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| ジャンル | ファーストパーソン・シューティングゲーム |
|---|---|
| 対応機種 | MS-DOS |
| 開発元 | id Software |
| 発売元 | ベセスダ・ソフトワークス(再リリース版) |
| デザイナー | ジョン・ロメロ トム・ホール サンディ・ピーターセン |
| プログラマー | ジョン・D・カーマック ジョン・ロメロ デイブ・テイラー |
| 音楽 | ボビー・プリンス |
| 美術 | エイドリアン・カーマック ケヴィン・クラウド |
| シリーズ | Doom |
| 人数 | 1〜4人 |
| 発売日 | |
| 対象年齢 | CERO:C(15才以上対象) ESRB:M(17歳以上) PEGI:16 |
| エンジン | id Tech 1 |
『DOOM』(ドゥーム)は id Softwareが開発したビデオゲームである。ジャンルはファーストパーソン・シューティングゲーム(FPS)であり、1993年12月10日にMS-DOS向けのシェアウェアとして発売された。
本作は、プレイヤーキャラクターの一人称視点でゲームが進行し、そのほとんどが敵を撃ち殺すことに費やされる一方、探索をはじめとするアドベンチャーゲームとしての要素もある。世界観はサイエンス・フィクションとダーク・ファンタジーの要素を兼ね備えている。
Doomシリーズの第一作である本作は、FPSというジャンルの代表作として知られており、その人気は後発のFPSに多大な影響を与え、オンラインゲームの発展にも寄与している[1]。その一方で、本作の暴力的な表現が問題視され、常に論争の的となってきた。
本作は、プレイヤーキャラクターの一人称視点でゲーム進行し、そのほとんどが敵を撃ち殺すことに費やされるファーストパーソン・シューティングゲームであるが、単純なアクションゲーム然としたものではなく、秘密の部屋や隠されたアイテムを見つけたり、次のエリアに進むために鍵や遠隔操作の開閉装置を操作したりすることが必要となる、アドベンチャーゲーム的な探索の要素も持っている。
戦闘は銃撃戦が主体であり、散弾銃や拳銃といった現実にある銃器からBFG9000の様な架空の銃器までを駆使して、敵を倒していく。本作は狭い屋内での戦いが多く、銃撃戦を主体としながらも数メートルの間合いで撃ち合う事が多い。更に主人公の移動速度が極めて速く、敵の弾の多くは見てから避けられる遅さである事も相まって、FPSでありながら近接戦闘を中心としたゲームプレイが展開される。上達すると、高速戦闘により敵を次々となぎ倒すことができる。
敵は主に、火星基地に住んでいた海兵隊員が地獄の悪魔に寄生されてゾンビ化した者と、インプやサイバーデーモンなどといった地獄の悪魔達そのものに大別される。悪魔の中にはサイボーグ化された者もおり、サイエンス・フィクションとダーク・ファンタジーが入り混じった本作独自の趣を演出している。
美術や音楽はヘヴィメタルの影響を強く受けており、特に地獄の環境や悪魔の描写において、影響が顕著に表れている。
また、スタンドアローンでの単独プレイの他に、ネットワークを利用した2~4人プレイ用のゲームモードがあり、協力プレイ「co-operative」モードと対戦プレイ「deathmatch」モードの二つを楽しむことができる。このネットワークを介した対戦マルチプレイヤーは、本作の後にidが手掛けた『Quake』シリーズによってFPSおよびシュータージャンルにおける標準的なゲームモードとなった。
DOOMにも、当時の他のPCゲームと同様にチートコードが存在し、不死身、全武器入手、壁抜けなどの能力を持つことができる[2]。
本作は「Knee-Deep in the Dead」、「Shores of Hell」、「Inferno」の三つのシナリオ(エピソード)から成り、それぞれ隠しステージとボスステージを含む 9つのステージで構成されている。シェアウェア版では、第1エピソード「Knee-Deep in the Dead」を無料でプレイすることができるが、第2エピソード「Shores of Hell」及び第3エピソード「Inferno」をプレイするためにはユーザ登録をするかパッケージ版を購入するかしなければならなかった。
