出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/02/08 02:32 UTC 版)
| 「CLOUDY HEART」 | ||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| BOØWYの楽曲 | ||||||||
| 初出アルバム『BOØWY』 | ||||||||
| リリース | 1985年6月21日 | |||||||
| 規格 | LP | |||||||
| 録音 |
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| ジャンル | ||||||||
| 時間 | 4分29秒 | |||||||
| レーベル | 東芝EMI/イーストワールド | |||||||
| 作詞・作曲 | 氷室京介 | |||||||
| プロデュース | 佐久間正英 | |||||||
| その他収録アルバム | ||||||||
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| カバー | ||||||||
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| 『BOØWY』収録曲 | ||||||||
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A面
B面
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「CLOUDY HEART」(クラウディ・ハート)は、日本のロックバンドであるBOØWYの楽曲。
1985年6月21日にリリースされ、東芝EMIへの移籍第一弾となったBOØWY3枚目のスタジオ・アルバム『BOØWY』に収録されている。作詞および作曲は氷室京介、編曲は布袋寅泰。
歌詞の内容はBOØWY結成当時に氷室が交際していた女性との失恋を題材としている。1983年頃からライブにおいて「ROCK'N ROLL」のタイトルで演奏され、1984年3月31日の新宿ロフト公演からリリースされたバージョンの演奏へと変更された。アルバム『BOØWY』収録時に正式にタイトルが「CLOUDY HEART」とされ、歌詞およびアレンジもリリースされたバージョンのものとなった。
リリース後のコンサートツアーでは「JUST A HERO TOUR」を除いて必ず演奏されており、同バンドの代表曲の1つであるとされる。ベスト・アルバム『BOØWY THE BEST "STORY"』(2013年)リリース時のファン投票では1位となった。後に制作者である氷室によってセルフカバーされた他、MOOMINやAcid Black Cherryによってカバーされている。
歌詞は氷室京介がかつて同棲していた女性との失恋がテーマとなっている。1985年6月25日渋谷公会堂で行われたBOØWY初の大ホール・ワンマンコンサートのMCで、氷室が上京した際に学校を中退して連れ立った女性の話がなされ、アルバイトを始めても3日と持たず辞めてしまった氷室は同棲していた女性の収入に頼って生活していた事、その女性が氷室の元を去った事から本作が制作されたとの逸話を述べている[1]。この女性との交際について「イカしたママゴトだったと思います」等語り、氷室の年齢より1歳下である事が明かされた。BOØWYのマネージャー土屋浩(紺待人)もこの女性について自著で記述している[2]。音楽関係者の話によると、氷室は21歳で高校の同級生と結婚している[3]。
ファン投票で選曲されたベスト・アルバム『BOØWY THE BEST "STORY"』(2013年)では1位を獲得。高橋まことはロックンロールバンドらしい楽曲の「ONLY YOU」(1987年)や「Marionette」(1987年)を予想し、意外な結果だがなるほどなと思ったと語っている[4]。同作がリリースされた頃、高橋は60代に差し掛かっていたが、ファンも年齢を重ね、歩んできた人生に染みる楽曲ということもあるのだろうと高橋はインタビューで語った[5]。BOØWY現役の当時まだ30代前半だった高橋も年齢と共に「CLOUDY HEART」の歌詞の分からなかった側面に気づくようになった[5]。なおこのインタビューによると、1983年または1984年の夏、このバンドがまだ売れない頃に夏休みも組み込まれた四国ツアーを行い、氷室が車中で何か書いている様子に高橋が声をかけると「“CLOUDY HEART”の詞をさぁ…」と返答し、「ROCK'N ROLL」の題名であった頃のインチキ英語ではレコーディングできないからと、「CLOUDY HEART」の歌詞を氷室が一生懸命書いていたのを高橋は覚えていた[5]。
