(CANON から転送)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/07/29 09:31 UTC 版)
カノンあるいはキャノン、キヤノン
Canon(英語等)および Kanon(ドイツ語等)は「棒、定規、基準、規範」等を意味するカノーン(古代ギリシア語: κανων、 kanōn)を語源とする。楽曲様式のカノン(追複曲)からの連想で、音楽に関係する作品あるいはその登場女性人物の名、または同様モチーフを繰り返す作品の名などに用いられることがある。
古典ギリシア語で「葦、(竹や黍などの硬く細長い)茎、またはそれらで造られた製品(笛や敷物など)」を意味するカンナ(κάννα 、kanna)に中性名詞語尾 -オン(古代ギリシア語: -ον 、-on)を付したもので、「(大小の)細長い筒状のもの」を意味する。
(CANON から転送)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/03/08 08:19 UTC 版)
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| 種類 | 株式会社 |
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| 機関設計 | 監査役会設置会社[1] |
| 市場情報 | |
| 本社所在地 | 〒146-8501 東京都大田区下丸子三丁目30番2号 |
| 設立 | 1937年(昭和12年)8月10日 (精機光学工業株式会社) |
| 業種 | 電気機器 |
| 法人番号 | 6010801003186 |
| 事業内容 | 電子部品、光学機器、OA、半導体 |
| 代表者 | 御手洗冨士夫(代表取締役会長兼社長兼CEO)[2] 田中稔三(代表取締役副社長兼CFO)[2] 本間利夫(代表取締役副社長兼CTO兼プリンティング事業管掌)[2] |
| 資本金 | 1747億62百万円 (2023年12月31日現在)[3] |
| 発行済株式総数 | 13億3376万3464株 (2023年12月31日現在)[3] |
| 売上高 | 連結:4兆1809億72百万円 (2023年12月期)[3] |
| 営業利益 | 連結:3753億66百万円 (2023年12月期)[3] |
| 経常利益 | 連結:3907億67百万円 (2023年12月期)[3] |
| 純利益 | 連結:2645億13百万円 (2023年12月期)[3] |
| 純資産 | 連結:3兆6057億7百万円 (2023年12月31日現在)[3] |
| 総資産 | 連結:5兆4165億77百万円 (2023年12月31日現在)[3] |
| 従業員数 | 連結:165,547人 単独:23,457人 (2025年12月31日現在) |
| 決算期 | 12月31日 |
| 会計監査人 | 有限責任監査法人トーマツ |
| 主要株主 | 日本マスタートラスト信託銀行株式会社(信託口) 16.88% 日本カストディ銀行株式会社(信託口) 6.42% 株式会社みずほ銀行 2.28% ステート ストリート バンク ウェスト クライアント トリーティー505234 2.28% SMBC日興証券株式会社 2.18% 株式会社大林組 1.67% バークレイズ証券 第一生命保険株式会社 1.46% [常任代理人] [常任代理人] JPモルガン証券株式会社 1.35% モックスレイ・アンド・カンパニー・エルエルシー 1.34% 損害保険ジャパン株式会社 1.32% (2023年12月31日現在) |
| 主要子会社 | 主な連結子会社を参照 連結子会社数336社(2023年12月期) |
| 関係する人物 | 吉田五郎 御手洗毅 |
| 外部リンク | canon |
キヤノン株式会社(読みはキャノン、英: CANON INC.[4])は、東京都大田区に本社を置く、カメラ・ビデオをはじめとする映像機器、プリンタ、複写機をはじめとする事務機器、デジタルマルチメディア機器や半導体・ディスプレイ製造装置(露光装置、蒸着装置)などを製造する日本の大手精密機器メーカーである[5][6][7]。