1995年には、オリジナルの『DOOM』と追加シナリオ「Thy Flesh Consumed」を収録した『The Ultimate DOOM』がパッケージ発売された[3]。「Thy Flesh Consumed」は、1994年に発売された『DOOM 2』よりも後に発表された事もあり、他の三つのエピソードよりも難易度が高い。
2021年現在出回っている物は『The Ultimate DOOM』に準拠しており、四つのエピソードが全て含まれている。
火星の軍事企業Union Aerospace Corporation(UAC)は、火星の衛星フォボスとダイモス間で秘密裏に瞬間移動装置の実験を行っていたが、その実験中に偶然地獄へのゲートが開く。基地のセキュリティシステムは、ゲートからやってくる地獄の悪魔達を阻止することが出来ず、基地の人員は瞬く間に殺されゾンビと化し、火星から事件の調査のために派遣されたUACの部隊もすぐに音信不通となってしまう。 UAC部隊の唯一の生き残りとなった主人公の宇宙海兵隊員(ドゥームガイ)は、基地からの脱出を図る。
『Wolfenstein 3D』発売後の1992年11月、id Softwareはファーストパーソンシューターゲーム「DOOM」の開発を決定した[4]。 チームの一員であるトム・ホールは背景設定や基本仕様を記載した書類を作成しており、この時点では開発チームが親しんでいた『ダンジョンズ&ドラゴンズ』に似た内容になる予定だった[5][4]。ところが、ジョン・カーマックとホールの間で意見の相違があり、結局ホールの案は取り下げられた[4][5]。
議論によって、非直線的な壁の導入や、床や天井の高さに差異を持たせるといった基本的な仕様が決定した[4]。 また、本作のワークステーションには前年購入したNeXTcubeが用いられたほか[4]、ゲームデザイン及びレベルデザインは、アメリカン・マギーが担当した。 カーマックは本作の開発において、バイナリ空間分割による衝突判定を作成した[6]。
本作は、「E2M7」と「Hanger」という最初期のバージョンを経て1993年2月4日にプレα版が出来上がった[4]。 その後、スーパーファミコン版『Wolfenstein 3D』の移植トラブルの対処のため、一時本作の開発が休止されたものの、1993年4月にはα版が完成した[4]。
さらにその後ホールが退社し、発売から10週間前に入社したサンディ・ピーターセンがホールの残したマップの調整や、新規マップの自作を担当した[7]。 1993年10月にはプレス向けのバージョンが完成し、その2か月後の12月10日、本作の製品版が発売された[4]。
本作においては、新たな挑戦も行われた。 たとえば、敵キャラクターのグラフィックは、コンセプトアートをもとにクレイモデルを作り、それをビデオ撮影した後、パソコンに取り込んで加工するという方式が取られた[4][5]。 また、BFG9000などの武器類は、スタッフが玩具店で購入したおもちゃの映像を合成する形で作られた[4][5]。 さらに、エイドリアン・カーマックの手により、本作では肉片が飛び散る様子が描かれており、この表現はエイドリアンから「ギブズ」(Gibs)と呼ばれている[7]。 一方で、本作の敵キャラクターのグラフィックは平面で描かれており、3Dのポリゴンの導入は『Quake』を待つことになる[4][8]。 加えて、カーマックが懸念していたポリゴン数の過多は後にDOOMエンジンにおける動作遅延問題として表面化するものの、カーマックはグラフィックの質を下げることはせず、別の方法で解決に持ち込んだ[4]。
オリジナルである PC-DOS版の他、PC-9801&9821、Microsoft Windows、QNX、Irix、NeXTSTEP、Linux、Classic Mac OS、スーパーファミコン、スーパー32X、PlayStation、ゲームボーイアドバンス、Atari Jaguar、セガサターン、3DOなど、多数のプラットフォームに移植されている。但しその全てがオリジナル版からの完全移植というわけではなく、スーパーファミコン版ではハードウェア性能の都合でグラフィックの質を下げている。
また、日本国内においては、イマジニアからPC-9801&9821版とスーパーファミコン版が発売されたほか、セガ・エンタープライゼスからスーパー32X版が発売され、ソフトバンクからセガサターン版とPlayStation版が続編『Doom II』が収録したカプリング移植で発売された[9]。PlayStation版では通信ケーブルを使った「対戦プレイ」や「協力プレイ」が可能[10]。
