出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/21 17:13 UTC 版)
ナビゲーションに移動 検索に移動| BodogFight | |
|---|---|
| 設立 | 2006年 |
| 主催 | ボードッグ・エンターテインメント・グループ |
| 本部 | |
| 代表者 | カルヴィン・エアー |
BodogFight(ボードッグ・ファイト)は、カナダの総合格闘技団体。ボードッグ・エンターテインメント・グループが運営していた。
2006年7月にアメリカ合衆国の総合格闘技団体「Mixed Fighting Championship」とパートナー契約を結び、8月に旗揚げ。ボードッグ社はオンラインカジノなどの運営により豊富な資金力を持っており、ボードッグの知名度を上げる手段として、当時UFCによって人気が急上昇していた総合格闘技イベントに着目。ボクシングなどと比較して総合格闘技が発展途上でまだ参入余地があること、総合格闘技のファンが18歳から40歳の男性ということが理由であった。当初はイベントのスポンサーとして参加するつもりだったが、既に存在していたUFCやPRIDEといったプロモーションとは折り合いがつかずに、自ら興行を手がけることになった。ケーブルテレビでの「bodog fight」というレギュラー番組のための大会と、レギュラー番組のシーズン終了後のフィナーレとしてペイ・パー・ビュー大会を主軸に開催している。試合を組むマッチメーカーは、HOOKnSHOOTに関わり、MFCでマッチメーカーを担当していたミギュエル・イトゥラーテ[1]。
2007年4月14日には、ロシア・サンクトペテルブルク大会を開催。PRIDEヘビー級王者であるエメリヤーエンコ・ヒョードルの参戦を実現し、ヒョードル対マット・リンドランドが行われた。この大会は、ロシアの当時大統領ウラジーミル・プーチン、イタリアの元首相シルヴィオ・ベルルスコーニなど政治家の観戦が目立った。
日本の総合格闘技団体MARSとは2006年に、パンクラスとは2007年から業務提携を結んだ。
その後はStrikeforceなどへのスポンサー活動が中心となり活動規模が縮小した[2]。
2006年9月からアメリカのディレクTVとケーブルテレビの Men's Outdoor and Recreation channel というチャンネルで、「bodog FIGHT」の放送を開始した。番組内容は、世界各国のエキゾチックなロケーションでの[3] この番組向けに行われた試合と出場選手をドキュメンタリータッチで描くというもので、ケーブルテレビでの放送後にBodogの公式サイトでも無料で視聴できるようになっている。シーズンの終了ごとには、ペイ・パー・ビュー大会を開催している。第2シーズンからは、ケーブルテレビのチャンネルION Televison からの放送に変わった。
試合結果は放送が行われるまで選手や取材記者と守秘義務契約を結んで伏せられていたが[4]、2007年8月のシーズン5からこの規制はなくなった [5]。また、予算の削減が行われて試合数が減少し、収録スケジュールも短くなった[6]。
| 階級 | 重量区分 | 王者 |
|---|---|---|
| ヘビー級 | -265lbs: -120.2kg | 空位 |
| ライトヘビー級 | -205lbs: -93.0kg | 空位 |
| ミドル級 | -185lbs: -83.9kg | |
| ウェルター級 | -170lbs: -77.1kg | |
| ライト級 | -155lbs: -70.3kg | 空位 |
| フェザー級 | -145lbs: -65.8kg | 空位 |
| バンタム級 | -135lbs: -61.2kg | 空位 |
| 階級 | 重量区分 | 王者 |
|---|---|---|
| 女子135ポンド級 | -135lbs: -61.2kg |
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「チェール・ソネン」の記事における「BodogFight」の解説
2006年8月22日、BodogFightに初参戦しティム・クレデューと対戦。1ラウンドでTKO勝利を挙げた。12月2日、BodogFightでアレクセイ・オレイニクと対戦。3-0の判定で勝利。 2007年2月18日、BodogFightでティム・マッケンジーと対戦し、1R13秒チョークスリーパーで一本勝ち。7月14日、BodogFightでアマール・スロエフと対戦し、マウントパンチでTKO勝ちを収めた。
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