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| ブロック・パーティー Bloc Party |
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ブロック・パーティー(2019年)
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| 基本情報 | |
| 出身地 | |
| ジャンル | インディー・ロック、ポストパンク・リバイバル、オルタナティヴ・ダンス、ダンス・パンク、ポスト・ブリットポップ、オルタナティヴ・ロック、アート・パンク |
| 活動期間 | 2003年 - |
| レーベル | ウィチタ・レコーディングス、Vice Records、アトランティック・レコード、フレンチキス・レコーズ |
| 公式サイト | blocparty |
| メンバー | ケリー・オケレケ ラッセル・リサック ルイーズ・バートル ハリー・ディーコン |
| 旧メンバー | ゴードン・モークス マット・トン サラ・ジョーンズ ジャスティン・ハリス ダニエル・パグスレイ |
ブロック・パーティー(Bloc Party)は、イギリスのロック・バンド。2003年結成。
ロンドンの学生アート・ロック・シーン出身のロック・バンド。ギター・ロックにパンク、テクノ、ダンス・ミュージックなどの要素を組み込み、性急で複雑なドラムラインに乗せた、知的で洗練された鋭角的なメロディーが特徴。しばしばポストパンク/ニュー・ウェイヴ・リバイバルの一翼と紹介される。
バンド名に特に意味はないが、アメリカの地方行事「Block Party」の語呂合わせで、語尾の「k」を取ることで「Eastern Bloc(Soviet Bloc=冷戦時の東側の意)」を思わせるとのこと。
1998年、ケリー・オケレケとラッセル・リサックがロックフェスで偶然知り合い、意気投合する。2年後、ふたりが『NME』誌に出したメンバー募集の告知にゴードン・モークスが応募し加入。その後、知人を介してマット・トンも加わり、2002年に創設メンバーが揃った。
2003年、当時大型新人として頭角を現していたフランツ・フェルディナンドにデモテープを送り、前座に抜擢され、音楽活動を本格化する。そのころからイギリスの音楽誌上において注目を集める存在となり、2004年にメジャーデビュー。
日本では同年7月にデビュー・ミニ・アルバムを発売。8月にはSUMMER SONIC 04で初来日を果たした。
2005年初頭、ファースト・アルバム『サイレント・アラーム』を発表。同年の各国音楽各誌において軒並み高評価を得るとともに、ヨーロッパの実に9カ国でチャートの10位以内にランク・インするなど、人気・セールスともに成功を収めた。このころは1990年代のブリットポップ期の再来といわれる2000年代のバンドブームの一例の存在として、周囲からは認識されていた。
2007年、社会性を強く打ち出し、前作から大きく変貌をとげた意欲作のセカンド・アルバム『ア・ウィークエンド・イン・ザ・シティ』を発表。この作品によって、UKロックシーンにおいて泡沫バンドでないことを印象づけた。以降、U2やレディオヘッドといった社会派バンドとしての評価を受けるようになる。
2012年3月、バンドは米フレンチキス・レコーズと契約し、コオペレイティヴ・ミュージックと北米、日本、東南アジアを除く全世界におけるパートナーシップを締結したことを発表した[1]。同年8月、約4年の休止期間を経て4枚目となるアルバム『フォー』をリリース。
2013年にマット・トンが、2015年3月にはゴードン・モークスが相次いで脱退。2015年8月19日、ジャスティン・ハリス(ベース)とルイーズ・バートル(ドラム)を加えた新ラインナップでの初ライブを行った[2]。
2016年1月、新ラインナップとして初のアルバム『ヒムズ』をリリース。
2018年3月、『サイレント・アラーム』を全曲演奏するツアーを10月から行うことを発表[3]。当初は6公演のみの予定だったが、このツアーの成功に伴い、2019年にもツアーが行われた[4]。
2021年11月、アルバム『Alpha Games』を、2022年4月にリリースすることを発表[5]。
かつて、オアシスのギャラガー兄弟が「アートスクールの学校祭バンド」と、一蹴したことがあったが、『ア・ウィークエンド・イン・ザ・シティ』を聴き、彼らは過去の否定的な考えを撤回した。特にリアムは、そのアルバムの最後の曲「SRXT」を聴いた後、「クッションに向かって15分間泣いた」とも告白している。
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衛星政党(えいせいせいとう、英語: bloc party / satellite party)とは、ヘゲモニー政党制を採用している国家において、常に政権を独占する政党(ヘゲモニー政党)以外で存在が合法化されている小政党のことである。
ヘゲモニー政党による支配体制を支持し、特定の職種等一定限度の狭い利益を代表するが、ヘゲモニー政党に代わって政権を担おうとしない政党のことを指す。
支配政党は朝鮮労働党。
ウズベキスタン共産党が改組したウズベキスタン人民民主党を中心として、議会に議席を有するいずれの政党も政権を支持している。
支配政党はトルクメニスタン民主党。
2012年の憲法改正でバアス党を指導政党とする規定は削除されたが、議会に議席を有するバアス党以外の政党はかつての衛星政党のみである。
中華民国政府が「党禁」を維持していた1987年まで(支配政党は中国国民党)
衛星政党が消滅する1988年まで(支配政党はベトナム共産党)
1949年の建国から1989年の民主化まで(支配政党はドイツ社会主義統一党)
1948年から1990年までのチェコスロバキア共産党政権時代
ポーランド人民共和国時代(支配政党はポーランド統一労働者党)
ブルガリア人民共和国時代(支配政党はブルガリア共産党)
選挙敗北で野党に転落した2000年まで(支配政党は中道包括政党の制度的革命党)
1973年のスハルト政権による「政党・ゴルカル法」による政党の統合から、同政権が崩壊する1998年まで(支配勢力は「職能団体」であるゴルカル)
ヘゲモニー政党制を採用していない国家でも、狭義の定義から転じて「特定の大政党と共同歩調を取ることで一定限度の狭い利益を代表する政党」を指す用語として使われている。該当する政党を揶揄する意味合いを持つ[1]。
韓国では多用される言葉で、2020年の韓国における事例では新しい選挙制度の無効化を狙って設立された新政党に対し同国メディアが「衛星政党」と呼称して非難する場面が見られた。日本では同種の意味では「ゆ党」が使われることが多いが、稀に使用されることがある[2]。
翼賛体制(支配政党は大政翼賛会)
自由民主党
二大政党である未来統合党と共に民主党が、2020年4月実施の第21代総選挙から導入される準連動比例代表制の抜け穴を狙って、比例での議席数を確保するために立党した[3][4]。
なお、同時期に共に民主党の元関係者が開かれた民主党を結党しているが、こちらは共に民主党が結党の過程に関連しておらず、同党自身も共に民主党の衛星政党であることを否定している。だが、一部には衛星政党と見る向きもある[5]。
国民の力(未来統合党)
共に民主党