その後、1990年代後半にオリジナルのソースコードがGNU General Public License下で公開され、ファンの手によって様々な移植、改変がなされた。歴史的名作であることと、ネタを含む技術的挑戦として、明らかに性能が不足している機材や、通常はゲームを動作させないような機材にDOOMを移植する試みも多数行われており、「DOOMが移植されていないハードはない」と言われるほどである[11][12]。その末には、非電源のお絵描きおもちゃ「Etch A Sketch」でDOOMのゲーム画面を再現する者も現れている[13]。
2019年7月26日に、idの親会社であるベセスダソフトワークスより、Nintendo Switch、PlayStation 4、Xbox One、Android向けに再リリース版が発売された。
『DOOM 64』は、ミッドウェイゲームズが開発しidが監修した、1997年に発売されたNINTENDO 64用ソフトである[14]。 同作は、グラフィックやマップが大幅にリニューアルされ、ストーリーもオリジナル版からの続きであるため、本作および『DOOM II』の続編に相当する[14]。 また、『DOOM』一作目のラスボスがスパイダー・マスターマインドだったのに対し、『DOOM 64』では、モンスターを生み出す母体・マザーデーモンに変更されている。
同作の日本語版には、日本語の説明書が付属している一方、ゲーム内における日本語はアイテムを入手した際などに表示されるメッセージのみで、字もカタカナであり、血の色が赤から緑に変更されている(敵にダメージを与えた時の出血のみ)[14]。
2020年3月、Nightdive Studiosにより、Windows、Nintendo Switch、PlayStation 4、Xbox One向けに復刻移植された[14]。日本でも発売されているが、日本語には対応していない。ただし、血の色が赤になった(オプションで緑に変更可能)。
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本作は大ヒットし、ロメロがある大学のサーバに本作をアップロードしようとした際に、うわさを聞いたファンからのアクセスがサーバに殺到してダウンするという出来事も発生した[45][5]。
その後、開発者であるジョン・ロメロらがソースコードを公開したことにより、ユーザーによってDOOM WAD(「Where's All the Data?」の頭字語。現在で言うトータルコンバージョンMOD)と呼ばれる様々な拡張データの制作も行われた[46]。 また、1990年代中頃からは、『Duke Nukem 3D』をはじめとする、「DOOMクローン」と呼ばれる亜種も多数作られている[1][47][48]。
本作が販売された1993年当時の日本ではインターネットがあまり一般的ではなく、日本人が海外のゲームの情報を入手するのは簡単ではなかった[48]。それでも、ニフティサーブなどのパソコン通信サービスにおける海外ゲームのフォーラムにて本作のシェアウェア版(体験版に相当)が公開されており、DWANGOでの対戦プレイを楽しんだり[48]、WADをダウンロードして遊ぶファンもいた[46]。
また、日本においては、FPSという単語が一般的ではなかったことから、これらのゲームは「DOOM系」と呼ばれていた[1]。
4Gamer.netの奥谷海人は2013年の記事の中で、LANによるマルチプレイモードやWADの存在が画期的だったと述べている[7]。
本作の売り上げにより、id Softwareには毎日のように10万ドルの利益が入るようになった[49] 。
売り上げこそ150万本にとどまり、1200万本以上を売り上げた『MYST』などに及ばなかったものの、シェアウェア版(ダウンロード販売)の利用者は1500万人から2000万人にのぼると言われている[要出典]。 開発スタッフの一人であるサンディ・ピーターセンは、最初の1年での売り上げは数十万本程度だったとし、海賊版の横行によって頭打ちになったのだろうと推測している[50]。
専門家は1999年の時点におけるパッケージ版の売り上げは約2、300万本だろうとしている[51][49]。 PC Zoneは全世界で約600万人が遊んだと推測している一方[50]、発売から2年間で1000~2000万人が遊んだとみる者もいる[52]
