石野純也のモバイル通信SE

第44回

2024年は「本当の5G元年」になるか

KDDIは、4月以降、3.7GHz帯のエリアを大きく拡大。5G SAの展開も本格化する方針を明かした

春から、首都圏などのエリアで一部キャリアの5Gが急拡大する。KDDIは、2月2日に開催した決算説明会で、4月以降のエリアマップを公開。3.7GHz帯(n78)がカバーする範囲が、現状よりも大きく広がる見通しを示した。

KDDIは、5Gの開設計画で3万局を超える3.7GHz帯の基地局数を申請している。2024年3月はこの最終年度で、「なんとか(合計)9万局をやり切れば、3社でトップクラスの基地局数になる」(KDDI 代表取締役社長 CEO 高橋誠氏)。

衛星の地上局干渉問題に目処

ただし、これは以前から設置してきた基地局の合計。新たに基地局を増設したから、エリアが拡大するわけではない。その手法は、「基本的に、既存の基地局のパワー調整」(KDDI 高橋社長)が中心になる。

具体的に言えば、9万局まで広げた各基地局の出力を上げ、電波の到達範囲を広げるということ。これまでは、アンテナのチルト角を深くしたり、出力を弱めたりして、あえてエリアを狭くしていた。

5Gのエリアがスポット的になっていた理由の1つが、ここにある。

KDDIやソフトバンクは、4Gの既存周波数からの転用が早く、人口カバー率もともに90%以上を達成しているが、帯域幅は限られる。端末側に「5G」のアイコンが表示されていても、4G時代とあまり速度が変わらなかったのはそのためだ。一方で、3.7GHz帯は2社とも、100MHz幅が割り当てられており、きちんとつながれば、他の周波数帯を使うキャリアアグリゲーションがなくても、Gbpsを超える速度が出る。

3.7GHz帯は、4キャリアが100MHz幅ずつ割り当てられており(KDDIは4GHz—4.1GHzにもう100MHz幅の割り当てがある)、通信の容量が大きく、速度を出しやすい

基地局自体はすでに設置しているため、エリア拡大のスピードは速い。

これができなかったのは、衛星の地上局と3.7GHz帯が干渉してしまうおそれがあったからだ。干渉を抑えるには、基地局を離すか、電波が広い範囲に飛ばないよう、出力を抑えるしかない。こうした事情もあり、3.7GHz帯は、狭くせざるをえなかったのが実情だ。特にトラフィックが発生しやすい首都圏での制限が厳しく、宝の持ち腐れになっていた感は否めない。

ドコモが運用している4.5GHz帯(n79)は、こうした干渉問題が少なく、出力を上げやすかった。実際、同社は、'21年夏ごろから同周波数帯のマクロ局を使い、5Gのエリアを首都圏でも広げている。ただし、その局数は'23年3月時点で1万局強とまだまだ少ない。その数が十分ではなかった結果として、都市部でパケ詰まりが起こってしまっているのは周知のとおりだ。

総務省が1月に発表した、23年3月時点の周波数別基地局数。ドコモは4.5GHz帯を1万局以上運用しているが、KDDIは3.7GHz帯の数値が他社を大きく上回っていることが分かる

一方で、衛星側が地上局を移設することで、この問題を解決する目途が立ち始めた。ソフトバンクの常務執行役員兼CNO 関和智弘氏も、23年9月に開催したネットワークに関する説明会で、「時期は非公開だが、横浜など、5Gを展開したい中心局の移設計画は立っている」と語っていた。当時は「まだ望みどおりにはなっていないが、そう遠くない時点で衛星干渉の影響は軽減できる」としていた。

KDDIの高橋氏も、「一番の課題だったのは衛星の干渉」としながら、「スカパーJSATにものすごく協力していただき、3月末に移設をしていただくことになった。これが大きい」と語っている。干渉の影響がなくなれば、出力を上げても問題がなくなる。これを見込みして設置していた基地局の実力を、フルに発揮できるようになるというわけだ。

KDDIの高橋氏は、干渉の影響がなくなったことが大きいと力説した

ソフトバンクも「衛星通信との干渉という課題については、さまざまな調整によって緩和傾向にあるため、既存局のパワーアップを含め、今後もエリア拡大を積極的に行ない、お客さまの利用促進を進める予定です」(広報部)とコメントしている。ただし、ソフトバンクは元々3.7GHz帯の基地局は少なく、5Gの容量は4Gから転用した3.4GHz帯で稼いでいる節がある。4G時代から活用しており、局数が多いことに加え、帯域幅も40MHz幅とそこそこの広さだからだ。

ソフトバンクは21年2月に4Gの周波数転用を開始した。中でも3.4GHz帯は、2万6000局を超えており、数が多い。容量と展開速度のバランスを取った5Gエリアを作っていると言えそうだ

5G SA本格化へ自信を見せるKDDI

ソフトバンクの3.7GHz帯の基地局は、'23年3月時点で6,400程度。4.5GHz帯を主力にしているドコモや、新規参入キャリアの楽天モバイルにも、数は及んでいない。その意味で、衛星との干渉問題が解決することの影響がもっとも大きく出るのは、KDDIと言えるだろう。これまで設置してきた基地局の数が多いだけに、出力増加で受ける恩恵は大きい。高橋氏が、「業界最多のSub-6」と自信をのぞかせていた理由は、ここにある。

実際、すでに関西では、干渉条件が緩和され、先行してエリアが広がっているという。確かに、首都圏と比べると大阪府を中心にしつつも、エリアに広がりがあり、兵庫県神戸市のあたりまで連なるように3.7GHz帯の周波数がカバーされている。これに対し、現状の首都圏は、神奈川県や千葉県のエリアがスポット的。面でカバーされているような状況ではない。

KDDIの関西エリアは、Sub-6の5Gがきれいに広がっている
これに対し、首都圏は東京都のエリア化が進んでいる一方で、その周辺はSub-6がまだまだ“まばら”。出力増強で、こうしたエリアが5G化する

高橋氏は、その事実を挙げ、「関西でやっている実績があり、Sub-6(3.7GHz帯)のエリアがドンと広がった。これは結構大きいと思っている」と語る。また、4Gから転用した周波数帯の上に、3.7GHz帯のエリアを重ねるように広げられれば、5Gだけでエリアが完結するようになる。こうした状況を受け、KDDIはネットワーク接続に4Gを使わない「5G SA(スタンドアローン)」も、本格化していくという。KDDIは、'22年2月に法人向け、'23年4月にコンシューマー向けの5G SAを導入済みだ。

5G SAは、3社が導入しているが、ドコモ、ソフトバンクともに、エリアはPDFの住所リストでしか示せていない。KDDIに至っては、エリアそのものが非開示。プロモーションも控えめだった。

その5G SAが、ついに本格展開される。用途に合わせて端末ごとにネットワークを最適化する「ネットワークスライシング」など、5G SAならではの技術が商用導入される可能性も高い。KDDIの発表からは、その時が、着々と近づいていることが伺えた。

石野 純也

慶應義塾大学卒業後、新卒で出版社の宝島社に入社。独立後はケータイジャーナリスト/ライターとして幅広い媒体で執筆、コメントなどを行なう。 ケータイ業界が主な取材テーマ。 Twitter:@june_ya