芙蓉グループ(旧:富士銀行〈現:みずほ銀行〉系)に属している[8][9]。東証プライムおよびニューヨーク証券取引所(ティッカー: CAJ)上場企業である。日経平均株価およびTOPIX Large70、JPX日経インデックス400の構成銘柄の一つ[10][11][12]である。
製販が分離しており、マーケティング・販売業務は、地域統括販売会社(キヤノンMJ(CMJ)、キヤノンUSA、キヤノンヨーロッパ、キヤノン中国(佳能)、キヤノンオーストラリア)を中心に展開する。
1937年設立のOA機器の総合メーカーである。事業内容として、オフィスビジネスユニット(オフィス向け複合機、レーザー複合機、レーザープリンター)、イメージングシステムビジネスユニット(レンズ交換式デジタルカメラ、コンパクトデジタルカメラ、デジタルビデオカメラ、交換レンズ、インクジェットプリンター)、産業機器その他ビジネスユニット(半導体露光装置、フラットパネルディスプレー露光装置、医療画像記録機器)を展開する。米州、欧州など海外売上高比率が高い。
カメラのライバルはNikon、複合機プリンターはEPSONと言われ、性能と鮮やかさで昭和の時代から愛され、コスト削減と余裕のあるボディーが魅力として、レンズと精密回路でリードする。機能性とプリントコストは写真の鮮やかさで証明される。キャノンは、レンズと精密機器の製造に高い技術力の信用がある。
連結業績のセグメント別売上高構成比は、プリンティング56%、イメージングシステム21%、メディカル13%、インダストリアルその他13%である。地域別売上高では、国内より欧米市場など海外が大きなウエイトを占めており、国内が20.8%、海外が79.2%となっている。海外生産比率は同60%。17年12月期第3四半期累計(17年1月から9月)の連結業績(米会計基準)は、売上高2兆9597億円(前年同期比21.5%増)、営業利益2524億円(同69.8%増)、第3四半期(7月から9月)は、売上高9945億円(前年同四半期比27.7%増)で、営業利益は805億円(同2.0倍)。レーザープリンターの回復が継続し、カメラは新製品を中心に堅調に推移。フラットパネルディスプレー露光装置、有機EL蒸着装置の大幅な伸長、東芝メディカルシステムズ(TMSC)の新規連結影響も寄与した。損益は、継続的なコストダウン活動が奏功する。17年12月期の連結業績は、売上高4兆800億円(前期比19.9%増)、営業利益3500億円(同52.9%増)を計画。第3四半期決算発表時に売上高で300億円、営業利益で200億円それぞれ上方修正した。為替前提の円安への見直し、TMSCの寄与などが要因である。
海外での特許出願も重視しており、2014年末時点での特許・実用新案の保有件数は、世界全体で約9万2000件である。海外出願に際し、地域ごとに事業戦略や技術・製品動向を踏まえ出願戦略を綿密に立て、必要な国や地域を見極めたうえで出願し、なかでも、ハイテク企業が多く、市場規模も大きい米国での出願に注力している。その結果、近年登録数が増加し、2014年には日本企業として初めて4,000件を突破した。米国特許取得件数における日本企業中のキヤノンのランキングは11年連続1位を獲得している。
社員の役割や実績に応じて賃金を決める役割給制度を採用している。制度上、給与のベースアップは長らく実施しなかったが、2023年1月、物価高に対応するため20年ぶりにベースアップを実施。全従業員2万5000人の基本給を一律で7000円引き上げた[13]。
キヤノンの前身は、1933年(昭和8年)11月12日頃に、内田三郎・吉田五郎(吉田は翌年の9月末までに退所)によって創立された精機光学研究所[14]。観音菩薩の慈悲にあやかりたいという気持ちから、1934年(昭和9年)に完成した日本産初の精密小型カメラの試作機を「KWANON」(カンノン)[15]、そのレンズを「KASYAPA」(カシャパ)と命名した[16]。KASYAPAは、釈迦の弟子のひとりである大迦葉(梵: Mahākāśyapa マハーカーシャパ、巴: Mahākassapa マハーカッサパ)に由来している[17]。