雑誌ドラゴンでは、5つ星が付けられ、『Wolfenstein 3D』からハイスピードなアーケード調のシューターに進化した点や、オンラインプレイに対応している点などが評価された[25] 。 Computer and Video Gamesでの評価は93%であり、テクスチャマッピングで構成されたステージが怖くて刺激的 ("the level of texture-mapped detail and the sense of scale is awe inspiring")だとした一方で、過剰な暴力表現や、同じことの繰り返しになる点を指摘している[24]。 日本のライター・片山裕もパソコン雑誌インターネットマガジンで組んだ本作の特集記事の中で、爽快感や面白さについて触れると同時に、残酷表現についても指摘し、子どもに見せるべきではないとしている[53]。
"Computer Gaming World"誌のアンケート "Playing Lately?"(「最近何遊んだ?」の意味)では、1994年2月号分で本作が1位となり、「ワルな仲間たちと4人で遊ぶ『NetDoom』ほど病みつきになるものはない!…ぶっ通しで72時間も遊んだのはこんなのが初めて」("No other game even compares to the addictiveness of NetDoom with four devious players! ... The only game I've stayed up 72+ straight hours to play")や、「4人プレイできる『DOOM』は生産的で退屈な仕事をぶち壊す手っ取り早い手段だ」("Linking four people together for a game of Doom is the quickest way to destroy a productive, boring evening of work".)といった読者からのコメントが寄せられた[54]。 また、同誌ではネットワーク対戦などを評価する記事が掲載された[55]一方、翌月号のレビューではグラフィックなどを称賛しつつもラスボスがぬるいといった指摘も寄せられた[56]。
『エッジ』はゲームシステムが単純だとしたものの、グラフィックやステージ構成などを称賛した[26] 。
1994年にはPC Gamer、Computer Gaming World[32]の両誌においてGame of the Yearに輝いた。さらにPC MagazineのTechnical Excellence Award、Academy of Interactive Arts & Sciences の Best Action Adventure Gameを受賞し、2004年4月のPC Gamer10周年記念号においてもっとも影響力のあるゲームの一つに数えられた。
また、2007年3月12日、ニューヨークタイムズは、本作が時代を象徴するゲーム「ゲームカノン」の一つに選ばれたと報じ [57]、のちに本作は他のゲームカノンとともにアメリカ議会図書館に保管された[39][58]。
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本作が発売された当時は、前年に発売された『モータルコンバット』をはじめとするゲームにおける残酷表現が問題視されており[59]、スーパー32X版はその表現からESRBによってM指定(Mature,17歳以上対象)にされた[60] 。 また、本作に用いられていたハードロックのBGMや悪魔をモチーフとしたデザインから反キリストが連想されることもあった[59]。 さらに、1999年に発生したコロンバイン高校銃乱射事件の実行犯が本作のファンだったことが報じられた[61]結果、本作は若者に害を及ぼす「殺人シミュレータ」とみなされ[62]、FPSそのものが銃乱射事件と結び付けられた[59]。
また、本作が仕事に対する重大な脅威となり、オンライン対戦やシェアウェアのダウンロードによってネットワークが妨げられたとするいくつかの報告書が存在しており、実際これらの問題のためにインテル[63] などの企業や一部大学では勤務時間中のゲームプレイを禁止するという措置が取られた[64][65]。
