
旅客機B-767をベースに、警戒管制システムを搭載した新型の早期警戒管制機がE-767です。速度性能に優れ、航続時間が長いので、遠隔地まで飛行して長時間の警戒が可能です。さらに高高度での警戒もできるので見通し距離が長いなど、優れた飛行性能と警戒監視能力を持っています。主な装備は、3次元方式の捜索用レーダー、味方識別装置、通信装置、航法装置、コンピュータ、状況表示装置など。平成12年から運用を開始しています。
| 分類 | 早期警戒管制機 |
| 乗員 | 約20人 |
| 全幅 | 約48m |
| 全長 | 約49m |
| 全高 | 約16m |
| エンジン | |
| 名称 | CF6-80C2 |
| 推力 | 61,500ポンド |
| 型式 | 高バイパス・ターボファン・エンジン |
| 性能 | |
| 最大速度 | 約450kt(約840km/h) |
| 最大離陸重量 | 約170t |
| 航続距離 | 約12時間 |
Boeing E-767.
ボーイング社が、自社製の中型双発ジェット旅客機・B767-200ERをベースに開発・生産したAWACS。
本機の開発は、1980年代、日本政府がアメリカ空軍・フランス空軍などが採用しているE-3「セントリー」を航空自衛隊に導入することを検討したのに端を発する。
この当時、空自はベレンコ中尉亡命事件の教訓から、既にグラマンE-2「ホークアイ」早期警戒機を導入していたが、同機は元々、アメリカ海軍の航空母艦で運用される艦上機であり、また、警戒管制システムもアメリカ軍のデータリンクに関連付けられた構成になっていたことから、空自での運用には向いているとはいえなかった。
しかし、1990年代になって実際に計画が動き出したときには、E-3を新規調達することができなくなっていたため、E-3と同様のシステムをB767に載せることをボーイング側が提案。日本政府はこの案を受け入れ、計4機を発注した。
システムを機体に合わせて細部まで設計し直したため、開発費は日本政府が全額負担したが、(元々が1950年代の設計である)B707よりも設計の新しい機体を採用したため、E-3に比べて居住性や燃費が優れる機体に仕上がった。
なお、1号機・2号機のみ操縦室に第2監視員席(一般のエアライン向けモデルでは「第2オブザーバ席」と呼ぶもの)が追加されている。
本機の生産は1993年に開始され、1994年に民間機として日本政府に引き渡された機体が初飛行。
その後、アメリカ軍によりレーダーシステムの搭載などの改修を行ったうえで1998年に空自へ引き渡され、1999年から運用が開始された。
現在、本機は4機とも静岡県・浜松基地の警戒航空隊第601飛行隊第二班(現:警戒航空隊・飛行警戒管制隊)で運用されている。
なお、本機は空自以外にも韓国・台湾・オーストラリア空軍が導入を検討したが、1990年代末期の「アジア通貨危機」の影響で導入が見送られ、その後、韓国とオーストラリアはより小型のB737をベースとしたB737 AEW&Cを導入したため、全世界で4機しか存在していない。
E-3とは違い、本機にはこれといった愛称はつけられていないが、アメリカ軍将兵の間では自国軍のAWACSと混同することを避けるため「J-WACS」と呼ぶことがある。
(E-767 から転送)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/03/05 00:35 UTC 版)
E-767早期警戒管制機
E-767は、アメリカ合衆国の航空機メーカー、ボーイング社が開発した早期警戒管制機(AWACS)である[1]。愛称はないが、日本の航空自衛隊のみが運用しているためアメリカ軍人からは「J-WACS」(ジェイワックス)と呼ばれている[要出典]。通称として「空飛ぶ司令塔」[2]、「空飛ぶレーダー基地」[3]とも称される。
ボーイング767型機を開発母機とした初の軍用機で、同機にE-3 セントリーのシステムを移植する形で開発された[4]。日本が早期警戒管制機(AWACS)の導入を決定した時点でE-3の製造母体であるボーイング707型機は既に製造終息(すなわち生産設備破棄)しており、よってE-3も新造不可能であった。代替としてボーイング社は日本に対しボーイング767型機を母機としたE-3後継機の「新規開発着手」を提案し受注した。以降、アメリカ空軍も本機の導入を検討したものの、高コストが原因となって実現しなかったため[4]、発注した国が日本以外に製造国であるアメリカも含め存在しておらず、本機を運用しているのは航空自衛隊のみとなっている。
