出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/06/29 17:32 UTC 版)
| 『CHUBBY GROOVE』 | |||||
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| INABA / SALAS の スタジオ・アルバム | |||||
| リリース | |||||
| 録音 | |||||
| ジャンル | |||||
| レーベル | VERMILLION RECORDS | ||||
| プロデュース | |||||
| チャート最高順位 | |||||
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| ゴールドディスク | |||||
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| EANコード | |||||
| EAN 4560109083800(初回限定盤) EAN 4560109083817(通常盤) |
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| 稲葉浩志 年表 | |||||
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| スティーヴィー・サラス 年表 | |||||
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| ミュージックビデオ | |||||
『CHUBBY GROOVE』(チャビィ・グルーヴ)は、日本のボーカリストである稲葉浩志と、アメリカ合衆国のギタリストであるスティーヴィー・サラスが「INABA / SALAS」名義で発表した1作目のオリジナル・アルバム。2017年1月18日にVERMILLION RECORDSより発売された。
以前からお互いの作品で共演していたサラスと稲葉が、初めて共同で製作したフルアルバムである[5]。初回限定盤には「SAYONARA RIVER」「OVERDRIVE」「AISHI-AISARE」のミュージックビデオが収録されたDVDが付属する。
サラスと稲葉は(本作リリースの時点で)25年に渡って親交があり、度々お互いのプロジェクトに参加していた。2人は「時間が合えば一緒にやろう」と約束していたものの、お互いのスケジュールが合わず実現していなかった。その後2016年になって、サラスは稲葉から「このくらいのスケジュールなら確保できそう」と連絡を受け快諾。2人のコラボレーションが実現した[6]。
本作発売後の2017年1月25日から、ライブツアー『INABA / SALAS “CHUBBY GROOVE TOUR 2017”』を開催した[7]。
全ての楽曲の制作クレジットは、「All Songs Written by Stevie Salas & Koshi Inaba」(全曲サラスと稲葉による制作)となっている。実際の制作は、作曲はサラス、作詞は稲葉が担当した。楽曲制作の始まりは、サラスがアコースティックギター1本を用いて稲葉にアイデアを伝える所からであった。サラスは稲葉が歌うことを想定して、メロディなどのアイデアを用意していた。一方で稲葉は、サラスと向き合うまでは何もアイデアを用意しておらず、お互い探り合いながらの作業だったと振り返っている。その最初のアコースティックギターの音は楽曲制作の後半まで入ったままで、最終段階でエレクトリックギターに置き換えた。サラス曰く、そのアコースティックギターが曲のヴァイヴ(雰囲気)を作り出したという[8]。
サラスは楽曲制作について、「ルールはなし。自分らしくもなく稲葉浩志っぽくもないサウンドを楽しみながらやりたい。」という考えがあった。稲葉は当初は「彼のスタイルである、少しハードでファンキーなロック」になると思っていたが、「SAYONARA RIVER」が最初に完成した際に「こういう感じなのか」という驚きがあり、いい意味でみんなが想像していたものと違う形になったと語っている[6][8]。
作詞は基本的に稲葉が担当しているが、たとえ日本語の詞であったとしても、サラスは詞に対して気になる点は指摘したという。稲葉は「もちろん慎重に選んだ言葉を唄って」いたとのことだが、サラスは意味が解らなくとも聴覚上クールじゃないと判断した箇所は変えるように遠慮なく要望を出した。稲葉は「日本語として大事な意味を持っていても、響きが良くなかったら聞き手には届かない」と理解し、むしろサラスが日本語を理解していたら遠慮していたかもしれないところを、理解していないが故の遠慮ない指摘に感謝した。歌詞についてサラスは、過去に英語圏以外のミュージシャンをプロデュースしてきた経験を引合いに出し、その際に歌詞について大事にしていることについて「意図」(=曲の持つフィーリングに歌い手の意図が沿っているか)、「リズム」(=各楽器のリズムに合ったノリになっているか)の二つを挙げ、その「リズム」に合っていない箇所は稲葉に歌詞の変更のリクエストを出したという[8]。
今作のレコーディングは東京、ハワイ、ワシントンD.C.、ロサンゼルス、オースティン、ナッシュビル、トロント、サンホセ、ソウルと様々な場所で行われた[9][注 1]。元は稲葉の「新しい環境で新鮮なもの、新規が欲しい」という願望がきっかけではあったが、アレンジの段階でサラスは「ここはあのベーシスト、ここはあのドラマー」などのアイデアをどんどん出し、そのミュージシャン達の都合に合わせた結果、レコーディングのためにそのミュージシャンに会いに世界各国を巡っていくことになり、結果的にサラス単独で訪問した土地も半数近くある[8][10]。
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