2025年3月某日 1914年の小説とは思えない
個人的に青空文庫ブーム続行中で、やっぱりというか、夏目漱石「こころ」を読んだ。たぶん3回目20年ぶりぐらいの「こころ」体験だったんだけど、今までで一番楽しめたかもしれない。なにしろ、腹が立ってしかたがなかった。
何が腹立つって、「先生」の手紙よな。まずもって、長すぎる。なんであれほど長い手紙が書けるのか。働いてないからでしょ。夏休み宿題、「こころ」感想文は3文字で終了。「働けよ」。もしくは2文字。「働け」これで終了ね。感想文、タイトルより短いじゃないか。
「恋敵となってしまったKを出し抜いた。ああ、自分はなんて卑怯なんだ」だと? はぁぁぁぁああぁあんんん? そんなのね、図々しいのよ。「自分は誠実な人間だ」と勘違いしてるから、そんなことで悩めるんじゃないか。図々しいよ。人間はさ、ちょっとずつ下品なことをしながら生きていくしかない。恋をしたら、なりふり構うなよ。 それをさ、自分だけは上品なまま生きられると思ってた時点で甘ったれなのよ。そういうのは、中学生の頃に終わらせないといかんのよ。親から貰ったカネで生きてるから、そういうことを考えるんだよ。
ウジウジしてる内容が薄っぺらくない? 徹頭徹尾、「自分の卑怯な心の内を知られたくない」っていう気持ちばっかじゃん。「誠実でいたい」は10%ぐらい、「誠実だと人から思われたい」が90%ぐらいの比率だから、「自分が卑怯な人間だとバレるのが怖い」ってなっちゃうのよ。吐露して楽になりたいわな。そりゃあ、手紙が長くなるわけだ。
しかも、ずっと不貞腐れやがって。「バレるのが怖い」なら、明るく幸せを演じなさいよ。ヘラヘラ軽薄に生きるのがせめてものたしなみってこともあるよ。「バレるのが怖い」のに、「僕の苦しみを分かってもらいたい」なんて虫が良すぎるよ。そのくせ、ウジウジ不貞腐れてる自分の醜さが見えてないじゃん。
一番許せないのが、「明治の精神」うんぬんの有名なくだりね。(※太字部分が引用です)
すると夏の暑い盛りに明治天皇が崩御になりました。その時私は明治の精神が天皇に始まって天皇に終ったような気がしました。最も強く明治の影響を受けた私どもが、その後あとに生き残っているのは必竟時勢遅れだという感じが烈しく私の胸を打ちました。
なんなの。「これだけ悩んでる僕は誠実だ」ってだけじゃなくて、時代を代表する精神だって言いたいのか。おいおいおい、違うだろ。自分が薄っぺらいから、大きなニュースに気分が影響されたって話じゃないか。
…こんなビビットな苛立ちを感じながら読めたんだから、逆に言えば作品世界を満喫できたってことか。1914年の新聞連載なのに、とてもそうとは思えない。
ところで、「こころ」の作品世界を想像する時に、福満しげゆきさんの絵柄に脳内で変換しながら読むと、だいぶ許せるかもしれない。ダメな自分を理解して、芯から卑屈になってるからこその見栄っぱり。そして、見栄を張ってしまったら、もうそれにこだわるしかないみじめさ、みたいな。
福満版の「こころ」、だいぶ好きになりそう。そう思うと、「文豪が残したありがたいお言葉」みたいな前提を外した方が、楽しめるのかもしれない。
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