開発当初、日本のみならず、韓国、台湾、オーストラリアの各国空軍もE-767に大きな関心を寄せ、同機導入を前向きに検討していたが、1997年(平成9年)に発生したアジア通貨危機の影響で導入は見送られた。その後、オーストラリア空軍と韓国空軍はより小型のE-737 AEW&C(のちのE-7)を採用することにしたため、2025年現在でE-767を保有しているのは日本のみである。
1998年(平成10年)から航空自衛隊への引き渡しが行われ、2000年(平成12年)より運用を開始した[1]。航空自衛隊が初めて導入した早期警戒管制機でもあり、E-767と主力のF-15J/DJ戦闘機を組み合わせて運用することで、これまでにない強力な防空体制を確立することができるようになった。
1機当たりのコストは約555億円で、2025年現在までに4機が製造されている。
1976年(昭和51年)9月6日のベレンコ中尉亡命事件において、航空自衛隊は超低空飛行で領空に進入してきたMiG-25による函館空港への強行着陸を許した。この事件で地上のレーダー・サイトを主とする防空体制の欠陥が発覚したことを契機として、地上の防空網を補うために上空からの警戒態勢の導入が検討され、早期警戒機の調達が計画された[5]。
この早期警戒機の調達の際、実は航空自衛隊はすでに早期警戒管制機(AWACS)の導入を検討していた。当時の早期警戒管制機はE-3以外になく[6]、自衛隊内部でも早期警戒管制機と言えばE-3のことと解釈されていた[6]。しかし、E-3は当時まだ開発されたばかりの最新鋭機であり、アメリカが日本に輸出するとは到底考えられなかった[5]。ちなみに、E-3の開発が終了したのは1976年(昭和51年)、つまりベレンコ中尉亡命事件があった年であった[5]。仮に輸出そのものは承認されたとしても、アメリカ空軍への調達が最優先され[5]、自衛隊のために生産ラインを割く余裕がないことも想像に難くなかった。このようにE-3を入手できるのが何年後になるかわからない状態にあって、一刻も早く早期警戒機を導入したい日本は、すぐにある程度の数を比較的安価で揃えることができるE-2C ホークアイを調達することとし[5]、1979年(昭和54年)に初発注[5]、1983年(昭和58年)に初号機を受領した[4]。結果としてやむを得ない事情はあったものの、防衛庁(現在の防衛省)は早期警戒管制機は日本側の要求に合致しないと一旦判断を下していた。
このとき防衛庁は、『早期警戒機の導入について』という文書の中でE-3の導入を不適とする理由を次のとおりとしているが[6]、後になり、早期警戒管制機の導入を決定するという段階になってこれらの理由が引き合いに出され、航空自衛隊の防衛力整備計画には一貫性がない、と指摘されることになる原因となった[6]。
ところが防衛庁は早期警戒管制機の導入に関する検討をこの後遅くとも1980年代前半から続けており[5]、E-3を不適として排除しつつE-2Cの調達を開始した直後から早期警戒管制機の導入を考え始めていたことになる[6]。
1981年(昭和56年)8月から唱えられ始めたシーレーン1,000海里防衛構想の中にも早期警戒管制機は登場し、早期警戒管制機の導入という考え自体は当時突然湧いて出たものではないことがわかる[7]。この構想は、シーレーンの警戒監視をOTHレーダーと早期警戒管制機が担い、脅威への対処にはイージス艦と、空中給油機によって航続距離を延伸された戦闘機が当たるというもので、資源輸出国から日本に向かう輸送船団を防衛することを想定している[7][8]。壮大な構想ではあるが、防衛庁ばかりでなくアメリカ軍も参加して共同研究がなされ、1986年12月の作業終了までに一定の研究成果を修めることができたが、構想が当初想定されたとおりに実現するまでには至っておらず、E-767の予算要求に関する文書の中に「シーレーン1,000海里防衛構想」という文言が盛り込まれることもなかった[7]。
1994年(平成6年)4月までかかることになるE-2C最終機の調達完了を待たずして早期警戒管制機の調達を決定したという理解されづらい経緯はあったものの[6]、防衛庁は、1992年(平成4年)12月16日に平成5年度予算概算要求の追加要求に関する文書で早期警戒管制機の必要性を次のとおりに述べている[7]。