いずれも Dafydd Ab Hugh と Brad Linaweaver の共同執筆
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| ジャンル | ファーストパーソン・シューティング |
|---|---|
| 対応機種 | |
| 開発元 | id Software[注釈 1] |
| 発売元 | GT Interactive Software[注釈 2]、ソフトバンク(PS、SSの日本版) |
| デザイナー | サンディ・ピーターセン ショーン・グリーン アメリカン・マギー |
| プログラマー | ジョン・カーマック ジョン・ロメロ デイブ・テイラー |
| 音楽 | ロバート・プリンス |
| 美術 | エイドリアン・カーマック ケヴィン・クラウド |
| シリーズ | Doom |
| 人数 | シングルプレイヤー、マルチプレイヤー |
| 発売日 | |
| 対象年齢 | CERO:D(17才以上対象) ESRB:M(17歳以上) PEGI:16 |
| エンジン | id Tech 1 |
『Doom II: Hell on Earth』(ドゥームツー ヘル オン アース)はid Softwareが開発したファーストパーソン・シューティングゲーム[3]。本作は1994年にMS-DOS用ソフトとして発売されたのち、1995年にMacintosh版が発売されたほか、21の新ステージの拡張パック『Master Levels for Doom II』が1995年12月26日に発売された[4]。
当初シェアウェアと通信販売でのみ入手できたオリジナルのDoomと異なり、本作は店舗で販売された。1995年のPlayStationと1997年のセガサターンで発売された『Doom』では前作『I』と本作の収録によるカプリングで移植。また、2002年にゲームボーイアドバンス、2010年にXbox Live Arcade[5][6]、2019年に Nintendo Switch、PlayStation 4とXbox Oneに移植された[7]。 前作のソースコードの公開により、iPhoneや一部の他種の携帯電話を含む他の多くのプラットフォームへの移植が実現した。
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本作の内容には前作と劇的な違いはなく、大きな技術開発、グラフィックの改善、大幅なゲームプレイの変更もなかった。代わりに、開発チームはオリジナルのゲームの発売以降のコンピューターハードウェアの進歩を利用して、はるかに大きく複雑なステージを作成することで、自社のゲームエンジンをさらに活用できるようにした。ゲームは前作のように大きな非線形ステージを通るプレイヤーで構成されている。各ステージの行く手を阻むデーモンを、ゲームを通して入手できるさまざまな武器で倒しながら、出口(スイッチまたはテレポーター)を見つけることでステージクリアとなり、次のエリアに進む。前作と同様、本作のステージは直接的な方法で完了することができるが、ステージは非線形であるためプレイヤーは通り道を離れた場所を歩き回ることができ、そうした場所には多くの場合体力回復アイテムやより強力な武器などのボーナスアイテムが配置されている。マップが大きく複雑になり、モンスターの集団も拡大したためゲームのシステム要件はオリジナルよりも幾分か高くなっている。
3つに分かれたエピソードを別々にプレイしていた前作とは違い、本作はストーリーが進展する際の幕間を伴いつつも1つの巨大なエピソードを攻略することになる。これは、ゲーム全編を通して、プレーヤーが死亡しない限り手持ちの武器と弾薬などをリセットされなくなったことも意味する。(Doomのオリジナルのエピソードと違い)マップ上のプレーヤーの進行状況は画像で表示されなくなり、各ステージ間の画面は単に背景を表示する(このスタイルは前作の小売向け再販版『The Ultimate Doom』に追加されたエピソード4に受け継がれている)。
本作は非ボスのモンスターの種類を2倍にし、前作のDoomではボスとして登場したモンスターも通常の敵として途中のステージに登場させたことに加え、新しい武器「ダブルバレルショットガン」(ゲームではスーパーショットガン、あるいはコンバットショットガンなどと呼ばれていた)および、隠し部屋に配置される新しいパワーアップ「メガスフィア」が追加されている。