1935年(昭和10年)、世界で通用するカメラのブランド名として、Canon(キヤノン)が採用された[15]。「正典」「規範」「標準」という意味を持ち[18]、正確を基本とする精密工業の商標にふさわしいことと、KWANONに発音が似ていることが、この名称を採用した理由とされている[15]。現在のロゴ(右上テンプレート内の形)は1956年(昭和31年)より使用されており、1974年(昭和49年)からロゴの色がキヤノンレッドになっている[19]。
日本語における正式な表記は「キヤノン」であり、小字を用いた「キャノン」ではない。拗音の「ヤユヨ」や促音の「ツ」を大書きするのは、かつて(第二次世界大戦前から終戦直後まで)の歴史的仮名遣で当たり前の表記法だった。現代かなづかいではできるかぎり小書きする規定になったが、法令においてはほぼ昭和の終わりまで小書きにしない慣習が続いた。キヤノンを含むいくつかの企業名では今日でも大書きされている。この表記を続ける理由を、キヤノンでは、バランスを考慮して小字の「ャ」の上の空白によって穴が空いたように感じられることを避けたためとしている[20]。
ライカが輸入されはじめて間もない1932年、吉田五郎はライカII型を購入し、その模倣品を製作した。1933年10月に、それを持って義弟であった内田三郎の元を訪ね、ライカに匹敵する高級カメラ製造事業化を熱心に勧めたが、この時点で内田は山一證券の外務員として法人相手の大口証券取引を扱っており、カメラ製造にはまったく興味を示さなかった。しかし証券売買で知り合った鮎川義介の事業観「資源が少ない我が国では、材料の原価に占める割合が少なく、たとえば光学精密機械や純度の高い化学工業が有望である」(=加工貿易)に接して一転カメラ製造を決意し、3年の研究期間を設定し1933年11月研究所を立ち上げた。この研究所がキヤノンのルーツで、吉田の発案で「精機光学研究所」という名称が決められた。場所は吉田が乃木坂の自宅から歩いて数分、東京市麻布区六本木町62番地[注釈 1]に存在した新築洋風三階建ての「竹皮屋ビル」を見つけてきてその一角を借りた。竹皮屋とは、オーナーの家系が江戸時代から竹の皮で被り笠を編んでいたことに由来する。日本光学工業(現・ニコン)から精度にうるさい金子富太郎、型削り盤を扱う油山が移り、また腕が悪くて困り者であった旋盤工の加藤が最初期の従業員であった。そのうち外装部品の調達や金銭管理が必要になり、内田が山一證券から部下であった前田武男を連れてきた。
カメラ開発は吉田に一任され、内田は言われるまま金を工面した。部品の外注は吉田がトーキー製造をしていたころに親しくなった一の橋の和田兄弟がやっていた機械工場や、狸穴の坂口時計歯車店に依頼していたが、図面で渡すより現物渡しで依頼したほうがかえってうまくいったという。1933年、国産で初めての35ミリフォーカルプレーンシャッターカメラ「Kwanon(カンノン)」を試作した。開発は難航し、吉田の在職中に1台も販売できていないが、アサヒカメラ1934年6月号には有名な「潜水艦ハ伊號 飛行機ハ九二式 カメラハKWANON 皆世界一」というコピーで広告を出した。7月号、8月号、9月号にも広告を出したがカメラの仕様が吉田の試作機に対応して少しずつ変わっている。
吉田がこだわった、コンタックスI型のようなボディー前面巻き上げ方式はベベルギアが必要になるが、坂口時計歯車店では歯切り機がよくなくうまく切れなかった。吉田が夏の暑い日にフォーカルプレーンシャッター幕のべとつきで苦労していると、内田は知人で第一師団麻布歩兵第一連隊中隊長だった山口一太郎大尉を連れてきて、山口は輸入物で軍用航空写真機用ゴム引き布幕を1反ほど持ってきた。この布幕について小倉磐夫は小西六[注釈 2]から持ってきたと推定している。そのほかにも連動距離計、撮影レンズ、ヘリコイドの工作と問題山積の1934年11月、経理担当の前田が5,000円の使途不明金があった旨を内田に告げ、吉田は濡れ衣を着せられて退職した。