出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/10/09 08:31 UTC 版)
B-HNLは、プロトタイプとして世界で初めて製造されたボーイング777(ボーイング777-200)の機体である。当初の機体番号はN7771であった。1994年4月9日に組立ラインから出荷され、同年6月12日に初飛行を行った。その後11か月間の飛行試験と認証を経て、1995年4月19日、連邦航空局(FAA)と合同航空当局(JAA)から型式認証を受けた[1]。ボーイングの試験機として6年間運用された後、しばらく保管された後に、キャセイパシフィック航空に売却・商業転用するために改修され、B-HNLとして再登録された。その18年後に退役し、2018年9月18日にピマ航空宇宙博物館への最終飛行を行い、静態展示された[2]。
ボーイング777は世界最大の双発ジェット機であり、フライ・バイ・ワイヤ飛行制御を備えた最初のボーイングの航空機である[3][4]。
1990年初頭、ボーイングと全日本空輸、アメリカン航空、ブリティッシュ・エアウェイズ、キャセイパシフィック航空、デルタ航空、日本航空、カンタス航空、ユナイテッド航空の8つの主要航空会社が協力し、新しい航空機の設計に取り組んだ[1][5]。後にボーイング777となるこの航空機は、ボーイングの民間航空機ラインナップにおけるサイズと航続距離のギャップを埋めるもので、双発機のボーイング767よりも大きな乗客収容力と、4発機のワイドボディ機のボーイング747に比べて優れた運航効率を兼ね備えたものとなった。 1990年10月、ユナイテッド航空が777の最初の発注を行った。これは合計34機の確定注文と34機のオプションで、総額約110億ドルに相当し、当時の民間航空機の発注としては過去最大となった[3][6]。
1994年4月9日、N7771(製造番号WA001)は、ボーイング・エバレット工場の組立ラインからロールアウトされた。この工場は、もともと大型機ボーイング747の製造のために建設された航空機工場であった。この機体は当初、プラット・アンド・ホイットニー PW4074エンジン2基を搭載しており、それぞれ約77,000 lbf(340 kN)の推力を発揮した。この機体にはシリアル番号27116が付与された[7][8][4]。
1994年6月12日、N7771は初飛行を迎えた。離陸前に、当時ボーイングの社長であったフィリップ・M・コンディットはテストパイロットのジョン・キャッシュマンに対して、1955年8月6日にアルヴィン・ジョンストンがボーイング367-80でバレルロールを実演した出来事にちなみ、「And no rolls!(バレルロールはなしだ!)」と声を掛けた。午前11時45分(太平洋標準時)頃に離陸した後、約3時間48分飛び続け、ボーイングの旅客機の初飛行としては最長の記録を樹立した。飛行中、同機は最高高度19,000フィート(5,791メートル)に到達し、飛行中のエンジン停止および再始動を含むすべての予定されたテストを無事完了した[9]。 1995年4月19日、この航空機は連邦航空局(FAA)と合同航空当局(JAA)によって型式証明を取得した。5月30日、FAAはPW4074エンジン搭載のボーイング777-200にETOPS-180の認定をした[10]。
2000年までに、ボーイングはN7771を飛行試験や開発に使用しなくなり、同機はエンジンのない状態で生産工場の近くに保管された。キャセイパシフィック航空は、予想される需要を満たすために追加の航空機が必要であったことから、ボーイングに対してN7771の改修と購入の可能性について問い合わせた。当時、顧客の需要が高く、新造777の納入枠はなかった。改修プロセスの一環としてボーイングは、同航空会社の他の777機にも使用されているロールス・ロイス製トレント884B-17エンジンを搭載することとした。これにより同機は、PW4000からトレント800に切り替えられた唯一のボーイング777の機体となった[8][11]。2000年12月6日、再塗装の上「B-HNL」に再登録された後、キャセイパシフィック航空に納入された[9]。
キャセイパシフィック航空は約18年間の運航を経て、2018年6月1日をもってB-HNLを退役させた[9]。 最終商業飛行はその前日に飛行した関西国際空港発香港国際空港行きのCX507便だった。キャセイパシフィック航空とボーイングは、 B-HNLを保存し、ピマ航空宇宙博物館にて展示することとし、同年9月18日に、B-HNLは中国から給油のために香港に経由し、アリゾナ州ツーソンまで向かう14時間の最終飛行を行った[4][8]。