以上のように様々な紆余曲折をたどりながら、発端となった亡命事件から約20年の後、航空自衛隊は早期警戒管制機を導入することになったのである。
1991年(平成3年)までは、一般の航空雑誌にも「航空自衛隊は、E-3 AWACSを装備する[9]」とされており、予算が承認される直前まで防衛庁もE-3の導入を念頭に置いていたことがうかがえる。しかし、E-3の母体となるボーイング707型機は、民間向けとしては1978年(昭和53年)に生産が終了しており[6]、細々と続けられていたE-3をはじめとする軍用派生型への生産も1991年(平成3年)を最後に完全に終了してしまったことに加え[10]、1992年(平成4年)5月12日にイギリス空軍向けのE-3D(セントリーAEW.1)の最終機が納入されたことでE-3の生産も終了してしまった[6]。これを受け、ボーイングは、一旦閉じてしまった生産ラインを再開するには膨大なコストがかかることを防衛庁に通告した[6]。この時点で、E-3の調達費は1機あたり300億 - 350億円と見積もられていたが[6]、閉じた生産ラインを再開すると700億 - 800億円にまで高騰すると見込まれたため[6]、防衛庁は平成4年度予算での発注をいったん見送った[6]。
ボーイングは、生産終了したボーイング707型機の代替となる大型軍用機の新たなるプラットフォームとするべく、すべての製品について比較検討を開始した[11]。軍事転用で要求される要素として、ミッション・ペイロード、ミッション高度での滞空時間、ミッション高度、機内スペースおよび707型機に比肩するコストの5点を主軸として評価した[11]。その結果、737型機と757型機は、性能が不足している他、機体が小型すぎることが明らかになった[11]。747型機と777型機は、機体が大型すぎる、性能が要求を上回りすぎる、コストが相対的に高いということがわかり、最終的に767型機が最適と結論づけられた[11]。1992年(平成4年)にボーイングが評価検討の結果提案したボーイング767型機の改造機「767 AWACS(または767改AWACS)」[6]を採用することとしたが、機種選定においてE-3を選べなくなったことに加え、正式な機体価格が決まる前にボーイングが示した速報値によると調達費が600数十億円となり[6]、E-3の生産ラインを再開した場合に比べれば安価になったものの当初の目論見の2倍程度にまで高騰する見込みとなったため平成3年度予算での発注を予定していた早期警戒管制機整備計画は1年遅れることになった[12]。
一方、E-2Cを5機追加して13機態勢とする中期防衛力整備計画(昭和61年度 - 平成2年度)を背景としてE-2Cの装備問題が浮上した[5]。E-2Cの予算は平成元年度に3機、平成2年度に2機と中期防の最後の2年に偏ってしまったため、警戒監視という任務が重複する早期警戒管制機の要求と重なってしまうのは都合が悪いとされ、次期中期防に送られることになった[5]。平成3年度から始まった新中期防では早期警戒管制機4機の導入が方針として決定されていたが、E-2C引き渡しの前に早期警戒管制機を要求するのはやはり筋が良くなく、初年度の予算に盛り込むことはできなかった[5]。さらに、E-2CのレーダーをAN/APS-125からAN/APS-138に改善する作業が入り、この改善レーダーを予算に計上している期間中に早期警戒管制機を要求しても当時の大蔵省(現在の財務省)を納得させられず、査定を通らないと判断された[5]。早期警戒管制機の価格が高騰する見込みとなったことも加わり、平成4年度までに保有する全機体分の改善レーダーを調達し終えてから早期警戒管制機の発注という運びとなった[5]。
E-2Cとの兼ね合いなどから平成4年度予算でE-767を要求できなくなった上に、遅れている計画が更に遅延し、平成5年度予算の概算要求にも間に合わなくなった[12]。しかし、ここから大幅に挽回し、1992年(平成4年)末に追加要求を行って平成5年度予算案に間に合わせ[12]、平成5年度予算で2機(1,139億6,100万円、1機あたり569億8,000万円[13])を発注することとし、続けて平成6年度予算で2機(1,080億9,600万円、1機あたり543億4,800万円[13])の計4機を発注した。