元々「CLOUDY HEART」というタイトルではなかった事を知らないエンジニアのマイケル・ツィマリングが、「この曲はとても“CLOUDY HEART”という感じがする」と発言し、ディレクターの子安次郎は大変驚いたと述べている[6]。著述家・樋口毅宏によると、口語体を使用する「CLOUDY HEART」の歌詞は、つんくが影響を受けている[7]。
1985年6月21日に3枚目のアルバム『BOØWY』(1985年)に収録されてリリースされた。1987年10月26日にはBOØWYとして最後となった7枚目のシングル「季節が君だけを変える」(1987年)のB面曲としてリリースされた。ミュージック・ビデオ集『SINGLES OF BOØWY』(1991年)において、過去のライブ映像を最新のものから古い映像を辿る形の本作のミュージック・ビデオが収録された。
シングル収録バージョンではギターとシンセが再録音および追加などのアレンジが加えられ、新たにオーバー・ダビングが行われている。氷室のボーカル部分に関してはアルバム『BOØWY』に収録されたバージョンのものを流用している[8]他、Bメロ部分に布袋によるユニゾンが追加されている[9]。「季節が君だけを変える」は一度氷室が書き上げた歌詞を、布袋が「もっと深い、俺たちの関係を言葉にして欲しい」と要求し歌詞が書き直される事となった[9][10]。過去に布袋が氷室に歌詞の書き直しを要求した事は一度もなく、「季節が君だけを変える」の方向性を聞いた氷室からシングルのカップリングには本作を使用する提案が出された[9][8]。子安は最後のシングルのB面曲に本作が選定された事は必然的であったと述べた[6]他、自身にとって最後の曲は本作であるという印象が強いと述べている[11]。本作がB面に選定された事およびBメロが氷室と布袋によるユニゾンに変更された事から、終末感を感じ取ったファンの間でBOØWY解散説が流布され始める事となった[9][8]。その後12月には写真週刊誌『FRIDAY』にて「BOØWY解散の噂」と題した記事が掲載された[12]。
| 専門評論家によるレビュー | |
|---|---|
| レビュー・スコア | |
| 出典 | 評価 |
| 音楽誌が書かないJポップ批評18 | 肯定的[13] |
| 音楽誌が書かないJポップ批評43 | 肯定的[14] |
本作の詞のテーマに対する批評家たちの評価は概ね肯定的となっており、音楽誌『音楽誌が書かないJポップ批評18 BOØWYと「日本のロック」』では、本作を「突き放した感のある、終末的イメージ」があるとした他、氷室の実体験を基にした事から歌に情感があると指摘し、氷室の作品中では曲と詞のバランスが秀逸であると称賛[13]、『音楽誌が書かないJポップ批評43 21世紀のBOØWY伝説』にてライターの齋藤奈緒子は、BOØWYの代表曲の1つであると触れた上で、氷室の実体験であるが故に他の失恋ソングと比較しても「青臭さや傷つきぶりが格段にリアル」であると述べた他、「彼女に聴いてもらいたい未練」を垣間見せる部分が「名曲たる所以」であると称賛した[14]。
ライブハウス時代の1982年10月30日(相模原職業訓練大学祭)から演奏され、1983年1月15日(新宿LOFT)から1984年内までの間「ROCK'N ROLL」という仮タイトルで演奏された[13]。初期はアレンジが異なりアップテンポでサビの展開も異なっていた[13]。
1985年4月13日の赤坂ラフォーレミュージアム公演において、初めて「CLOUDY HEART」としての歌詞で歌われたが、曲名は正式に紹介されていない。なお、「ROCK'N ROLL」以前のタイトルを「HEART TO HEART」とする説もあるが、それは当時の歌詞の一部から取られたファンの間での通称に過ぎず、以降では「ROCK'N ROLL」期との区別を目的とした意味合いの方が強い。事実、この期間に氷室京介本人からライブ中に曲名を紹介された音源は存在せず、タイトルは未定だったと思われる。初演当初から歌詞の変更やアレンジが頻繁に繰り返され、初期の頃はギターによるイントロは無く、激しいリフと早いテンポが曲の特徴だった。
後期にはイントロが加えられ、段々とテンポが緩やかになっていき、1984年3月31日の新宿LOFTでの演奏では激しいギターリフも無くなり、よりバラードに近いアレンジが加えられた。歌詞の違いを除けば、この日を境に以後解散まで演奏され続けていく「CLOUDY HEART」とほとんど変らない形になったと言える。子安はBOØWYがライブ時のMCが少ないバンドである事に触れた上で、本作の演奏前には氷室が必ず一言コメントしていた事から本作に対する強い思い入れを感じていたという[6]。
