2025年4月某日 「先入観なし」で作品に触れる状態とは
実を言うと、この期に及んでまだHIPHOPをちょっとずつ勉強してる。それにしても、「HIPHOP」と「ちょっとずつ勉強」が似合わなすぎる気がするんだけど、僕の実感としては「ちょっとずつ」「勉強」が一番しっくりくる言い方なんだからしょうがない。
どんな風に勉強してるか。毎日のノルマを60分と決めて、時間を測りながら勉強してるんである。「集中アプリ」を使って、「ポモドーロ法」を活用しながらHIPHOPディグってる48歳。なかなかに不条理コントなんだけど、僕にとってはこれがしっくりくる平日午後の過ごし方なんだからしょうがない。
笑わないでくれ(いや、笑ってくれ)。自分でも自慢なのか自虐なのか、なんとも言えない書き方をしていて申し訳ない。ただ、僕の中で「食わず嫌い」を解消できたことが意外で、ちょっとうれしかったんですよ(じゃあ、自慢なのか)。
最近似たようなことを書いた気がするけど、もう一度。エンタメやアートを味わう時に、それを「勉強」するのは「邪道」なんじゃないか、っていう思い込みがあった。例えば、事前勉強をしてしまうと、その情報に影響されて、作品から受け取る印象が歪んでしまうんじゃないか、みたいなこと(小説を読む前に、そのマンガ版を読むと、マンガで採用されていた絵柄やキャラ解釈で小説を読み始めてしまう、とか)。
この、「事前勉強は邪道」っていう思い込み、それ自体に無自覚だったこともあって、事前勉強だけでなく、「勉強自体が邪道」みたく先鋭化してしまってた気がする。だけど、これは間違いだったなと、HIPHOPが好きになってから気がつけた。
「勉強」することで、作品鑑賞にバイアスがかかってしまってはもったいない、というのはわかる。だけど、勉強なしで作品に接しても、どうせ何らかのバイアスがかかってるのだ。勉強したことによってバイアスがかかるんじゃない。それってどちらかと言うと勉強不足だからバイアスがかかってるんでしょ。何も知らないことによって、どうしてもかかってしまうバイアスを、勉強することで少しでも補正して作品に接する方がいい。少なくとも、そうした方が楽しめる。
そんなわけで、毎日ちょっとずつ勉強してる。笑わないでくれ(笑ってくれ)。結構歯を食いしばって勉強してるんだ。会社から帰ってきて午後の2時半。ゲームや昼寝の誘惑に負けないように、タイマーをセットして、とにかく勉強を始めてしまう。
何をするのか。Genius(HIPHOPのリリック、とその注釈をオタクたちが書き集めたサイト)を開いて、それを読んでいくんである。そして、ChatGPT。リリックの分からないところ(だいたい全部)をちょっとずつ質問して、訳してもらう。ChatGPT、めっちゃ褒めてくれるよ。Geniusの受け売りで、「○○という解釈もあり得る?」とか質問すると、ほぼ必ず「すごく鋭い視点だね」と返ってくるのよ。
他人の解釈の受け売りと、AI解説の鵜呑みが勉強なのかよ、と思うと呆れるけど、それを繰り返してようやく、なんとなく意味がわかってくるレベルなんだからしょうがない。自分なりの感想や見解を出せるようになるのは、もうちょっと先になりそう。トホホ。
それでも、今日はちょっとうれしいことがあって。いつも、自分でGeniusを読むのが疲れてくると、YouTubeで解説動画を見るのに切り替えるんだけど。おすすめ欄に出てきた、英語の番組を試しに見たら、「面白い」と思える程度には聞き取れた、ということ。1年前には全然歯が立たなかったのが、今日は結構イケた。
NFL(アメフト)にハマって、試合だけじゃなくいろんなコンテンツ(分析、ゴシップ、解説などなんでも)を消費してた時もそうだったんだけど。リスニング能力って、リテラシーに大きく依存する。前提知識を抑えていれば、「だいたい何を言うか」は想像できるので、結構聞き取れるもの。逆に、全然知識のない分野だと、話すスピードや単語のレベル以前の問題で聞き取れない、みたいなことがある。
今日見た動画は、2人のホストが「マイ歴代TOP10アルバム」を語り合うみたいなしょうもない動画なんだけど。内容が面白いかどうかはともかく、何を話してるのか分かること自体が面白くて。ちょっと興奮したよ。もうちょっと、勉強を続ける気持ちになった。そのうち、勉強や解説なくても、リリックの意味がわかるようになるのかもしれない。そうか、そうなってようやく、「先入観なし」で作品に触れる状態になるのかも。まだだいぶかかるかもしれないけど、諦めずに続けてみよう、などと思えた。
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