防衛庁の文書でも示されていたように、E-2Cは約86億円、E-3Aは約296億円であり、E-767はそれらよりもはるかに高額(E-2Cの約6倍、E-3の約2倍)であったが、当時の大蔵省は一切予算を削減せず、防衛庁の言い値で調達費を承認した[7]。これには、極端な対米貿易黒字に悩む大蔵省の、日米貿易不均衡の是正を少しでも進めたいという意図が絡み、対米的な配慮も含む政治的な側面を含んでいる[7]。
なお、ボーイング767型機の製造は、日本企業が全体の15 - 16 %を担当しているため[14][15]、ただ購入するだけとなるボーイング707型機と違って、日本企業にも調達費の一部が還流されたことになる[16]。
調達は2段階にわけて行われた[13]。第1段階として日本国政府がボーイングからボーイング767型機を民間機として購入し、第2段階として対外有償軍事援助(FMS)によってAWACSに改修された[13]。FMSが必要なのは、AWACSシステムの購入に加えてAWACSとしてのシステム化、完成した機体のシステム・チェックなどには、アメリカ空軍の協力が必要であるためである[13][17]。
実際の作業としては、まず、ワシントン州エバレットのボーイング・エバレット工場で、基本となるボーイング767型機を製造する[18]。完成した機体はカンザス州ウィチタにある改修センターに送られ、床面強化、与圧隔壁改修、前部および後部床下貨物室の貨物ハンドリング・システムの除去、主翼の改修、ロートドームの支柱取り付けなどの機体構造改修が行われる[18]。これらの作業が終わった段階で、取扱商社である伊藤忠商事を通じて航空自衛隊に引き渡しとなった[17]。機体は再びワシントン州エバレットに戻され、SF6与圧化高電圧電源、クライストロン出力アンプ、ロートドーム、レーダー・アンテナ、IFFアンテナ、150 kVA発電機の装備などが行われた後[19]、ワシントン州シアトルのボーイング・フィールドで飛行試験が行われた[17]。
ここからはFMSであり、機体はアメリカ空軍に渡されミッション機材の設置と試験が行われた。最終飛行試験は再びボーイング・フィールドで行われ、アメリカ空軍から最終引き渡し形態として航空自衛隊に納入された[18]。
1号機は767型機本体が1994年(平成6年)10月4日に初飛行、レーダー・システムを搭載した完成機体が1996年(平成8年)8月9日に初飛行し、1998年(平成10年)3月に航空自衛隊へ納入された[17]。同年4月に浜松基地に導入した、E-767は航空開発実験集団隷下飛行開発実験団[20]で「E-767運用試験隊」を編成し、約1年[20]にわたる運用試験を経て1999年(平成11年)3月24日に防衛庁長官より部隊使用承認を得た。翌3月25日に4機のE-767は警戒航空隊第601飛行隊に配備され、新たに第2飛行班を新編し、警戒航空隊の空中警戒管制隊配属の隊員によって運用されることになった。
2005年(平成17年)3月31日より第601飛行隊・第1飛行班と第2飛行班の両者は統合され、E-767は警戒航空隊・飛行警戒管制隊(浜松基地)での運用となった(E-2Cは警戒航空隊・飛行警戒監視隊で三沢のまま)。
浜松基地は、一度はE-3が不適と判断された理由のひとつにも挙がっていた施設等の改修が必要となり、全備重量170 tを超えるE-767を受け入れるために滑走路および誘導路を補強しており、専用の格納庫および部隊建物も新たに建設している[20]。また、IRANと呼ばれる2 - 3年に一度のオーバーホールや航空自衛隊で処置できない機体修理は川崎重工業が担当しており、岐阜基地に隣接する川崎重工業岐阜工場(航空宇宙システムカンパニー)で行われる。
2014年(平成26年)4月20日の組織改変により飛行警戒管制隊は第602飛行隊に改編され、E-767は引き続き第602飛行隊で運用されている。
E-767の特徴について次に述べる。本機に関しては旅客機ベースであるため外装に関連する情報は豊富だが、警戒監視、情報収集および指揮管制という任務の性質上の理由から機密情報が極めて多く、機体内部に関する情報は非常に乏しい。