吉田の退職と前後し、内田は山口の指導を受け、手作りによる試行錯誤の手法から脱し、設計図に従って試作し改良する手法へと転換した。光学系も日本光学工業の監督官をしていた次兄内田亮之輔のつてで日本光学工業の取締役顧問であった堀豊太郎を紹介してもらい、1934年9月、内田と前田は日本光学工業を訪れてレンズと距離計を依頼した。営業課課長の山本茂治と民需品担当の浜島昇係長が応対してこれを引き受け、レンズ設計者の砂山角野を電話で呼んだ。軍需製品では実際の設計者の功績は明らかにされず、軍人が評価されることが多いことに不満を感じていた砂山角野も乗り気となり、1935年始めにはニッコール50mmF3.5とニッコール50mmF4.5が完成した。なお、カメラの心臓部とも言える連動式焦点調節機構やヘリコイドの設計・制作は日本光学工業で民需品の設計を担当していた山中栄一の手によるものである。
1935年(昭和10年)には「キヤノン」「Canon」を商標登録し[21]、無名でかつ販売ルートを持たないため近江屋写真用品と独占販売契約を結んでそのブランドであるハンザを冠し最初のカメラ製品、ハンザキヤノン標準型ニッコール50mmF3.5付きを1936年2月発売したが、ちょうどそのとき目の前の第一師団麻布歩兵第一連隊も舞台のひとつとして二・二六事件が起こり、山口も収監された。驚いた精機光学は1936年6月目黒区中根町に移転した。
| 代 | 氏名 | 在任期間 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 初代 | 御手洗毅[21] | 1942年 - 1975年 | |
| 2代 | 前田武男[24] | 1975年 - 1977年 | |
| 3代 | 賀来龍三郎[25] | 1977年 - 1989年 | |
| 4代 | 山路敬三[26] | 1989年 - 1993年 | |
| 5代 | 御手洗肇[26] | 1993年 - 1995年 | |
| 6代 | 御手洗冨士夫[26] | 1995年 - 2006年 | |
| 7代 | 内田恒二[27] | 2006年 - 2012年 | |
| 8代 | 御手洗冨士夫[27] | 2012年 - 2016年 | 会長兼務 |
| 9代 | 真栄田雅也[2] | 2016年4月[28] - 2020年5月 | 健康上の理由で退任[29] |
| 10代 | 御手洗冨士夫 | 2020年5月 - 2026年3月 | 会長兼務[29] |
| 11代 | 小川一登 | 2026年4月 - 現職 | 早稲田大学第一文学部卒 |
銀塩フィルムカメラの製造から事業を開始した歴史的経緯もあり、デジタルカメラ、写真レンズを中心に、デジタルビデオカメラ、双眼鏡、液晶プロジェクタなどを加えた映像機器の開発・製造・発売を手がけている。レンズ交換式デジタルカメラの市場では、フィルムカメラの時代から長年に渡ってシェア争いをしているニコンや、ミラーレス一眼カメラで急速にシェアを拡大したソニーとの熾烈な戦いが展開されている[48]。放送・業務用ビデオカメラ用レンズ分野では世界トップシェアを誇り、一時参入していたニコンの追随を許さなかったほどである。その他にも業務用として、XL-H1シリーズをはじめとしたHDVカメラや監視カメラ用のCCTVレンズ、テレビ会議・Web会議システム、ネットワークカメラでも高いシェアを誇っている。近年ではディスプレイ事業への進出を目指し、SEDや有機EL、薄型リアプロジェクションテレビの開発も行っている。このほか、中小型有機ELメーカーの日立ディスプレイズに出資している。
高精細化しているFPD(フラット・パネル・ディスプレイ)の検査を行うパネルメーカーや、検査用カメラを設計・製造するメーカーのニーズに応えるため、出荷検査基準をより高めたモノクロ対応の1.2億画素CMOSセンサー120MXSを2018年7月に発売。
キヤノンは創立以来、究極の一眼レフカメラを追求し、自社開発のレンズ、CMOSセンサー、映像エンジンなどの革新的技術から生み出されるイノベーティブな製品が高画質画像で、世界をリードしている。2021年度の「BCNランキング」によると、キヤノンは販売台数シェアは首位の59.8%を獲得している[49]。
