であり、MiG-21を仮想敵とするには必要にして十分と割り切られた[注 7]。オプションで空中受油プローブや慣性航法装置などを装備可能な他、後期生産型の一部には、F-20で採用されたシャークノーズ(Shark Nose)[注 8]や大型ストレーキが取り入れられており、機動性が向上している。
当初、F-5Eのパイロット訓練にはF-5Bが使用されていたが、性能差が大きいことやレーダー操作の訓練が必要という点から専用の複座練習機型F-5Fが開発された。F-5FはF-5Bと異なり機関砲(搭載数は1門に減少)やレーダーを持つほか、燃料搭載量もF-5Eと同様にした。このため機首が107cm延長されている。
得意分野といえる利便性や経済性も受け継がれ、F-5A/Bを運用していた国の他にも、メキシコやホンジュラスなどがF-5E/Fを採用した。また、スイスと韓国、台湾ではライセンス生産が行われた。既に旧式化した現在でも途上国を中心とした多くの国で現役にあり、大規模な近代化改修を施して引き続き運用している国もある。
アメリカ空軍・海軍・海兵隊は、ベトナム戦争の終結に伴い南ベトナムへの供与が間に合わなかった機体を引き取り、トップガンなどの空戦訓練教程での仮想MiG-21あるいは汎用の仮想敵機として長く使用した。空軍では既に退役しているが、海軍・海兵隊では現在も運用中である。特に海軍は既存機体の更新用としてスイスで退役したF-5Eを購入し、再生および改造を施した上でF-5Nとして再就役させている。
実戦ではイラン・イラク戦争でイランが、西サハラ紛争でモロッコが対地攻撃に使用した。前述のオガデン戦争ではエチオピアのF-5Eがソマリア空軍のMiG-15などの撃墜を記録している。また、湾岸戦争にはサウジアラビアとバーレーンの機体が参戦した。韓国の機体は麗水潜水艇撃沈事件の際に出撃し、機銃掃射で北朝鮮の半潜水艇の無力化・鹵獲を試みたが、夜間に照明弾支援を受けながら行ったものであったため失敗し、半潜水艇は海軍のコルベットにより撃沈された。
E/F型を採用した国は太字で示す。
ジャレッド・アイザックマン(実業家、ドラケン・インターナショナル代表、NASA15代長官)が私有している[12]。
出典: Federation of American Scientists (2011年). “Federation of American Scientists :: F-5 Freedom Fighter / Tiger” (英語). 2012年5月31日閲覧。
諸元
性能
武装
アビオニクス
AN/APQ-153 火器管制レーダー(F-5E初期型)
AN/APQ-159 火器管制レーダー(F-5E後期型)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/01 23:28 UTC 版)
「ファイヤーマンズキャリー」の記事における「F5」の解説
ファイヤーマンズキャリーから相手を横方向に旋回させてフェイス・バスター(顔面から相手をマットへ落とす)の形で落とす技。ブロック・レスナーの得意技。WWE退団後は商標の関係で「バーディクト」の名称で使用。
※この「F5」の解説は、「ファイヤーマンズキャリー」の解説の一部です。
「F5」を含む「ファイヤーマンズキャリー」の記事については、「ファイヤーマンズキャリー」の概要を参照ください。