機体はボーイング767-200ERをベースにしており、ボーイング方式の詳細な形式(カスタマーコード)では「ボーイング767-27C/ERの改造機」という位置づけになる[21][13]。形式に含まれる「7C」は日本国政府が顧客であることを示す[13]。ボーイング707型機をベースとしているE-3と比べてキャビンの床面積が約1.54倍(E-3 = 1,080 ft2、E-767 = 1,667 ft2)[22]、容積が約2.1倍(E-3 = 7,190 ft3、E-767 = 15,121 ft3)[22]であるため機内の移動も容易で居住性は良いとされる[22]。機体寸法は全体としてE-3と大差なく、全幅はE-767の47.57 m(156 ft 1 in)に対しE-3は44.42 m(145 ft 9 in)であり、全長はE-767の48.51 m(159 ft 2 in)に対しE-3は46.61 m(152 ft 11 in)である[22]。したがって、駐機場や格納庫に必要とされる寸法はほぼ同等と考えて差し支えない[22]。
機体内部の機器群は機体前方に集められているため、機体後方は乗員の休憩スペースまたは長時間ミッションのための交代要員の控え室として使用でき[23]、ギャレーやラバトリー(トイレ)もある。なお、ラバトリーは操縦席後方左舷にも設置されており、計2か所となっている。
状況表示コンソールとレーダー制御・整備パネル(RCMP, Radar Control and Maintenance Panel)の間に補助ミッション監視員席が6席ある[22]。
胴体と翼はベース機とほぼ同じであるが、コックピットと非常口以外の胴体側面の窓が全て塞がれている[16]。これは、キャビン内部は電子機器類で占められているため旅客機のような窓は必要ないことと、自身のレーダーをはじめとする各種の無線設備が発射する強烈な電磁波から電子機器と乗員を防護するためである[16]。電磁波障害(EMI)対策のために与圧隔壁改修が行われている[18]。
また、胴体上部に円盤型の直径9.14 m(30 ft)、厚さ1.83 m(6 ft)のロートドームが装備されている点が大きな特徴である[24][16]。ボーイングは当初、2枚のベントラルフィンを装備することを検討していたが、風洞試験などの結果、ロートドームの装備による空力変化は軽微と判断され、装備されなかった[22]。
胴体の長軸に沿って胴体上下に無数のUHFおよびVHF通信用ブレードアンテナが配置されている。また、両主翼端に機体後方へ突き出した棒状のHF通信用プローブアンテナが配置されている。他には、JTIDS(統合戦術情報伝達システム)アンテナが機首レドーム内と胴体尾部上部にコブの様に設置されているフェアリング内にある[25]。
なお、E-3は片翼に2基ずつ、両翼で4基のエンジンを搭載するが、E-767はベース機と同じく片翼に1基ずつ、両翼で2基である。
塗装は胴体と翼は海上自衛隊のP-3Cと同じく灰色単色の低視認塗装だが、ロートドームは黒と白の2色塗り分けとしている。
エンジンは、ベース機にも搭載されるゼネラル・エレクトリックの高バイパス比ターボファンエンジンCF6-80C2[1][25][26]の仕様変更モデルCF6-80C2B6FAが採用された。主な変更点は高出力のレーダーと機体内部の機器群の電力をまかなうために、各エンジンの発電機が通常は90 kVA・1基のところ150 kVA・2基に換装されている[13][27]。これによって両翼エンジンの発電力は合計180 kVAから600 kVAに引き上げられた。これに、補助動力装置(APU)の発電力90 kVAを合計すると総発電力は690 kVAとなる[27]。
当該エンジンにより、基地から警戒空域に至るまでの到達時間を短縮し、対地速度約722 km/h(390 kt)で巡航して無給油で最大12時間の滞空が可能となっている[28]。ボーイングによると、ミッション速度、ミッション高度および警戒時間がターボプロップエンジンの早期警戒機よりも70 %優れ、ミッションあたりの警戒空域の覆域は最大12倍まで拡大できるとされている[28]。
航空自衛隊ではCF6-80C2系のエンジンをKC-767[26][29]、C-2[30]、初代日本国政府専用機(ボーイング747-400)[31]などに採用している。