前作でも搭載されていたマルチプレイヤー機能は大幅に増加したダイヤルアップモデム数の「独創的な」サポートを含む改善が行われた。2人のプレーヤーによるダイヤルアップ接続により、1人のプレーヤーが他のプレーヤーのコンピューターにダイヤルインして、協力またはデスマッチスタイルの戦闘でプレイできた。 ローカルエリアネットワーク (LAN)機能も追加された。このLAN機能は発売後にパッチとアップデートがリリースされて改善された。この機能は後に前作の機能としても組み込まれた。オリジナルのDoomと同様に、マルチプレイヤーゲームは、内部セットアッププログラム(setup.exe)、オンラインサービスDWANGOまたはカーリーやカーン(SPXを使用)などのWindows 95でかつて人気だったプログラムを通したダイヤルアップ接続またはLANを使用してプレイされていた。今日では、現代の標準でDoom IIはOdamex[8]、Zandronum[9]、ZDaemon[10]などのサードパーティのソースポートを使用して、インターネット上のほぼすべてのバージョンのWindowsでプレイでき、現在も依然として人気がある[11]。他にもDoom IIのXbox Liveアーケード移植版は、 Xbox Liveを介したオンラインマルチプレイヤーをサポートしていた。
連続する30レベルは以下の4つのエリアに分かれている:UAC Underground、UAC's Starport(Hellish Outpost)、City、Hell
Doomの出来事の直後、プレイヤーは再び名前のないDoomguyの役割を担う。スパイダー・マスターマインドを倒した後、彼が「地獄に封じ込めるにはあまりにも強すぎる」と証明したため、地獄のデーモンは海兵隊員に地球へのポータルを開いた。地球に戻った後、海兵隊員は地球もデーモンの侵略を受け、数十億の人々などが殺害されたことを発見する[12][13]。
攻撃を生き延びた人類は、残りの生存者を宇宙に運ぶ巨大な宇宙船を建造する計画を立てた。 不幸なことに、地球で唯一の地上の宇宙港はデーモンに占領され、デーモンはその上に火炎バリアを設置し、船の出港を阻止した[12]。海兵隊員は悪魔の大群と戦い、フォースフィールドを無効化して残りの人間を脱出させる。すべての生存者が地球を脱出した後、海兵隊員は惑星に残された唯一の人間となった[14]。
人類を救えたことを知った彼は、座して死を待っていたが、その後、地獄の軍隊がどこから来ているのか突き止めた軌道上の生存者から惑星外送信を受け取った。このメッセージは、デーモンの基地が海兵隊員の故郷の中心にあることを明らかにした。その後、彼は基地に到達するまで街中を戦ったが、こちら側から侵略を止める方法はないと見ていた。彼は反対側から無効にしようと地獄に入ることに決め、ポータルに足を踏み入れた。
地獄の軍勢と戦い抜いた後、海兵隊員は彼が今まで見た中で最大のデーモン「罪の聖像」(Icon of Sin、バフォメット)の居場所へと到達する。彼はロケットをその露出した脳に撃ち込んで罪の聖像を破壊する。聖像の死は地獄を荒廃させ、地球へのポータルは封印された。地獄を破壊された今邪悪な人たちが死ぬとどこに行くのだろうか、地球を再建する事の方が窮状を切り抜けるよりも気楽に違いないと故郷への道すがら考えた。
ほとんどのステージはサンディ・ピーターセンによって設計され[15]、アメリカン・マギーも重要な役割を果たした。最終ステージのボスキャラ「Icon of Sin」には、2人のアーティストがジョン・ロメロの生首を壁面上、通常の手段で立ち入ることのできないIcon of Sinの弱点の内部にスプライトとして入れ、これがロケットを打ち込むことでのみヒットできステージクリア判定になるオブジェクトであるというイースターエッグが含まれている。ロメロは、ステージの効果音に取り組むためにステージをプレイしているときに、この面白半分のジョークを偶然見つけた。それを同僚が行ったものだと理解したロメロは、「’’To win the game, you must kill me, John Romero(ゲームに勝つには、私、ジョン・ロメロを殺さなければならない)’’」という声を録音し、さまざまなフィルターに通して歪ませたうえで、逆再生した「悪魔の聖歌」として収録。プレーヤーが遭遇した際に発するIcon of Sinのボイスとした[16][17]。「ジョン・ロメロの頭」スプライト用にスキャンされた写真は、1994年に撮影されたビジネスウィークの写真からのものだった[18]。