本作でのテレビ出演は1985年9月放送の群馬テレビ音楽番組 『BEAT POPS』(1985年)にて「NO. NEW YORK」と共に演奏された他、同年9月22日放送のテレビ東京音楽番組 『LIVE ROCK SHOW』(1985年)にて9月5日の安田生命ホール公演の公開録音として出演で「Dreamin'」、「CHU-RU-LU」、「NO. NEW YORK」、「Baby Action」と共に演奏され、同年10月7日放送の朝日放送バラエティ番組 『ヤングプラザ』(1985年)では「NO. NEW YORK」と共に演奏された。
| 音楽・音声外部リンク | |
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| 『Cloudy Heart』 | ||||
|---|---|---|---|---|
| 吉川晃司 の スタジオ・アルバム | ||||
| リリース | ||||
| 録音 |
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| ジャンル | ||||
| 時間 | ||||
| レーベル | 東芝EMI/イーストワールド | |||
| プロデュース | ||||
| チャート最高順位 | ||||
| ゴールドディスク | ||||
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| 吉川晃司 アルバム 年表 | ||||
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| EANコード | ||||
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JAN一覧
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| 『Cloudy Heart』収録のシングル | ||||
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『Cloudy Heart』(クラウディ・ハート)は、日本のシンガーソングライターである吉川晃司の9枚目のオリジナル・アルバム。
1994年1月31日に東芝EMIのイーストワールドレーベルからリリースされた。前作『Shyness Overdrive』(1992年)よりおよそ1年4か月振りにリリースされた作品であり、作詞は吉川および松井五郎が担当、作曲はすべて吉川が担当、プロデュースは吉川と吉田建もしくは菅原弘明が共同で担当している。レコーディングには元レベッカのボーカルであるNOKKOやPERSONZのギタリストである本田毅が参加している。
本作はイギリスにおけるニューロマンティックと呼ばれたジャンルのアーティストから影響を受けたサウンドで構築されているが、音数を増やしたくないという吉川の意向によりバンド・サウンドを前面に出した音楽性となっている。本作において吉川は自身の生き方への方向性に対してその答えは誰にも分からず、また答え自体が必要ないのかもしれないという内容をテーマにしたと述べている。
本作はオリコンアルバムチャートにおいて最高位第1位を獲得、売り上げ枚数は40万枚を超えたため日本レコード協会からプラチナ認定を受けた他、吉川の全アルバムの中で最大のヒット作となっている。本作からは先行シングルとしてデビュー10周年記念としてリリースされた「KISSに撃たれて眠りたい」およびローソン「3D R&R SHOW」のコマーシャルソングとして使用された「VENUS 〜迷い子の未来〜」がシングルカットされた他、日本テレビ系テレビドラマ『ザ・ワイドショー』(1994年)の主題歌として使用された「Rambling Rose」がリカットされた。
1993年にデビュー10周年を迎えた吉川晃司は、2月24日に17枚目のシングル「KISSに撃たれて眠りたい」をリリースし、同月にファンへの感謝の意を込めたコンサートを数本行った[5][1]。4月7日にはデビュー10周年記念となるライブ・アルバム『GOLDEN YEARS VOL.I』および『GOLDEN YEARS VOL.II』を同時リリース[1]。同作をリリースしたことについて吉川は「あのライヴをやったことと、ライヴ盤を出したこと。両方とも、応援してきてくれた人への感謝の気持ちですね。ひねくれ者ですけど、そういう“ありがとう”って気持ちはまっすぐに出したいと思ってます」と述べている[6]。また吉川はデビューしてからの10年間を振り返った上で、NHK総合音楽番組『第36回NHK紅白歌合戦』(1985年)に出演した際にギターを燃やす行為を行ったことを例に挙げた上で自身のことを「けっこうダセえ奴だなと思いましたけどね」と自嘲気味に述べており、吉川の行為によって地方に左遷された番組スタッフがいたことに触れ、「一生恨まれるなあ、と。あの時にはあれしか思いつかなかったんですけど、バカでしたよねえ」と述べた他、体制に対する反発心があったものの的外れな行為になってしまったことに対して「もうちょっと何か、うまくできなかったかなと思う気持ちのほうが大きいですけどね」と述べている[7]。