ロートドームは、警戒監視中では毎分6回転(10秒/回転、毎秒36度)で時計回りに回転しており[32][33]、360度全周にわたってレーダーの電波を放射している。電波を放射しない離着陸時など警戒監視中以外では、ロートドームの基部にある軸受けにオイルを循環させるために毎分1/4回転(4分/回転、毎秒1.5度)で回転している[34]。また、ロートドームの回転軸には105個のスリップ・リングが備えられた、送信用の高出力1チャンネルと同軸切り返し周波数7チャンネルで構成された回転カプラーがあり、キャビンとロートドーム間の回路の接続を回転しながら維持する機構を持っている[35]。105個のスリップ・リングのうち、16個は400 Hz電源の経路として使われており、残り89個がレーダーおよび非レーダー信号の経路となっている[35]。
ロートドームの黒い部分は空力特性を改善するためのカバーであり、電波を通しやすいようにグラスファイバー製である[16]。白い部分にはAN/APY-2のレーダー・アンテナとそれと背中合わせにAN/APX-103 Mk.XII敵味方識別装置(IFF)のアンテナ、並びにアンテナ補助機材が納められている[25][34][36]。したがって、レーダー・アンテナからの電波とIFFの質問信号はちょうど180度反対の方向に放射されることになる。
同様のロートドームを搭載しているE-3の開発中、このロートドームは抗力となって飛行に影響を与えるのではないかと考えられていたが、独特の形状のためにむしろ揚力を発生し、巡航速度と航続距離の低下を最小限にできたと言われている[37]。
なお、ロートドームから放射される電波は非常に強力であるため、自衛隊の飛行場であっても駐機中には管轄省庁の許可なく電波を放射することは法令により禁止されている。
レーダー・システムはE-3最終型と同様のウェスティングハウスAN/APY-2が搭載されている[23][27]。これは他機の方位、距離、高度を同時に測定できる3次元レーダーであり、同社のAN/APY-1と比べて洋上監視能力が強化されていることにより[38]、洋上を航行中の艦艇はもとより、停泊中の艦艇も探知できる[22]。AN/APY-1/-2はともにパルス・ドップラー・レーダーであり、前出の探知諸元のほかに速度も測定できる。このレーダー・システムは、合計で1,000枚以上のプリント基板で構成され、82,000点に及ぶ電子部品が使われており、総重量は8,250 lb(3,742 kg)になる[39]。
E-767が高度29,000 ft(8,840 m)を飛行している場合、低高度目標を398 km(約215 nm)まで探知でき[40]、BTHモードの場合はE-767と目標がともに30,000 ft(9,144 m)を飛行していれば約800 km(430 nm)の探知能力を有する[40][41]。さらに、探知した目標を、脅威となる航空機や水上艦艇および友軍のものを含めて最大600個まで追跡できる能力を持っている[41]。
レーダー・アンテナはフェイズド・アレイ方式であり、機体の傾きを検出して走査を自動的に補正する機能を備えているため[42]、E-2Cなどのように機体を傾けないように旋回するフラット・ターンをする必要がなくなり、旋回半径を小さくすることができる[42]。また、クラッター除去と対電子妨害(ECCM)性能を高めるためにサイドローブを極力低減するように設計されている[42]。アンテナ本体の大きさは、幅7.32 m(24 ft)、高さ1.52 m(5 ft)である[40]。
AN/APY-1/-2は、自由に設定を変更できるマルチ・モード・レーダーであり、レーダー覆域を最大32のサブセクターに分割してそれぞれ独立したモードで運用することが可能となっている[43]。レーダー・モードには次の6種がある。
AN/APY-1/-2は、他のレーダーではその能力を制限されてしまうグラウンド・クラッターおよびシー・クラッターを排除し、水平線より下の低空の空中目標および水上目標を分離できるルックダウン能力に優れる[47]。E-767本体の航法装置から得られる対地速度および方位情報と、目標からのレーダー反射波におけるドップラー・シフトを用い、レーダー・コンピュータが機体との相対的な目標の動きを計算し、その報告を生成する[42]。それ以外のドップラー・シフトがない、つまり相対速度がゼロの反射波、および対地速度がゼロ、つまり相対速度が機体の対地速度に等しい反射波をクラッターとして排除する[42]。クラッターとは、レーダーから送り出された電波が地表面や海水面に反射してしまうこと。通常のレーダーでは、上空から低空を飛行している航空機を監視しようとしても、航空機からの反射波が大量のクラッターに埋もれてしまう。特に波の高い海面のシー・クラッターは深刻である。
