都内で活動するライブ(地下)アイドルグループ「Starry Dreams」のメンバー、yui。週末は渋谷にある小さなライブハウスでパフォーマンスをし、平日はコールセンターでアルバイトをしながら夢を追いかける日々を送っていた。

ライブアイドルにとって、SNSは生命線だ。大手事務所のバックアップがない彼女たちにとって、SNSでの発信は、ファンとつながり、新しい人に知ってもらう唯一の手段と言っても過言ではない。yuiは毎日、練習風景や日常を投稿していた。
フォロワーは少しずつ増えている。ライブ会場にも少しずつ新しい顔が見えるようになっている。
「メジャーデビュー出来るかな」
そんなことを思ったある夜、yuiのスマホの通知が鳴り続けた。何事かと思って開いたSNSには、見知らぬアカウントからのリプライが大量に届いていた。
意味がわからず、タイムラインを遡ると、そこには衝撃的な動画があった。比較的名の知られた雑誌社の男性と、yuiがホテルに入っていく瞬間。そんな事実はない。その男性には会ったことはない。
これはフェイク動画だ!AIによって作られた偽物。でも、精巧に作られたそれを見分けられる人は少ない。
動画は瞬く間に拡散された。コメント欄は地獄絵図と化した。
yuiは「これはフェイクです!」と説明したが、彼女の声はノイズの中に消えた。
誹謗中傷は日に日にエスカレートした。yuiのSNSアカウントだけでなく、グループの公式アカウント、他のメンバーの個人アカウントにまで攻撃が及んだ。
yuiは事務所のマネージャーと相談し、法的措置を取ることにした。弁護士に相談すると、「情報流通プラットフォーム対処法」という法律に基づいて、発信者情報開示請求ができると教えてくれた。以前は「プロバイダ責任制限法」と呼ばれていたものが、法改正で名称が変わったそうだ。
「まず、証拠を保存してください」と弁護士は言った。
その日から、yuiは誹謗中傷の投稿をすべてスクリーンショットで保存する作業を始めた。日時、投稿内容を一つ一つ記録する。この作業は精神的に辛い。自分を傷つける言葉を、何度も何度も読み返さなければならなかった。
弁護士は開示請求のプロセスを説明してくれた。
「まず裁判所に『発信者情報開示命令』の申立てをします。これは2022年の法改正で導入された新しい手続きで、以前より簡素化されています」
第一段階として、SNS事業者に対して、投稿者のIPアドレスやタイムスタンプといった情報の開示を求める。これが「発信者情報開示命令の申立て」だ。裁判所が認めれば、SNS事業者は情報を開示しなければならない。
IPアドレスは、インターネット上の住所のようなもので、どの回線から通信が行われたかを示す識別番号だ。
第二段階として、開示されたIPアドレスをもとに、今度はインターネットプロバイダ(接続事業者)に対して、契約者の氏名や住所などの開示を求める。以前は二回の裁判手続きが必要だったが、今は同じ申立ての中で続けて請求できるようになった。
「それでも、早くて1〜2ヶ月、複雑なケースだと半年以上かかることもあります」弁護士は言った。
申立書を準備し、証拠を整理し、裁判所に提出した。そこから先は待つしかなかった。
待つ日々は地獄だった。「もしかしたら認められないかもしれない」「やめればいいのに」とも思った。
yuiはエゴサーチがやめられなかった。自分の名前を検索し、どんな悪口を言われているか確認せずにはいられなかった。エゴサーチは、自分の名前や活動名をインターネットで検索し、他人が自分について何を書いているかを確認する行為のことだ。新しい誹謗中傷を見つけるたびに心が折れそうになりながらも、見ることをやめられない。それは傷口を何度も触って確かめる自傷行為だ。
申立てから約2ヶ月が経った。
弁護士から連絡があった。「開示請求の結果が出ました。少し驚くかもしれません」
裁判所の命令により、まずSNS事業者からIPアドレスとタイムスタンプが開示された。それをもとに、インターネットプロバイダに契約者情報の開示を請求したところ、氏名と住所が明らかになった。
yuiは絶句した。
あれほど大量にあった誹謗中傷のアカウント、実はそのほとんどが同じIPアドレスから投稿されていたのだ。つまり、一人の人物によるものだった。開示された情報によると、年齢は20代後半の男性。住所を見て、さらに驚いた。yuiのライブに何度も足を運んでいた、いわゆる「推し」の一人だった。
彼は複数のアカウントを巧みに使い分けていた。言葉遣いを変え、プロフィール画像を変え、あたかも多数の人間が批判しているかのように見せかけていた。時には男性的な口調で、時には女性的な口調で、時には冷静に、時には感情的に。
弁護士を通じて、名誉毀損に基づく損害賠償請求の手続きを進めた。彼との示談交渉の中で明らかになったのは「自分だけのyuiであってほしかった」というものだ。
yuiは安堵した。世間が自分を嫌っているわけではなかった。
虚無感もあった。あの苦しみは何だったのか。一人の人間の歪んだ感情のために、これほど傷つく必要があったのか!?
事件は解決へと向かった。男は損害賠償の支払いと謝罪を命じられた。フェイク動画も削除され、誹謗中傷のアカウントも凍結された。
yuiは前を向くことにした。
エゴサーチは控えようと思った。
完全にやめるのは難しい。でも、頻度を大幅に減らした。毎日何時間も費やしていた検索を、週に一度、それも限られた時間だけにした。
見なければ、傷つかない。そして、見なくても世界は回っている。
本当に応援してくれる人は、変わらず応援してくれる。ライブに来てくれる人、ファンレターをくれる人。
今は、SNSとの距離感を見直している。発信は続けるが、反応を逐一チェックすることはやめた。ポジティブなコメントには感謝し、ネガティブなものはスルーする。全ての声に応える必要はないのだと、yuiは理解した。
開示請求の基本的なプロセス
- 証拠の保存:誹謗中傷の投稿をスクリーンショットで保存。日時、URL、投稿内容を記録する。
- 弁護士への相談:法テラスなどで無料相談も可能。早めの相談が重要。
- 発信者情報開示命令の申立て:裁判所に申立書を提出。SNS事業者に対してIPアドレス(インターネット上の接続元を示す識別番号)などの開示を求める。
- プロバイダへの開示請求:開示されたIPアドレスをもとに、インターネットプロバイダに契約者情報の開示を求める。2022年の法改正により、これらは一つの手続きで行える。
- 損害賠償請求**:発信者が特定できたら、名誉毀損や侮辱罪に基づく損害賠償請求が可能。
(参考)