出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/02/17 09:38 UTC 版)
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キャンドル ジュン
CANDLE JUNE
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| 生誕 | 井筒 順 1974年1月20日(52歳) |
| 国籍 | |
| 出身校 | 松商学園高等学校 |
| 職業 | 実業家 社会活動家 |
| 活動期間 | 1994年 - |
| 団体 | 一般社団法人LOVE FOR NIPPON(代表理事) 一般社団法人日本キャンドル協会(専務理事) |
| 肩書き | 株式会社ELDNACS代表取締役 |
| 配偶者 | 広末涼子(2010年 - 2023年) |
| 子供 | 長男(19歳)、次男(12歳)、長女(7歳) |
| 親 | 父・井筒信一 |
CANDLE JUNE(キャンドル・ジュン、1974年〈昭和49年〉1月20日 - )は、日本のキャンドルアーティスト、実業家、社会活動家。株式会社ELDNACS(エルドナックス)代表取締役。本名は井筒順[1]。元妻は女優の広末涼子。実父はヴァイオリン製作家の井筒信一。
全身に刺青を入れ[2]、右耳には鹿角のピアスをしている。長野県 松本市出身[1] 。
1974年、長野県松本市のクリスチャン家庭に生まれた[3][4]。実家は「弦楽器いづつ」。松商学園高等学校卒業後、1994年よりキャンドル制作を開始し、1997年に「CANDLE JUNE 」として活動を開始。ギャラリーやサロンなどで展示販売、ファッションショーや音楽ステージなど幅広いフィールドで空間デザインを行ない、「キャンドルデコレーション」のジャンルを確立する。
2005年、個人事務所兼キャンドル販売をメイン事業とする株式会社ELDNACS(エルドナックス)設立。
2010年10月8日、女優の広末涼子と結婚[5]。2023年現在、広末の連れ子の長男(19歳)と、広末との間に次男(12歳)、長女(7歳)の父親。
2023年6月18日、妻広末涼子の不倫騒動について記者会見を行い、報道陣約100人が集まった[6]。個人で行ったため会見受付なども自身で行った[6]。広末から離婚してほしいと切り出されたため、同年6月初旬頃に荷物をまとめて家を出て、広末や子供3人と別居しているという。7月23日、広末が離婚を発表、親権については広末側が持ち「私が親権者として、これまで通り子供たちと一緒に生活することとしています」とした[7]。
1999年からフジロックフェスティバルのステージ「フィールド・オブ・ヘブン」の空間演出に関わった[8]。
2001年6月、 ダライ・ラマ14世が主催した、宗教・政治的意図を越えて「平和・理解・調和」のメッセージを世界各地で発信するイベント「世界聖なる音楽祭」の日本開催にて招致され、原爆の残り火とされる「平和の火」を広島県・厳島神社にて灯したことがきっかけとなり、世界の悲しみが生まれた場所にキャンドルを灯す旅、被災地や紛争地を巡って祈りを捧げる「Candle Odyssey」開始[4]。アフガニスタン、アメリカ、中国、ネパールなどを訪れた。
2008年、新潟県中越地震の復興イベントとして命日にあたる10月23日に「SONG OF THE EARTH」を始動。
2010年、ハイチ地震をうけてMINMIや若旦那 (ミュージシャン)らと「LOVE FOR HAITI」を立ち上げた[9]。
同年、New Acoustic Campが道志の森キャンプ場で初開催され、オーガナイザーのTOSHI-LOWから話を持ちかけられて会場全体の空間演出を始めた[10]。また、FUJI ROCK FESTIVALの新エリア・ピラミッドガーデンのプロデュースを担当。
2011年3月、東日本大震災を受け、一般社団法人LOVE FOR NIPPON を設立。2011年より現在に至るまで、毎月11日に福島県各地を訪問し「CANDLE 11th」と題したキャンドルナイトイベントを続けている[3][11]。
2017年、「SONG OF THE EARTH」の会場を新潟から福島県に移し、仮設住宅で小規模に開催[12]。
2019年、営業を再開したJヴィレッジで「SONG OF THE EARTH」を開催。以降毎年3月11日にこだわり、同会場で現在に至るまで「SONG OF THE EARTH311 FUKUSHIMA」を開催している[13]。
2020年、熊本南部・九州豪雨被害、山形県最上川氾濫被害へLOVE FOR NIPPONとして物資提供[14]。
2021年、一般社団法人日本キャンドル協会の改組に伴い、専務理事に就任[15][16]。
同年、LOVE FOR NIPPONとして「SOTE SYMPOSIUM」発足。環境省と「福島、その先の環境へ。」実行委員会として、福島県双葉町の帰宅困難地域や中間貯蔵施設などを巡る「ふたば、ふたたびツアー」をSOTEコンテンツの一環としてスタートした[17]。
2022年、8月 福島県双葉町の帰町宣言を受け、LOVE FOR NIPPONとして JR双葉駅前でのキャンドルナイト「ただいま、おかえり双葉まちキャンドルナイト」をスタート[18]。
11月 同団体として、学校などの教育機関で震災の語り部とともにおこなう講演「311学習」をスタート[19]。
2023年、LOVE FOR NIPPONとして、福島県双葉町に集うイベント「ただいま おかえり 双葉の夏」をスタート。以降同イベントを毎年8月に開催[20]。