E-3の初期型に搭載されていたAN/APY-1も空対空監視ではAN/APY-2と同等の能力を有しているが、洋上監視に強いAN/APY-2は国土が海で囲まれている日本の航空自衛隊にとって大変好都合である。
国内における整備は東芝が主担当となっている。
レーダーで獲得した情報は、レーダー・コンピュータでデジタル処理された後、E-3最新基準のソフトウェアを備えたE-3ブロック30/35準拠IBM CC-2E中央コンピュータによって処理され、14台ある状況表示コンソール(SDC, Situation Display Console)に表示される[22]。他に表示器としては補助表示ユニット(ADU, Auxiliary Display Unit)が2台ある[36]。中央コンピュータおよびレーダー・コンピュータはプログラム可能型であり、レーダー・システムのパラメータ変更を含め、新たな要求にソフトウェアの変更で幅広く対応できるようになっている[42]。また、敵味方識別装置、TADIL-A(狭周波数帯秘話無線機(NBSV)×3、広周波数帯秘話無線機(WBSV)×5、明瞭音声リンク(CVL)×13)[11][22]、TDDL(Time Division Data Link、時分割データ・リンク)[22]、JTIDS[22]といった戦術データ・リンク装置、慣性航法装置(INS)[22]や全地球測位システム(GPS)[22]といった航法装置が設置されている。なお、将来のアップデートにも対応できるように、機内は余裕を持たせて機器群が配置されており、機体後部の15,000 lb(約6,800 kg)[18]もあるロートドームとのバランスをとるために機体前方に集められている[23]。
通信機材はHF通信機×2基、UHF通信機×12基、VHF-AM通信機×3基、VHF-FM通信機×1基となっている[22]。
機器操作員の育成および練度向上のため、航空自衛隊は、平成6年度から平成9年度までの4か年計画で地上訓練のためのE-767用ミッション・シミュレータを1式、1994年(平成6年)当時の価格にして約20億円で取得し、導入している[20]。これは、ミッション・クルー指揮官、先任司令官、兵器管制官、監視係幹部、監視技術員、コンピュータ・ディスプレイ整備技術員の各員を養成するために用いられるもので、E-767の実機同様のデータ処理装置およびデータ表示装置、内部連接用ラック、模擬通話用制御卓、教官用状況表示コンソール(SDC)5台、訓練者用SDC 14台、隔離壁で構成されている[20]。このシミュレータについて、要員の訓練は可能であるならば実機の飛行環境で行うことが理想であるとしつつも、航空機の飛行計画を手配する都合や一定の作戦状況を繰り返すことができないなどの制約があるため訓練の実施環境および実施できる演習項目の設定には制限があるとし、実際の航空機の制約を克服した訓練計画の立案および実施が可能となるものとしている[20]。これにより、効率的かつ効果的にミッション・クルーの練度を向上させることができるものとしている[20]。
警戒監視が主任務であるため固定武装はなく[24]、ハードポイントがないため外部兵装も装備できない。
フレアやチャフなどデコイを放出するディスペンサーは外部から確認できず装備していないとされる。
将来的に空中給油に対応させるため、製造段階で配管などが準備されており[48]、プローブの取り付けなど簡単な改修によって空中給油が可能となる。ただし、空中給油装置は、本来は標準装備とされていたものを調達費引き下げ交渉の手段として後から装備しないことにしたものであり、空中給油機の導入そのものの是非が問われていたE-767整備計画当時にはKC-767の整備計画すら存在していなかったため、空中給油装置を取り外すという判断は当然のことと言える[48]。