同年9月22日から30日にかけて吉川は写真撮影とビデオ撮影のためスペインを来訪した[8]。吉川は自身が天邪鬼であると述べた上で、「10周年記念」と言われることに恥じらいの気持ちがあったことから半年間に亘りスタジオに籠ってレコーディング作業を行っていたという[9]。同年は外出することが全くなかったと吉川は述べており、自宅に小型のコンピュータと2、3台のキーボードを置いて籠ったまま楽曲制作を行い、外出する意欲がなかったために頭髪も髭も伸ばし放題の状態であったと述べている[10]。食事は主に寿司屋もしくはラーメン屋の出前を利用しており、掃除や洗濯は東京に居住している親に依頼していたと吉川は述べている[11]。吉川は自身のことを集中力がないタイプであると自覚しており、追い込まれないと楽曲制作が出来ないためにあえて外出できないように髭を伸ばしたり粗末な服装をしていたと述べている[12]。
本作のレコーディングは1993年6月1日から12月8日までの約半年間に亘って行われた[1]。前作との大きな違いとして、レコーディング開始前に吉川は読書するようになったと述べた他、1か月半に亘り海外旅行に行ったことで様々なヒントを得ていたために慌てる必要がないことが大きかったとも述べている[14]。吉川は読書した中からジェフリー・アーチャーの作品を例として挙げた他、宗教関連の本も多数読み漁っていたと述べている[14]。前作に続き本作においてもプロデューサーとして吉田建が参加しているが、吉川は吉田に対して「前回よりもちょっと引いた所で、見てほしいって、最初にお願いしたんですよ」と述べており、試行錯誤の中で不明瞭な点が発生した場合にのみ吉田にフォローしてもらうという作業であったため、「プロデュースっていう形ではなくて、目付役みたいな感じ」と吉川は述べている[13]。吉川はスタジオ・ミュージシャンとのコミュケーションを重要視しており、バンドと同じような感覚でアルバム制作を行っていたが、それについて周囲からは「よく、バカだって言われる(笑)」と述べた上で、「ソロでやってるんだから、色々なことをやりゃあいいじゃんって、言われるんだけど、ダメなんだよね(笑)」とも述べている[13]。楽曲制作については10曲はスムーズに行えており、中でも「GIVE ME A BREAK」は5分で制作したと吉川は述べている[15]。また本作において最も収穫となったのは8曲目「Little Heaven」であったと吉川は述べており、「こういうホワーっとした曲は、今までの僕の中になかったし、書くこともなかった。このアルバムの中では救いの存在になっているよね」と述べている[15]。
本作では歌入れが短くなったと吉川は述べており、以前と比較して歌入れ前に疲弊していないことから集中することができたと述べている[13]。またトラック・ダウン終了後に歌詞を変更することも発生しており、これについて吉川は「出来上がった曲を聴いているうちに、やっぱり、こっちはこの方がいいかなあって、替えたくなってしまうんだよね。そんな無茶苦茶なパターンでやってます」と述べた他、「でも、裏を返せば、すごく余裕が出てきたってことでもあると思うんだよね。一度、完成したものを、客観的に見られるようになったってことでもある」とも述べている[13]。しかしスタッフには迷惑を掛けていることを自覚している吉川は、「正当な理由がある時には、しょうがないんだよね。逆に、変に妥協してしまうのは、音楽に対して誠実じゃないだろうし」と述べている[13]。本作収録曲で最も作詞に苦労した楽曲は「VENUS 〜迷い子の未来〜」であると述べており、音質に疑問を抱いた吉川が一度トラック・ダウンのやり直しを指示、乾燥した音から湿った音に変更したものの、その後に歌詞の書き換えを行ったために再度のトラック・ダウンが必要となり、結果として3回やり直しが生じたためにスタッフが怒り出す事態となり、また歌詞についてはサビが10回程度変更されていると吉川は述べている[15]。また作詞の際にそれまで吉川はワードプロセッサを使用していたが、本作制作時には万年筆を使用していると述べている[14]。
