出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/12/21 05:37 UTC 版)
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| DonDokoDon | |
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| メンバー | 山口智充 平畠啓史 |
| 別名 | ドンドコ |
| 結成年 | 1994年 |
| 解散年 | 2006年(活動停止年) |
| 事務所 | 吉本興業 |
| 活動時期 | 1994年 - 2006年 |
| 師匠 | なし |
| 出身 | 銀座7丁目劇場のオーディション |
| 出会い | 宝塚ファミリーランド |
| 旧コンビ名 | なし |
| 現在の活動状況 | 活動停止と称した事実上の解散 |
| 芸種 | 漫才、コント |
| ネタ作成者 | 山口智充 |
| 現在の代表番組 | なし |
| 過去の代表番組 | 爆笑オンエアバトル ワンナイR&R くさデカ |
| 同期 | ロンドンブーツ1号2号 ペナルティ 小籔千豊 渡部建(アンジャッシュ) 設楽統(バナナマン) など |
| 受賞歴 | |
| 1999年 爆笑オンエアバトル 第1回チャンピオン大会 チャンピオン 2000年 平成11年度花形演芸大賞 銀賞 |
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DonDokoDon(ドンドコドン)は、かつて吉本興業で活動していた日本のお笑いコンビ。1994年2月に結成し、2006年まで活動。『爆笑オンエアバトル』初代チャンピオン。
山口と平畠は共に宝塚ファミリーランドに勤めており、山口はイベントの司会業を、平畠はイベントの音響を担当していた。そこで2人は親交を深め、会社の忘年会の余興も2人で担当したことがある。その後、2人は別々の時期に退社。退社後2人は再び親交を深め、半年ほど2人で結婚式の司会などのバイトをこなす。そんな中、毎日放送の視聴者参加型の演芸番組『素人名人会』に参加し、名人賞を受賞する。
この時期にプロの芸人になることを志し、上京。事務所にはこだわらず、いろんな東京の事務所のオーディションを受け、銀座7丁目劇場のオーディションに合格する。東京吉本所属となり、1994年2月に本格的にコンビ結成しデビュー。2人は大阪出身ではあるが、東京を拠点に活動した。
コンビで行う漫才は、山口のモノマネを活かしたスタイルで、対照的に平畠は地味なキャラクターを売りにしていた。
1999年に『爆笑オンエアバトル』初代チャンピオンに輝くなど、結成当初はコンビでの活動が主であった。しかし山口が『明石家マンション物語』(フジテレビ系列)に出演し全国的な知名度を得たのを皮切りに、以降は多彩なものまねや声帯模写などを活かして山口がピンで活動する事が多くなっていった。
以降もコンビとしての活動は縮小傾向にあり、静岡県で人気番組となった『くさデカ』(テレビ静岡制作)も、山口の出演頻度は2001年11月より段階的に減少して最終的に2003年に降板し[注 1]、レギュラー番組『ワンナイR&R』(フジテレビ系列)は、開始当初より平畠の出番は微少で山口との絡みも少なかった。2001年には『M-1グランプリ2001』で決勝戦に進出するも、結果は10組中9位であった。
山口はマルチタレントとして活動、平畠は芸能界屈指のサッカー通として関連番組に多く出演するほか[1]、引き続き『くさデカ』に出演するなど、静岡では高い知名度を持っている。
共に1968年度生まれで、山口が2000年頃にはブレイクしレギュラー番組を多数持ったことから、2000年代半ばにはベテラン芸人入りしていたと思われがちだが、実際は二人ともサラリーマンを経て25〜26歳で吉本興業に入ったため、同年代の芸人に比べて芸歴は短い。このため、宮迫博之(元雨上がり決死隊)、千原兄弟、ナインティナイン、ココリコ、中川家、陣内智則など年下の先輩が多い。ロンドンブーツ1号2号、ペナルティや、大阪NSCでは12期生の小籔千豊、土肥ポン太などが同期に当たる。1年先輩には中川家、陣内、ケンドーコバヤシなど、1年後輩には次長課長、タカアンドトシなどがいる。
2006年12月に『ワンナイR&R』が終了したことでコンビ名義でのレギュラー番組は消滅した。それ以前から、漫才の舞台などコンビでの仕事も行われなくなった。後に『さんまのまんま』(2013年7月27日放送分、関西テレビ制作・フジテレビ系列)に山口が出演した際に、司会の明石家さんまから「DonDokoDonは、今どうなってるの?」と聞かれた山口は、「バラバラの活動です。(2人では)やってないです。」と話し、「解散はしてないの?」と確認されると、「解散ってのも微妙なんですけど、『解散します。』って言っても『どうでもええわ』って人も居るじゃないですか。『解散』って言葉はマイナスなんで、言う事は無いんかなと」と自然消滅の形でコンビを解消した事を明かした[2]。2020年に山口が『ダウンタウンなう』(フジテレビ系列)に出演した際も、「活動はもうしていきませんと吉本には言っている」「まだ何もしてへん奴が『解散』と言うのは、おこがましい」と説明した。
吉本興業の公式サイトではDonDokoDonのページが削除され、山口、平畠それぞれの個人紹介ページに変更されている[2]。また、TVガイド(2007年度以降)・JUNON(2008年度以降)のタレント名鑑やライブイベント『LIVE STAND 07』等でも、2人は別々に表記されている。
事実上の解散前もコンビ仲が特に悪く、事務所の先輩である藤本敏史(FUJIWARA)は2人の関係性について「仲良かった時無い」と話し[3]、後輩であるトータルテンボスに「(その件は)本当に触れられないやつ」と話した[4]。
ゴリ(ガレッジセール)は沖縄のテレビ番組にて「DonDokoDonは2人の方向性が違っただけなのでね。でも2人が出会わなければ銀座7丁目劇場のオーディションを受けることも無かったでしょうし吉本に入ることもなかった。そしてワンナイで僕らと共演することも無かったでしょう。2人が出会った奇跡に感謝です」とコメントしている。
| 年 | 結果 | エントリーNo. | 決勝戦キャッチコピー |
|---|---|---|---|
| 2001年 | 決勝9位[5] | 859 | 無冠の帝王[注 7] |
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「ナイナイの迷探偵」の記事における「DonDokoDon(山口智充・平畠啓史)」の解説
超!よしもと新喜劇で演じていたお人好しヤクザ辻本の子分として登場。謎の美女から西川のりおのバイクを渡されており、のりおから喧嘩を売られる羽目になる。
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