2012年9月29日にAPS-Cサイズのイメージセンサを搭載し、EF-Mレンズマウントを採用したキヤノン EOS Mを発売し、ミラーレスカメラ市場に参入した[50]。その後、同シリーズのEOS Mシリーズを開発・発売していたが、2018年10月25日にはキヤノン初のフルサイズセンサーを搭載しキヤノンRFマウントを採用したミラーレス一眼カメラとなるキヤノン EOS Rを発売した[51]。2021年度の「BCNランキング」によると、キヤノンは販売台数シェアは首位の34.1%を獲得している[49]。
コンパクトカメラは1961年の「キヤノネット」に始まる。2008年にはコンパクトデジタルカメラ生産1億台を達成。近年はデジカメの販売台数は縮小傾向。
民生用ビデオカメラ事業からは撤退し[52]、高速データ処理、小型化、省電力化を実現した高品質フルHD業務用ビデオカメラのみ生産している。
2015年にはキヤノンは4K動画撮影に対応したビデオカメラの新シリーズ『XC10』を発表。8K映像の撮影・表示が可能な業務向け「CINEMA EOS SYSTEM」のカメラやディスプレイも開発中。
記者会見・ニュース撮影など報道用途や屋内外のロケなど、番組制作のさまざまな場面で使用される。2015年末現在、国内シェア1位を獲得している。2020年の東京オリンピックに向けた取り組みを実施している。
キヤノンの交換レンズは、EOS一眼レフ用のEFマウントレンズ、EOS Rミラーレス一眼用のRFマウントレンズや、放送業務用ビデオカメラの高倍率ズームで多彩に展開している。
カメラと事務機に次ぐ3本目の柱として進められている事業のひとつ。ネットワークカメラの世界シェアトップであるアクシスを子会社化。これまでにもビデオ管理システムを持つマイルストーンを買収するなど法人向けのネットワークカメラビジネスについて体制を整えている。
医療機器分野では、眼科用測定機器(眼底カメラ)、X線写真撮影機器(デジタルラジオグラフィ)、医療画像記録機器の開発・製造を手がけている。2016年12月に東芝メディカルシステムズ(現・キヤノンメディカルシステムズ)を子会社化[53]。
フィルムや写真、文書などをデジタルデータ化するスキャン技術には、高精細スキャンを追求するキヤノンの高度な光学技術、電子デバイス技術、ソフトウェア技術などの独自技術が数多く盛り込まれている。現在はスキャナーを備えた複合プリンターが多くCCDモデルとCISモデルの2機種が販売されている。
各種プリンター(PIXUS、Satera、imagePROGRAF、SELPHY)や複写機/複合機(PIXUS、Color imageRUNNER、imageRUNNER、ファミリーコピア、ミニコピア、Satera MULTI FUNCTION PRINTER、imagePRESS)、イメージスキャナ・ドキュメントスキャナ(CanoScan、imageFORMULA)、プロジェクタ、ファクシミリ(キヤノフアクス)などといったOA機器やコンピュータ用周辺機器、関連ソフトウェアを開発・製造・発売している。なおファクシミリについては個人用を2006年12月に、複写機も個人用を2016年3月に販売終了し[注釈 3]、現在は業務用のみとなっている。さらに、オランダ・オセ社が傘下に入り、基幹系プリンター、連帳プリンター、オンデマンドプリンターなどのラインナップが強化されているほか、業務用フォトプリンター(DreamLabo)などの新規ジャンルも増やしている。
