出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/01/25 14:53 UTC 版)
「D-10 100mm戦車砲」の記事における「D-10S」の解説
1944年初頭、ソビエト連邦軍は、F-34 76mm戦車砲に換えてD-5T 85mm戦車砲を搭載した、新しいT-34-85中戦車の運用を開始した。これによってソビエト連邦軍中戦車の火力は大幅に強化された一方で、SU-85が同口径・同系列の砲を搭載していたことから、対戦車自走砲の火力強化が求められるようになった。 このことから、国営第9ウラル重機械工具製造所(OKB No.9 UZTM)のペトロフ技師の設計チームは、100mm砲を搭載したSU-100対戦車自走砲の開発に着手した。 主砲としては、海軍のB-34 56口径100mm艦載砲を元に車載化したS-34と、M-60 107mm野砲を元に100mm口径に改設計したものの2種が候補とされ、1943年9月には、両者をML-20 152mm榴弾砲の砲架に搭載しての試射が行われた。1943年12月27日には、ソ連国家防衛委員会(GKO)はさらに重戦車に対しても100mm砲を搭載するように下令した。これに応じて、S-34を搭載した重戦車として開発されたのがIS-100重戦車であったが、砲の設計上、砲塔内の配置に問題が生じた。また、本来搭載すべきものとして開発されていたSU-100においても、S-34を搭載した場合、幅の関係で乗員が出入り可能な車体前方ハッチが取り付けられないことが判明した。 このことから、より小型・軽量の100mm砲として開発されたのがD-10Sである。D-10Sは53.5口径長の長砲身により895m/秒という高初速を実現しており、V号戦車パンターの7.5 cm KwK 42やティーガーIの8.8 cm KwK 36を大きく優越する火力を実現したが、ティーガーII戦車の8.8 cm KwK 43と比べるとやや劣るものであった。
※この「D-10S」の解説は、「D-10 100mm戦車砲」の解説の一部です。
「D-10S」を含む「D-10 100mm戦車砲」の記事については、「D-10 100mm戦車砲」の概要を参照ください。