こんにちは。1977年生まれのわかめおばさんと申します。名前の通りおばさんです。
1977年生まれのどっぷり氷河期世代ですが、私はろくに就職活動をしなかったのであまり大声で「氷河期です大変でした」は言えないなと感じております。
誰かが「氷河期です大変です」と言ったら後ろから「そーだそーだ」というスタンスをとっております。
すぐやめた就活
私も一応就職活動たるものをやった記憶はございます。
しかし嫌になってすぐやめました。
まあ応募した所が「メガネ屋」と「塾」という、なんの関連性もないチョイスの時点でやる気が感じられません。
おそらく目が悪かったのと、塾に通っていたことがあったからだと思います。そんなの日本人の多くが当てはまるでしょうね。
ちなみに両方とも何の準備もしないで行きました。
変な質問
最初の面接は集団面接でした。横並びの椅子に何人か座って、された質問が
「自分を色に例えると何色ですか」
でした。
自分を色に例えたことがあるでしょうか?
こんなアイドルみたいな質問が来るとは思ってなかったので面食らいました。
おそらく当時のみんなのバイブル「面接の達人」を読んでいれば簡単だったかもしれません。みんな何故かこの本をこぞって読んでいたのです。
しかし私は読んでいませんでした。
どうしたらいいか分からず頑張って答えたのが
白です。
かね…インドアで日に焼けてないもので…
へへへへへ…笑
みたいなことを凄く気持ち悪く言ったような気がします。
その後の記憶はないので、きっと落ちたんだと思います。
普通の質問
2つ目の面接に行った時も集団面接で、なんと端っこの席に座ったため一番初めに質問が来てしまいました。
この時された質問は、社会人になるにあたって相応しい質問でした。
「職場で気が合わないと思った人と、どうやって仕事をしていきますか」
大切なことです。
今だったら答えられます。「協調性を持って~」とか「相手の良いとこを見つけて〜」みたいに、思ってないけど何かイイ感じのことを言っておけばいいのです。
しかし当時の私は馬鹿だったんでしょうね。しかも 「面接の達人」も読んでいなかった。
力いっぱい真っ直ぐな目で答えたのです。
「なるべく目を合わさず、関わらないようにします」
その後の人たちの素晴らしい回答を死んだ目で聞いてたことを覚えています。
そのあと猛烈に恥ずかしくなり、走って帰りました。
卒業後は細々とバイト生活を送りました。
派遣沼にはまる
バイトと契約社員を経て、結婚してからは派遣社員として働いています。派遣は登録さえしておけば派遣会社が仕事を探してきてくれるのでものすごく楽なのです。
派遣でも一応「顔合わせ」という名のいわゆる面接はあるのですが、大量募集とか期間限定なんていう触れ込みのものならそれすらないものもあります。
「とりあえず働く」という時には、ものすごく便利です。そのため私はこの「とりあえず」の落とし穴である
短期契約を繰り返し無駄に職歴を増やしていく
という泥沼にはまってしまいました。派遣沼です。
今回派遣の更新をしなかったのには、「次はきちんと長く働ける職を探さなければ」という気持ちが大きくありました。おばさんからの職探し、今度こそしっかりしなくてはいけません。