1980年代にインクノズル内のヒーターを加熱して発生させた泡(バブル)の圧力によりインクを噴出させることにより精密なイメージを印刷可能にした「バブルジェット方式」(サーマル方式インクジェット)を開発、1985年からこの方式を採用した「BJプリンタ」を発売。オフィスから家庭まで幅広く普及し、現在のキヤノンの売り上げの大きな核となった。現在ではピクサスブランドで展開、日本市場ではセイコーエプソンのカラリオと激しいトップシェア争いを繰り広げている。また現在では、PictBridgeなどに対応し、カメラからのダイレクトプリントも可能なものがある。なるべく独自技術の特許を他社に開放せず、技術を囲い込む戦術はキヤノンの特徴的なマーケティング戦略であると言える。また、ポスターなどの印刷を行う大判プリンターは「imagePROGRAF」ブランドとして販売している。imagePROGRAFは、「綴プロジェクト(文化財未来継承プロジェクト)」の出力機器として使用されている。高速・大量の写真・アルバムの印刷を行う業務用フォトプリンターは「DreamLabo」ブランドとして販売している。インクジェットプリンタ/複合機「PIXUS」と機動戦士ガンダムのコラボレーション、「PIXUS GUNDAM PROJECT」の「機動」として、シャア専用カスタマイズキット付きの限定モデルを販売した。
基本性能である高速出力・高画質・低コストをさらに進化させ、ソフトウエアを拡充することで、生産性と出力ワークフローの利便性が向上している。CAD/GIS図面を出力する建築、土木、製造、官公庁などの大規模ネットワーク環境から中規模ワークグループだけでなく、高品位ポスターを出力する流通業や小売店、教育現場など、幅広い大判プリントニーズに対応している。大判機の中心に据える水性インクジェットタイプは、世界シェアが台数ベースで2014年末現在27%で2位。
リテイルフォト業界向けとして新展開する業務用フォトプリンター「DreamLabo」には、家庭用インクジェットプリンターから業務用デジタル複合機まで、幅広い製品開発を続けてきたキヤノンのプリンター技術が投入されている。一般的なプリンターはCMYKの4色、画質を重視する業務用プリンターでも6色での印刷が主流だが、キヤノン「DreamLabo 5000」は、CMYKの4色に加え、さらにフォトシアン、フォトマゼンタ、グレーを加えた7色のインクで印刷を行う。これにより、従来のカラーレーザー印刷では表現できなかった写真画質が表現できるようになった。銀塩方式の「立体感」「重厚感」とインクジェット方式の「透明感」、それぞれの強みを融合したインクジェットならではの広い再現色域を活かして、より豊かな深みのある色表現を実現している。
1960年代に複写機の開発を開始。それまで米・ゼロックスが特許を盾に市場を独占していたが、ゼロックスの特許をまったく使わずに独自の電子写真方式「NP方式」の開発に成功、1969年に初の製品を発売した[注釈 4]。以後複写機の分野ではゼロックスと並ぶシェアを占めた。現在ではほとんどの製品がデジタル複合機に移行し、「imageRUNNER(イメージランナー、iR(カラーはiRC))」「imagePRESS(イメージプレス)」のブランドで発売している。また、電子写真技術をもとにレーザープリンター(LBP)を開発し、かつては「LASER SHOT(レーザショット)」、現在では「Satera(サテラ)」のブランドで発売している。なお、レーザープリンター商品はオンデマンド定着式[54] を採用しており省エネに貢献している。これら製品に関連し、文書管理やプリンター管理、帳票設計などのソフトウエア製品群を、「imageWARE(イメージウェア、iW)」ブランドで開発・販売している。
オフィスドキュメントの入出力・保管・送受信など、あらゆる業務をこなす複合機。ネットワーク技術をはじめ、ドキュメント処理技術やソフトウェア技術など、キヤノンの先進の技術が投入されている。レーザープリンター、オフィス向け複合機、デジタルプロダクションプリンティングシステムなどは、同じ原理でプリントを行っている。2025年9月に発売開始のimageFORCE(イメージフォース)ブランド:C5100シリーズ/6100シリーズ/C3150FからはLEDチップによる露光方式を採用した[55][56]。
デジタルプロダクションプリンティングシステム「imagePRESS」は、キヤノン初のプロフェッショナル向けカラーオンデマンド機で、オフセット印刷に迫る高画質・高精細を実現し、少部数印刷にも対応できる生産性と優れた耐久性・信頼性を備えている。
