(Dassault から転送)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/09/13 14:58 UTC 版)
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| 本社所在地 | パリ |
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| 設立 | 1929年 |
| 業種 | 持株会社 |
| 代表者 | エリック・トラピエ(最高経営責任者) |
| 主要子会社 |
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| 関係する人物 | マルセル・ダッソー(創設者) セルジュ・ダッソー(元CEO) |
| 外部リンク | www |
ダッソー (Dassault) はマルセル・ダッソー(生誕名マルセル・ブロック)が創立したフランスの複合企業で、親会社はグループ・ダッソー(Groupe Dassault, 正式名称:Groupe Industriel Marcel Dassault: GIMD)。
航空機メーカーのダッソー・アビアシオン (Dassault Aviation) がグループ起源の企業であり、グループ・ダッソーがダッソー・アビアシオンの株式50.21%を保有している。大手日刊紙『ル・フィガロ』を発行するグループ・フィガロやソフトウェア会社ダッソー・システムズなどを傘下に持つ。
航空技術者であったマルセル・ブロック(Marcel Bloch; ローマ字の読み方でブロシュとも)は第一次世界大戦中にプロペラ機の設計を担当し、1930年にマルセル・ブロック航空機社 (Société des Avions Marcel Bloch) を創設した。1936年、同社はシュド・ウエストに統合され、国営化されたが、マルセル自身は設計者としてとどまった。ブロック社は第二次世界大戦で戦闘機MB.150などを開発したが低性能な上に欠陥が多く、しかも生産は遅延して戦力とならなかった。マルセルは、1936年12月12日、シュド・ウエストとは別にマルセル・ブロック航空機公開有限責任会社 (Société Anonyme des Avions Marcel Bloch; SAAMB) を設立し、この会社が現在のダッソー・アビアシオンの源流とされている。
マルセルはユダヤ人であったため、第二次大戦中は収容所に入れられた。戦後、マルセルの兄ダリウス・ブロックがレジスタンス運動において名乗った変名であるダッソー(「突撃」を意味する)にちなみマルセル・ダッソーに改名し、社名も1947年12月20日にマルセル・ダッソー社 (Avions Marcel Dassault) に変更した。1971年にブレゲーと合併し、ダッソー・ブレゲー社 (Avions Marcel Dassault-Breguet Aviation; AMD-BA) 社となったが、オーナーへの配慮で1990年にダッソー・アビアシオン (Dassault Aviation) に改名した[1]。
本社所在地はサン=クルー。