大多数の人にとってはどうでもいいことにこだわって小理屈をこね回すだけのエントリーです。
今回のきっかけは まけもけ(id:make_usagi)さんのこちらのエントリーでした。
半導体不足の産業に与える影響を憂慮し、不足を解消するには「全導体」を集めて半分にすればいいというポジティブな提言をおこなっています。
ネタであることは承知なので口には出すまいと思いつつ脳内突っ込みというやつで「半導体の対義語は全導体ではない」と考えた途端、くらっと眩暈に似た戸惑いを感じた。
半導体の対義語って何だろう? 導体と絶縁体? てことは半導体には対義語が2つある!?
対義語って、2つあっていいの?
以下は、このおそらくは大部分の人にとってはどうでもいい設問に対して、ぐだぐだと愚考を巡らせた過程を書き並べた文章にすぎないことを、あらかじめお断りします。
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まず「対義語」とはなんぞやを再確認したい。実は まけもけ さんのエントリーには、対義語という言葉は登場しない。私がこのエントリーで勝手に使っているだけであるが。
weblio辞書 中の「デジタル大辞泉」によると…
あるカテゴリーつか母集合で、一方を否定すれば必ず他方になる関係を想定しているケース(語義1)と、単に語義が対照的である関係を想定している、すなわち中間を許容するケース(語義2)が掲げてあった。
前者の例として「男⇔女」「生⇔死」、後者の例として「天⇔地」「北極⇔南極」が掲げてあった。
「導体⇔絶縁体」は電流を通すか通さないかであるから前者のように思われるが、次のサイトによるとそうではないという。
電気抵抗率10のマイナス6乗[Ω・m]以下を導体、10の8乗[Ω・m]以上を絶縁体と称するそうだ。すなわち半導体は10のマイナス6乗~10の8乗[Ω・m]というたいへん広い範囲をカバーする。
人体の抵抗は約5,000Ωだそうだから、人体も半導体らしい。
電気回路理論において、絶縁体/半導体/導体の区別より重要な区別がある。能動素子と受動素子である。
能動素子とは整流、増幅、スイッチングなどを行う素子である。ダイオード、トランジスタ、IC、LSI…などと言った方が通じやすいだろうか。能動素子以外が受動素子である。
おおざっぱに図示すると、こんな感じになるだろうか?

だがなぜか「半導体」という語が、世間一般では「能動素子」の意味で用いられるケースが多い。ダイオード、トランジスタ、LSI…が半導体を材料として作られているからである。
半導体であれば能動素子とは限らないが、では能動素子であれば半導体であるかというと、そうとも限らないのがややこしい。半導体による能動素子以前に実用化された能動素子である真空管は、導体と絶縁体の組み合わせによって実現されている。
いつもの怪しげなソシュール理論の受け売りである。言葉というものの役割は、畢竟ある概念にあてはまるものとあてはまらないそれ以外のあらゆるものを区別することだそうである。
例えば「雨」「雪」「みぞれ」という言葉があったとすると、「雨」は雨と雨以外のあらゆるもの、「雪」は雪と雪以外のあらゆるもの、「みぞれ」はみぞれとみぞれ以外のあらゆるものを区別するのが、それぞれの言葉の役割だというのだ。
してみると「半導体」は半導体と半導体以外のすべてのもの、「導体」は導体と導体以外のすべてのもの、「絶縁体」は絶縁体と絶縁体以外のすべてのものを区別するために存在する。明快である。
これだけの説明だと「なにそれ?」と思われるかも知れないが、この発見こそが近代の言語学者にそのなすべき仕事を創り出したというのだ。
ぱっと思い出した例としては、鈴木孝夫『』(岩波文庫) にこんな箇所があった。日本語で「くちびる」というと女性が口紅をつける赤い部分を指すが、英語の "lip" は鼻の下の口髭の生える部分も含むのだそうだ。それをサローヤンの「唇に毛の生えた五十がらみの小女」("Seventeen")や、クリスティが名探偵ポワロを「太いどじょうひげが上唇を飾っている」("The Labours of Hercules")と描いている文例を引いて示していた(p42~44)。
年寄りなんで古い話をしてすみません。シルベスター・スタローン主演『ロッキー3』に、当時の人気プロレスラーであったハルク・ホーガンがゲスト出演したときの役名が「サンダー・リップス」だった。若い人はホーガン知らないかな? IWGPリーグ戦の初代王者と言えば、プロレス好きなら思い出すかもしれない。
ヘンなリングネームだなと思ったが、ホーガンが蓄えていた金髪の口ひげにちなんだ綽名と考えれば多少は腑に落ちたような気がした。違っているかもだが。
思い出しついでに、"hip" は「お尻」ではないという記事は、検索するとネットでも多数ヒットする。
ソシュール以前の言語学…というより我々の多くの言語に対する直感によると、ある概念を指し示す言葉があったとすると、対義語としてその概念に含まれないあらゆるものを指し示す言葉がありそうに思ってしまう。
もっと言うと、あるカテゴリをある語とその対義語に二分しようという情熱めいたものが、我々の中にあるのではないだろうか?