従来より小型化・軽量化に成功した業務用4Kプロジェクター『4K500ST』を2015年から発売している。解像度は4,096×2,400、輝度は5,000ルーメン。シミュレーターやデジタルサイネージ、医療、美術館など高画質を望む市場をターゲットにしている。
スタジアムやスタジオを取り囲むように多数のカメラを設置し、撮影された映像を3Dデータ化することにより任意の視点、視線による映像を再現するシステムを提供している。光学技術、映像処理技術、並列分散画像処理技術、ネットワーク伝送技術、ユーザーインターフェース技術などにより広範囲の映像を高速、高画質で提供する。キヤノン株式会社川崎事業所内にボリュメトリックビデオスタジオ-川崎(Volumetric Video Studio - Kawasaki(VVS-K))を開設し、自由視点映像の作成サービスを実施している。
製造機器分野では、半導体露光装置(ステッパーなど)および液晶基板露光装置の開発・製造を手がけており、キヤノンの半導体製造装置は世界の企業の半導体・製造装置メーカー売上高ランキングで2019年(令和元年)度は15位につけている。
半導体露光装置市場では、1970年(昭和45年)に日本初のマスクアライナーを発表。同製品で世界トップの地位になったがステッパーへの移行が遅くなり、平成以降にはニコンとオランダのASMLとの技術競争で押され、市場シェアが低迷した。
巻返しのために次世代露光技術の一つであるナノインプリントに注目し、その開発に取り組んでいる。2014年(平成26年)には関連技術を持つ米国モレキュラー・インプリント社(テキサス州、現・キヤノンナノテクノロジーズ)を買収した。製品の量産化は2021年以降になる。
大型液晶テレビに使用される液晶パネルは、大型ガラス基板に微細な画素回路を露光する技術で作られるが、キヤノンのFPD露光装置は、57型ワイドテレビの一括露光も可能。2015年末現在、この装置のトップメーカーとなっている。
光学コンポーネントを開発・製造・販売している。また、バーチャルリアリティ技術の一種である拡張現実/複合現実(en:Mixed reality)を実現する機器(ヘッドマウントディスプレイ)やプラットフォームを開発している[59]。
キヤノン株式会社からの事業移管、あるいはグループ会社の自主事業として、関連領域のビジネスを展開している。
キヤノンが世界で初めてテンキー式入力の電卓の製品化に成功した。現在は、キヤノン電子が、ハンディターミナルを、キヤノン電産香港有限公司が電卓・電子辞書などのパーソナル情報機器を、キヤノンファインテックニスカがRFIDカードプリンターを、それぞれ開発・製造・販売している。電子辞書はwordtank(ワードタンク)シリーズとして好評を博している。
キヤノンMJグループをはじめ、キヤノン電子グループ、Canon Information and Imaging Solutions(キヤノンUSAグループ)などの関係会社が、インターネットサービスやSI、各種ソフトウェアの販売、エンベデッド、BPOなどのITサービス事業を展開している。また、画像処理やネットワーク接続技術(BluetoothやIEEE.802.11)を得意とするキヤノンアイテックおよびキヤノンイメージングシステムズでもエンベデット事業を手がけているほか、キヤノン製品の開発関連会社[60] にも、ソフトウエア開発に携わる企業が多くある。
真空技術やメカトロ技術をコアに、半導体をはじめディスプレイや太陽電池、ストレージなどのさまざまな製造装置を開発・製造・販売している。これらのビジネスは、キヤノンマシナリーやキヤノンアネルバ、キヤノントッキの各社が中心となって展開されており、キヤノングループの生産自動化や内製化の推進にも貢献している。また、キヤノンMJ では、RAVE社やmattoson、Zygoなどの日本国外メーカーの関連装置を輸入・販売している。
モータ、TMFセンサ、産業用磁気ヘッド、コンタクトイメージセンサ、電子回路などのコンポーネント製品を開発・製造・販売している。これらのビジネスは、キヤノン電子やキヤノンプレシジョン、キヤノン・コンポーネンツなどが展開している。