空中給油装置の価格は一説には50億円と言われているが、これが1機分なのか2機分以上なのかは判然としていない[48]。E-767の開発母機となったボーイング767型機は旅客機なのでもともと空中給油装置を持たないが[48]、完成してしまった機体に後からフライング・ブーム方式の空中給油装置を取り付けた大型軍用機の例は、C-141A輸送機をC-141Bに改造した事例のみである[48]。1976年(昭和51年)に交わされた試改造契約によると、その契約金額は1機あたり2,430万ドルであったとされる[48]。為替レートを1ドル = 150円としてこれを換算すると36億4,500万円となる[48]。この契約金額には胴体延長改修の価格も含まれているため純粋な空中給油装置だけの価格ではないが、当時よりもインフレが進んでいることを考慮すると安くはない価格のものであることがわかる[48]。よって、空中給油装置を取り外したことはE-767の調達費の引き下げに貢献できたと推測される[48]。
2005年(平成17年)、2006年(平成18年)、2007年(平成19年)、2009年(平成21年)、2010年(平成22年)度に「早期警戒管制機(E-767)レーダー機能の向上」として改修予算が認められている。これはE-3のレーダー・システム改善計画(RSIP, Radar System Improvement Program)に基づく改修に準ずるもの[49][46]で改修内容は、配電盤と配線の改良、レーダー・コンピュータの換装、アンテナ部改良、送信出力制御装置と機材保護装置の改良、機上レーダー整備員用コンソールの改良である。レーダー・コンピュータの換装は、デジタル・ドップラー・プロセッサ(DDP, Digital Doppler Processor)およびレーダー・データ・コリレータ(RDC, Radar Data Correlator)の監視レーダー・コンピュータ(SRC, Surveillance Radar Computer)への置き換えであり、ソフトウェアのプログラミング言語をAdaへ変更することを含む[46][50]。この改修により、探知距離の延伸や、識別能力の向上、統合戦術情報伝達システム(JTIDS)のリンク 16を搭載したF-15J近代化改修機との連携が可能になり、レーダー反射断面積(RCS)が小さな巡航ミサイルへの対処も可能になる[51][52]。RSIP改修機は2010年までに改修を終えており、2011年(平成23年)から運用を開始している。
2013年(平成25年)度には「早期警戒管制機(E-767)の能力向上」として、中央演算装置の換装・電子戦支援装置の搭載を主軸とした改修予算が認められている[53]。これはE-3のブロック40/45に準ずる改修で[49]、アメリカ国防安全保障協力局が2013年(平成25年)9月に明らかにしたところでは、改修の総予算は約9億5000万ドルとなる予定で、改修内容には電子式位置検索システム(ESM, Electronic Support Measure System)×4基、AN/UPX-40 次世代敵味方識別装置×8基、AN/APX-119 敵味方識別トランスポンダ×8基、KIV-77 暗号コンピュータ×4基などが含まれる[54]。2014年(平成26年)と2015年(平成27年)度には同名目で先行的に部品の調達予算のみが計上されている。2020年(令和2年)6月に改修を完了予定[55]。
2018年(平成30年)2月12日、アメリカ合衆国国防総省は、6,090万ドルの契約でミッション・コンピュータのアップグレードのインストールおよび関連する地上システムのチェックアウト作業がテキサス州サンアントニオ、オクラホマ州オクラホマシティ、ワシントン州シアトルで行われ、2022年(令和4年)12月31日までに完了する予定と発表した[56]。
出典: 月刊エアワールド1998年4月号別冊『空中警戒管制機 AWACS/E-767&E-3』[24][57][58][59],特に注がないものはThe Boeing Company公式ページ 767 AWACS Specificationsより。[60].
現在、E-767は世界で4機しか存在しない。機体は4機ともほぼ同じであるが、1号機と2号機のみコックピットに第2監視員席(民間の767型機で言うところの第2オブザーバ席)が追加されている[18]。
機体番号の左端の1桁は機体が完成した年(年度ではない)の西暦の下1桁を示している。1号機と2号機は1996年(平成8年)、3号機は1997年(平成9年)、4号機は1998年(平成10年)に完成したことがわかる。3号機と4号機は両方とも1997年(平成9年)に完成する予定であったが、会社のストライキにより3号機の完成が遅れ、1997年(平成9年)末に完成したため、年をまたいで4号機が1998年(平成10年)の前半に完成した。