3DO Interactive Multiplayer版はArt Data Interactiveによって開発中であると発表されたが、実現しなかった[19][20][21]。
Doom IIは1994年10月10日に北米とヨーロッパで最初にリリースされた(Doomsdayルールの日の一つであり、オリジナルからちょうど10か月後)[22][23][24]。
『Master Levels for Doom II』は、1995年12月26日にid Softwareが発売した『Doom II』の公式拡張パックである。CDには、契約に基づいてさまざまな作者が作成した20個のWADファイルが含まれている。3000の自作ステージから成る「Maximum Doom」という追加特典も付属していた[25]。
『No Rest for the Living』は、Nerve Softwareが本作の拡張パックとして開発したソフトであり、Xbox 360のXbox Live Arcadeにて販売された。同作は8つの通常ステージと1つのシークレットステージで構成されている。また、同作は『Doom 3: BFG Edition』に収録されている『Doom II』内に含まれており、また、PlayStation Network向けの『Doom Classic Complete』の一部として、および本作の2019 Unityエンジン移植版の無料のアドオンとしてもリリースされている[26]。
『Masters of Doom』のデビッド・クシュナーによると、id Softwareは発売に備えて60万本のDoom IIを店舗に出荷した。この最初の出荷は、3か月持つと予想されていたにもかかわらず、1か月以内に店頭から売り切れた[27]。ゲームの予約注文は非常に多く、店舗での購入が困難だった。ゲーム製品は棚ではなくパレットに陳列されていた[28] 。本作は1994年に米国で最も売れたコンピューター作品となり[29]、1996年においても米国で32万2671本が売れ、1260万ドルの収益で10位になった[30]。
米国では、Doom IIは1993年から1999年の間に3番目に売れたコンピューターゲームであり、その期間中に155万本が販売された[31]。米国での収益は最終的に8000万ドルに達し、ヨーロッパの収益は2000万ドルに達した。クシュナーは、後者の数字のうち「30%はこのゲームの販売を禁止したドイツから来たものである」と記述している[27]。
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Doom IIの評価は好評で、レビューワーはオリジナルのDoomを優れたものにしているすべてを洗練したと評した[42]。Dragonは、「もし頭を使わないが激しい虐殺があなたが望むものであるなら、(本作は)払った金に見合うものになるだろう。これは単なる必携のゲームではなく、ハードドライブを永遠に保つゲームである。さらに多くのDoomが必要ならこれを手に入れよう」と述べた[43]。
ライター/ゲームデザイナーのクリス・クロフォードは、「Barrels O 'Fun」ステージを使用してコンピューターゲームの死に関するポイントを説明し、「1990年代の極上のゲームの一つにある最も複雑で洗練されたチャレンジの1つである」という理由から、このステージを例に選んだことを説明した[44]。
Next GenerationはゲームのPC版をレビューし、5つ星のうち3つ星と評価し、「今やファーストパーソンインターフェースが業界全体で選択できるデザインになっているため、Idは新しいイノベーションを見つける必要がある。さもなくばid独自のゲームのニッチ市場で追いついていることがすぐにわかるだろう」と述べた[36]。
Doom IIは、1994年のオリジン賞で「Best Fantasy or Science Fiction Computer Game of 1994」賞を受賞した[45]。Doom IIは、2019年のVideo Game Canonの 53の「史上最高のコンピューターゲーム」リストの統計メタ分析で、史上115番目のゲームに位置付けられた[46]。