英語で市、都市、都会などの意味。初代モデルは1981年11月に登場し、トールボーイの愛称で親しまれた。背の高い2ドアハッチバック車で、車載できる超小型バイクのモトコンポ(50cc、同時発売)と組み合わせることで6輪ライフが楽しめるとアピールしたところが、2輪メーカーでもあるホンダらしいところだった。エンジンは新開発のコンバックスと呼ぶロングストローク・4気筒・SOHCの1231CCで、63psと67psのチューンがあった。価格は76万円と78万円(東京)の2タイプ。
82年8月、燃費を改善したE1モデル発売、82年9月にはターボ仕様を追加。ターボの最高出力は100ps/5500rpmに達して、タイヤをHRグレードに、フロントのディスクブレーキをベンチレーテッドに格上げした。ガラスサンルーフ、ボディソニック仕様なども設定。11月、Rタイプにハイルーフ車を設け、全高は通常型より100mm高い1570mmとした。
83年11月、ターボⅡを発売。高い過給圧、ウエストゲートバルブのコントロール、インタークーラーなどにより、1231ccから110ps/5500rpmを発生した。サスペンションの強化、トレッド拡大などのチューニングを行い、外観もダイナミックに一変。
84年8月、カブリオレ発売。開発には、イタリアのカロッツェリアであるピニンファリナ社が協力した。85年4月にマイナーチェンジを実施したあと、5月にはハイパーシフトと呼ぶ7速ミッションを新採用。4速MTの2~4速に作動する副変速機(ハイ、ロー)を新設したもので、これをタイプRに設定した。
86年10月、フルモデルチェンジ、2代目となった。注目は、初代でトールボーイをうたったクルマが、一転して低くワイドなシルエットになったことだった。クラウチングフォルムといった。エンジンは新開発の1カム・16バルブ・1237ccで、76psを発生した。ミッションは5速MTと新設計ホンダマチック4速フルオート。前輪駆動。最上位グレードのGGには油圧反力感知式のパワーステアリングを標準装備した。ボディタイプは旧型と同様、2ドアハッチバック。BB、EE、GGの3グレードがあった。
88年10月マイナーチェンジ。エンジンの主力が1296ccの82ps(電子制御キャブレーター)と100ps(電子制御燃料噴射)ユニットに移行。従来エンジンは廉価版仕様となった。内外装を新しくし、バケットタイプシートを一部車種に採用した。
89年2月と10月、90年3月、91年10月、92年2月に特別仕様車などを追加したが、本体は大きな変化もなく、96年10月で生産を終えた。


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/12/13 01:14 UTC 版)
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| 種類 | ショッピングセンター |
|---|---|
| 所持会社 | 南海電気鉄道 |
| 使用開始国 | |
| 主要使用国 | 大阪府・徳島県 |
| 使用開始 | 1978年 |
| 関連ブランド | パークス pier プラットプラット ノバティ |
CITY(シティ)は、南海グループのショッピングセンターブランドである。
大阪府に直営2店がある。1978年、南海難波駅に併設された『なんばCITY』としてスタートした。
長方形を3つ放射状に並べた「Y」の字を持つ青いロゴが特徴的である。
所在地名は「なんば」のように平仮名で表され、ロゴでは「CITY」の上または左に小さく添えられる。直営店では下または右に小さく「NANKAI」と添えられることもある(下に添える場合は間に横棒が入る)。
閉店時には資本関係の無かった『とくしまCITY』も閉店まで同じロゴを使っていた。ただし南海出資撤退後は「NANKAI」の文字はなかった。
| 名称 | 所在地 | 最寄駅 | 開業 | 運営会社 | 資本系列 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| なんばCITY | 大阪府大阪市浪速区難波5-1-60 | 南海難波駅 | 1978年11月 | 南海電気鉄道 | 南海 | |
| いずみおおつCITY | 大阪府泉大津市旭町18-3 | 南海泉大津駅 | 1994年9月30日 |
| 名称 | 所在地 | 最寄駅 | 営業期間 | 運営会社 | 資本系列 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| とくしまCITY | 徳島県徳島市寺島本町東3-8 | JR徳島駅 | 1972年9月 - 2013年7月21日 | 徳島シティビルディング | 濱口商店 | 現地の濱口商店との共同出資により「南海ショッピングセンター」としてオープン。 1983年3月18日、「とくしまCITY」としてリニューアル。 資本としては一度南海100%出資となったが、 その後南海の経営撤退により濱口商店100%出資となっていた。 2013年7月に閉店し、1Fテナントの『徳バス観光サービス』は8月20日まで営業継続後、完全閉店した。 |
| しんかなCITY | 大阪府堺市北区新金岡町5-1-1 | 地下鉄新金岡駅 | 1992年9月2日 - 2012年3月31日 | 南海電気鉄道 | 南海 | 跡地建物は、大和ハウスグループのショッピングセンター「フレスポしんかな」となっている。 |
| てんのうじCITY | 大阪府大阪市天王寺区悲田院町10-39 | JR天王寺駅 | 1995年9月14日 | 天王寺ターミナルビル | JR西日本 | 当初「てんのうじCITY」として計画されていたが、バブル期による工費の高騰から南海が撤退。[1]CITYの名称が外れ、JR西日本グループ主体(当時南海は第2株主)の「天王寺ミオ」としてオープン。 |
(CITY から転送)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/12/17 21:29 UTC 版)
| City, University of London | ||||||||||
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| モットー | To serve mankind | |||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 種別 | 公立 | |||||||||