眼科機器や遺伝子診断機器、血圧計などの医療機器を開発・製造・販売している。これらのビジネスは、OPTOPOL Technology S.A.やU.S Life Science、Virtual Imaging、キヤノンメドテックサプライ、エルクエストなどが展開している。また、キヤノンMJがフィリップス社製AEDの販売を行っている。2016年12月には東芝メディカルシステムズを完全子会社化し、東芝メディカルシステムズは2018年1月4日にキヤノンメディカルシステムズへ商号変更。
イオンビーム(IBE)関連装置、業務用生ごみ処理装置、スピーカーなどの開発・製造・販売を行っている。
事業所は関東地方、とりわけ東京都・神奈川県境の多摩川沿いに集中している。関東地方以外では、大分県に事業所がある。
ただし、キヤノンITソリューションズ株式会社に代表されるキヤノン株式会社の孫会社も含む。
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この節は検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です。 (2022年1月)
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2022年4月現在のもの。
キヤノンではCMイメージキャラクターを「コミュニケーションパートナー」という名称で呼んでいる。
※過去に放映されていたプリンター「PIXUS」のCM曲は「Q Department」というニューヨーク在住のクリエイター集団作曲のオリジナル曲を使っていた(未CD化)。
| キヤノン | |
|---|---|
| 正式名称 | キヤノンアスリートクラブ九州 |
| 競技種目 | 陸上競技 |
| 創設 | 2009年 |
| 本拠地 | 大分県大分市 |
| ウェブサイト | 公式サイト |
キヤノンアスリートクラブ九州は、2009年に女子陸上競技部として創部された。
気候変動の主な原因とみられるCO2の排出削減に向け、製品の省エネルギー化をはじめ、オフィスや工場での省エネ、物流の効率化など、製品のライフサイクル(一生)全体で取り組んでいるとしている[68]。オフィス機器の省エネルギー技術は、2008年から2020年までの累計で55,218GWhの省エネルギー効果を生み出してきた。事業所の使用電力についても、特に欧州を中心に再生可能エネルギー利用に努め、欧州では約83%が再生可能エネルギーである。
本社が地球温暖化防止を掲げる一方、傘下のキヤノングローバル戦略研究所では、人為起源地球温暖化懐疑論者の杉山大志を研究主幹に起用し、人為的地球温暖化懐疑論および反再生可能エネルギー論を発信している[69][70]。ガーディアンの取材に対し、キヤノンは「キヤノングローバル戦略研究所は同社の事業ではなく、研究所の活動や研究についてコメントする立場にない」と答えた[69]。この件に対して、企業監視団体のAction Speaks Louderと写真家により「Cameras Don't Lie」というコンテストで抗議がなされている[71]。
ソニー、リコー、富士フイルム、ニコン、パナソニックなどの同業他社が再生可能エネルギー100%を約束しているのに対し、キヤノンは4.85%の再生可能エネルギー目標しか約束していない[72]。
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/07/25 20:31 UTC 版)
「電脳少女☆Mink」の記事における「Canon(カノン)」の解説
『WANNA-BE』の創造者「鏡・J・ファーウェル」がMacoと同様にみんくたちの持つ『WANNA-BE』システムに強制介入して作り上げたヴァーチャル・キャラクター。Minkと同様、単体では意思や感情を持たず「森山叶花」を核とすることで実体化する。そのため性格や感情は核である叶花に準じることになる。
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