数学だったらそれが可能である。整数は奇数と偶数に二分されるとか、また素数と合成数に二分されるとか。え、ゼロと1はって? うるさいなあ。だが一般にはそういうケースはむしろ少ない。
あるカテゴリがある語とその対義語で二分できそうなケースに、どんなものがあるだろうか?
ドラマを喜劇と悲劇に分類するというのは、最近太宰治『人間失格』を拙エントリーに引用したばかりだった。前衛劇であるとか喜劇でも悲劇でもないドラマを書こうとする劇作家は、いつの時代にもいたのではないだろうか? ひょっとしたらそれを喜劇か悲劇の枠内に再格納してしまおうとする評論家も、いたかも知れない。
分類学では、長らく生物を動物と植物に二分できると信じられてきた。細菌など微生物の発見は、17世紀のレーウェンフックを待たねばならない。細菌は動物か植物かという議論が生じたとき、細胞膜の存在によって一旦は細菌を植物に区別することで落ち着いたが、ウイルスの発見があったり、またキノコなど菌類を動物、植物から独立させたり、ええっと、ウィキペの「界 (分類学) - Wikipedia」がそんなに長くないけどちょっと面白かった。
音楽は長調と短調に分類できるが、19世紀にシェーンベルクが十二音技法による無調というのを創始した。
Weblio辞書に例示された生と死に関しては脳死であるとか、男と女に対してはLGBTであるとか、二分法にあてはまりにくそうな言葉が今日では思い浮かぶ。ただデリケートな話題であるので深入りは避ける。
ざっと概観すると、二分法は古典的、二分法にあてはまらない存在を探すことには近代的な臭いがする。
ただ前衛劇が喜劇や悲劇を凌駕する人気を得たことがあるとは思えないし、無調音楽が有調音楽以上にヒットした事例を私は知らない。もしキノコが地球を制覇したら、しいたけ は日本国王くらいにしてもらえないかな?
しかるに半導体は、導体や絶縁体をはるかに超える認知度を電気回路技術者ならぬ一般の人たちの間で獲得してしまっていることが、私の戸惑いの原因だったのではないかというのを、ここまでの一旦の結論としよう。
だが一方で、あの『人間失格』の登場人物たちのように、このような小理屈でものごとを判別するのを唾棄し「わからぬ者は芸術を談ずるに足らん」と自らの感性のみに頼って論じてみたい誘惑も感じないではいられない。黒の対義語は白、けれども白の対義語は赤、赤の対義語は黒。
私の脳内に浮かんだ順番を再現すると、「半導体」からただちに出てきたのは「半」なしの「導体」だったなぁ。そして「導体」から「絶縁体」が出てきたのだった。
だが「絶縁体」からは、すんなり「半導体」は出てこない。「絶縁体」と「導体」が揃って、初めて「半導体」が出てくるのだ。そんな気がしません? だから何?
あるいは本来あてはまらないカテゴリに分類を無理やり当てはめて遊ぶことができるやも知れない。「奇数」は「導体」か「半導体」か「絶縁体」か? 「偶数」は? ひっくり返して「導体」は「奇数」か「偶数」か…なんてね。
追記:
三分法は、考えてみたらけっこうあるな。水溶液の酸性・中性・アルカリ性とか、多くのインド・ヨーロッパ言語における男性名詞・中性名詞・女性名詞とか。孔明の罠に嵌ったか?
ところでフランス語には中性名詞がなくて男性・女性の2性だけど、近代オランダ語は男性と女性が融合した共性と中性の2性だって知ってました? もはや生物学的性一切関係ねぇ!
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