| 設立年 | 1852年 - Inns of Court School of Law設立 1966年 - 勅許により大学昇格 2016年 - ロンドン大学に加盟 |
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| 資金 | £40.1 m (2013年7月31日時点)[1] | |||||||||
| 総長 | ロンドン市長 | |||||||||
| 学生総数 | 19,405人[2] | |||||||||
| 学部生 | 10,075人[2] | |||||||||
| 大学院生 | 9,330人[2] | |||||||||
| 所在地 | 北緯51度31分40秒 西経0度06分08秒 / 北緯51.52776度 西経0.10226度座標: 北緯51度31分40秒 西経0度06分08秒 / 北緯51.52776度 西経0.10226度 |
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| スクールカラー | Red and white
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| ロンドン大学 MBA協会 EQUIS en:Universities UK |
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| 公式サイト | www.citystgeorges.ac.uk | |||||||||
ロンドン大学シティ(City, University of London)は、ロンドン大学群を構成するイギリスの公立大学である。旧名のシティ大学とも呼ばれる。
ロンドンの中心地に位置し、プロフェッショナルを育てる目的の職業訓練的なコース、パートタイムのコースが多く開講されていることもあり、働きながら通う学生も多く、学生全体の約半数が大学院で学んでいる。
金融街のシティと伝統的に強い結びつきを持つ。開講されているコースの3分の2以上がその分野に関連した専門職団体に認定されている。
出願数の多さ、卒業生の就職率・初任給の高さが英国でトップクラスの大学であることも有名である。
歴代の英国首相を複数輩出したロー・スクール、英国を代表するビジネス・スクール、ジャーナリズム・スクール等で構成されている。
1852年、Lincoln's Innにて、The Council of Legal Education(CLE)が創立。
1894年、ノーザンプトン・ポリテクニク(Northampton Polytechnic Institute)として創立。この機関が母体となり、1966年に大学指定を受けたことから、2008年頃までは、創立年を1894年としていた。1936年にコリン・チェリーが学士号を取得している。
1966年、ノーザンプトン・ポリテクニクが勅許にて大学指定を受け大学となり、シティ大学(The City University)へ改称。
1967年、The Council of Legal Education(CLE)がInns of Court School of Law(ICSL)へ改組。直前の1964年にGray's Innを傘下に加えており、1997年の制度変更まで4つの法曹院でイギリスの司法修習制度を独占していた。
1994年、シティ・オブ・ロンドンに位置するSt Bartholomew's Hospital(源流となる医療機関は1123年に遡る)とRoyal London Hospital (源流となる医療機関は1740年に開院)の付属教育機関が合併し、St Bartholomew School of Nursing & Midwiferyとなり、翌1995年、シティ大学の一部となる。
2001年、シティ大学がInns of Court School of Law(ICSL)を併合。
2002年、サー・ジョン・キャス財団から寄付を受け、新施設へ移転し、経営学部(City Business School)をキャス・ビジネス・スクール(Cass Business School)へ改称。
2008年、Inns of Court School of Lawをシティ・ロー・スクール(City Law School)へ改称。
2008年、St Bartholomew School of Nursing & MidwiferyをSchool of Health & Psychological Sciencesへ改称。
2016年、ロンドン大学に加盟し、ロンドン大学シティ(City, University of London)へ改称。
2021年、キャス・ビジネス・スクールをベイズ・ビジネス・スクールへ改称。
2024年、ロンドン大学セント・ジョージズと合併し、ロンドン大学シティ・セント・ジョージズ(City St George's, University of London)へ改称。
メインキャンパスであるノーザンプトン・スクエアはセントラル・ロンドンのイズリントンにある。最寄り駅はエンジェル駅。ファリンドン駅、バービカン駅、オールド・ストリート駅からも近い。その他のキャンパスはシティ・オブ・ロンドンおよびホルボーン、スミスフィールド、そしてロンドンのホワイトチャペルエリアにある。
以下の6つのスクールから構成されている。
160年以上の研究の歴史を持ち、卒業生の就職率および給料は一貫して高いランクにある[11]。特に法律、ジャーナリズム、ビジネス・ファイナンスの教育における高い知名度と評価を得ている。ミッションは、「教育、研究および知識のビジネスへの移転、および専門性でロンドンを主導すること」である[12]。また、MBA協会、EQUISおよびUniversities UKの所属メンバーである。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/01 18:54 UTC 版)
町の中を進む、TOWNとほとんど同じ。地雷歩兵とアイテムSが出現する。
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