本作の音楽性に関して吉川は、1970年代末から1980年代初頭の頃に流行していたユーリズミックスなどのイギリスのニューロマンティックと呼ばれるジャンルのアーティストの音楽性を参考にしていたと述べており、前作『Shyness Overdrive』(1992年)よりもデジタルな要素を多分に盛り込んだ結果、ループものやサンプリングを多用することになったと述べている[16]。そのような方向性でありながらも主体はやはり歌でありその次はギターであると吉川は主張し、ライブにおいて再現不可能な音は入れたくないとの思いから、スタッフからサクソフォーンやフルートの音色を導入することを勧められても、バンドとしての音色にこだわりがあるため音数をなるべく少なくすることを心掛けていたと述べている[16]。前作においてレコーディングのノウハウを得たと吉川は述べており、間奏のコード進行なども以前と比較して悩む場面が減少したと述べている[14]。ユーリズミックスの他に吉川自身の音楽のルーツとなるザ・サイケデリック・ファーズやプリテンダーズ、ロバート・パーマーなどの音楽的要素が基盤となっており、これらの音楽性のニュアンスが反映された作風になっていると吉川は述べている[15]。パーマーの作品はコーラスが凝った作風になっていることから、本作においても吉川はコーラスワークを重視して制作を行っており、これについて吉川は「これって洋楽的な作り方なんですよね。日本の音楽ってあまりそういうことをやらないんだけど、ロバート・パーマーなんかの作り方を聴くと、コーラスが凝っててかっこいいし、自分でもそういうことができる余裕が出てきたってことでもあるんでしょうね」と述べている[15]。
歌詞について吉川は、自身の根底にあるテーマとして攻撃や破壊があると述べた上で、「優しくなることの強さ」もテーマとして新たに導入したいと述べている[14]。吉川は自身や他人の気持ちを許せる感覚が必要であると主張し、「ただそれは、丸くなるってことではなくて、もっと核心に近くなっていく強さだと思うんですよ。表面的でない強さ。お前の何々を壊したいというよりも、お前の何々を許したいといった方が、許容量が多いっていう」と述べている[14]。また、歌詞の完成度が高くても歌唱している本人と符合していないと歌詞だけが空回りするとの自説を述べた上で、歌詞を書くことや歌うことが「自分を戒める」という要素を含んでいるとも述べている[14]。本作制作後のインタビューにおいて吉川は、前作が非現実的な要素を多く導入していたのに対し、本作では感情に対してのリアリティーを生活レベルで表現することが目的であったと述べている[17]。また本作の楽曲では自身のことだけでなく友人や先輩と話した内容も盛り込まれており、サラリーマンや銀行員の知人から仕事上の悩みや怒りなどを聴く機会が多かったことから、自身の居場所についても考える切っ掛けになったと述べている[17]。1曲目「Purple Pain」においてネガティブな言葉が使用されているが、これについて吉川は本作で主張したかったことは「人生に答えはないよね、出口はないよね」ということであったと述べた他、ネガティブな言葉が使用されているにも拘わらずパワーや勢いがあることに対しては「出口がなくてもいいじゃん。っていうスタンスだからなんだろうね。あきらめたり、さめたりするよりも、出口がなくて、ずっと探してる方がいいじゃん、そうしたらいつか、新しいものにふれられるんじゃないかって、考え方なんだよね」と述べている[15]。
| 専門評論家によるレビュー | |
|---|---|
| レビュー・スコア | |
| 出典 | 評価 |
| CDジャーナル | 肯定的[24] |
本作は1994年1月31日に東芝EMIのイーストワールドレーベルからCDにてリリースされた。初回生産分は28ページのブックレット仕様となっており、「Rambling Rose」「VENUS〜迷い子の未来~」「Day by Day」3曲の直筆サイン入りソングスコアが記載されている。同年5月23日には6枚目のアルバム『GLAMOROUS JUMP』(1987年)以来約7年ぶりに、LPレコードで限定生産品としてリリースされた。本作からは先行シングルとしてデビュー10周年記念としてリリースされた「KISSに撃たれて眠りたい」およびローソン「3D R&R SHOW」のコマーシャルソングとして使用された「VENUS 〜迷い子の未来〜」がシングルカットされた他[25]、日本テレビ系テレビドラマ『ザ・ワイドショー』(1994年)の主題歌として使用された「Rambling Rose」がリカットされた[26][27]。また、「Day by Day」もシングルカット予定はあったがプロモーション盤のみが制作され正式にはリリースされなかった。本作を受けたコンサートツアーは「KOJI KIKKAWA CONCERT TOUR 1994 "My Dear Cloudy Heart"」と題し、1994年2月5日の戸田市文化会館 ホール公演を皮切りに、5月29日の横浜アリーナ公演まで37都市全49公演が実施された[28]。ツアーメンバーは、吉川晃司(Vocal, Guitar)・広瀬さとし(Guitar)・太田要(Bass)・上領亘(Drums)・矢代恒彦(Keyboard)・桑島幻矢(Computer Programming)の6人体制。