2024年、能登半島地震を受けて発災翌日の1月2日に現地へ向かい、物資提供を開始。以降炊き出し活動をおこない、現在に至るまで毎月1日に能登を訪れ「ONE NOTO」と題しキャンドルナイトイベントを続けている[21]。
同年6月、代々木公園で能登半島地震復興支援イベント「LOVE FOR NOTO Song of the Earth」を開催[22]。
同年11月、能登町で同イベントを開催。以降毎年2会場で開催している。
2025年、フジロックフェスティバルの前週、自身が手がけるエリア「ピラミッドガーデン」が「PYRAMID GARDEN -Beyond the Festival-[1]」として、イベント史上初となる単独開催を実施。
広末涼子が不倫報道を報じられた裏で、自らもかつての同僚と不倫および暴力事件等のトラブルを起こしたことが報じられている [24]。
父井筒信一はヴァイオリン製作家[4]、兄井筒功もヴァイオリン製作家。元妻は女優の広末涼子。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/11/18 09:16 UTC 版)
ナビゲーションに移動 検索に移動CANDLE JUNE(キャンドル・ジュン、1972年1月9日 - )は、日本のアーティスト。キャンドルによる空間演出をはじめ、オブジェの制作からアートディレクション、ウェディング演出まで幅広く手がける。CANDLE JUNEという名前については、自分はキャンドルを作る人だから名前を付け加えて短く表現したものだった。本名、廣末 順(ひろすえ じゅん)[1]。旧姓、井筒(いづつ)[2]。長野県松本市出身[2]。松商学園高等学校卒業。妻は女優の広末涼子。
1994年よりキャンドル制作活動を開始し、ギャラリーやサロンなどでエキジビションを開催。
1997年からanoyoの一員として籍を置く。anoyoは、ファッションや音楽、レイブパーティを総合的にオーガナイズする当時国内では珍しいアーティスト集団だった。https://tower.jp/item/940780/NIGHT-SHIFT
ルイ・ヴィトン、プラダなど高級ブランドのレセプションパーティーのデコレーションやパリコレなど、ファッションショーやフジロックフェスティバルなどの野外フェス、忌野清志郎、ベン・ハーパー、ニール・ヤングなどのライブステージでキャンドル中心の空間演出を行う。
2001年、ダライ・ラマ14世が提唱した「世界聖なる音楽祭」が広島で開催され、そこで「平和の火」を灯す。同音楽祭の総合プロデュースはトランペッターの近藤等則。この音楽祭がきっかけとなり、紛争地をめぐる平和活動「Candle Odyssey」を開始。2002年アメリカ大陸往復、アフガニスタン、中国、カンボジア、ロンドン、パリと巡り、各地の「悲しみの地」でキャンドルを灯す旅を続けた。https://mokohan.sayokoyamaguchi.com/02_candlejune/4/
2005年10月23日に発生した新潟中越地震では被災地支援に奔走。震災後に仮設住宅を訪問し支援物資を届けるなどの活動を行う。
同年11月、ELDNACS(エルドナックス)を立ち上げ、キャンドルを取り扱うショップを東京渋谷区にオープン。
社の理念として、「儲かってる会社が社会貢献をしよう」ではなく、「社会貢献を普通にする会社」という感覚で起業をしました。[3]
2008年、新潟中越地震の復興イベントとして命日にあたる10月23日に「SONG OF THE EARTH」を開催。[1] このイベントは2018年まで10年間にわたり行われた。https://www.asahi.com/articles/ASLBQ6J3XLBQUOHB00G.html
復興イベントとしてフェスティバルの形式をとっていることについて、日本各地の「お祭」の多くが、災害がきっかけて始まっていることから、「復興ってなんだろう?って思ったときに、フェスティバルなんじゃないかと思って」と語っている。[2]
2010年、ハイチ地震の発生時にはアーティストのMINMI、若旦那らとLOVE FOR HAITI(ラブ・フォー・ハイチ)を立ち上げた。彼ら二人にとってハイチは音楽のルーツでもある。かねてから友人でもある二人から、支援したいという相談を持ちかけられたのが始まりだった。https://enect.jp/people/candlejune-02/
2011年3月11日、東日本大震災が発生。LOVE FOR HAITIをLOVE FOR NIPPONに改称。福島県を中心に支援活動を開始する。
2009年に『Candle Odyssey-the book』(白夜書房)を上梓。
2010年に広末涼子と結婚[4]。現在、三児の父。
全身にタトゥーが入っており [3]、18歳くらいから入れ始めた。[4]
ギャラリーやサロンにてエキシビジョンを開催する他、大小様々なチャリティーイベント、音楽フェスティバル、ファッションショーなどで空間演出を生業としながらも、災害による被災地支援を行い続けている。2001年に始めたCandleOdysseyでは、戦争やテロの現場となってしまった地を巡っていたが、その行動は2005年の新潟中越地震での被災地支援へと繋がっている。
新潟県中越地震の震央地への支援、共に社団法人LOVE FOR NIPPONを立ち上げ、現在は支援活動がライフワークとなっている。
2016年にも熊本地震の復興支援で現地に訪れている。
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