本作はオリコンアルバムチャートにおいて最高位第1位を獲得、登場週数は11回で売り上げ枚数は34.3万枚となった[3]。音楽情報サイト『CDジャーナル』では、本作について有機的であり無機的、クールでありホットであると主張した上で「どちらのイメージをも喚起させるのが、不思議といえば不思議。都会派の特質だろうか」と述べ、「ダンディズムに貫かれた、セクシャルでカッコいい楽曲で埋められたアルバム」と肯定的に評価した[24]。
CD盤はその後2006年12月13日にCD-BOX『THE EMI BOX』に収録される形でデジパック仕様のデジタル・リマスタリング盤として再リリースされた[29]。2007年3月14日には紙ジャケット仕様として再リリースされ、2014年5月14日には24bitデジタルリマスタリングが施されたSHM-CD仕様にて再リリースされた[30]。2014年5月28日にはCD-BOX『Complete Album Box』に収録される形で紙ジャケット仕様のデジタル・リマスタリング盤として再リリースされた[31][32]。
| # | タイトル | 作詞 | 作曲 | 編曲 | 時間 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1. | 「Purple Pain」 | 吉川晃司 | 吉川晃司 | 吉川晃司、吉田建 | |
| 2. | 「Rambling Rose」 | 吉川晃司 | 吉川晃司 | 吉川晃司、吉田建 | |
| 3. | 「VENUS 〜迷い子の未来〜」 | 松井五郎、吉川晃司 | 吉川晃司 | 吉川晃司、吉田建 | |
| 4. | 「Day by Day」 | 松井五郎 | 吉川晃司 | 吉川晃司、吉田建 | |
| 5. | 「SEXY」 | 吉川晃司 | 吉川晃司 | 吉川晃司、吉田建 | |
| 6. | 「ROMANCER」 | 松井五郎、吉川晃司 | 吉川晃司 | 吉川晃司、吉田建 | |
|
合計時間:
|
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| # | タイトル | 作詞 | 作曲 | 編曲 | 時間 |
|---|---|---|---|---|---|
| 7. | 「Cloudy Heart」 | 吉川晃司 | 吉川晃司 | 吉川晃司、吉田建 | |
| 8. | 「Little Heaven」 | 松井五郎 | 吉川晃司 | 吉川晃司、吉田建 | |
| 9. | 「KISSに撃たれて眠りたい」 | 松井五郎、吉川晃司 | 吉川晃司 | 吉川晃司、菅原弘明 | |
| 10. | 「GIVE ME A BREAK」 | 吉川晃司 | 吉川晃司 | 吉川晃司、吉田建 | |
| 11. | 「Re-Birth」 | 吉川晃司 | 吉川晃司 | 吉川晃司、菅原弘明 | |
| 12. | 「Love Way」 | 吉川晃司 | 吉川晃司 | 吉川晃司、吉田建 | |
|
合計時間:
|
|||||
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|
| チャート | 最高順位 | 登場週数 | 売上数 | 出典 |
|---|---|---|---|---|
| 日本(オリコン) | 1位 | 11回 | 34.3万枚 | [3] |
| 国/地域 | 認定組織 | 日付 | 認定 | 売上数 | 出典 |
|---|---|---|---|---|---|
| 日本 | 日本レコード協会 | 1994年2月 | ゴールド | 200,000+ | [35] |
| 1994年3月 | プラチナ | 400,000+ | [4] |
| No. | リリース日 | レーベル | 規格 | カタログ番号 | 備考 | 出典 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 1994年1月31日 | 東芝EMI/イーストワールド | CD | TOCT-8300 | 初回特典28Pブックレット ソングスコア付(3曲) | [24][36] |
| 2 | 1994年5月23日 | LP | TOJT-8300 | 限定生産品 | [37][38] | |
| 3 | 2006年12月13日 | CD | TOCT-26127 | CD-BOX『THE EMI BOX』収録、デジタルリマスタリング、デジパック仕様 | [39][40] | |
| 4 | 2007年3月14日 | EMIミュージック・ジャパン/イーストワールド | TOCT-11187 | 紙ジャケット仕様 | [41][42] | |
| 5 | 2014年5月14日 | ワーナーミュージック・ジャパン | SHM-CD | WPCL-11812 | 24bitデジタルリマスタリング仕様 | [43][2] |
| 6 | 2014年5月28日 | WPCL-11909 | CD-BOX『Complete Album Box』収録、紙ジャケット仕様、24bitデジタルリマスタリング仕様 | [44][45] | ||
| 7 | 2020年2月7日 | AAC-LC | - | デジタル・ダウンロード | [46] | |
| 8 | ロスレスFLAC | - | デジタル・ダウンロード | [47] |
「CONCERT TOUR 1994 My Dear Cloudy Heart」
「CONCERT TOUR '96~'97 BEAT∞SPEED」(※ボックスセット「KIKKAWA KOJI 25th ANNIVERSARY LIVE FILM COLLECTION 『LIVE=LIFE』」にのみ収録)
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「SOLID SOUL 2001」
「LIVE GOLDEN YEARS 20th Anniversary PRELUDE at BUDOKAN」(※メドレーとして一部演奏)
「25th ANNIVERSARY LIVE GOLDEN YEARS TOUR FINAL at 日本武道館」
「KIKKAWA KOJI 2013 SAMURAI ROCK -BEGINNING- at 日本武道館」
「CONCERT TOUR 1994 My Dear Cloudy Heart」
「LIVE GOLDEN YEARS EXPANDED 0015 GIGANTIC 2DAYS LIVE Vol.2」
「KIKKAWA KOJI 30th Anniversary Live "SINGLES+" & Birthday Night "B-SIDE+" 【3DAYS武道館】」
「CONCERT TOUR 1994 My Dear Cloudy Heart」
「CONCERT TOUR '96~'97 BEAT∞SPEED」(※ボックスセット「KIKKAWA KOJI 25th ANNIVERSARY LIVE FILM COLLECTION 『LIVE=LIFE』」にのみ収録)
「THE FIRST SESSION KIKKAWA KOJI LIVE 2005 “エンジェルチャイムが鳴る夜に”」
「25th ANNIVERSARY LIVE GOLDEN YEARS TOUR FINAL at 日本武道館」(※メドレーとして一部演奏)
「KIKKAWA KOJI LIVE 2011 KEEP ON KICKIN' & SINGIN'!!!!! 〜日本一心〜」
「KIKKAWA KOJI 30th Anniversary Live "SINGLES+" & Birthday Night "B-SIDE+" 【3DAYS武道館】」
「CONCERT TOUR 1994 My Dear Cloudy Heart」
「CONCERT TOUR 1994 My Dear Cloudy Heart」
「LIVE GOLDEN YEARS 20th Anniversary PRELUDE at BUDOKAN」(メドレーとして一部演奏)
「CONCERT TOUR 1994 My Dear Cloudy Heart」
「LIVE GOLDEN YEARS EXPANDED 0015 GIGANTIC 2DAYS LIVE Vol.2」
「CONCERT TOUR 1994 My Dear Cloudy Heart」
「LIVE GOLDEN YEARS EXPANDED 0015 GIGANTIC 2DAYS LIVE Vol.1」
「THE SECOND SESSION KIKKAWA KOJI LIVE 2007 CLUB JUNGLE EXTRA TARZAN RETURN」
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「CONCERT TOUR 1994 My Dear Cloudy Heart」
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